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蟋蟀奇譚  作者: 城聖 香
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数日後。


「失踪事件?」


出された紅茶を一口すすり、蟋蟀は対面に座るシャナに聞き返す。

先日の報酬を受け取りに来て欲しいと連絡を貰い、蟋蟀はレオニード邸の一室、シャナの執務室にいた。

シャナの仕事は、レオニードの補佐だから、一緒の部屋にすればと思うのだが、シャナが内々で処理する業務も多いらしく、別々の部屋で仕事をしているらしい。


「はい。ここ最近目立ってきたんです」


シャナは、熱い紅茶に一生懸命息を吹きかけ、冷ましながら言う。

そうしている様は、とても幼く、可愛らしく見えるが、確かもう直ぐ3ーー


「蟋蟀さん、何を考えていらっしゃいますか?」


部屋の空気が下がった気がする。

目の前にいるのは、レオニードの妻であり、副官のシャナ。

目だけが笑っていない。


「なんにも」

「そうですか」


危ない処だったのかも知れない。

休戦を迎えて十年近いが、レオニードの隊で、シャナは参謀長として、数多くの戦果を上げた。

しかし、中でも、奇襲を受け、本陣まで斬り込んで来た敵の騎士10人の首を、両手に持った小型のファルシオンで斬り飛ばした逸話は、シャナのそれまでの知的なイメージと重なり、「首狩軍師」の異名と共に伝えられている。

また、夜な夜な、「首置いてけ」と、二振りの血の滴るファルシオンを持った鬼女に追いかけられる話は、夏の夜の鉄板ネタらしい。


「蟋蟀さん?」


と、シャナの声で、蟋蟀の意識はどうでもいい思考の海から帰還した。


「ああ、聞いてましたよ。行商の一団が、いつの間にか居なくなったとか」

「ええ、宿からいつの間にか居なくなってしまったらしくて」

「早朝、ひっそり出た可能性はないんですかね」

「もちろんその可能性もありますが、二、三日滞在すると、宿の主人が効いているようでして」

「そりゃあ、確かに変ですねえ」


軽く頭を掻き、蟋蟀は腰に付けていた袋から、微妙に湾曲した細長い筒を取り出すと、片側に乾燥した葉のようなものを詰め、反対側を咥えた。

そして、人差し指を立てると、ぼそぼそと何か呟く。

すると、立てた指先は、まるでロウソクのように火を灯した。


「えっ?!」


蟋蟀は、目を見開くシャナに構わず、火のついた指先を筒に詰めた枯れた葉に近づけた。


「蟋蟀さん、魔術使えたんですね」

「最近覚えたんですよ。大したもんじゃないんですがね」


今日現在、魔術と呼ばれる超常現象を起こせる人間は、魔術師含め、極一部に限られている。

素養があり、なおかつ複雑な原理を理解しなければ使えない上、最近は発達してきた技術で代用出来てしまう事が多いので、魔術師以外で魔術を使う人間はとても少ない。

シャナは、蟋蟀が魔術を使う事が出来ると知らなかったので、驚きを隠せないでいる。


「マッチいらずなんで、重宝するんですよ」


蟋蟀は軽く吸い込み、煙を吐き出した。


「それとそれは、パイプですか?」

「格好良いでしょう。異国のやつで、煙管っていうらしいんで。頭を使う時にはこれが効くんでね」


蟋蟀は目を細めて、赤と黒のツートンカラーの煙管を燻らせた。


「商人さん達は何人で?」

「男性が二人、女性が二人です。それと、同じ宿に泊まっていた女の子が一人、行方不明です」


煙る煙管の向こうで、シャナの顔が歪む。

「その子は?」

「中町に住む子で、父親と喧嘩して家出中との事した」

「家出で宿にとまるんですかい?」


蟋蟀の目が丸くなる。


「親戚の宿なんです。今までも何度かあったみたいです。ただ、いつもは一泊して頭が冷えると家に帰ってたみたいですが、今回は……」

「帰る前に居なくなっちまった訳ですか。難儀ですねえ」

「それと、もう二つ」


シャナが指を立てる。


「奴隷売買の噂があります。それと合わせて、ゴアが最近この街に支部を作りました」


その言葉に、蟋蟀の目がスッと細くなる。


「あの、ゴアですよねえ」


ゴア、休戦前後から勢力を伸ばしてきた団体で、戦争で負傷した兵達の人材斡旋を行なっていて、国単位で支援している所もある。

ただ、黒い噂も多く、一部では人身売買に近い事もやっているのでは、と言われている。


「ここには無かったですもんねえ」

「レオニードがあそこ大嫌いですからね。嫌な雰囲気だから、と」

「まあ、あの人ならそう言うでしょうねえ。ただ、彼処は色んなトコと繋がりあるみたいですんで、すこぅしメンドくさいですねぇ」

「そうですね。それと先日、蟋蟀さんに処理してもらった三人組も、どうやらゴアの関係者らしいと調べが付いています」

「それはそれは」


そう言いながら、蟋蟀の顔には笑顔が張り付いていた。

あの三人を斬る前に浮かべた、あの笑みだ。


「差し当たって、失踪した方の情報をもらえますかねえ。心当たり含めて、当たってみますんで」


顔を手で拭うと、蟋蟀の笑みは消えていた。


「ええ、いつも苦労を掛けて申し訳なく思いますが、お願いします」

「貴方達には世話になってますし、俺もこの街は好きですからねえ」


煙管を咥え直し、シャナから書類を受け取ると、蟋蟀は立ち上がった。


「旅人さん含めて、失踪したのは六人、しかも半分以上が女性ですかい。ヤバそうな雰囲気がしますねえ」

「此方でも、何か分かれば連絡しますので」

「俺の方でも、ちょいちょい連絡入れますんで」


頭を下げるシャナに背を向け、片手を軽く上げると、蟋蟀は部屋を出た。


「っ!?蟋蟀!なんでこんな所にいるんだ!」


部屋を出た所で、蟋蟀はいきなり怒鳴り付けられた。


「……ああ、あんたですかい。毎回毎回飽きないねえ」


蟋蟀が視線を向けた先には、金髪の女性が、目を怒らせて立っていた。

若干キツそうな顔をしているが、可愛いと言うよりは、綺麗な顔立ちだ。


「あんたではない!セリエだと何度も言っているだろう!」

「ああ、セリエちゃんでしたねえ」

「ちゃん付けで呼ぶなっ!!」


地団駄でも踏みそうな勢いのセリエに、蟋蟀はにやにやと笑みを浮かべる。


「セリエちゃんこそ、何してるんです?」

「だから、ちゃん付けをするなっ!私はここで働いているんだから、いるのは当たり前だっ!今はシャナ様に用があって、ってそんな事はいいだろう!」

「そんなに叫んでばかりいると、疲れるでしょうに」

「誰のせいだ、誰の!」

「まあまあ、そいじゃまた」

「ああ、それじゃあ……って、はぐらかすんじゃないっ!」


にやにやする蟋蟀に、顔を赤くして叫ぶセリエ。

真面目で堅物のセリエを、蟋蟀は格好のからかい相手として遊んでいる。

セリエも、途中でからかわれている事に気付き、より激昂するが、蟋蟀にはあっさりと流され、さらに遊ばれる。


「それより、こんな所で騒いでると大変な事にーー」


蟋蟀の言葉が終わる前に扉が少し開く。

その隙間からは、シャナの氷点下の視線だけが覗いていた。


「あっ……」

「じゃ、後はよろしく」


一瞬の隙をつき、蟋蟀は出口に向かって歩き出していた。


「あっ、貴様、ズルいぞ!一人だけ逃げるなんてーー」

「セリエ、大きな声で叫ぶなと、何時も何時も何時も何時も何時も言っていると思いますが、どうお考えですか?今日はそこの所を、とことん話し合う必要があると思うのですが」


氷点下の視線はそのままに、笑顔になったシャナは、セリエの首を掴み、部屋に引きずり込む。


「あっ、その、す、すみませーー」


言葉は途中で、扉の閉まる音に掻き消された。

数瞬後、シャナの部屋から絶叫が響いた気がするが、蟋蟀は何も聞いてない風に、煙管を燻らせながら、レオニード邸を後にした。

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