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蟋蟀奇譚  作者: 城聖 香
11/13

十一

寝起きざまに、衛兵からセリエ行方不明の話を聞いた蟋蟀は、取るもとりあえずシャナの元へ向かった。

詳しい話を聞く為だ。

約束が無い為、入り口の門番に面会希望を伝えると、あっさりと中に通された。

すると、入ってすぐ蟋蟀の目に飛び込んできたのは、鎧を身に付け、外へ向かおうとするシャナと、それを必死に止めている騎士達だった。


「離しなさいっ!全員斬って落としますよ!!」

「シャナ様、お願いですから、どうか先ずは落ち着いてーー」

「落ち着けますかっ!私が陣頭指揮をーー」

「何やってるんですかい?」


蟋蟀はシャナ達の前に立った。


「ああ、蟋蟀さん。どうかシャナ様を止めてください!セリエ行方不明の報を受けてからーー」

「セリエは大事なウチの子です!私が出ずに誰が出るというのです!」


その様子に、蟋蟀は溜息を吐く。


「シャナさんは変わらないねえ。取り敢えず、話、聞かせてくれませんかねえ」


蟋蟀は笑顔でそう言ったが、その雰囲気は笑顔とは程遠い。

その空気に気圧され、騎士達はシャナを抑える手を緩めてしまう。


「きゃぅっ」

「おっと」


急に力を緩められ、シャナは前につんのめり、蟋蟀にぶつかる寸前で躱されてそのまま一回転。

無様に転がる事なく、すぐさま体制を立て直し、立ち上がって戻ってくる。


「いきなり力を緩めないで!それと、蟋蟀!避けるなんて酷い!」


おろおろしている騎士達を見やり、蟋蟀は頭を掻く。


「あんたが出てっちゃまずいでしょうに。誰が情報を纏めて指示、出すんです?」

「……うっ」


言葉に詰まるシャナ。


「れ、レオニードにーー」

「無理」


必死に絞り出したであろうシャナの言葉に、蟋蟀は首を振る。


「ですが、居ても立っても居られないしーー」

「だから俺が来たんですよ。てな訳で、詳細を教えてもらえますかねえ

「しかしーー」

「昔、ガストンで誰かが色々言ってた気がしますねえ。独断専こーー」

「分かったわ。分かったから」


シャナが諸手を上げて、降参の意思を表示する。

胸を撫で下ろす騎士達の横を通り、二人はシャナの部屋に向かった。


「貴方達は、すぐ街に向かいなさい。何でも良いから情報を集めて。私達の大事な仲間に手を出すとどうなるか、徹底的に叩き込んであげるわ」


「「「はっ!」」」


敬礼し、外へ駆け出す騎士達を尻目に、二人は先を急いだ。


部屋で聞いた話は、ほとんどあった無いようなものだった。

門番の罰を終え、シャナと少し話して、セリエは寮に戻って行った。

が、朝になってもセリエは出仕せず、寮に確認した所、戻って来た形跡も無かった。

まさかと思い、蟋蟀の所に兵をやったが、そちらにも居ない。

状況からみて、何かトラブルがあったに違いないと、シャナが外に飛び出そうとした所に、蟋蟀がやって来た、という次第だった。


「慌てすぎじゃねえですかね」


話を聞き終わり、蟋蟀は嘆息しながら言った。


「あんたにしろ、レオニードにしろ、昔から身内認定した相手には、全力で助けようとしますからねえ。周りはいつも振り回されて、困ったもんですねえ」

「自覚はあります」


シャナは言い切った。


「ただ、身内も、味方も守れない騎士に価値は無い。そう信じているだけです」


目には真剣な色があり、何より真っ直ぐで澄んでいた。

その様に、蟋蟀はにやりと笑う。


「だから俺も、あんた達の街から離れないんでしょうねえ」

「そうね、まあ、この性分は今更変えられないし、それでも付いて来てくれたんでしょう?」


蟋蟀は腰の袋から煙管を取り出し、火を付けた。


「まあ、そうなりますねえ」


煙管から登る紫煙が、ゆらゆらと舞う。

蟋蟀は大きく煙管を吸い込み、吐き出した。


「シャナさん、役割ってもんがあるんで、出番を取っちゃ駄目でしょうよ」

「何とか、出来るの?」

「セリエちゃんとは、酒飲む約束なんで」


蟋蟀は澄まし顔で煙管をふかしていた。


レオニード邸を出た蟋蟀は、中央酒場に足を向けた。

残されたピースは少なく、手掛かりは無いに等しい。ギリギリ繋がっているのがそこしか無いからだ。

相変わらず、澄まし顔で煙管を咥えているが、その足はとても早い。

と、後ろからついて来る気配に蟋蟀は気付いた。


〈気配を消すそぶりもないが、狙いは俺だねえ。んっ、こいつはーー〉


暫くそのまま歩き、タイミングを見計らって路地に入る。

そして壁に張り付き、後ろからの気配を待つ。

気配は迷う事なく路地を曲がって来た。

瞬間、蟋蟀は『貫』を抜き打ちで降り下ろし、相手はそれを長剣で受け止めた。


「いきなりな挨拶だな」

「あんたにゃ、こんくらいで丁度良いでしょう」


レオニードが長剣で、蟋蟀の切り落としを止めていた。


「取り敢えず、そろそろ剣をひいてくれないか?」

「断ります」


そのまま『貫』を握る手に、降り下ろす腕に力を込めていく。


「いやいや、お前、マジでそろそろヤバイって。骨とかいっちゃうかもしれないだろ」


レオニードの腕がプルプルし出す。

油断したのか、剣を受けた際にバランスを崩し、片手を地面についている為、力が入り辛い。

だが、徐々に体制を立て直し、地に着いたままの手を長剣にあてがうと、パワーバランスはレオニードに傾き出す。


「形成、逆転だな」

「どう、ですかねえ」


蟋蟀は咥えたままだった煙管を、器用に半回転させると、息を強く吹き、火種をレオニードに飛ばした。


「なっ、あっちちち!!」


長剣から手を離し、額にクリーンヒットした火種を慌てて払い落とすと、


「あ」


『貫』が眉間にヒットする。

鈍い音と共に、レオニードは崩れ落ちた。


「デジャブ、かねえ?」

「ち、違うと、思、うぞ」


レオニードは直ぐに立ち上がったが、膝がふるふると震えている。


「仕留め損なったか。で、何の用ですかねえ」

「まず、それを聞くのが一番だろう」

「街中であんたに遭遇したら、先ずは叩けとシャナさんに言われてるんでねえ」

「な、何故だ?!」

「サボりにゃ、良い御仕置きとの事だそうですよ」


再度レオニードは崩れ落ちる。


「で、急いでるんですが、何の用ですかねえ」


両手を地面について、サボりじゃないサボりじゃないと呟いているレオニードに、冷めた目と共に言葉を投げかける。


「蟋蟀、セリエを助けに行くのだろ?」

「ええ、探しに行くと行った方が、正確ですがねえ」

「私も連れてーー」

「嫌です」


一刀両断。


「私もーー」

「嫌です」

「わたーー」

「嫌です」


沈黙が訪れる。

見つめ合う二人。


「何故だ!私もセリエを助けたいのに!!」

「潜入や隠密にゃ、向かないでしょうよ。あんた、煩いし」

「お前だって、真っ赤で目立ちすぎるだろ!」

「この服、裏地は黒でねえ。リバーシブルなんですよ。黒の頭巾も持ってるんで、問題無いんですよ」

「なっ!わ、私も静かに出来るぞ、大人しくしてるから一緒に連れて行ってくれ」

「子供かっ!」


蟋蟀と向き合っていたレオニードが、後ろから頭を叩かれる。


「全く、慌てて戻って来たのに、何やってるんですか」

「おやおや、探す手間が省けましたねぇ」


蟋蟀の目がすっと細くなる。

レオニードの後ろには、いつの間にか、リックが立っていた。


「久方ぶりですねぇ、リックさん」

「三日位ですよ、前回逢ったのは」


状況がよく飲み込めていないレオニードを無視して、二人は会話を続けた。


「あん時はあっさり逃げられちまったんで、ほとほと困ってた所でねぇ。色々、教えてもらえるかぃ?」

「そのつもりで貴方を探してたの」


へぇと、蟋蟀の眉が上がる。


「でも、最優先は女騎士さんでしょ?」

「知ってるの、がっ?!」


レオニードが立ち上がり、蟋蟀の『貫』を脳天に受けて、また座り込む。


「取り敢えず、領主様は大人しくしといて下さい。ーーで、場所は?」


リックは砦の場所とセリエや行方不明の商人達を攫ったギズルの事を、蟋蟀に伝えた。

チラチラと、蹲って呻いているレオニードの様子を伺っているのは良いとして。


「変態は、いつまで経っても変態って事だねぇ」


言いながら、蟋蟀はグリーブを脱ぎ出した。


「こ、蟋蟀!」


いつの間にか回復していたレオニードが、慌てている。

そんな様も気にせず、グリーブを外し、異形の足が露わになる。

それを見たリックが息を飲むが、蟋蟀はそれに対し、にやあと笑う。


「リックさんの件は後にしときましょう。レオニード、先に行くんで、グリーブ、持って来てくれませんかねぇ」


軽く屈伸をして、蟋蟀は駆け出した。

その様は、まるで風、疾風より突風、突風より暴風。


「あの野郎め!追い付けるわけ無いだろう!!」


レオニードは慌てて、懐から小さな笛を取り出すと、思いっきり吹く。

高く、澄んだ音が鳴り響くと、いつの間にか、彼の後ろには男が立っていた。


「今すぐに馬を!」


男は頷くと、またその姿を消した。

レオニードは、手慣れた様子でグリーブを袋に詰めて背負う。


「あ、あの……」


完全に置いてけぼりのリックが、おずおずとレオニードに声を掛ける。


「んっ?」


レオニードがリックの方を向くとほぼ同時に、先ほど消えた男が馬を連れて戻って来た。


「おお、取り敢えず話は後だ。全て終わったら、蟋蟀と我が館に来ると良い。ジルはシャナと、念の為【インビジブル】に状況を伝えて、シャナの指示に従え」


矢継ぎ早に指示を出すと、レオニードは颯爽と馬にまたがり、蟋蟀が走って行った方へと馬を走らせる。

後にはジルと呼ばれた男と、リックが取り残されていた。


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