第一章 三、 陽子さんのお願いと条件
これで一度投稿を区切ります。
不定期更新になりますが、お付き合い頂けると幸いです。
陽子さんの言葉をまとめると、以下の通りになった。
まず、陽子さんは様々な異世界を巡る魔女であり、召喚に巻き込まれた俺を心配してこちらの世界へ来てくれたらしい。旅行ついでに。随分と軽いノリだが、そこは陽子さんだから仕方ない。
返す方法も知っているが、面倒だからしてくれないそうだ。何より、「魔女が人助けをするなんておかしいでしょう?」とのこと。魔女たる者、悪意と愉悦を以って事を成すのが通常らしい。友情は感じているが、だからと言って、魔女の信条までは曲げる気はないらしい。
そのため、現地で是非とも頑張って欲しいとエールを送られた。マヅドさんも陽子さんサイドであるため、同様にエールを送られてしまった。当初の予定通り、こちらで頑張るしかないようだ。
ただ、友人の好で鈴鹿はこちらに呼んでくれるそうだ。それだけでもありがたい。地球の唯一の心残りがこれで消える。鈴鹿は後ほどこちらの世界へ送られるらしいので楽しみだ。
また、あの腹が真っ黒な王女様が俺に刺客を放ったことも教えられた。だからこの異空間の店までわざわざ足を運んだらしい。確かに、あんな分かりにくい道を通られたら、幾ら手練れの暗殺者とは言え、追跡は出来ないだろう。
王女が不審だと俺が気付いたように、王女にもこちらが不審だと気付かれたようだ。追手はいずれも手練れで、俺の技量ではこの国を生きて出ることは叶いそうにないと断言された。
せっかく王宮を抜け出して、胡散臭い連中から離れられたと思ったのに。王女を侮っていた。魔法のi●ad(こちらもある意味胡散臭い代物だが、陽子さんから言われると、不思議とそんな気持ちが起こらない)で見せられたが、その実力はかなりものだ。
しかも、追手が俺を見失ったことから、予防策として俺を犯罪者として指名手配をする準備も進められている。王家の宝を盗んだ者として、ビラや各地の要衝に俺の顔と名前が送られているのだ。魔法のせいで、現代よりも迅速に情報が知れ渡っている。
共に召喚された正式な勇者くん達にも、その情報は伝えられているから恐ろしい。
舐めていた。
これでは王国から出た後も、迂闊に街を出歩けないではないか。しかも、チート持ちを敵に回したに等しい状況でもある。彼らのことだ。恩を仇で返すなんて、と憤っていることだろう。
陽子さんは魔女であるため、先ほどの言動から手助けは期待できない。自力でどうにかしなければならないのだが、策が思いつかず、お手上げ状態だ。
マヅドさんの世界へ逃げ込むことも考えたが、それは出来ないとマヅドさんから却下された。不法入国ならぬ、不法入界は「ダメ、絶対」だそうだ。それをするのならこの場で殺すと、とても良い笑顔で言われた。あれは本気の目だ。
「もし、道夫さんが私のお願いを聞いてくれるのなら、逃亡を手助けするわ。どうする?」
陽子さん達の話を聞いてから、ウンウンと頭を悩ます俺に、蜜のように甘い一言が囁かれる。
乗りたい所だが、代償が怖い。陽子さんは無償では事を成さないから。
「勿論、お願いの内容と手助けの内容を知ってからで構わないわ。
それに、私はお友達には優しいのよ?」
この一言に、迷いながらも陽子さんのお願いについて聞くことにした。
「まず、手助けの方法から教えるわね。
方法はとっても簡単よ。まず最初に、偽物を用意するの。
道夫さんの影から型を取って、その型に合わせた肉人形を作るの。十分もあれば、髪の毛の一筋から、内臓の内部や持病に至るまで、完璧に再現して作ることが出来るわ。
魔法の申し子たる魔女が作った肉人形を、児戯に等しいものを魔法と呼んでありがたがっているおバカさん達には、本人としか判別出来ないでしょうね。
この世界で、それが肉人形だと鑑定出来る者なんていやしないから、追手の心配はなくなるわ。
人形を作り終えた後は、その肉人形をスラムに放置するだけ。後は向こうが勝手に納得する理由を考えてくれるわ」
「影から型を取るって。痛みとか苦しみとかは無いんですか? あと、寿命が減るとか」
随分とファンタジーな方法だ。しかし、魔女である陽子さんが用いる方法としては、堅実なものなのだろう。とは言え、俺にとって未知の領分なので、気になることを確認しておく。
「そんなものは無いから安心して。影を抜き取ったり、切り落とすのでしたら、とんでもなく痛いでしょうし、モノによっては寿命も縮むでしょうね。でも、今回は型を取るだけだから、痛みなんて一切感じないわ。寿命だって縮みはしないでしょう。
道夫さん、影を踏まれて痛かったことなんて無いでしょう? 影の形に線を引かれて、寿命が減った記憶も無いでしょう? 型抜きも同じことよ。
それに、もしお願いを聞いてくれるのなら、おまけをあげるわ。何かは見てからのお楽しみ」
なるほど。陽子さんの説明にひとまず安堵する。
「次に、道夫さんの容姿を変えるの。これも、型抜き同様、痛みや寿命が縮むことはないから安心してちょうだい。
これは、追手から逃れる為と言うより、お友達としての餞別ね。
道夫さん、召喚された際に、言語理解とアイテムボックスの他に何の異能も身についていないでしょう? それって、本来はおかしいことなの。
普通、召喚にせよ何にせよ、異世界へと来たら容姿なり能力などに変質をきたすのが一般的なの。そうしないと体が異世界に馴染まずに壊れてしまうから。正式に召喚された子達には、そういう異能、ちゃんと付いていたでしょう?
道夫さんみたいに、姿が変わらず、異能も身につけていない状態だと、早死にしてしまうの。そうね、五、六年も生きられれば良い方でしょうね。それだとあんまりだから、こちらの世界に合わせた姿に変えるの。そうすれば、何事も無ければ天寿を全う出来るわ」
まさかあのチートにそんな重要な役割があったとは。巻き込まれただけで、ごっそりと寿命を削り取られるなんて、冗談ではない。
あの宮廷魔術師共め。もっと慎重に事を運べ。
「あの、お願いを聞かずに姿だけを変えてもらうことは出来ますか?」
長年の付き合いと一連の会話の流れから、薄々と答えは分かっているが、敢えて尋ねる。
「ダメよ? お願いを聞いてくれなきゃ、してあげないわ」
予想通りの答えを返された。悪戯に成功した、子供を思わせる顔つきだ。どうにもこういう顔をされると、憎めない。少なくとも、あの腹黒王女よりかは、素直に感情を出す陽子さんの方が好感がもてる。
「説明を続けるわね?
肉体はこの世界に合わせたものに変えるから、元の容姿から掛け離れることになるけど、そこは我慢してね? その代わり、異能ほどではないけど、あれば役立つ能力を一緒につけといてあげる。自衛くらいの役には立つ筈よ。この世界、穏やかに生きたいと思っても、力って必要なものでしょうから。
肉体をこの世界に合わせた際に、肉体年齢は多少前後するでしょうけど、命に別状はないから安心して。質問はあるかしら?」
「今のところないです」
「じゃあ、次にお願いについて説明するわね?
私のお願いはただ一つ。この世界の精霊達を殺して欲しいの」
花の咲くような笑顔で、陽子さんは告げた。