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蟋蟀奇譚  作者: 城聖 香
12/13

十二

大して広くもない隠し部屋の中で、セリエは必死に手足を動かしていた。

木でできた枷が少しでも緩んで、手でも足でも抜けてくれれば、脱出のチャンスがあると信じて。

手も足も、皮は破れ、血が滲み出ていたが、諦めずに動かす。


「あっ!」


と、血で滑りが良くなったのか、弾みで右足が枷から抜けた。


「よしっ!」


後は手の枷を外して、外に助けを求めに行くだけ。

擦り切れた傷の痛みも忘れて、セリエは手の枷をより激しく揺さぶる。

だがその時、無情にも石の扉が開いた。


「待たせたな。さあ、たっぷりと楽しませてもらおうか」


セリエは扉が開き、まだ中年、ギズルが体勢を整える前に、思いっきり体当たりをぶちかます。


「げぶっ!?」


不充分な状態からのタックルだったが、完全に油断していたギズルは、まともに体当たりを喰らい、そのまま仰向けに倒れこむ。


「絶対助けに来るから、少しだけ我慢していて!」


部屋の中にいた六人に叫び、セリエは外へと駆け出した。

さり気なく、倒れたままのギズルを踏み付け、扉を開き、階段を駆け登る。

階段の先、ちょっとした広間にも誰もいない。

そのまま外へーー。

そこで、セリエを待っていたのは、数多くの男達だった。

薄汚れた者が多く、見た目は盗賊の類、それがざっと五十人はいた。


「な、くそっ!」


セリエは男達に気付いた瞬間、思わず振り返り、来た方へと戻ろうとする。


「やってくれたな、糞餓鬼が!」


顔を真っ赤にしたギズルが、そこにいた。


「覚悟しろよ、滅茶苦茶に、壊れれまで可愛がってやるからな」


〈まだっ、あいつを倒して人質にすればっ!〉


セリエは素早くギズルに駆け寄り、膝の辺りを蹴りつける。

が、手に付けられた枷の影響か、思うようにスピードが乗らずにあっさりと躱される。


「まだっ!」


蹴りの勢いそのままに、さらに後ろ回し蹴りで追撃を掛ける。


「よく回る女だな、これからたっぷり回されるのに」


にやにやと笑みを浮かべたギズルは、余裕たっぷりに後ろ回し蹴りも躱すと、そのままセリエにタックルする。

低い呻き声を上げて、倒れこむセリエ。

ギズルは、そのまま馬乗りになると、周りを取り囲んでいた男達を呼び寄せた。

呼ばれた男達は下卑びた笑みを浮かべ、セリエの足と腕を抑える。


「くっ、くそっ!離せ!!」


どうにか逃れようと、身体をよじるが、男四人掛かりで手足を抑えられている為、逃げる余地はない。


「お前は、【レッドオーガ】を誘き寄せる餌でもあるから、殺しはしないぞ。安心しろ」


男達に手足を抑えさせている間に、建物の中に消えていたギズルが戻って来る。

腰の辺りから小さな鍵を取り出すと、手を抑えていた男に放り投げ、セリエの手枷を外させてから、男達に命じて大の字にして動けないように抑えさせる。


「【レッドオーガ】さんの、餌?」

「ああそうだ。あの時、儂の部隊を全滅させられた恨みもあるしな。何よりーー」


ギズルは建物脇に立て掛けてあった、大きな斧を肩に担いだ。


「あの時の楽しみを邪魔されたのが許せん」


一歩、また一歩、ギズルがセリエに近づいて来る。


「儂は戦場で、沢山の死に触れてな、通常の女でも男でも、興奮しなくなった」


セリエの足の辺りに、ギズルは立った。

そのまま、セリエの足首の辺りを踏みつける。


「ぐ、ぐうっ!」


痛がるセリエを見下ろすギズルの顔には、愉悦の表情が見え始めていた。

さらにしばらく踏みつけると、今度は、腹めがけて踵を落とす。


「がはっ!」


少量の血と、僅かな胃液が舞う。

ギズルの顔には明らかな、強い欲情の色が見えた。


「こうやって痛めつけ、手足を切り落とさないと、犯れなくなってしまってな」


言葉と共に、踵を数度セリエの腹に落とす。

力を込めて防ごうにも、その重さ、威力には太刀打ち出来ず、苦鳴の声と、血と、胃液が吐き出される。

荒い息を吐くセリエに満足したのか、ギズルは一歩下がり、肩に担いでいた斧を振り上げる。


「さあ、いい声で鳴くんだぞ」


舌舐めずり。

斧は一直線にセリエの左腕に振り下ろされた。


衝撃。

痛みを感じなかったセリエが左を見ると、目前に血に塗れた斧の側面が見えた。

斧が持ち上げられると、身体の左側から冷たくなる感覚がある。

左腕を抑えていたはずの男が立ち上がる。

セリエには見慣れた、彼女の一部を高らかに掲げた。


「ーーーーーーーーっ!!!」


声が出ない。

少しずつ、左腕のあった辺りから痛みが湧いて来る。

別の男が、火のついた松明をギズルに渡す。

ギズルはその松明を、セリエの左腕があった辺りに押し付ける。


「ーーがああああああっ!!」


肉の焦げる匂いが辺りに漂う。


「止血だよ。お楽しみはこれからだからな」

「ぐぐぅ、くっ、こ、殺せっ!」

「馬鹿な事を言うんじゃない。先日捕まえた商人は四人共、手足を切り落としただけで壊れちまったからな。お前は騎士だろう、最後までキチンと耐えるんだぞ」


再度斧が振り上げられ、そしてーー。


門が弾け飛んだ。

おざなりな修繕とはいえ、元は戦争で使われていた砦。

それなりに頑丈なはずの樫で出来た門は、外から内に文字通り吹き飛んだ。


「あんた、やりすぎじゃないかねえ」

「手っ取り早くて良いだろう」


土煙が立ち込める向こう側に、二人の影があった。


「まあ、殴り込みは派手な方が格好いいですからねえ、っとお邪魔しますよ」


消え始めた土煙の中から、蟋蟀と、レオニードが現れた。


「な、なんだ貴様らっ!」

「何しに来やがった!?」


二人のそばにいた男達が騒ぎだす。

そんな男達を見て、蟋蟀はにやあと笑う。


「ここに連れ込まれたセリエちゃんと、商人さん達を返して貰いに来たんですがねぇ。いるでしょう?」

「こ、蟋蟀ぃ」


男達の中からセリエの小さな声が、蟋蟀とレオニードに届いた。


「いましたねぇ」

「間違いないな」


二人は顔を見合わせ、男達に向き直る。


「レオニード、ここは頼みましたよ」

「あっ?どう言う事だ?」

「ちょっくら行って来ますんで」


蟋蟀は軽く下がり、少し助走をつけると思いっきり跳んだ。

居並ぶ男達を飛び越えて、中央辺りに降り立つ。

そこには斧を振り上げるギズル、手足を抑えられ、左腕を落とされたセリエがいた。


「こお、ろ、ぎ」


蟋蟀は、再度跳んだ。

セリエの元に立った。

同時に、セリエの手足を抑えていた男達の首が落ちる。


「セリエちゃんが穢れるんで、離してもらえますかねぇ」


いつの間にか、蟋蟀の手には一振りの長剣が握られていた。

片刃で軽く反りのあるその長剣を、セリエの左腕を持っていた男に向ける。


「それ、返してもらえますかねぇ」


男が反応するより早く、蟋蟀の姿はぶれ、男の首は飛んでいた。

蟋蟀が長剣をしまい、倒れこむ男から腕を取り上げると、立ち上がったセリエが蟋蟀に抱きついて来た。


「こおろぎ!蟋蟀!私、わたしーー」

「遅くなってすまなかったねえ。……よっと」


セリエを肩に担ぎ、斬り落とされた左腕を懐に入れると、蟋蟀は入り口の方、レオニードのいる辺りに駆け出した。

当然周りは、一瞬の出来事に呆気にとられている男達がいたが、その人の壁をセリエを担いだまま、飛び越した。


「ただいま戻りましたよ」

「おかえりって、セリエ!腕がっ!!」

「れ、レオニード様も来て下さったんですね」


無理に微笑もうとするセリエを下ろし、蟋蟀は優しくセリエの頭を撫でた。

そっと、セリエは蟋蟀の服を握った。


「後は全部任せときな。腕はエルロウさんに絶対治させるから、それから祝杯あげるかねえ」


「久しぶりだな、【レッドオーガ】」


男達の間からギズルが現れる。


「ん〜、誰だっけねぇ」

「ガストンの街では世話になったな。その時の借りを、今日返してやる」


斧を振ると、僅かに土埃が舞う。


「レオニード、ここは任せて貰いますんで、セリエちゃん、お願いしますねえ」


服を握ったままのセリエを優しく促し、レオニードの元へと遣る。

頷き、背中に背負っていた大槌を横に立てたレオニードに、抱えていた腕を渡す。

そして、蟋蟀は先程抜いた長剣を再度抜いた。


「あんた達にゃぁ勿体無いが、『惨』でいきますんで」


空気が、変わる。

蟋蟀の口の端が、にぃと釣り上がる。


「幾ら伝説の【レッドオーガ】といえども、今は片腕。それにこの人数だ!囲んで残ってる腕も足も斬り落としてやれ!!」


ギズルの叫びにも似た言葉に、男達は呼応し叫び声を上げる。


「元気だけは良いようだねぇ。ですがーー」


蟋蟀の口がさらに釣り上がる。

今にも襲いかかって来そうな男達を睨み、『惨』を構える。


「あんたら、冥府は見えたかぃ」


蟋蟀の、異形の足が地を抉る。

そしてーー。



「相変わらず、とんでもないな。お前は」


呆れた様子でレオニードが言う。

軽く息を切らした蟋蟀の前には、首を、腕を、足を、胴を斬り裂かれ、動かなくなった男達が横たわっていた。

呻き声すら上がってこない。


「さて、あんたはどうしようかねぇ」


全身返り血塗れの蟋蟀の前には、両手足を落とされたギズルがいた。

痛みに悶えるギズルを見下ろし、蟋蟀はレオニードの後ろに隠れるようにしているセリエを見た。


「セリエちゃん、どうしましょうかねえ」


セリエは、レオニードの陰から出て来て、ギズルを見た。


「今すぐ殺して、やりたいけど……」


その時、砦の外がざわめき出した。

騎馬の駆ける音が近づき、一騎中に飛び込んで来る。


「セリエー!ぶじですかっ!!」

「シャナさんは、タイミング最高ですねえ」


馬から飛び降りつつ、レオニードに飛び蹴りを放ちながら、シャナはセリエの隣に降り立つ。

吹っ飛び、悲鳴と共に死体の山に突っ込むレオニードを気にもせず、シャナはセリエの腕を見て悲鳴をあげた。


「セリエの腕がっ!早くメディーック!!メディーック!!」

「シャナさん、落ち付きなさいな。エルロウさんとこに連れて行けば、どうにかなるんですからねえ」

「貴方はなんで、そんなに冷静なんですかっ!」

「シャナ様っ!!」


蟋蟀に食ってかかるセリエをシャナが止めた。


「それより、地下の隠し部屋に六人が監禁されています。それと、首謀者は、そこでーー」


張っていた気が切れたのか、セリエはその場にへたり込んだ。

シャナの声がだんだんと遠くなるのを感じながら、セリエは意識を手放した。

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