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蟋蟀奇譚  作者: 城聖 香
5/13

レオニード邸を出た蟋蟀は、シャナからもらった紙を見ながら、失踪した人々の泊まっていた宿にいた。

宿の主人は、蟋蟀とも顔馴染で、事件に関与するような人間じゃない。

特に変わった点もなく、先日衛兵も同じような事を聞きに来たらしい。


「蟋蟀さんも大変だね」

「シャナさんに逆らうと、後が怖いんでね」


肩をすくめる蟋蟀に、宿の主人は苦笑いを浮かべる。

そのまま主人に断りを入れて、蟋蟀は失踪した人の泊まっていた部屋に入った。

煙管はすでに、火種を落として腰の袋にしまっている。

部屋は合計三つ、行商人の部屋が二つに家出少女の部屋が一つだ。


「ここは、男二人が泊まってたへやですかね。……ん〜?」


部屋は、居なくなった日から掃除も入れてないと主人は言っていた。

が、蟋蟀の鼻がひくつく。


「微かだけど、何だっけねえ。これは」


部屋の中に、残り香の様に甘い香りがほんの微かに残っていた。

しばらく鼻をヒクヒクさせながら部屋を見たが、他には何も無かった。

続いて隣の部屋。


「こっちは女二人の部屋、さっきより匂いが、……?」


部屋には男の部屋よりも、若干匂いが強いが、それよりもベッドが三つあった。


「女二人のはずですが、部屋足りなかったからとかですかねえ」


呟きながら部屋を見て回るが、こちらも特に何も無い。

ちらりとベッドを見ると、黒い髪が落ちていた。

何気なく拾い上げ、さらに隣、家出少女の部屋に入る。

甘い匂いは弱まっていたが、やはり匂う。

その部屋も、特に何も無かった。

拾った髪を指で玩びながら、蟋蟀は宿の主人の元に向かった。


「何かありましたか?」

「特にはなあんにも。そうそう、ここは部屋に香水撒いたりしましたっけねえ?」


蟋蟀の言葉に、主人は首を振った。


「そんなもん、使う宿にみえます?」

「ですよねえ。あと、行商人さんは合計四人で良かったんでしたっけ」

「いやいや、来た時は五人でしたよ。ただ、一人は、女性の方でしたけど、たまたま一緒になった人らしくて、部屋で少し休んだら、用があるとかでお別れしたみたいでしたよ」

「……衛兵さん達は、その事はご存知で?」


主人は苦笑いを浮かべて首を振る。


「あの方達は、部屋をざっと見て、異常なしとだけ言って、行っちゃいましたよ。あと一日だけ、部屋はそのままにしておく様に言われたんで、明日には掃除する予定でしたけどね」


蟋蟀は、深く溜息を吐いた。


「宿帳、あったっけねえ?」


この宿はそれなりに値の張る宿の為、宿泊客の名前と出身地を記帳する宿帳があった。

でまかせを書いてしまえば意味がないものだが、ある程度の学が無いと、字を書く事が出来ないので、客層の選別には繋がってるらしい。

書かれている内容を辿っていくと、当該の行商人にぶつかった。

字が全員同じ筆跡だ。


「代筆もいいんですかい?」


訝しげな表情の蟋蟀に、主人は笑顔を返す。


「一人でも字が書ければ、一応の確認は出来るからね」

「そうですかい」


書かれていた同じ筆跡の一番下、名前と出身地を見た蟋蟀が目を細める。

そこにはオルロン出身、リックと書かれていた。


「シャナさんに報告しとくかねえ」


大きく背伸びをして、蟋蟀は呟いた。

主人に礼を言いつつ宿を出ると、外はそろそろ黄昏時。

報告は明日で良いかと、蟋蟀の足は自然と、行きつけの中央酒場に向かっていた。


〈ついでにリックさんに、話でも聞いとくかねえ〉


きい、と軽く軋む音を立て、扉を開くと、客が入り始めた中央酒場の光景が広がる。

カウンターには、忙しそうに料理を、酒を用意するマスターの姿がある。

蟋蟀は普通のワインを頼むと空いている椅子に腰掛けた。

相変わらず騒がしい店内を、リックが先日以上、忙しそうにクルクルと笑顔で廻っている。

ワインをチビチビと飲みながら、蟋蟀はその様子を眺めていた。

と、微かな口笛の音が聞こえた。

普通にしていれば気付かないほどの。その音の直後、一瞬リックは動きを止め、辺りを見回した。

僅かな仕草で、蟋蟀以外に気付いた者はいないだろう。

その後、リックはまた笑顔で店の中を廻っていたが、先程に比べ、若干表情が硬くなっている様に、蟋蟀は感じた。


その夜更け、街の外、門から少し離れた所に青々と茂る巨木がある。

度重なる戦乱にも耐え抜き、イグニスの街を目指す旅人には、良い目印になっていた。

その巨木の傍に、一人の女性が佇んでいた。

時より吹く風に、黒の髪が揺れている。

リックだ。

中央酒場で見せていた笑顔は消え、若干硬く、無表情でいる。

風の音に紛れて、微かに口笛の音が響く。

それに応える様に、リックの口からも口笛が響く。

と、いつの間にかリックの前に三人の男が立っていた。

全身黒ずくめ、顔すらもわからない様に、布を巻きつけている。

三人とリックは、その場で何か話し始めた。

何か特別な話し方なのか、わずかに口は動いている様だが、声はほとんど出ていない。

普通に話していた四人だが、段々と剣呑な雰囲気になり始める。

リックの言葉に、男達がわずかに苛立ち、さらに言葉を重ねるリックに対し、怒りに満ちた目を向け始める。

それに対し、リックにも怒りの色が見え始め、徐々に高まる緊張感が破裂しそうになったその時ーー


「ちょいとお邪魔しますよ」


その空気を破る様に、巨木の上から赤が落ちてきた。

着地の瞬間、ぎちり、とグリーブが鳴る。


「蟋蟀、さん?」


リックが息を飲むのが分かる。

突如としてあらわれた蟋蟀に、三人の男達は、訝しげな目線を向ける。

リックを見て、三人の男達をちらりと見ると、蟋蟀は剣の柄に手を置いた。


「とりあえず、事情はこれからお聴きしますんで、動かないでもらえますかねぇ」


蟋蟀の口の端がにやあと持ち上がる。

ちらりとリックを見ると、動揺していたのは一瞬で、今は自然体でいるようだ。

三人の男達も、すでに動揺は無く、真ん中に立っていた男を庇うように、二人の男が僅かに位置を変えた。


ーいきなり斬っちまうべきだったかもねえー


三人の男達は、雰囲気、佇まい、どちらをとってもかなり出来る。

リックも。


「……どうしてここに?」


リックの問い掛けに、剣の柄を握る蟋蟀。


「酒場での口笛の合図があったでしょう。昔と変わってなけりゃ、一部なら俺も知ってるんでね。後は先回りしといただけですよ」

「貴方は一体……」


息を飲むリックを視界の端に捉えつつ、蟋蟀は三人の姿を改めて見る。

全身黒ずくめに、顔には黒い布、立ち位置からして、真ん中が一番偉いのだろう。

長引かせてはあまり良くなさそうだと、蟋蟀が足に力を入れた。


「何をしているっ!!」


怒号にも近い声が響いた。

蟋蟀と、三人の男、そしてリックが声の方に視線を遣ると、金髪の女性、セリエが立っていた。


「蟋蟀と、……貴様達は何者だっ!決闘は、領主様より認められた者が立ち会わなければ、罰せられるぞ!」

「空気、読んでほしいもんですねえ」


ため息まじりに蟋蟀が呟く。

セリエの不意の登場に、一時空気が固まるが、最初に立ち直ったのはリックだった。

顔を片手で隠しながら、大きく後ろに跳ぶと、そのまま後ろ向きに走り出す。


「あっ、貴様、待て!」


慌てて後を追おうとするセリエを横目に、蟋蟀は『貫』を抜きつつ、三人組に走り寄る。

と、それと同じタイミングで、両サイドの男が、蟋蟀とセリエに何かを投げつけた。


「チッ!」


避けきれないと判断した蟋蟀は、飛んで来たものを『貫』で弾いた。

一方セリエは、逃げて行ったリックに気を取られていた為、まともにそれをくらう。


「うわっ、な、なん、けふっ!」


飛んできたモノが当たった瞬間、弾け、中から赤い粉末が飛び散った。

叫んだ分、大きく粉末を吸い込んでしまったらしいセリエは、涙を流しながら、大きくむせ、悶えている。

一方蟋蟀は、咄嗟に目を閉じ、息を止めて、気配を頼りに三人のいた辺りに『貫』を振るった。

何か、硬いものが砕けた感触と、もう少し柔らかいものが折れる感触。

薄眼を開けると、左端にいた男がその場にうずくまっていた。

いつの間にか抜いていた短剣ごと、右足をへし折ったらしい。


「引くぞっ!捨てていく!」


真ん中の男の若干焦った声に、右端の男が、更に先程と同じモノを投げつけてくる。

二個三個と飛んでくるモノを避けきれず、もう一つ蟋蟀の身体にそれが当たり、弾ける。

薄眼を開けた事で、蟋蟀の目には強い刺激が襲いかかっていた。

更に鼻、喉にも強い刺激がある。

これ以上吸い込まないように、口と鼻を服の袖で覆うと、蟋蟀は辺りの気配を窺う。

溢れ始めた涙の視界の向こうで、一生懸命目を擦りながら、何かを叫んでいるセリエと、僅かに痙攣している、足を砕かれた男が見えた。


〈セリエちゃんは、まあいいか。リックさんと、元気な二人は居なそうで、足を折ってやった奴は動き無し、いや、ありゃあ死んじまってるねえ〉


蟋蟀は足を狙って『貫』を振るったので、逃げられないと悟って自死したか、仲間に殺されたのだろう。


「こ、こおろっえふっ、な、な、にが」


蟋蟀は、息を大きく吐き、目、鼻、喉の痛みに耐えつつ、未だ悶えているセリエの元に向かった。

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