一章 四、お願いの内容と確認
H27 6月5日 誤字があったので訂正しました。
誤…毒を持つものものが大半ね。
正…毒を持つものが大半ね。
「具体的には? そもそも、精霊って何なんですか?」
かなり物騒かつファンタジーなことを頼まれているが、まずは内容をしっかり確認しないと。精霊と言っても、実際は虫かもしれない。虫くらいなら幾らでも殺せる。
「精霊と言うのは、そうね、道夫さんにも分かりやすく言えば、魔力で出来たクラゲのようなものかしら? 見た目も似たようなものが多いでしょうし。クラゲ以外だと、大抵、海洋生物のような見た目をしているわ。大きくて3m、小さいもので数cmくらいの大きさよ。
体の殆どを魔力で構成された生物のことを指すの。知能も殆どないか、獣並みが普通ね。定期的に間引いておかないと、どんどん増えて、新天地や餌を求めて魔女の畑にまでやって来るの。魔女の畑には、精霊達の大好物で溢れているから。
群れた精霊達って本当に忌々しくて。畑だけでは飽き足らず、お庭も荒らすし、果てはお家まで被害を与えるのよ? ひどいと思わなくて?
だからとっても困っているの。いくら柵をつけても、勝手に入ってくるんですもの。魔法で作った結界も、精霊達には無意味ですし」
どうやら、害虫や害獣の類いに近いようだ。しかし、この世界の住人にとってもそうなのだろうか? そうでないのなら、難易度が大分異なる。
「この世界で精霊って、崇拝とかされていないんですか? もしそうなら、殺すのはかなり大変なことになるんですが」
神殺しとして追われるのは勘弁して欲しい。
「あぁ。それなら問題ないわ。この世界では多神教の神様達が崇拝されているから。神話も人間くさくて面白いわよ。『精霊』と言う単語も登場しているけど、明らかに私が殺して欲しいものとは別物よ。それに、この世界の住人には精霊なんて見えやしないもの。いくら道夫さんが精霊を殺そうと、口外しない限り分かりはしないわ。
だから、精霊を殺したところで特に何かされる心配は皆無よ。
どう? 少しは心配は晴れた?」
「はい。大分軽減されました。でも、現地の人に見えないものを、俺が見ることなんて出来るんですか?」
「それも問題無いわ。
今の状態でも道夫さんには見えるもの。道夫さんは異世界の住人だから。精霊と言うのは、同じ世界に属している生物には見えないけれど、異世界の者には簡単に見えるものなのよ。
異能が入って既に変質している勇者くん達は、この世界の住人同様見えないでしょうけど。だから狩りの邪魔をされることもないでしょうね。安心して狩ってちょうだい。
それに、狩り取るのも、出来る範囲で構わないわ。普段の生活を優先して、支障をきたさない程度で十分よ。こちらもこの時期になると、使い魔を出し合って間引きをしているから。それでも手に負えないくらい多くなるから、嫌になるのだけど。
以上がお願いの内容よ。狩り方も知っておきたい?」
「えぇ。お願いします」
今の時点で、陽子さんのお願いを聞くのは悪くないと思っている。
陽子さんの話ぶりから察するに、召喚で巻き込まれた俺には、この世界で普通に暮らしていけるだけのものが、色々と足りていない。恐らく、話された内容以外にも、足りていないものはあるだろう。それは長年の付き合いから察せられた。
それに加え、王国からの刺客など、普通の手段では防げない危機も迫っている。俺の実力では敵わないのは明白だし、今後もそのような事態に陥った際に、行使することの出来る自衛の手段は欲しい。それもすぐに使えるものが。鍛えている時間なんてくれそうにないからな。
せめて天寿くらいは全うしたいので、特にこのまま問題が無いようであれば、陽子さんの条件を飲むことは構わないと思っている。この姿に未練がないわけでもないが、命には変えられない。
「分かったわ。精霊の狩り方は、今お手本を見せてあげるわ。本物の精霊も見せておきたいし」
そう言って、蓋のされた小さな水槽を置く。その中には、拳くらいの大きさをした、形はクラゲに近いが、色合いや造形が所々異なり、またカサの部分に光る模様が入っている生物がいた。触手が体以上に長いタイプだ。よくテレビとかで見たな。確か、毒があるタイプに多かった。
「これが精霊ですか? 確かに、クラゲに似ていますね。地球のクラゲみたいに、毒を持っていたりするんですか?」
俺がよく見えるよう、目の前に差し出されたものをマジマジと見ながら尋ねる。コップなどはマヅドさんが手早く片付けていた。
「毒を持つものが大半ね。毒を持っていないものの方が少ないわ。大抵は蚊に刺されて腫れる程度の微毒なのだけど、中には死に至る猛毒を持つものもいるわ。
でも、道夫さんが気になさる必要はないわ。精霊の毒は魔女や魔人のような、魔力を大量に保有する者にとって有害なだけで、魔力の殆どない使い魔や人間にはまず作用しないから。仮に道夫さんがこの世界で伝説級の魔法使いになったとしても、精霊の毒が作用するほど魔力を持つことは有り得ないでしょうね。そもそも、魔力の質から違うんですもの。今回召喚された子達も、そうだと思うわ」
なるほど。それなら安心だ。チート持ちでも魔力の保有量が足りずに毒が作用しないのなら、俺に作用することは万が一にも起きないだろう。
陽子さん達は、畑や家を荒らす以外にも、有害な生物だから精霊を駆除しているのか。魔女も楽ではないようだ。
他にも、精霊に噛みつかれることなどもあるらしいが、いずれも魔力を保有していないものにとっては無害であるそうだ。
精霊退治の懸念が、解消されていく。
それにしても、これが精霊か。初めて見たが、本当に海洋生物そっくりだ。観賞用の熱帯魚みたいで、水槽でこのまま飼育出来そうだ。ただ、見えるのだが、どこかうっすらとしている。今にも消えてしまいそうだ。そう思って見ていたら、水槽の中のクラゲが消えた。
「これが精霊よ。見えなくなったのは、空間に霧散したから。この水槽の中に、変わらずに存在しているんだけど、この状態だとこちらから手を出すことは出来ないわ。だから見えている時に、捕まえて殺すの。
しばらくすると、また姿を現わすわ。ほら、もう姿を現した」
陽子さんの言葉通り、水槽の中には、何事もなかったかのように、先ほどのクラゲもどきがいた。
陽子さんは、懐から模様が刻まれた菜箸らしき物と真っ白な和紙のような物を取り出し、菜箸を手に、和紙は広げてテーブルの上に置くと、水槽の蓋を開けた。水槽からクラゲもどき、いや、精霊がフヨフヨと上昇し、出ようとする。水槽からカサが全部出た時を見計らって、持っていた菜箸で掴み、そのまま広げた和紙の上に置く。一度和紙の上に置いてしまえば、トリモチのようにくっつくのか、精霊は動かない。その間に、残った触手なども菜箸で取り、和紙の白い部分の上に置いた。
すると、じわじわと和紙の中に精霊が沈み込み、一分とかからないうちに、和紙の中に消え去った。
真っ白だった和紙には、消え去った精霊の姿がそのままの姿で絵と化していた。色のつき方などは油絵のように立体感のあるものではなく、日本画や、線画に近い。
「これが精霊の捕まえ方よ。この紙の白い部分に、精霊の体を置けばいいの。
一度でもこの用紙に置いてしまえば、もう精霊は自力で出ることは出来ないわ。絵になって、そのままこの用紙と一体化して、魔力を失って死ぬの。
一度置いたら剥がせないから、置き方には注意してね。あと、精霊の体が大き過ぎて全体を置けない場合は、この特製の菜箸で入り切らない部位を切り取って、残った白い部分に置いてちょうだい。紙が足りない場合は、新しい紙に置いたり、紙を重ね合わせて、大きくした状態にしてから置けば問題ないわ。
これで精霊の駆除は完了。道具を貸してあげるから、道夫さんもやってみて」
さっきとは別の精霊、見た目は色違いのクラゲもどきの入った新しい水槽を取り出し、陽子さんは菜箸と和紙を俺に渡す。
「それじゃあ、蓋を開けるわよ?」
無言で頷けば、先ほど同様、フヨフヨと浮いてきた。
それを菜箸で摘むが、掴み方が悪いのか、抵抗される。箸から溢れ落ちそうになるが、何とか用紙の上に置く。素手では触れないらしく、顔にかかった邪魔な触手を払い除けようとしたが、素通りしてしまった。
カサを置いた後、掴み切れなかった触手などをちぎっては用紙の白い部分に置いた。
何回か実践して、精霊の掴み方や置き方を学ぶ。魚タイプや貝タイプの精霊も掴んでみたが、クラゲタイプより楽だった。他にも、紙を重ねて、大物の置き方を実践したりもした。縁を重ね、隙間を作らないことが大事らしい。
「どう? 結構簡単でしょう?」
「そうですね。これなら出来そうです。流石に陽子さんみたいに綺麗には置けませんが」
出来上がった、絵と化した精霊達の標本( ? )を見比べながら感想を言えば、「すぐに慣れるわ」と返された。
「道夫さんは細かい作業や根気のいる作業には慣れているから大丈夫よ。私が保証するわ。それで、どうする? 私のお願い、聞いてくださる?」
「はい。その代わり、手助けの件、お願いします」
俺は陽子さんのお願いを聞くことにした。この程度ならこなせるし、数も特にノルマなどを定められていないので、慣れない異世界生活の中でも出来そうだ。