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四章 一、新たな目的地

 

  追手と対峙し、無事に朝日を迎えられた今日。冬毛と脂肪で二回り以上丸くなっている狸を仕留めて解体し、臭い消しのための乾燥させた香草と干しキノコ数種類、更に甘辛い味噌もどきを入れて出汁を作り、その中に小麦団子と下処理をきっちりと施した、採れたての山菜を入れる。でないと虫がひどいから、食えたものではない。虫ごと食うと言っても、限度がある。


  ちなみに、後でイザークに尋問させようと思っていた囚人の二人に関しては、既に解放してある。もう尋問してまで聞きたいことなんて無くなってしまったから。鈴鹿が水をかけて起こそうとしていたが、流石にそれをすると外気と相まって凍死しかねない。だから、ゲンコツで起こした。頬を叩いたくらいじゃ全然起きなかったし。

  いや、あの時の忌々しそうな顔ときたら。


  一応こっちは向こうの足を砕いたりしているんだけどな? そんな力で叶わない相手に、言葉にこそ出さなかったが、視線が全てを物語っていた。あれだけの侮蔑を向けるだけのガッツ、一体どこから湧いてくるのだろうか?

  俺だったら、そんな相手と再び対峙するような状態になれば、愛想笑いの一つや二つ、普通にするぞ?

  どこまで南部の人間を嫌っているんだ。まぁ、もう関わることも無いだろうし、構わないが。


  きっと、今頃は森を抜けようと移動を始めた頃だろう。あいつらは夜の森の恐ろしさを知らないほど無知でも、不用心者でもなかったから。足を砕いた方の男に対しても、添え木などはしてちゃんとアフターケアもしてきたし、移動は遅いが問題はない筈だ。野生の動物と下手にやり合わなければ。



  そんなことをつらつらと思い出しながら、味を調整していく。

  うん。これならいけるだろう。


  で、出来上がったのが異世界版狸鍋、と言うものだ。日本だと、狸の肉は臭い消しのために数日は処理に時間をかけなければ、強烈な獣臭い肉と化すらしい。流石に食べたことがないので、どこまで本当かは分からないが。


  しかし、この世界の、今の時期の狸だと、そこまで臭いは強くない。

  とは言っても、他の時期に比べれば、と言う注意書きが必要になるが。また、家畜ではない、野生の獣を食べるのだ。肉についた臭みや癖などは強かったが、こればかりは仕方ないだろう。それに、血抜きなども手早く行ったので、食べられないほど酷くはないし、滋養もあるので体が芯から温まる。自画自賛するつもりはないが、俺の施した味付けも悪く無いだろう。

  隣の鈴鹿を見れば、満足そうだから。お代わりを要求されたので、快く器によそう。


  昨日調理した、掌くらいの大きさのあるトカゲの姿焼きも気に入ってもらえたようだし、俺としてはそれだけでも十分満足している。ただ、セイヤとイザークの二人に関しては、普段食べる北部の味付けと少し違うらしいので、物珍しそうに食していた。どうやら、使用している調味料が違うらしい。

  セイヤは特に問題なく食べていたが、イザークには少し食べづらい味付けだった様だ。そもそも、使う食材からして合っていないらしい。トカゲなんて初めて食べました、と苦笑では隠しきれない、少し引きつった表情で言っていたから。


  まぁ、文化の違いによる食の違いって、結構隔たりがあるからな。


  言っておくが、俺は別にゲテモノが食べたかったわけでも、食べさせたかったわけでもない。旬のものを食べさせたかっただけだ。栄養もあるし、美味しいから。そこを強く主張したい。

  ただ、食文化の違いが思った以上にあっただけだ。


  日本国内でも、程度の差はあれ、そう言う違いは往々にしてあったしな。俺も部活での遠征の帰り、伊勢神宮に参拝する機会があって、そこで実感した。昼は各自で自由にして良いと言われたので、そこで名物と銘打たれていたうどん(名前は忘れた。確か、太いうどんが一本だけ入っているやつだった)を学と藤也と一緒に食べることにしたのだ。


  そうして出されたうどんの出汁の濃さに、「醤油にうどんを直接ぶっ込んだのか、これ?」と内心で物凄く驚いたものだ。それくらいくどかった。学と藤也の方へ視線を向ければ、似たような反応をしていたから、くどいと思ったのは俺一人だけではないようだ。赤福とかは美味しかったんだけどな。

  関東と関西では味付けが違うと言うのは、本当だったのだと身をもって知った、良い思い出だ。


  国と言うか、人種そのものが違う北部と南部では、その違いも一層顕著なのだろう。俺もそこら辺は気をつけておくか。


  イザークがいくら若くて健康そうだとは言え、食べ慣れないものを食わせ過ぎると、腹を下してしまいそうだし。なるべく際どいものは避けておこう。まぁ、昨日のトカゲも普通に食べるものだと思って出したのだけど。まだその辺の兼ね合いが甘いから、気をつけないとな。

  セイヤは何食わせても大丈夫そうだが、こっちも念のため気をつけておいた方がいいだろう。一応この中で一番の手負いでもあるし。


  それにしても、そんなに違うのだろうか?


  そう疑問に思うものの、北部の料理なんてルクセリアを出る前に一度口にしただけだ。違いなんて正直言って分からない。まぁ、二人もこれから料理当番を担当するのだから、その時に知っていければいいか。


  そんなことを思案しながら鍋を食べ終えれば、セイヤとイザークも無事に朝食を食べ終えたらしい。鈴鹿も十分食べたようなので、視線で合図を交わした後、「話がある」とセイヤとイザークに切り出した。


「追手の危機は去った。これからどうする? 目的地は南部のままでいいのか?」


  一応、俺と鈴鹿がイザークに雇われたのは、南部までの案内役と言う建前があるが、それ以上に、王宮の刺客から逃亡するための協力者としての意味合いが強かった。しかし、その役目も昨日の時点で達成してしまっている。警戒を怠るつもりは無いが、引き続きこちらを狙うような気配も感じないので、追手とは完全に敵対関係を終了出来たと思って問題無いだろう。


  まだ「南部まで出来るだけ安全に届ける」と言う役目が残っているが、本人達が追手からの逃避先として選んだだけの場所であるのなら、目的地の変更も十分あり得た。セイヤの傷も、まだ治りきっていない状態だからな。毒を受けた腕がまだ使いものにならない。完全に解毒しきるまで、もう少し時間を要する。


  だから、今後の進路も含めて確認しておかなければならない。狸を仕留める傍ら、そう鈴鹿と相談していた。


「そうですね。出来れば南部には一度行ってみたいとは思っていましたし、目的地を変更するつもりはありません。このままお二人に、南部までの案内をお願い出来れば、と思っています。

  それと報酬に関してですが、ルクセリアで交渉した通りの額をお支払い致します。それ相応の危険に晒しましたし、今後更に協力して頂きたいので」


「そうか。ちなみに報酬を支払われるのは、お前達を南部に送り届けた時点でか?」


「そうなりますね。それを以って依頼の遂行と見なし、報酬をお支払い致します。逆に言えば、それ以外の条件では報酬は支払うことは出来ません」


  まぁ、そうなるわな。

  でないと持ち逃げとかされそうだし。


「南部までの出費や路銀は各自で稼ぐ、と言うことで良いのか?」


「はい。それらに関しては各自、道中で稼ぐことになります。その方が無駄な諍いも無いでしょうから。また、毛皮などを換金したい場合、僕が代理で交渉することも可能です。その時は、お気軽に声をかけて下さいね。無論、利益の何割かを頂きますが。

  勿論、相場に比べて、多少お安く致します。

  それと、野宿の場合は、昨日・今日のように互いに補い合う感じになれれば良いと思っていますが、どうでしょうか?」


  まぁ、イザークのような個人の行商ならこれくらいが限度だろうな。これ以上の条件は望めないだろうし、望む気も無い。


「問題無いな。ただ、代理の交渉に関しては、預けたものをお前が売り捌けなかった時、どうなるんだ? 売れなくとも、お前に何割かを支払わないとならないのか?」


  ここら辺の確認は大事だ。地味に出費が続くと本当に辛いから。こちらの手持ちは、決して多くは無いのだ。


「いえ。売れた場合にのみ頂きます。その方が確実ですので。ただ、代理の交渉を断る場合もありますが、構いませんか?」


「あぁ。構わない」


  他にも気になること、確認を必要とすることを話し合っていく。特に目的地に関しては、相談は欠かせない。 なんと言っても、南部は広い。ここら辺は明確にしてもらわないと。オススメでお願いします、とか言われても非常に困る。まぁ、この二人に関して、それは無いとは確信しているが。

  そうしてかなり細かに話し合った結果、目的地の候補は以下の二つとなった。




  一つ目は、連合都市国家(ハーレン・ドーラ)

  北部と南部の国境線上に点在する交易都市の一つであり、北部から整備されている街道、所謂『正規の』街道と繋がっている要衝の地の一つだ。また、場所によっては関所を通らずとも入れる都市もある。


  正式には南部に帰属する土地では無いが、一般的な北部の人間が言う『南部』とは、大抵この国境間に点在する、これらの交易都市のことを指す。ただ、南部にも属していないが、北部にも属していない。言わば中立の土地だ。そのため双方の文化や風習が混じり合い、独自の気風さえ生み出している土地でもある。


  また、商業都市や農業都市と言った、様々な機能を持つ都市が合わさって一つの国のようになっているのだそうだ。ゆえに連合都市国家(ハーレン・ドーラ)と呼ばれる。ここら辺は常識らしく、すっと頭に浮かんできた。


  国としての正式な交易こそ結んでいないが、北部南部問わず、有力な商団も多数駐在している。そのため、そこらの小国よりも治安が安定しており、また、人や物資の豊かさも大国に引けを取らない水準を誇るそうだ。


  ちなみに、俺達の与えられた知識には、この都市に関する情報はあまりない。概要はそれなりに把握しているが、詳細と言うか、「記憶」としてその土地の風景や風習みたいものが殆ど浮かんでこないのだ。恐らく、俺達にとって「話はよく耳にするけれど、行ったことのない土地」と言う場所なのだろう。ここ以外にも、幾つかそう言う情報しか浮かばない土地があるから。


  どうやら、南部の者でも、頻繁に通う者と、そうでない者とで差があるようだ。俺達に関して言えば、行ったことがない、と言っておけば差し支え無いだろう。


  あと、商人であるならば、一度は訪れてみたい土地の一つでもあるらしい。

  それは、イザークの反応から見ても間違いでは無さそうだ。実に商人らしい、いい顔をしている。悪巧みとかではなく、見たこともない品に想いを馳せるような、そんな表情だ。



 


  二つ目の候補は、虎の入り江(ルーオ・バニャン)

  関所を通過する必要は無いが、ジーヴァ山脈を越える必要がある。こちらの方が行程は大分キツくなるし、正直、物流などを鑑みても、到底連合都市国家(ハーレン・ドーラ)に及ばない。しかし、南部を見て回ろうと思うのなら、地理的に外せない土地の一つなのだ。

  ここを起点に回れば、大分回り易い。それに北部の人間もちらほらと足を運ぶ土地だから、イザーク達が浮くようなこともないし、商売だって出来る。買い叩きも、そこまで酷くはないだろう。両替商もいるので、現地での仕入れも、まだし易い筈だ。


  一応、山脈を越えずに、連合都市国家(ハーレン・ドーラ)を経由してここに向かうことも可能である。ただし、その場合だと|虹色の水月橋を抱く都市ルコリア・デル・オーラからしか行けない。ここ以外の都市だと、周囲に広がる広大な砂漠地帯に進路を阻まれてしまうのだ。

  この広大な砂漠には物資の補給地点も無い上、砂漠固有の危険な生物や魔獣、果ては魔獣より更に狡猾で危険な魔物が蔓延る迷宮ダンジョンまで存在するのだ。治安維持を目的とする、領主の命を受けた討伐編成隊か、相当な物好きでもなければ、まず通ろうとは思わないだろう。


  俺だって嫌だ。

  ちらちらと浮かんでくる知識は、どれも危険さを強調するようなものばかり。

  いくら陽子さんに体を作り変えて貰ったとは言え、そんな暴挙はしたくない。鈴鹿もいるし。


  また、南部には冒険者ギルドと言う組織はなく、代わりに戦闘士協会と言うものがある。虎の入り江(ルーオ・バニャン)にあるのは支部でしかないが、道中で狩った素材などを売るには問題無いだろうし、南部での滞在許可証もここで受け取れる。

  セイヤは冒険者なので、実績などから割とすぐに発行されることだろう。無論、相応の審査を受けなければならないが。イザークも一応商人ギルドには入っていると言っていたし、大丈夫だとは思う。多分。

 

  この候補を聞いて、イザークはかなり迷っている。

  イザークとしても、様々な土地を回れる機会があるのなら逃したくないらしい。俺達がいることで、普段は北部の人間が中々立ち入れない土地にも入れるらしいから。


「それでどうする? どちらに行きたい?」


「すみません、もう少し考えさせて下さい」


  ぐぬぬ、と言う呻きが聞こえそうな顔で悩みだしたので、「分かった」とだけ伝えて返事を待った。どうせ鍋などの調理器具の片付けもしないといけないのだ。急かす必要はない。セイヤもこの相談( ? )に加わるらしく、イザークの独り言に相槌を打ったり、ツッコミを入れたりしている。


「ねぇ、道夫はどっちに行きたいの?」


  川辺まで移動し、鍋の汚れを残ったお湯で落としていると、鈴鹿におもむろに尋ねられた。


「そうだな。別にどちらでも構わないが、強いて言うなら、虎の入り江(ルーオ・バニャン)かな。名前的に好きなんだ。鈴鹿は?」


「特に。どっちでもいいから、道夫に聞いたの」


  そう言って、背中によりかかってくる。

  重くはないのだが、せめて鍋を洗い終わってからにして欲しい。洗い難いのだ。


「鈴鹿。済まんが鍋を洗い終えるまで、よりかかるのはやめてくれ」

「そう。分かったわ」


  そう言って素直に離れる。そうして、隣にきた。これなら邪魔にならないと踏んだのだろう。手持ち無沙汰に水球を出しては、弾けさせている。


「イザーク達はどこを選ぶのかしら?」

「さぁな。どちらを選ぶにせよ、俺達がそれに同行することに変わりはない」


  そう言う依頼を引き受けたからな。

  俺達だけでこの異世界せかいを回るより、ずっとこの異世界について知ることが出来るだろう。出来れば同じ南部の者が良かったが、贅沢も言っていられない。少なくとも、気軽に質問が出来る相手がいるのは有難いだろう。


  鍋の汚れがきっちりと落ちたのを確認してから、布切れで水を拭き取ろうかと思ったが、鈴鹿がいるので水気を魔法で払ってもらった。ついでだから、他の洗い物も手伝ってもらう。水が冷たいから、あまり触りたくなかったのだ。


「だが、何にせよ、早く南部に入ってしまいたいとは思うがな。北部だと、何かと俺達の扱いは良くないし。南部にさえ入ってしまえば、少しはこの煩わしさから解放される筈だ」


「煩わしかったの?」


「そうだな。セイヤ達は特にそう言う風には思わないが、ルクセリアの街とかではあまり良い気持ちはしなかった」


  思ったことを口にすれば、「そうなの」と言う小さな返事が聞こえた。俺の感想に、幾分か不思議そうな感情を抱いていることを感じさせる声音だ。

  それからは互いに無言になり、それぞれ作業を片付けを終え、イザーク達の所にまで戻った。どうやら行き先を決めたらしい。


虎の入り江(ルーオ・バニャン)までの案内をお願いします」



 

※伊勢うどんのくだりは、私の思い込みが混じっておりました。

かつて伊勢で食べた、個人的に衝撃的な味だった伊勢うどんが関西の標準だと誤解しておりましたが、実際は異なるそうです(苦笑

関西の物はもっとお出汁を大事にした、柔らかめのうどんだそうです。

そもそも、関西圏でさえ無いことを今の今まで知りませんでした(汗


ご指摘を下さった、玄たぬき様に感謝ですm(._.)m

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