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第一章 二、 林檎の木亭と陽子さん

『林檎の木亭』はなかなか込み入った場所にあった。いかにも怖そうな男達を避けながら路地裏を通ったり、民家と民家の隙間道を抜けたり、地下の階段らしき所を出たり入ったり。そんなことを何回も繰り返した。二十分は確実に歩いただろう。


  それにしても、随分と慣れた足取りだ。陽子さんはこの辺りに詳しいのだろうか?


  聞きたいことは色々あるが、まずははぐれないようにしないと。ここではぐれたらシャレにならん。


  ここを自力で探して見つけるのは至難の技だろうな。そりゃあ、現地の人にも知られないことだろう。知り合いが営んでいるとは言え、陽子さんはよく間違わずに来れるものだ。


  このように、ここまでの道のりは困難であったが、それでもこの場所を選んだ亭主の気持ちはよく分かる。


  まず、城下町に満ちていた異臭がここにはないのだ。

  それだけで、大分清々しさが違う。日当たりもよく、周囲をくすんだ色合いの石壁で囲まれているのは変わらないが、新緑芽吹くの若木や、目に鮮やかな花々が咲いており、時折吹き抜ける風にその甘く優しい香りが立ち込める。


  また、地面も石畳ではあるが、店に至るまでの道の周囲に芝生が植えられており、それもまた心を和ます。


  色タイルなどを用いてデザインされた道を進めば、『林檎の木亭』と看板を下げた、ログハウス調の店に辿り着く。城下町にあった建築物とは少々趣きの異なる雰囲気で、この場所によく馴染んでいた。


  あのゴチャゴチャとして、異臭や薄汚さが目につく城下町で、よくこのような場所を見つけたものだ。



  扉を開ければ、ドアベルの音と共に木の良い香りが鼻腔をくすぐる。


「いらっしゃい。お、陽子ちゃんじゃないか。久しぶりだな。そっちの人は知り合いかい?」


  気風の良さそうな、ガタイの良い、俺より少し若いくらいの男がカウンター越しで出迎える。顔立ちは日本人みたいで、精悍さが滲み出ている。


「えぇ。お久しぶりね、マヅドさん。こちらは私のお友達で、道夫さんよ。今回の勇者召喚に巻き込まれたの。

  彼の紹介もしたいし、お茶をもらってもいいかしら? 朝から歩き通して疲れたの」


  陽子さんの口から漏れた言葉に息を飲む。

  俺はまだそのことを陽子さんに話していない。何故、陽子さんが知っているのか。


「おぉ、構わんよ。待ってな。それにしても道夫さんは災難だったな。ここでゆっくりすると良い。

  今甘いもんも持っていってやるから、陽子ちゃんは道夫さんと好きなとこに座っててくれ。陽子ちゃんは飲み物は何でもいいだろう? 道夫さんは何か希望はあるか?」


  随分と軽いノリだ。「にわか雨に降られて大変だったな」と変わらないノリだぞ。もしかして、勇者召喚ってそんな頻繁にやられているのか? だとしたら嫌すぎる。


「えぇ。あるものでお願い」


  カウンターに近い席を取り、そこで荷物を降ろし、ついでに靴も脱いで寛ぐ陽子さんに倣い、俺も荷物を降ろしてた。新品の履き慣れていない靴はどうにも痛くて。そっと靴を脱いで寛ぐ。


「いえ、特にありません。陽子さんと同じでお願いします」


  とりあえず、勇者召喚などはひとまず置いておこう。これから聞けば良いのだし。今はマヅドさんの好意に甘えさせてもらう。

  それにこの二人のやり取りから察するに、かなり親密なようだ。悪いようにはされないだろう。何だか身内の家に遊びに来たような感じにも見える。


  それから程なくして、マヅドさんがお盆片手にやって来た。

  驚いたことに、マヅドさんは人間ではなかった。 カウンターで隠れて見えなかったが、ケンタウロスらしく、その下半身は馬であった。四本脚に、蹄がしっかりとついているのが見える。ズボンの代わりに、馬用の服とでも言えば良いのか。上半身から被って、前から後ろまでをすっぽりと覆う物を着ていた。中世の騎士が馬を飾りたてる時に着せたものみたいだ。


  流石異世界。

  早速住人に驚かせられる。


  空いたテーブルに腰掛け、マヅドさんがお盆に乗せたマグカップと、冷やされたレモン水が並々と入った水さし、それから干し果実を俺達の前に並べてくれた。


  それらに手をつけながら、改めて軽い自己紹介をしていく。マヅドさんのフルネームは、マヅド=アリョウカ。「馬人」と言う種族で、人間で換算すると、今年で30になるそうだ。このお店は同じく馬人の奥さんのリーミンさんに、住み込みの人間の青年、ユーシカ君で切り盛りしているらしい。二人は遠くまで買い出しに行っているため、数日は戻らないそうだ。あと、お昼はサービスでタダにしてもらえた。気前の良い人だ。早速後で頼もう。


  さて、それにしても聞きたいことが山のようにある。一体何から聞けば良いのか。


「迷っているようね?」


  俺の心情を見透かしているのだろう。蠱惑的な笑みを浮かべ、楽しんでいる。


「全部答えてあげるけど、ただ話しても面白くないわ。そうね、まずは改めて自己紹介しないと。

  私は八島 陽子。六百歳になる魔女よ。それで、このお店は異空間にあって、マヅドさん達は道夫さんが召喚された世界とは異なる世界の住人なの」


  飲んでいた水を危うく吹き出す所だった。

  荒唐無稽な内容に驚いたが、しかしながら、妙にしっくりくるのも事実だ。陽子さんはどこか、人ならざる雰囲気を感じることがあったから。


  思い返せば、絶世の美女と評しても足りないくらいの美貌の持ち主なのに、いつも飲みに行くバーでは、誰も陽子さんに声をかけないなど、まるで陽子さんが見えていないんじゃないかと思うような不可解なことが幾つかあったことを思い出す。


  異世界にも関わらず、勝手知ったる様子で街を歩いていたことや、異世界に召喚されるなどと言う、摩訶不思議な目にあった俺を探し当てたこと。更には、その原因である勇者召喚を知っている様子だった。


  目の前でおきたことがどれも「陽子さんは魔女」と言うことで、俺の中で繋がった。


「それじゃあ、一から説明していくから、よく聞いてね?」


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