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第一章 一、 まさかの陽子さん

・H27 6月5日 誤字があったので訂正しました。

水の壺( ミニサイズ )が、ルビミスで「ミニサイズ」とルビが振られていたので訂正しました。

 ルクセリア王国の城下町は、ヨーロッパとかでお馴染みの観光ガイドに載っているような石造りの街並みを、小汚くしたような街並みだった。下水道が完備されてないから、通りからあちこちで捨てられた排泄物や生ゴミなどの酷い臭いがする。あと、死体も普通に転がってた。かなり見窄らしい格好をしていたから、乞食か何かなのだろう。それを食い荒らす野犬が本気で怖かった。目を合わせたくない。



  俺の今の格好は、軍人のお下がりであろう、丈夫な木綿の色褪せた白シャツに、同じく木綿で作られたくすんだ紺色のズボン、それから小間使いのお下がりの茶色のベストとフード付きのクローク、革の編み上げブーツと言う出で立ちだ。

  短剣も下げているが、街行く人も似た様な格好をしているから、目立つことはない。


  生活に必要な一式は流石に量があったが、革のリュックもどきごと貰い受けた。正直重いが、必要だし耐える。だがそろそろ限界だ。噴水の石垣に腰掛け、一時休憩する。


  リュックの中身はこれまた軍人のお下がりセットだ。貰い受ける時にそう言われたから間違いない。用意してくれたのは小間使いの青年だったが、詳しく中身や使い方を教えてくれた。あと餞別に新品の歯ブラシセットをくれた。

  王宮の連中は胡散臭くて好きになれないが、あの青年のささやかな好意は忘れないでおこう。


  行軍のお古らしく、中身は携帯用の鍋一式に、木皿にマグカップ、スプーンなどの食器、火付けの魔道具と火箸、水の壺 ( ミニサイズ )、乾パンセットに、干し果実、替えの服と下着と靴下のセット、応急用の薬草と包帯セット、ランプ、コンパス、タオルセット、石鹸の欠片、ナイフ一式、布団と兼用になっているレジャーシート、召喚された時に着ていたスーツ一式と革靴と言う内訳になっている。


  どれもお古であるため早めに買い替えた方が良いと言われた。また、食料品は消費期限が数日に迫っているらしい。量も少ないから、早めに食べておこう。


  火付けの魔道具は、手のひらに収まる大きさの石に、赤い記号と小さな水晶が刻み込まれた物だった。見た目だけでは使い方はおろか、何に使う道具か一切わからなかった。あの青年の心遣いに感謝だ。


  これはかまどなど火を必要とする所に置いて、専用の火箸で数回叩くと火がつく仕掛けになっているらしい。また、魔力を持たない者でも使えるよう、魔石と言う地球で言うところの乾電池を使用されているため、それさえ交換すれば、また使えるようにはなるようだ。

  ただ、やはり寿命はあるので、今回支給された物に関しては魔石を買い換えるよりも本体を買い替えた方が良いらしい。


  水の壺は水筒に近い見た目をしていた。これも魔力がなくても使える魔道具で、胴体の部分に小さな魔石を埋め込まれている。蓋を外して傾ければ、勝手に水が出る。ただし、1日につき15ℓしか出ないので要注意とのこと。その日出せる水の残量は側面の目盛りに出るので、そこを見ながら使うそうだ。


  コンパスや鍋の類はヒビが入ったり、歪んだりしているものの、性能には問題ないから安心して良いそうだ。



  この装備なら、食料を買い足せば、そのまま国外に出ることも出来そうな気もする。しかし、どこへ行くにしても情報がなさ過ぎるので調べないとな。

  それに、どうやって生活していくかも考えないといけない。


  王道でいけば冒険者などがあるのだろうが、中年のおじさんにはきつい。一応鑑定で見てもらった情報によれば、能力も平均よりかは上だとは言われた。とは言え、所詮はその程度だ。平均値の能力を持つ若者と比べれば、その成長も含め、おじさんの分は悪い。

  過信は良くないだろう。

  そうすると肉体労働系はパスだな。

  中世じゃ労災とか絶対に降りないだろうし。


  そうなると商売系になるのか?

  しかし、商売なんてしたことがないし、会計もつけたことがない。そもそも、まだこの世界の貨幣の価値も分かっていないのだ。追々知っていくつもりであるとは言え、それで商売と言うのも難しいだろう。


  だからと言って、他に思いつくものもない。困ったことだ。


「相変わらずひどい顔で悩むのね。そんなに眉間に皺を寄せて、取れなくなっても知らないわよ?」


  トンと軽い仕草で眉間に指先を当てられた。

  その声と仕草にハッとなり顔を上げれば、そこには見間違えようのない、どこか謎めいた雰囲気の漂う、ため息をつくほどに美しい陽子さんの姿があった。


  陶器のように白い肌に、整った蛾眉、夜の水面を思わせる、深い色合いを湛えた黒い瞳。ミステリアスな印象を与える右目の下にある涙黒子に、形の良い唇はほのかな桜色をしており、頬も血色が良い色をしている。

  普段は下ろしてある、鴉の濡れ羽色をした腰まで届く長い黒髪は、後ろで一括りにされており、いつもは隠れているうなじが見えて艶やかだ。



  もう会えないと諦めていただけに、その喜びと驚きは計り知れない。


「結構探したのよ? 今日はもう無理かと思って諦めるところだったわ」


  隣に腰掛け、陽子さんは悪戯に微笑む。その格好は俺と似たりよったりなのだが、陽子さんが着ると、とても様になる。流離いの麗人と銘打ちたくなるほどだ。


「なんで陽子さんがここに?」


  会話が噛み合ってないが、仕方ない。

  城での召喚で陽子さんの姿は見えなかった。居たら即刻で気付く筈だし、周囲も黙っていないだろう。


「あら? 私がここにいちゃいけないの? ひどいわ。また一緒に飲みましょうって約束したじゃない」


  動揺を隠せない俺とは対照的に、陽子さんは実に落ち着いており、俺を揶揄う余裕すらある。


「いや、そう言うことではなくて。なんで陽子さんがこの世界にいるのか気になって」


  しどろもどろになる俺を、陽子さんはおかしそうに見る。


「ふふ。イジワルしてごめんなさいね、道夫さん。大丈夫。ちゃんと全部教えてあげるわ」


  蠱惑的な笑みを浮かべ、陽子さんは俺の手を取り、立ち上がる。


「ついて来てくださる? ここではゆっくりお話出来そうにないから」


  俺の答えなど分かりきっているだろうに、わざわざ尋ねる辺り、陽子さんも人が悪い。しかし、このいつものやり取りに、知らずのうちに強張っていた心が解れるのが分かった。


「勿論ですよ。確かに、ここはうるさそうだ」


  そう言って俺も立ち上がれば、「そうでしょう?」と無邪気に笑う。

  先ほど見せた蠱惑的な表情からうって変わって、年相応の無邪気な笑みだ。


「道夫さん、今夜の宿も決めてないでしょう? 今から行く所は、『林檎の木亭』って言う、現地の人には知られていないけど、知り合いのご夫婦が営んでいるお店に行くの。

  そこはご飯が美味しい定食屋さんで、宿屋もやっているのよ。私も今日はそこに泊まるから、一緒に泊まりましょう。お値段もお手頃だし、お部屋も綺麗で変なお客さんが殆ど来ないから。


  お部屋は流石に別々だけど、今日は出かける予定もないし、道夫さんさえ良ければ、色々と教えてあげられるわ。

  それに、お酒も美味しいのが置いてあるの。お値段は高いけど、その分の価値はあるわ。今日は奢ってあげるから、是非飲んでみて。

  きっと道夫さんも気に入ってくれるわ」


「それはありがたいですね。正直、どこが良いとか全然分からなくて。

  陽子さんが一緒なら心強いです。知りたいことも山のようにありますし。それに、ご飯もお酒も美味しい店なら、願ったり叶ったりですよ」


  陽子さんに会えたことで、先行きの見えなかったこの先に、僅かながら明かりが差したように思えた。先ほどから感じていた、背中の荷物の重さが気にならない。やはり、見知った顔と言うのは安心感がある。


  心も足取りも軽く、俺は陽子さんの後に続いた。


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