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三章 九 、記憶の夢 〜邂逅〜

三話連投です。

一話目です。


 ++++


  どこまでも、澄み渡るような青い空が広がっていた。早朝ではないが、まだ昼前の時分なのだろう。太陽がそこまで高く上っていない。やわらかくも暖かい陽光の中、たなびく白い雲が、悠々と空を滑る。

  目の前に広がる草原は隔てるものなど何一つなく、果てなく広がっており、終わりなど見えなかった。風が吹く度、若い青草の匂いが胸を満たし、耳に心地よい音を奏でる。


  あぁ。これは夢だ。そして、違えることのない、故郷の記憶だ。

 

  それは、自然に理解出来た。その故郷が、中澤道夫おれのものではなく、俺に付与された記憶の、かつての持ち主のものであると言うことも。


「そうだ。良い景色だろう?」


  どこか誇らしさを滲ませて、声は答えた。


  振り返れば、男がいた。陽に焼け、少し色のついた白い麻のシャツに、足元の裾が少し広がっている、柿渋色をしたズボン。白いシャツの上には、発色の良い紺色の下地に、銀の糸で獣と思われる大柄な模様を刺繍された、あわせ仕立ての前開きのベストに、作りのしっかりしていそうな、編み込みの革靴を身につけている。


  本当はもっと様々な模様や色が使用されていたが、一々説明していられないので、割愛した。とりあえず、色合いといい、服の作りといい、日本ではまず見かけないものだった。

  異国の情緒に溢れている。


  何にせよ、確かなことは、いずれも男によく似合っていたし、いつも着慣れているような気楽な感じが、男から漂っていた。

  歳の頃は、四十の少し手前くらいだろう。俺と同じくらいだ。身長は170cmくらいだろうか。俺の身長よりでかいし、体つきもしっかりとしている。


  ちなみに、この場にいる俺は、陽子さんに作り変えてもらい、異世界でも生きられる肉体を持つ「ラーヴァ」としてではなく、地球で生活していた頃の「中澤 道夫」として存在しているらしい。


  そのため、目の前にいる男より小さいし、髪の毛も生え際が少し心許ない状態だ。白髪もチラホラ見えて、よりむさっぽい。まだ四十の手前だと言うのに。男の豊かな頭髪が素直に羨ましい。

  小太り、いや、ここでぼかしても仕方ないな。肥満体型の俺と比べても、その無駄のない筋肉で覆われた体つきの良さは一目瞭然だ。手足もサラブレッドよろしくな感じでスラリとしている。


  馬の尻尾を思わせる、白髪の一つも見えない真っ直ぐな茶色の髪を後ろで一括りにしているのが、一層そんなイメージを喚起させたのかもしれない。

  意思の強さを感じさせる精悍な顔付きに、陽の光を柔らかに映す、草原そのものを瞳に宿したかのような、生命力の溢れる翡翠色の瞳。乳白色の、張りのある健康的な肌。


  いずれも、この平原の景色によく馴染むものだった。


  対して俺はルクセリアに召喚された時の、出勤の時の出で立ちだったので、この場ではかなり浮いてしまってる。スーツに革靴、ブリーフケースと言った物は、地元の川辺の土手ならばまだ馴染んだだろう。

  いかにも、ちょっと疲れたおっさんが黄昏ている、と言う感じで。缶コーヒーが側にあれば、なお風景の一部に溶け込んだことだろう。


  しかし、この草原にはサラリーマンスタイルは不似合いなこと、この上なかった。

  違和感が拭えない。上着を脱ぎ、ズボンとシャツになったところで、どうにかなるレベルではないのだ。


  俺は、この景色の中で明らかに異物だ。


  そう自覚せざるを得なかった。




 

「初めまして、って言えばいいのか? それとも、ようやく会えた、って言えばいいのか?」


  風がそよぐ中、快活そうな声が、目の前の男の性格を体現しているようだ。


  少し肩をすくめるようにしてこちらに尋ねる際に、首に掛けられた、琥珀と赤銅色の金属の玉飾りを連ねた首飾りが互いに触れ合い、シャリン、と透き通る音を立てた。


「そうですね。初めまして、の方が良いと思います。こうしてちゃんとあなたを認識したのは、今が初めてですから」


「そうなのか? なら、『俺』とは違うんだな。

『俺』はあんたが記憶として『俺』をその身に宿した時から、あんたを見てた。いや、認識していたのか?あー、 同化していたって言った方が良いのか? まぁ、とりあえず見てたぞ。ただ、見てたって言っても記憶や人格の、断片の断片みたいなもんばっかだったけどな。

  おまけに、『俺』の自我も朧げだったから、殆どうろ覚えだけどよ」


  神妙な顔をしながら頭をひねる男にどこか近親間を抱いてしまう。それも、身内に抱くような近親間を。目の前の男が、俺の記憶として、俺の一部になっているからだろうか?


「そうだったんですか。なんだか、思った以上に長い付き合いだったんですね」


  思ったことを素直に口にすれば、男は満足そうに頷いた。

  そうして改めて声の主、もとい、俺を内側から駆り立てた衝動の根源である男を見る。男の声は、間違いなく、あの時俺の内側から響いたものと同じだ。


  ただ、俺に「戦え」と急き立て、果ては思考さえも乗っ取ろうとしていた割に、目の前の男には戦いに飢えた様子も、こちらを敵視した様子も見受けられない。

  ただの、気の良さそうな男にしか見えなかった。


  俺の自我を飲み込もうとしていたくらいだから、もっと凶暴そうな人物かと思っていたのだが。なんだか、実際に見るとちぐはぐな印象を受けてしまう。こちらを騙そうと言う感じでも無さそうなのが、一層判断に苦しむ。


  そんな俺の内心を感じ取ったのか、男は少し苦笑交じりに答えてくれた。


「『俺』だって、元は普通の人間だったんだ。最初から、あんな衝動を抱いて生きてきたわけじゃない。むしろ、今の状態が素だ。この姿も含めてな。あんただってそうだろう?」


  確かに。

  セイヤ達がいる時は、口調とか意識して変えていたからな。まぁ、「変えていた」と言うよりも、「下手に言質を取られて厄介ごとに巻き込まれないように」と言うことで、あまり口をきかなかっただけなのだけど。結局徒労に終わってしまったが。


  容姿も今とは全くかけ離れたものだったからな。

  今の方が、姿もさることながら、ずっと素の状態に近い。セイヤ達との関係は、信用が殆どない状態からのスタートだったから、ある意味仕方ないけど。いつか打ち解ける日がくればいいが、来ないのかもしれない。まぁ、ようやく一日を一緒に過ごしたようなものだ。

  未来さきのことなんて、まだまだ分からない。


  だが、当分はあの調子で接していくしかないんだろうな、とは思う。いきなり口数を増やしても、不審なだけだしな。俺だったら警戒を強めてしまう。友情と言うか、信頼を分かち合うには、まだ時間を要する。


  それまでの間は、鈴鹿が自分から他人へ話しかけられるようになるまでの訓練を兼ねて、ゆっくりと過ごせていければ良いと思う。何も問題が起きなければ。幸い、あの二人は歳の割に無理に会話をしようとする子達ではないので、大丈夫だろう。

  若い子の中には、何故か言葉を交わしていないと不安になる子もいたからな。大学や会社の後輩とかにも居たな、そんな奴が。


  そうすると、話し方や口数は今の調子でも構わないだろう。

  当分は鈴鹿の口数に合わせておくつもりだ。鈴鹿の代わりに俺が喋るのもやぶさかではないし、手本を示す必要もあるのは分かるが、今はまだ時期じゃないだろうから。

  何事にも、慣れと順序は大事だ。


「ま、そんなことより、自己紹介をさせてくれ。いつまで経っても呼び名が無いのは不便だ」


  そう言って男は草原に無造作に腰掛け、俺にも座るよう勧めてきた。立ち話は嫌いらしい。

  促されるままに腰かければ、漆などが塗られていない、木目がそのまま見える木製の盃を渡された。味噌汁茶碗くらいの大きさは確実にあるな。


  また、いつの間にか手にしていたのか、藍色の陶器の容れ物に入っていた酒を並々と注がれる。乳製品が発酵したあの独特な臭いと、甘酒なんて目じゃないほどの麹と言うか、アルコールの臭いが混じった、白濁色の酒だった。

  物凄く味に癖がありそうだ。あれだな。マッコイとか、泡盛とか、そんな感じに近いんだろうな。良くて甘酒だろう。


  焼酎の癖も苦手だった俺には、少々キツイかもしれない。

  出来れば酒は、日本酒(辛口)か梅酒が飲みたかった。スルスルと喉を通って、癖のないあの喉越しが好きなのだ。


  後は甘口でない、口当たりのサッパリしたカクテルとか? ビールは一応飲めるが、炭酸が苦手だったから、あまり好んで飲むことはなかったな。洋酒は白ワインやロゼ程度ならまだ飲めるのだが、赤ワインはエグいとしか思えなくてあまり飲めなかったっけ。サングリアにすれば飲めたけれど。考案したスペイン人は偉大だ。


  カルアミルクなんて、大学の飲み会で飲んだのが初めてだったけれど、甘過ぎて飲んだ時は冗談でも何でもなく、吐き出しそうになったものだ。シュークリームやプリンやカステラと言った、甘いお菓子の類いは好きなのだが、酒は程々の甘さで勘弁して欲しい。


  まあ、それでも飲むが。

  飲まず嫌いはいけない。一口は飲んでみるべきだろう。旅先でも、知らない酒は必ず頼んでどんな味かを試していたし。そう言う時、注文した酒がいくら不味くても案外楽しいものだ。旅の思い出が出来た、と友人達に語っていたっけ。

  特に、今みたいに夢の中での酒の試し飲みなんて、早々出来ることでもないしな。楽しんでおいて損はないだろう。


  それに、座った場所には火も焚かれており、その周囲を囲むように、ぶつ切りにされた肉が大葉のような香草に(くる)まれた状態で木串に刺され、香ばしい香りを漂わせていたから。つまみには、申し分ない。


  そんなことを考えている間にも、男は手酌で自身の盃に同じく並々と酒を注いでいった。


「飲めないのなら、無理はしなくてもいいぞ。『俺』が飲みたいから出したものだしな。言ってくれれば、水だって茶だって出せるぞ

  なんせここは夢の中だからな。と言っても、実際はあんたの夢なんだけどよ」


  そうカラカラと笑って、男は名乗った。ついでに、さり気なく急須らしきものと、湯呑みも用意されていたのが、嬉しい。茶の香りも容れ物も、やはり異国情緒漂うものであったが、癖の強い酒の口直しには問題ないだろう。案外、気遣いをしてくれる人なんだな。


「イルマンの息子、ハーフルベリィンダ。それが『俺』の名だ。長いから、ハールでいい。そっちの方が語呂が良いし、皆、そう呼んでいたから。

『精霊の導きに感謝する』。これが、俺達の『初めまして』の挨拶だ。本当はもうちょっと違う意味もあるんだが、これでいい。他にいい言葉も思いつかんしな。

  よろしく」

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