三章 四、逃走ーイザーク視点①ー
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僕の生まれ育った故郷は、貧しい土地です。ですが、暮らしは豊かなものでした。
この言い方だと、不思議に思われる方も多いかとは思いますが、それでも、故郷を表現するのに、この言い回しが一番適切だと思うのです。
僕が生まれ育ったのは、西の地にある小国、ヨウリド王国の要衝の街でした。
ヨウリド王国は西ではお馴染みの、山がちで、僅かにある平地も湿地が殆どです。そんな土地が国土の大部分を占めていました。まず、麦は育ちません。火山も多かったため、至るところに源泉があり、その熱い水のせいで野菜も中々育ち難い土地です。それが西の特徴でした。
僕の故郷も例に洩れず、山間と、点在する源泉、湿地の平地が広がっていました。
それでも、ご先祖様達が何十年、何百年とかけて土壌を少しづつ改善していって、沼地のようだった土壌を作り変えたそうです。
山間部は平地ほど湿っていないので、皆、山の斜面を切り拓いて畑や作ったり、家畜を放っていたりしました。
そんな土地の状態に加え、鉱物資源は殆ど取れません。
硫黄は無駄に取れましたが、北で取れる硫黄に比べると大分質が悪く、二束三文の値しかつきませんでした。
色々と詰んでいます。
それでも、海に面していたので、海路を通した交易で栄えていました。ですので、西の地は様々な物や人が行き着き、また、新たな発展を遂げる地でもありました。
食料だって、市場に行けば交易で得た、あらゆる種類の物が揃っていました。種類だけなら、ルクセリアの市場にだって負けないことでしょう。魚は新鮮なものが毎日食べられました。見た目はアレなものが大半ですが、美味しかったです。
西は原料すら碌に取れない土地なので、大抵は原材料を輸入し、それを変態じみた技術力をふんだんに駆使し、加工品を作っては輸出していました。セイヤの持っている対の大剣は、そんな変態の所業、いえ、職人の技を練り込まれた逸品です。
ですが、抜群の切れ味と耐久性を誇る代わりに、使い易さなどは度外視されている、クソみたいな一品でもあります。大きさはともかくとして、セイヤみたいな馬鹿力でもなければ、到底扱えないことでしょう。
何をどうしたら、一本につき象より重い代物が出来上がると言うのです。と言うか、どうやってそんな重いものを仕上げたんですか。大いに謎です。
あの鍛冶職人に関しては、紛う事なき変態でしょう。いつも肝心な点が抜けています。
そんな長短の極端に激しい物を言い値で買うなんて。
あの場に僕が居れば、もっと値切れたものを。
そこら辺は少し口惜しいですが、過ぎたことをいつまでも気にする様では商人失格です。良い物が、渡るべき人物の元にあることを喜んでおきましょう。
また、西は北部の北や東、それから南の大平原にある国々だけでなく、南部の民とも交易をしていました。これが一番の特色でしょう。
流石に、国同士の交易はしていませんでしたが、それでも、東とは比べものにならないほど、南部の民と交易を交わしてきました。彼らの持ち込んだ穀物の種などによって、西の地は食糧難にならなかったとさえ言われています。
まぁ、襲撃もよくされましたし、南部の民を血祭りにもあげてきましたが。
それでも交易の繋がりが不思議と途切れることはありませんでした。お互いに「ある程度」は必要としてきたからでしょう。
「ある程度」。
実に分かりやすい言葉です。そして、僕ら西の人間が守ってきた鉄鎖の節度です。
「ある程度」までなら僕らどんな者とでも友情を築けますし、「ある程度」の限度を越えれば、その者達は最早友ではありません。場合によっては、敵になることでしょう。
例え味方だとしても、「ある程度」の域を越えた者なら、見殺しくらいは平気にするでしょうね。西の者は、友でない者にまで優しくはありませんから。
ただ、そうは言っても、僕の故郷は襲撃に遭ったことが無いので、特に南部の民を恐れることはありませんでした。子供には優しい人も少なくはありませんでしたし。
そんな地で生まれ育ったせいか、僕には、南部の人間は季節の節目に現れる、変わった言葉を話し、見慣れない格好をした、渡り鳥のような旅人と言う認識でした。
燃えるような赤い目に、銀地に、黒や赤色の斑模様の入った不思議な色合いをした髪の毛。僕らよりも頭一つ分以上はある、高い背。しなやかな筋肉に覆われた体躯に、彫りの深い顔立ち。僕らのような、乳白色の肌とは違う、鋼の様に硬い、褐色の肌。
日焼けの色とはまた異なる色合いをした肌には、緻密な模様や、鮮やかな色彩で描き出された幻獣の刺青が幾つも施されていたのを、今でも鮮明に覚えています。
呪文のような言葉を話し、見たことのない何かを持って来て、薬草などと物々交換をする。それが、僕の知っている南部の人間と、それに関わる僕らの在り方でした。
訪れる南部の者は、同じ顔ぶれは殆どなく、片言しかこちらの言葉を話せない者、流暢に話せる者、全く話せない者。よく笑う者もいれば、少しも笑わない者もいました。
一人で村に来る時もあれば、数人で来る時もありました。
どんなに多くとも、十人を超えることはなかったでしょう。
逆に、十人以上で来る南部の民は、敵でした。
正規軍でないと、まず相手になりません。
また、酒を飲むと今までの態度が一変して、物凄く大きな声で何かを喚いて、囃し立てるのが彼らの常でした。僕達とは比べものにならないほどによく通る声でしたので、最初に聞いた時は、雷が落ちたのかと驚いたものです。
だから、幼い頃は酒を飲んだ彼らがとても恐かったです。
正直な話、それは今でも変わりませんが。いや、だって、声の大きい人って、それだけで怖いじゃないですか。決して、僕が臆病とかそんなんじゃありませんよ? 僕は昔から繊細なのです。
そんな怖い彼らが、酔ったせいで叫んでいるのではなく、機嫌が良いから「歌っている」のだと気付いたのは、少年になってからでしたね。
交易と言うには、随分と規模が小さいものでした。
それでも、季節の変わり目には、南部の者が必ず訪れるものでした。少なくとも、西の地を離れるまで、僕はそういうものだと思っていたのです。
でも、その認識は、北部では少数派でした。
故郷の船着場でセイヤと出会い、何やかんやで共に過ごし、それから行商の為に共に北や南の大平原を渡り、東の土地までやってきて、それを嫌と言うほど痛感しました。
きっと、西と違って、彼らと交易をする必要が無い程に豊かな土地だったから、知る機会が無かったのでしょう。
彼らが、言うほど蛮族ではないと言うことを。
それが、少しだけ寂しかったです。
でも、それだけです。
「故郷で馴染みのある食べ物が、外国には無かった」
その程度の、当たり前の寂しさでしかありませんでしたから。
どうにかしようとは、思いませんでした。どちらかと言えば、その扱いは当然とさえも思っていました。
北部と南部では、人種も宗教も、何もかもが違いましたから。
ですので、どうにもなりません。
それにどう思ったところで、僕は一商人、いえ、ただの行商に過ぎないのですから。
加えて、北部の人間が彼らから買い叩いた品を更に安く買って、それを売りさばいていたことも往々にしてありました。彼らの不遇から、利益を得ている側の一人でもあるのです。
そこら辺は、そういうものだと割り切っています。
そもそも、東を筆頭にして、同じ北部の人間であっても、外国人を蔑む傍迷惑な風習があるのです。とても南部の民まで擁護していられません。お情けだけでは生きてゆけないのです。
だから、南部の民《彼ら》を巻き込みました。死なないために。
人と獣と混じり子と忌まれる南部の民が、交渉可能な、理知的な者だと知っていましたから。
幾ら北部の言葉を流暢に話そうとも、南部の民である限り、北部の誰とも繋がりようの無いことを知っていましたから。
身体能力も高く、狩猟を生業とした南部の民なら、今回のような場合にこそ使い勝手が良く、また、この上なく見捨てやすい者だと分かりきっていましたから。
南部の民《彼ら》は、妙なところで潔い民でした。こちらの理解が追いつかない程に。それなりの理由さえあれば、あっさりと命を捨ててくれます。だから、今回の護衛にこの上なく都合が良いと思い、何が何でもの勢いで引き込みました。
勿論、神に誓ったので、彼らを裏切りませんし、信じます。ある程度は。ですが、見捨てることは躊躇わないことでしょう。見捨てないとは誓っていませんので。
出来ないことは、約束しないのが一番です。
それがお互いのためになるのですから。
だから、鑑定の能力があることも早々に打ち明けました。
初対面の人間には、まず打ち明けることのない秘密を。
本当は話す気など毛頭無かったのですが、あの場の交渉において、こちらの秘密を隠し通したままで行うには、分が悪かったので話しました。
それに、出来ることなら、王家に追われていることは向こうに悟られないままで交渉を成立させたかったのですがね。
そうすれば、敵対者が王家からの刺客だと分かった時には、時既に遅し。王家に弓を引いたも同然。刺客と敵対したと言う既成事実もあり、より強固にこちらの味方をせざるを得ない状態に待ち込めたでしょうに。
どうにもあのラーヴァと言う男、勘が鋭いようです。僕もまだまだですね。
でも、その勘が仇になったので、何とも言えませんが。それに、ツメも甘いようですし、人も良いのでしょうね、きっと。それなのに、若造と見くびるから、まんまと嵌められるのですよ。
まぁ、どの道、こちらとしては巻き込むつもりだったのです。その理由を知るのが、早いか遅いか程度の差でしかありません。
ただ、セイヤには少し悪いとは思っています。セイヤに追手のことを話さなかったこともそうですが、ラーヴァさん達に僕の秘密を話したことは、少しだけ心苦しく思っています。
セイヤに僕の秘密を打ち明けたのは、大分時間が経ってからなのに対し、彼らには、緊急事態とは言え、初対面で打ち明けましたから。まぁ、本人はそういうことを気にしない性格なので、ある意味楽なのですけど。
断っておきますが、信用の度合いで言えば、彼らよりもセイヤの方が断然上です。
どちらを見捨てるか、と問われれば、僕は躊躇い無く彼らを見捨てることを選ぶでしょう。所詮、付き合いの浅い他人でしかありませんから。
でも、セイヤは。
セイヤだけは見捨てられません。
最初の頃は、そうは思いませんでした。
少し変わったところのある、力が強いだけのお人好し。当然のように厄介ごとを引き受けてくる、大馬鹿者。
人を信じることにかけては、天才的なセンスを持つ、長生き出来そうに無い男。何より、安く雇え、盗みの心配の無い、腕のある駆け出しの冒険者。
それがセイヤに対する評価でした。
実際、少し丁寧に接すれば、すぐに信用してきましたし。いくら面倒事を頼んでも、困った顔をすればすぐに引き受けてくれるその人の良さに、チョロいと何度心の中で嘲笑ったことでしょう。
瀕死の一歩手前になるような事案も、山のようにやらせました。本人は大抵無傷で帰ってくるので気づいていない様でしたが。
勿論、それに対する報酬なんて渡したことはありません。そんなことをすれば、採算が取れなくなってしまいますから。
ですが、それでも変わらずに僕のことを良い人だと信じ、何の打算もなく、無償で笑ってくれる馬鹿を見て、少しだけ、ほんの少しだけその信頼を嬉しく思うようになったのです。
そのきっかけなんて、覚えてはいません。あの子との生活そのものが、きっかけだったのかもしれませんね。
気づいた時には、あの子の信頼に、信頼を以って応えてあげるのが嬉しいと思うほどに、絆されていたのです。本当の弟のようだと、思えてしまう程に。
かつての僕がそれを知れば、愕然とすることでしょう。
流石に自分から面倒事を引き受けるようなことはしませんが、セイヤが引き受けてくる分に関しては、一緒に解決するようにはなっていました。
無欲の勝利、とでも言えば良いのでしょうかね? 完敗です。ですが、嫌な気分にはなりません。むしろ、少し面映いだけで、心に満ちる暖かさ、心地良さの方が勝ることでしょう。
人間、案外変わるものなのですね。悪くはありません。
ですが、だからと言って全て変わるわけではありません。人間、本質はそうそう変わらないものです。それがなくなったら、僕は僕でいられません。
それにも関わらず、赤の他人でしかない南部の民《彼ら》に鑑定の能力について打ち明けたのは、彼らに知られても、他人に広めないことを西の地での生活で知っていたためです。
南部の民は、自分の加護の内容もそうですが、他人の加護についても喋りません。相手との信頼の度合いに関係無く、滅多なことでは口外しないのです。それが彼らの信仰に由来するものでしたから。
また、自身の能力の一端を晒すことで、多少なりとも信用を得ることが出来る。それが彼らに打ち明けた大きな要因でした。
流石に不信感までは拭いきれなかった様ですが、協力関係を約束出来たので上出来でしょう。また、実行もされているようですし。本当、根がお人好しなのでしょうね。
街道を先に歩く中、警戒心や不信感を隠しきれないながらも、こちらをいくらか気にかけてくれていましたから。
まぁ、セイヤの話では、街道からついてきている追手に気づいていながら、何一つこちらに話さなかったらしいので、それなりの分別はある様です。
そんな彼らを巻き込んだことを、悪いとは、欠片も思ってはいません。
ちゃちな良心に従っていれば、あっさりと殺されてしまうだけです。そんなのは、御免です。
弱者には、弱者なりの足掻き方があります。
使えるものなら、躊躇い無く使います。何かを捨ててやり過ごせるのなら、躊躇いなく捨てます。それで少しでも生き残れるのなら。
強者には、卑怯だと罵られるかもしれません。清廉や誠実と言う生き方からは遠いのかもしれません。ですが、そんな戯言を一々気にかけていられるほど、弱者と強者の対峙する世界は優しくもなければ、美しくもありません。
そもそも、求めるものを間違っています。
そんなものを平気で求める、強者の方がよほど度し難く、醜い。
何故命を狙われるのかさえ分からないまま、逃げなければならないこちらの身にもなって欲しいものです。
全ては強者の匙加減一つで、左右されるのですから。
弱者には何時だって何の予兆も無く、事が起きればその原因を知る余裕さえ与えられません。唐突に始まって、唐突に終わるのです。その嵐をやり過ごしても、原因を知る得ることは難しいでしょう。
むしろ、商品を仕入れる際に、偶然「(濡れ衣で)王家に追われている」と知り得ただけでも僥倖だったのです。口が驚くほど軽かった、あの非番の衛兵に感謝ですね。
あの口の軽さでは到底出世は望めないでしょうが、こうして誰かの役に立てるのです。少しは誇れば良いと思いますよ。何のお咎めも受けなければ。
と、こんなふざけた状況下で、見ず知らずの人間を気にかけていられるほど、僕は強くはないのです。
自分と守りたい弟分のことで、精一杯なのです。
そもそも、守れるかさえ、分かりません。不安の方が大きいです。でも、何もしなければ、終わるだけです。だったら、無駄だったと、無意味だったと嘲笑われるかもしれなくとも、やるしかないのです。
正解なんて、分かりませんから。
ラーヴァさんとファリアさん。
あの二人は、きっとこの道中で使えることでしょう。
でないと、困ります。
せっかく大枚を叩いて雇ったのです。出来るだけ、役に立ってもらわないと。
まぁ、報酬はまだ払っていないので、金銭的な損失は無いのですが。
出来れば、彼らを手放すことなく、南部まで赴きたいものです。
そちらの方が、こちらの損失が少なくて済みそうですから。
どうせ死ぬのでしたら、僕とあの子を守って死んでくださいね。




