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キョロキョロしながら歩いていたら、章一郎と一緒にいた女を見つけた。
琴子は声をかけた。
「あの、章一郎さんは一緒じゃないのですか?」
女は眉をひそめて言う。
「知らないわ。
急にどっかに行っちゃうんだもの。
もう最悪!」
章一郎は逃げたのだろうか?
どこに?
自力で探せってこと?
琴子は女に頭を下げると走り出そうとした。
「どうして貴女なの?
どうして私じゃダメなの?」
女が琴子に問いかける。
「私だってちゃんと出来るわ。
それなにのどうして貴女に劣ると言うの?」
「…そんなの私だって分かりません。
でも私だって章一郎さんじゃなくちゃダメなんです」
見せ付けるように女を連れてきた婚約者。
ムカムカしてイライラして殴ってやりたい。
そうだ、殴ってやろう。
会ったら一発お見舞いしてやるのだ。
「絶対に私の方がいい女だわ。
ねぇ、貴女が手を引いてくれないかしら?
そうするのが一番いいと思うの」
いい考えだわ、と女は言う。
はぁ?どうして私が手を引かなくちゃいけないの?
あり得ないわ!
こういう挑発にはのらないのが一番だ。
琴子は無視すると走り出した。
とりあえず章一郎を探して殴らなくちゃ、この気持ちはおさまりそうになかった。
琴子は一階に下りてみた。二階にはいなかった。
なら、一階だろう。
人混みの中を探すのは大変だった。
でも琴子は見つけた。
いつも見ている章一郎の背中を。
「章一郎さん!」
琴子は叫ぶと章一郎に向かって走り出した。
そのまま背中に突っ込む。
ぐえ、とカエルが潰れたような声がした。
「…琴子」
怒ったような章一郎の声が聞こえた。
琴子は章一郎から離れて、睨むように見上げた。
「何よ。私だって怒ってるんだから。
ねぇ、一発殴ってもいい?」
拳を握りしめて琴子は言う。
殴られる理由がない、という章一郎の言葉に琴子の怒りはMAXになった。
理由がない?
言い逃れの出来ない理由があるくせに?
「へぇ、自覚がないんだ。じゃあいいよね」
殴っても、と琴子は拳を振り上げた。
しかしその拳は簡単に止められてしまった。
離して、という琴子を無視して章一郎は抱き寄せる。
「どうして殴られなくちゃいけない?
俺は何もしてないよ。
むしろ俺の言う事を聞かないお前の方が問題だと思わないか?」
意味が分からない、と琴子は思った。
「どうして?
知らない女と一緒にいた章一郎さんが悪いんじゃない!」
「あれは勝手に着いて来たんだ。
俺は知らない。
やっと手に入れたお前を簡単には手離すようなことはするもんか」
章一郎はそう言うと琴子の頬をつねった。
「それより、メイド服はダメだと言っただろう?
まさか忘れたというんじゃないだろうな?」
そのことで昨夜喧嘩したことをすっかり忘れていた。
「こんなミニをはいて、お前は誰を誘っているんだ?
俺以外の男だったら承知しないぞ」
章一郎の手がミニから出た太ももに触れる。
「しょ、章一郎さん!?」
琴子は顔が赤くなるのを感じた。
別に章一郎を誘ってるつもりはない。
慌てた琴子を見て溜飲を下げたのか、章一郎は太ももから手を離す。
「…家に帰ったらお仕置きだからな」
そうささやかれて琴子は血の気が引いた。
お仕置きって何?
「待ってるから早く帰って来いよ」
そう言うと章一郎は帰っていった。
「どうだった?
廊下でいちゃついてたって聞いたよ」
紅子の言葉に琴子は絶句した。
廊下だから誰に見られてもおかしくないのだった。
「えっと、その…」
口ごもる琴子に紅子は笑った。
「あはは、本当なんだ。
良かったね琴子」
琴子は赤くなりながら頷いた。
こうして琴子の一日は終わったのだった。
「さぁ、お仕置きをしようか?」
琴子の部屋で章一郎は待っていた。
「え、あれって本当だったの?」
「本当に決まってるだろう?」
こんな楽しいことをやめるわけがない。
そう言って章一郎はニヤリと笑う。
「そうだな。しばらくは俺しか考えられないようにしてやろうか」
章一郎の言葉に琴子は固まる。
今でも充分そうなのだけど!
腕を捕まれて抱き寄せらせる。
「覚悟はいいな?」
答える前に口を塞がれた。
優しい口づけに琴子はとろけそうになる。
「…これがお仕置き?」
「そう。お仕置き。
毎日してやるからな。
そうすれば俺のことでいっぱいになるだろう?」
「…もう章一郎さんでいっぱいだよ」
琴子はそう言うと章一郎の首に腕を絡めた。