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蟋蟀奇譚  作者: 城聖 香
10/13

目を覚ましたセリエは、手足を縛られ、猿轡を噛ませられた状態だった。


「っ!?」


記憶を辿る。

罰の門番が終わり、シャナに挨拶をして、寮に向かう途中に後ろから声を掛けられ、振り向き、甘い香りを感じて、頭がぼーっとしてーー。

薄暗い部屋の中は、冷たい石造りで、窓一つない。

ひょっとすると、地下かもしれない。

そんな事を考えていると、部屋の唯一の扉が開いた。


「何故、騎士なぞ攫ってしまうんですか?」

「趣味としか、言えませんなあ」

「これ以上の協力は、我々としてもしかねますよ。幾ら貴方とはいえ、ね」

「分かって、おお、目を覚ましたようだな」


部屋に入って来たのは、太り気味の中年と、ピエロの仮面を付けた男だった。

どちらも見覚えがないが、どちらも声に聞き覚えがある気がすると、セリエは感じた。


〈二人とも嫌な感じがするが、中年の方がより嫌な感じがーー〉


と、中年がセリエの顔を覗き込む。


「んん?何処かで見た気が、ーーおお、昔、ガストンで足を切り落とした町娘に似ているな」

「【レッドオーガ】に殺されかけた時のですか?」


ピエロの男の言葉に、中年は唾を吐いた。


「フン、使えない部下が儂の盾になっただけだ。まあ、あの時のおかげで今の儂があるのだから、感謝しなくもないがな」

「ガストンから奪った金品ですね」


ニヤッと笑った中年はの口元から、欠けた歯が覗く。

セリエの目が大きくなった。

手足を縛られ、猿轡をかまされているので、もぞもぞと動き、うーうーと唸るしかできないセリエだが、それでもできる限り暴れた。


「おやっ?何か言いたいみたいですね」


そう言って、ピエロの男はセリエの猿轡を外した。


「ぷはっ!貴様っ!あの時の奴だなっ!クソッ!!絶対に許さない!!」


噛み付かんと叫ぶセリエの様子に、中年は目を丸くした。


「これは驚いた。あの時の町娘が、立派になったものだな。足も何故かくっついているようだし」


片膝をついているピエロの男の横にしゃがみ込み、中年はセリエの足を撫で回す。


「くっ、触るな!汚らわしい!!」


一通り撫で回した中年は、その手でセリエを思いっきり引っぱたいた。


「今の自分の状況を弁えろ。反抗的な態度も嫌いでは無いがな」


セリエの口の端から血が流れる。


「それでは私はこの辺で失礼しますよ」


ピエロの男が立ち上がる。


「今後はどうするのだ?」

「まあ、この騎士だけは大目に見ましょう」


ピエロの男は扉を開けた。


「あ、そうそう、その騎士ですが、ーー蟋蟀の関係者みたいですよ」

「!!」


セリエの脳裏に、一昨日の街の外の遣り取りが蘇った。


『引くぞっ!捨てていく!』


噛み合った。


「貴様、一昨日の黒尽くめの奴か!」

「あ〜、気付いてしまいましたか」


ピエロが踵を返して戻って来る。


「まあ、ちょうど良かったかもしれませんね。この方はなかなかいい趣味をしてるので、ゆっくり壊れてしまうまで、可愛がってもらうと良いですよ」


動かないはずのピエロの仮面が、何故か笑ったように見えた。

今度こそ、ピエロは扉を出て行った。

中年は、その後ろ姿を忌々しげに見ていた。


「あんな奴より儂の方が……」


中年は呟き、セリエの方を向く。

目には、好色と期待、そして狂気の色が見えた。


「直ぐにでも遊んでやりたいところだが、儂もなかなか忙しくてな。用が済むまで、コイツラと仲良くしているが良い」


中年が壁の辺りを弄ると、扉の反対側の壁から微かな音がした。

そして、セリエを縛り上げている縄の端を掴んで、壁の方へセリエを引きずりながら歩いていく。

擦れる度に、痛みと熱が肌に走る。

中年が壁を触ると、その一部が回転扉の様に回り、隠し部屋が現れた。


「っ!?」


その部屋の中には、商人の格好をした六人の男女がいた。

中年は、セリエをその部屋の中に放り込んだ。


「痛っ!」

「残念だか、今日は夜まで予定が詰まっているからな。そいつらと、大人しく待っているんだぞ。後でたっぷり可愛がってやるからな」

「ま、まてっ!」


中年は、セリエの言葉に嫌らしい笑みを返して、壁を操作し閉めてしまった。


「く、くそっ!」


セリエは、何とか腕の枷を外せないかと、広くもない隠し部屋の中で暴れ回る。

と、弾みで、部屋にいた女性にぶつかってしまった。


「あっ、すまない」


無理矢理身体を起こし、女性の方を向く。

光源は見当たらないが、薄ぼんやりとした部屋の中で、女性も、他の男女もあまり動く様子は無い。


「大丈夫か?きっと助けがーー」


言いかけて、セリエは息を飲んだ。

部屋の六人は虚ろな目をしていた。

そして、腕も、足も、切り落とされていた。

血が流れない様に、傷口は焼かれていた。


ーなかなかいい趣味をしているー


ピエロの言葉が、セリエの頭の中を巡る。

そして、中年に足を切り落とされた記憶が、甦る。


「あ、ああ、あ、ああああああー!」


セリエが叫ぶ。

喉が裂けんばかりに。

手足を激しく動かす。

無理に動かす事で走る激痛も、感じられない様だ。

六人は、そんなセリエに目を向けることもなく、虚空に視線を漂わせている。

しばらく暴れると、セリエは荒い息をついて暴れるのを止めた。


「蟋蟀、助けて……」



部屋を出たピエロは石造りの階段を登り、一階へと出た。

そこはおざなりに修繕された、砦の中だった。

街からは少し離れた所にある、戦争の遺物。

そこはひっそりと修繕され、彼らの隠れ家になっていた。

一階には、直立で立つ二人の男がいた。


「そろそろ、あいつも終わりかな」


男達はその言葉に応える事なく、身じろぎひとつしない。


「ここは胸糞悪くなるから、あまり長居したくないな。ーー行こうか」


ピエロが砦の外に出ると、待っていたのか、一人の女性が立っていた。


「おや、リックさん。どうされました?」


リックは無言で小さな袋をピエロに放り投げる。

慌てて、前に出ようとした男達を手で制し、ピエロは袋を拾った。

中には十数枚の金貨が入っていた。


「これは?」

「そちらとの契約は終わり。途中解約だから、半分だけ返すね」


ピエロは袋を傍の男に渡した。


「前から遣り口はあまり好きじゃなかったけど、まさか、ギズルと繋がっていたなんてね。もう少しまともだと思っていたけど」

「ご存知でしたか」

「街ひとつ焼き討ちし、部下を見殺しにして略奪した金品で商人に成りすましたゴミでしょ」


怒りと憎しみの篭ったリックの言葉に、ピエロはクックックと笑い声を上げた。


「あれでも、金と人脈はそこそこ持ってるんで、重宝してたんですよ」

「してた?」

「まあ、色々あって、多分今回限りでしょう。我々は彼と道を違える予定です」


リックは意外そうな顔をした。


「利用価値が無くなりそうですし、面倒に巻き込まれそうなんでね。今回の件も、彼の独断と趣味が大きく、私達の方針とはズレがあったので、遅かれ早かれだったとは思いますけどね」

「まあ、何にせよ、あんた達との契約は終わり。他に情報を廻す事はしないけどね」

「別に構いませんよ。我々の情報に関しては、貴女には流してないですから。この場所に関しても、我々とは関係ないですからね。むしろ……、そうだ」


ピエロは袋を拾った男に、その袋をリックに渡す様に指示する。

戸惑いを隠せないリックに、ピエロは言葉を続ける。


「ここの情報を流してください。そうですね、この間乱入してきた方あたりだと、色々面白くなりそうですね。このお金は、その手間賃という事で」

「……あんたが何考えてるのか分からないわ」

「面白い事が、一番大事ですよ」


ピエロは男達を促し、リックに背を向けて歩き出した。


「急いだ方が良いですよ。捕まってる方達全員、五体不満足になっちゃいますからね」


ピエロの去り際の言葉に、リックは身震いをして、街に向けて走り出した。


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