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三章 八、 一番星の瞬く頃に②

連投二話目です。

本日の連投はこれで終了です。


ブックマーク、感想、ありがとうございます。


 

「三番さん以外はやられてしまいましたか。やりますね、皆さん」


  森から出てきたのは、小銃を背負い、追手と同じ白いローブを身にまとった青年らしき人物だ。声からして、まだ若い。それにしても、なんだろう、この感覚。何か引っかかる。


「四番さんは、あぁ、これは完全にダメですね。もうしばらく、目が覚めそうにないですね、これは。

  さて。三番さん、四番さんを治療しに帰りますよ。一番さんも二番さんも、念のために治療しに帰りましょうね。

  一番さん、まだ解毒剤は自分で飲めますか? 飲めないようでしたら、手をお貸ししますよ。二番さんはご自分で飲めますか?」


  警戒心を露わにする俺達など眼中にない素振りで、小銃を背負った人物はテキパキと指示を下す。傷を負い、毒を受けた仲間を手当てをしたり、帰り支度をしたりなど、明らかに戦闘行為をする気が見受けられない。


  突然の登場に加え、この場にそぐわない行動、いや、仲間の手当ては妥当か?

  とりあえず、今までの戦闘とはかけ離れた行動に、戸惑いを隠せない。

  まぁ、俺の場合は理性を削る衝動が落胆めいたものに変わり、興奮が完全に引いたので、戸惑いよりもちょっとした安堵を感じているが。


  出てきて良かった。

  木陰で隠れたままだったら、変に警戒して、この衝動が更に悪化したかもしれない。


「初めまして皆様。私は五番と申します。早速ですが、お願いがございます。こちらにはもう皆様と敵対する理由がございません。そのため、このまま撤退したいのですが、よろしいでしょうか?」


  動ける仲間がそれぞれ支度をしている間、間を持たせるように、五番と名乗った人物は慇懃に尋ねてきた。


「どう言うことだ?」


  尋ねた内容が唐突であったためか、思わずセイヤが尋ね返す。心なしか、声は硬い。

  五番を始めとした追手達が、ここで撤退をする意味が真意が分からなかったからだろう。実際、俺も五番と名乗った人物の真意が測れない。また何か企てているのか、と疑ってしまう。


「そのままの意味にございます。こちらに、それ以外の他意はございません」


  五番はこちらの猜疑心に気づいてか、口元を覆っていた白い当て布を外し、微笑みかける。しかし、目元が隠れたままなので、何とも言えない胡散臭さが漂う。まぁ、そんなこと、向こうも分かりきっているとは思うが。


  それにしても撤退か。

  今の今まで、こちらを一方的に追い詰め、挙句殺されかけたことを思えば、到底納得出来る要素など何一つない。むしろ、ふざけるな、と言う思いが湧き上がりそうになる。


  しかし、理由はどうあれ、厄介事が自ら立ち退いてくれるのなら、これほど嬉しいことはないのも事実だ。

  それはセイヤ達も同様で、立ち退き自体には賛成のようだ。まぁ、今の今まで弁論一つ聞き入れて貰えなかった上、散々やりあっていたのだ。内心釈然としないものはあるだろうが。


  しかし、その程度のことで自ら危機を背負いこむような真似はする気もないようだ。手当ての必要な腕のこともある。出血は無いが、腕の神経でもやられているのか、ピクリとも動かない。このままにしておくのはマズイ気がした。


  それらを考慮すれば、選択肢など、最初から無かったようなものだ。これ以上とやかく言うことは出来ないだろう。


  向こうもそれを見越しているのか、余裕のある態度で、更に言葉を続けた。


「無論、何のご説明も無く、この場を去ろうなどとは思いません。

  皆様が濡れ衣を被せられているに過ぎないと言うことを、知った上で敵対しておりましたから。敵対する理由が消えた今、せめてもの誠意として、事の顛末を皆様のお命に障らない程度にご説明したいと思うのですが、如何でしょうか? 物品や金銭の方が良いと言うのであれば、そちらでも構いません。


  また、それとは別に、幾らかの物品や金銭をお渡ししたいと考えております。そうですね、例えば、そちらの黒髪の方が負った毒の傷に効く、解毒剤なんて物もございますよ。


  これはこちらの誠意と言うよりも、ただの取引でございますね。

  こちらに解毒剤があるとは言え、仲間が受けた毒の種類を聞いておきたいので。やはり、ちゃんと毒に合わせた薬でないと、効果はあまり得られませんから」


  如何致しますか?

  そう小首を傾げてこちらの様子を伺ってくる。そのわざとらしい仕草が鼻につくが、何も言えない。


  さて。本当にどうしたものか。

  色々と言いたいことはあるが、まず、どこまで信用出来るのやら。


  はっきり言って、事の顛末なんてミジンコほどの興味も無い。どうせ碌なことでは無いのは、火を見るより明らかだ。何も言わずに立ち去ってくれた方が、数十倍有難い。しかし、セイヤの受けた傷を癒す解毒剤は欲しいところだ。ここまで来て、突き放すようなことはしたくなかった。


  五番の言った通り、解毒剤とは、毒に合わせたものを使った方が良いに決まっている。幅広い毒に効く解毒剤も確かに存在するが、やはり効果はどうしても薄くなる。

  世の中、万能の薬なんて存在しないのだ。


「少し考える時間を貰ってもいいか?」


  色々と決めあぐねる提案に、セイヤが返答までの時間を求めた。即決するには、不具合があると踏んだのだろう。

  毒を受けた本人であるにも関わらず、冷静なものだ。

  ルクセリアの酒場では、騒がしい印象が目についていたが、こう言う場では、かなり冷静にことが運べるらしい。


「えぇ。構いません。しかし、出来るだけ早く決めることをお勧め致します。お互いのために」


  五番の言葉に、軽く返事を返してこちらに向き直る。その目に、焦りや不安の類いは見えなかった。むしろ、毒を受けていない筈のイザークの方が狼狽え、不安で潰れそうになっていた。


「セイヤ、取引をしましょう! 金品を巻き上げるなんて、この際どうでも良いです! 毒を受けたんですよ、毒を! 毒以外にも、傷だらけなんですよ!服の下とかも、えげつないことになっているでしょう!? 少しでも早く解毒剤を飲んでどうにかした方が良いに決まっています!」


  不安で潰れないようにか、まくしたてて問い詰めていくイザークを、情けないなどと言うことは出来ない。僅かな間ではあるが、イザークがセイヤを本当の弟のように思っているのは知っていたから。

  そんな身内にも等しい存在が、傷だらけになり、毒にも蝕まれていると知って、冷静でいられることの方が難しいだろう。


  俺も、鈴鹿がそんな目に遭えば、冷静でいられるとは思えなかったし、気丈に振る舞えるかと聞かれれば、多分無理だと思うから。


「あー、まぁ、それは俺も同意するよ。だから落ち着こうな? とりあえず、まだ傷口確認してないし、それからでも良いかな、って。もしかしたら手持ちでどうにかなるかもしれないし。それに、取引をするには、ラーヴァさん達の協力が要るんだからさ」


  詰め寄ってくるイザークを宥めつつ、セイヤはこちらをひたと見据えた。

  変に気負いのない、綺麗な瞳だと思った。


「そう言うわけで、もし危険な毒を使用されていたら解毒剤が欲しいんだ。こっちには、解毒剤なんて殆どないから。傷薬なら仕事柄結構持ってるんだけど。

  ラーヴァさん。ファリアさん。図々しいとは分かってるけど、ラーヴァさん達が使った毒の情報を、向こうに渡すことを許して欲しいんだ。駄目かな?」


  淡々と話されるのが、有り難かった。ここで情に訴えて、こちらに協力を強請るような真似をされたら、対処に困ったから。きっと、俺達が駄目だと言えば、セイヤは無理強いはしないだろう。それで死ぬなら、仕方ないと本気で思っている節が言葉の節々に感じられた。


  何だか、野生の獣みたいだ。諦めていると言うより、生きるも死ぬも、「そう言うもの」だと思っているところが、特に。


  さっぱりしていると言うか、切り替えが早いと言えば良いのか分からないが、セイヤのこう言うところ、嫌いではない。


「僕からもお願いします! セイヤを助けてください!」


  二人の訴え、と言ってもセイヤは実に冷静だったが。ともかく、二人の要望を聞き入れること自体に、抵抗はあまり無い。すぐに渡しても構わないとは思ってはいるが、懸念もある。


「それ自体は構わん。最善を尽くすして送り届けると約束したからな。ただ…」


  そこで一旦言葉を区切る。


「あいつらを信用する気にはなれない。こちらの事情を分かった上で、追い詰めてきた奴らだ。解毒剤と偽って、トドメの劇薬を渡してきても何の不思議も無さそうな連中だ。そんな奴らに、こちらの手の内を晒すようなことはしたくない」


  これが一番の懸念だ。情報を正直に伝えたとして、果たして約束を守るかどうか怪しいものだ。


「それに関しては、大丈夫だと思う」


  しかし、意外にもセイヤはどこか確信したような口調で俺の懸念を否定した。


「あの人達は約束を守ってくれるよ。自分達から言い出したことだからね。半分は勘みたいなもんだけどさ。でも、多分合ってると思う」


  とんだ理由に、少し眉を顰める。セイヤは決して短慮でもないし、楽天的な言動を取るが、こう言う場でもそう言う態度を取るようには思えないのだが、どうにも頷けない。


「それを俺達にも信用しろと? 俺達を騙したことを無駄に引きずる気はないが、水に流すにはまだ早いと思うがな」


  めつけるような視線に、イザークは少し怯んだような表情を見せた。あぁ。そう言えば今の俺の目つきは平時でも凶悪だった。こう言う場では、更にひどいだろうな。

  言葉を詰まらせるイザークを他所に、セイヤは苦笑して続けた。


「まぁ、普通はそうだよな。でも、信じて欲しい。それに、イザークは鑑定の能力があるからさ、偽物か本物の区別は簡単につけられるから、そこはまず問題ないと思うんだ」


  そう真摯に告げて、こちらの返事を待った。

  その様子に虚勢の類いは見受けられなかった。また、当てずっぽうと言う無謀さも感じなかった代わりに、明確な根拠があるようにも思えなかった。信用するにも、否定するにも、色々と条件を満たしていないから、厄介だ。


  ただ、イザークが鑑定の能力を持っていると言うのは、ルクセリアで聞いている。真偽の判別くらいは、お手の物なのだろう。それならば、その点はまだ信用出来る。


「セイヤの勘に関しては、信用しても良いと思うわ。私も同じことを思ったから」

「ファリア、本当に信じるのか?」


  信じるか迷う俺の背中を押すように、鈴鹿も断言した。これには、多少の驚きを禁じ得ない。セイヤも鈴鹿も、今までこちらを本気で殺す気だった者達のことを信用すると言っているのだ。どうしてそう簡単に信用出来るのか。

  理解が追いつかず、戸惑ってしまう。しかし、それを表情として出すことは憚られたし、実際、表に出すことは出来なかった。少し目を見開くだけに留まっていた。


「えぇ。根拠はないけど。多分、あの人達、そう言う人達よ。私達のこと何とも思ってないから、理由もなく殺すことも騙すこともしないと思うの」


  納得出来そうだが、まだ言葉が足りない気がした。うまく自分の中で納得することが出来ない内容だ。

  だけど、すんなりと耳に入ってくる内容でもあった。


「本当に信じるのか?」

「えぇ」


  確認するように再度問いかければ、セイヤ同様、どこか自信を抱いて鈴鹿が返答した。こちらが窮してしまうほど、それはキッパリとしたものだった。


  信じても良いのかもしれない。だけど、本当に大丈夫なのか?


  そんな疑問が生来の小心さから生じて、俺の胸の内をどんどん占めていく。


「ラーヴァさん。根拠にすらならないかと思いますが、セイヤはこう言う時の勘を殆ど外したことがありません。僕からもお願いします。僕はあなた達を騙したので、信じられないのはよく分かっています。でも、セイヤだけは信じてください」


  イザークもセイヤの勘を信用しているらしい。信用するのを躊躇っている俺に、説得の言葉をかけて、最後に精一杯謝罪の意を込めてこちらに頭を下げてきた。謝られたところでどうにかなる問題でも無かったろうに、とため息をつくたくなる己がいたが、抑えた。今イザークを責めても、何も進展しないから。


  色々と考えたが、結局、セイヤの勘を信じることにした。

  セイヤに、イザーク、それに鈴鹿。この三人が口を揃えて取引に応じても大丈夫だと告げてきたのだ。いずれも納得に足る理由は提示出来なかったが、それでも、三人の様子や追手達のことを鑑みて、応じても大丈夫だろうと言う判断に至った。


  それでも、そう告げるのはかなり躊躇してしまったが。


  それから四人で手早く話し合い、もし手持ちの解毒剤で対応出来ない危険な毒であれば、追手との取引に応じると言う形で落ち着いた。そして、それ以外は応じない、とも。無論、事の顛末なんて聞く気なんてなく、取引以外で金品の類いを受け取ることもしない、と言う意見でまとまった。


  五番達から詫びの金品の品を受け取っても、碌な目に遭いそうにないと言う理由が主だった。それに、下手に持ちすぎても、今度は盗賊などに狙われて危険だから。




  そうして早速セイヤの傷を検分したところ、手持ちの物ではどうにも出来ないものだった。


  使われている毒の種類は、イザークの鑑定や、薬草や毒草の知識のある人間が三人もいたので、即刻判明した。『エルマダ』と言う植物の根から作られた毒で、痺れに加え、毒を受けた部分に壊死をもたらすものだ。

  だが、残念なことに解毒剤になり得るものは全員持っていなかった。また、原材料もこの時期には生えていないので、解毒剤を作ることも出来ない。


  放置すれば傷口から壊死していき、下手をすれば死ぬ可能性もあるので、解毒剤はなんとしてでも必要であった。これは、取引をせざるを得ない。


「五番さん、取引をするよ。お詫びの品とか説明は要らないからさ」


  今までこちらの様子を黙って見ていた五番に、取引をすることを承諾する旨を伝えた。

  向こうが本当に応じるのか、本当にこちらにこれ以上危害を加える気はないのか。

  嫌な予想が頭を過るが、いずれも良い方向で裏切られた。


「えぇ、それで皆様がよろしいのでしたら、こちらは構いません」


  すぐに快諾され、解毒剤を投げ渡された。ついでに、毒の種類も教えられた。やはり、『エルマダ』から精製した毒らしい。

  かなり濃縮したものを使用しているので、日に二度ほど塗っておく必要があるとも言葉を添えられた。


  素焼きの陶器の器に入った軟膏タイプの解毒剤を受け取り、イザークの鑑定の能力を駆使して本物の解毒剤であることを確認してから、こちらも毒矢の解毒剤を投げて渡した。

  こちらは、丸薬タイプの解毒剤だ。それを人数分、油紙に包んで五番達に投げ、『ヤウリウビ』の実と、『シナハザ』の葉を混ぜて作った速効の痺れ薬だと伝えた。死ぬことは無いが、二、三日は熱っぽくなることも付け加えて伝える。

 

  向こうも中身が本物か確認した後、それぞれ解毒剤を服用した。


  その間も、もしかしたらまた良からぬことをしでかすのではないか、と不安を覚えてしまうが、努めて顔や態度に出さないよう、腹に力を込めた。 しかし、この不安も、良い方向で裏切られた。


「では、お互い取引はつつがなく終了致しましたので、これ以上の長居は無用でしょう。この辺で失礼いたしますね。

  それでは、皆様、御機嫌よう。またお会いすることがないことを、心より願っております」


  優雅な一礼を以って、追手達はこの場を離れた。そこでやっとホッと一息をつけば、鈴鹿が労わるように肩を叩いた。強張った体に、鈴鹿の小さな手の平の体温が心地良い。俺も鈴鹿の肩を叩いて応じれば、嬉しそうにはにかんだ。


  そんなことをしているうちに、ようやく小銃を背負った人物から感じた違和感の正体に気付いた。


  小銃を背負った人物は、一緒に召喚された勇者くん達の一人だ。

  顔まで流石に覚えていない。けど、召喚された子達の中にいたのは確かだ。声に聞き覚えがある。その子がなんでここにいるんだ? 勇者くん達は、セイヤの話では客将として王都にいる、と言うことだったのに。


  いや、共に軍事演習をしたと言うだけで、その後の詳細を知っているわけでは無かったな。思い込みで間違えるところだった。


  疑問が色々と残るが、ここでそれを尋ねてもやぶ蛇も甚だしいので控えるしかない。それに、答えを知っているであろう本人も、既にこの場から離れてしまっているのだ。


  とりあえず、確かに分かったことが一つだけある。


  ようやく厄介事が一つ片付いた、と言うことだ。


  はぁ、無駄に疲れた気がする。


  いや、課題が見つかったから、有意義だったのだろう。折り合いをつけるべき記憶ものに、理性を揺るがす衝動など、まだまだ扱いきれていないものが多々この身の内に潜んでいるのだから。


  それに、誰も死ななかったのだ。これは、十分な戦果だろう。


  後は、飯の支度をして、腹一杯食べよう。今度こそ、鈴鹿に美味しいものを食べさせてやらないとな。


 

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