三章 三、 逃走−セイヤ視点−
「ただいまー。イザーク、少しは休めたか? あと、寒さとかも大丈夫? 薪が足りないなら言ってくれよ?」
「大分休めたので大丈夫ですよ。体も暖まってきましたし。セイヤこそ、暖まっておいた方が良いですよ。薪集めで体が冷えているでしょうから」
簡素な造りの掘立小屋で横になっていたイザークが、入り口に現れたセイヤを気遣う。本人の言葉通り、この森に着いた当初より彼の血色は大分良くなっている。
休息が上手い具合に取れたようだ。やはり、休みを挟んで正解だった。急ぎの行軍なのに、休息を推奨してくれたラーヴァさん達にも感謝だな。
こちらがある意味騙して巻き込んだ以上、俺達に対する疑念や不信が残っているのは分かりきっている。そんな中で、それなりに協力関係を築けているのは有難かった。
追手だけじゃなく、同行者まで敵になったら、それこそシャレにも何にもならない。
そんなことを思いつつ、集めた薪を掘立小屋の中と、外に置いておく。ここには後から寝ずの番が焚き火を焚くので、その追加用だ。
「いや、これくらいは平気。それを言うなら、ラーヴァさん達だって結構…」
不意に、言葉が途切れる。イザークが、セイヤの方を見て不思議そうな顔をしたから。恐らく、セイヤの後方に何か気になるものがあったのだろう。
「どうしたんだ、イザーク?」
「いえ。あそこで何か光っているのが見えたもので。氷柱か何かですかね?」
イザークが指差す方向を見れば、霧雨に混じってキラリと光る何かが見えた。ここから幾分か距離がある山の斜面から見える、キラキラと輝く何か。
確かに、微かな光を浴びて光を反射する、氷柱のようにも思える。
でも、それにしては少し低い位置にあるような気がした。
もう少し目を凝らすと、その光の正体に気付き、ドクン、と心臓が一際大きく跳ねた。
「双眼鏡だ! ヤバい、見つかった!」
言い終わらぬ内に、イザークを肩に抱えて走る。こんな所で双眼鏡を凝らして森を見渡す連中に、心当たりは一つしかない。そして、その内心の予想を肯定するかのように、自分達の方へ向かってくる気配を背中越しに感じた。
「イザーク! 全力で走るからしっかり掴まってろよ! 落っこちたら、拾いに行く余裕が無え! あと、舌を噛むなよ!」
「分かってますよ! 死んでも落ちるものですか! 舌だって噛みませんよ! そんなことよりも、彼ら、もの凄い早さでこっちに向かって来てますよ! あぁ、忌々しい!」
「モテモテで困ったもんだよな! 何人か分かるか?」
「恐らく三人、いえ、四人です。獲物までは分かりま…」
パンッ!
イザークの頬を弾丸が掠め、その先にある樹木に命中した。それから、獣の咆哮より低い音が尾を引くように耳に残る。
間違えようが無い。銃声だ。
少なくとも、追手の獲物に小銃の類いがあることが判明した。
「追いながら撃ってきるんですか!? 無茶にも程があります!」
追手の発砲を受け、若干血の気が引いているらしい。でも、パニックまでは陥っていないみたいだ。ここでパニックを起こされたら、いくらイザークが細っこいとは言え、担いで逃げるのは大変だからな。
頼むから、そのまま気張ってくれよ。
「いや、多分違う! 弾が掠る前に、音がしたから! 絶対今追って来ている連中よりも、後ろから撃っている筈だ!」
それにしても、想像以上に追手の到着と索敵が早い。割り符での撹乱も、無意味だったみたいだ。流石は王室御用達。って、感心している場合じゃない!
「クッソ、完全に油断してた。追手はまだ来ないと思ってから、罠一つ用意してないのにー!」
言ってもどうしようもないことを喚きつつ、セイヤは走り続ける。常人よりも優れた脚力と筋力のおかげで、大の男一人を担いだ状態でも、大地を駆け続けることが出来た。
また、視力も常人よりもずば抜けていたので、霧雨で視界が悪く、障害物の多い森の道でも、躓くこともなく走り抜ける。雪に足を取られることもなかった。
ここで止まったら、即戦闘を意味する。止まってなどいられない。追ってくる四人に加え、後方で控える狙撃手の相手はどう頑張ってもさばき切れないだろう。
走りながら、後ろの追手と応戦するため、現状を確認していく。
こっちには戦えないイザークもいる。イザークを抱えた状態で戦えば、イザークがあまりに危険過ぎるな。俺も迂闊に本気出せないし。
こちらが相当不利な状況を強いられることになる。どう足掻いても、戦局が有利になるとは思えない。
ここだけの話、俺は日本からこの世界へとやってきた、異世界人だ。
だけど、つい数時間前まで滞在していたルクセリアの勇者達のように、チートとかそういうのは何一つ持っていない。姿もそのまんまだし。言葉だって、一から覚えなきゃいけなくて、大変だった。
神隠し(?)でこの世界へとやっってきた俺に備わっていたのは、生まれ故郷で忌まれ、畏れられた、獣のような動体視力に、馬鹿力だけだ。チートと言えばそうかもしれないが、勇者達のように、誇らしく見せびらかすのはどうにも抵抗がある。
いや、別に誇っても良いよ? 誇りに思えるのがあるのは良いことだ。
それに、異能持ちだからって、卑屈になる必要なんて無いんだし。卑屈になるくらいなら、誇る方がずっと良い。周りだって理解してくれてたみたいだし、勇者達はあれで良いんだと思う。
上から目線は気に入らないけど。
あと、ハーレムにエロくて爆乳で年上なお姉さんいれなかったのも大いに気に食わないな。一番大事なものが入っていないじゃんか。みんな同い年か年下ばっかだったし。ロリコン見習いと呼んで差し上げよう。
いけない。話が逸れた。
俺が異能を誇れないってやつね。
勇者くん達と違って、俺の場合、母さん達に大分苦労かけたからだろうな。
故郷のみんなも、怖がって近寄って来なかったし。これで誇れと言う方が難しい。それに、俺が自分の異能で自爆したのは一回や二回じゃないし。数えるのが面倒になるほど自爆している。
死にかけたのも、一度や二度では済まない。百は下らないと思う。毎月一回は九死に一生みたいな目に遭ってたしな。周りも巻き込んで。
おかげで、異能の使い道をみっちり体に覚え込ませてこれたけど。
そのせいか母さんも、「異能を必要以上に隠す必要は無いけれど、異能を誇るのは止めておきなさい」って口をすっぱくして言ってたもんな。まぁ、自爆する能力は誇れないよね、本当。当時はただの死亡フラグだったし。
お説教の最後は、いっつも、「誇るのだったら、異能以外にしときなさい」って言葉で締め括られていたもんな。父さんもそう言ってたし、頑張ってそういう誇れるのを一緒に探してきたな。
友達に趣味に、家族に性格。探せば意外とあって、楽しかった。
おかげでこんな状況でも、誇れるものが自然と幾つも思い浮かぶ。
って、今はそれどころじゃなかったんだった。
別に余裕ぶっこいているわけじゃないけど、俺の集中力はどうにも散りやすい。父さんは大物の器だって褒めてくれたから、嫌いじゃないけど。
「セイヤ、こんな時に何笑っているんですか!?」
イザークにもバレた。めっちゃ怒ってる。
どうやら笑い声が漏れていたらしいな。背中をバコバコ殴りながらイザークが突っ込んできた。
「ごめんって! 死んだ父さんと母さんのことを思い出して、つい」
「そうでしょうね! セイヤの集中力はひどいですから! それでも、やることはきっちりやっているからタチが悪いんですけどね!」
ラーヴァさん達には、記憶がないって嘘をついているけど、イザークは俺が異世界人だと知っている。嘘をつく気はなかったけど、こればっかりはある程度時間を共有してからじゃないと、信じてさえもらえない。
打ち明けても不審に思われてしまうだけだ。
俺だって、イザークに打ち明けたのは、それなりに時間が経ってからだったし。一緒に行商をする中で、イザークが鑑定の能力を持っていると打ち明けてくれたので、俺も自分の秘密を打ち明けたのだ。
イザークは鑑定のおかげで薄々感づいてはいたみたいだけど、確証までなかったようで、打ち明けた時は意外と驚いていた。俺も、鑑定持ちの苦労を聞いて、イザークが秘密にしてた理由がよく分かった。
大抵の人は誤解しているけど、鑑定持ちだからと言って、王室にあるような鑑定の魔導具みたいなことが出来るわけではないらしい。それこそ、冒険者ギルドに置いてある鑑定の魔導具に劣ることも、珍しくないそうだ。
王室とかにある鑑定の魔導具が凄いのは、ちゃんと基準値とかを定められていて、それを扱える知識を持つ人間もいるからだと力説された。何の知識も無いのに、数字とか解説見たって分からんと。
まぁ、言われてみればそうかも。
俺も、難しい数式とか見せられても、答えも分からないし、解き方だって分かんないもんな。
本人も当時のことを思い出しては、げんなりしたり、怒り狂ったり、愚痴ったり、と大変そうだった。
だから、このことを知っているのは、片手で数えるほどしかいないらしい。それを聞いて、話してもらえたのが嬉しかったな。
信用されるのは、物凄く嬉しい。
「そうそう! 良く分かってんじゃんか。断片なんだけど、思い出で溢れ返ってたんだ」
「どうしてこういうピンチの時に限って思い出すんですか! 平時の時にもしょっちゅう思い出してぼんやりしてるのに! こういう時くらい、もう少し集中して下さい! まぁ、集中しているんでしょうけど。
って、言うかそれ、走馬灯じゃないでしょうね? しっかりして下さいよ! こんなとこで死ぬなんて御免です! しかも濡れ衣で死ぬなんて嫌過ぎます!!」
俺の誇れる兄貴分で、友達が、そう喚いているので、小さく謝っておく。ついでに、少しスピードも上げる。それでも、後ろの気配が引き離さられる様子は微塵も感じなかったが。
思った以上に追手の足が早いな。何と言うか、獣とは違う感じの速度だ。訓練された速度、と言えば良いのかな? 俺の速さは獣に近いから良く分かる。
うん。分が悪いわ、ちくしょうめ!
えげつねぇわ!
そうそう。イザークは俺にも鑑定能力があるようにラーヴァさん達には言っていたけど、それも俺には無い。
マルポンと名付けた従魔もいるけど、戦闘には向かないタイプの子だ。芋虫だしな。ポケ○ンのキャ○ピーとかを想像して欲しい。毒とかも持ってない、無害な子だ。ノリとしてはペットに近いかな? だから、今みたいな場面では出番がない。
あ、でも、鑑定の能力に関してはあながち嘘じゃないか?
あると言えば、あるかもしれない。でも、イザークの持っている、正真正銘の鑑定みたいにハッキリ見えるわけではない。種族とか加護とか、何一つ見えないし。本人は使えないってガチ切れしている時の方が多いし、使えない能力だと力説されたけど、やっぱり、あれは凄い能力だと思う。
こんな切羽詰まった状態でラーヴァさんとかを見つけてきたし。
あれはお得物件だった。北部で出会うのは珍しい上、王室と絶対関わり合いがないし。それに、両方とも口が硬そうだったしな。警戒していることを差し引いても、それは有難い。
あんな混んでる店で、よく見つけられたものだと感心してる。いくら髪の色が変わっていると言っても、普通は見落とすぞ、あんな隅っこにいる人。
それに、鑑定のおかげで、変装してた追手を選ばなかったのだから、十分凄いと思う。
俺が異世界人だって気付いている節があったのも、納得出来た。
で、この鑑定と言う能力、加護に分類される能力らしい。チートのような、異能では無いそうだ。加護は才能、と言い換えた方が近いかもしれない。
少なくとも、俺の異能と違い、村八分にされることはないだろう。
俺のは、見えないものが見えたり、病気の有無が見えるだけだ。それも、病気の有無の判定は良くて四割当たるかどうか。見えない日も往々にしてある。
これも、やっぱり故郷では畏れられた異能だった。
まさか異世界でまで使えるとは驚いたけど。
でも、そのおかげで神隠し(?)に遭い、異世界なんかに来ちゃっても、今日まで無事に生きてこれたし、職も得ることも出来たから文句は無い。何事も良い風に捉えていかないとね。
本当、天国にいるであろう父さんと母さんに感謝だな。
この異能のせいで村八分にされたりして苦労をかけ通しだったけど、病気もなく、五体満足で産んでくれたし、愛してくれた。それだけでも、俺には十分過ぎるくらい、幸せなことだった。
その上、学校だって行かせてくれた。村の人間がいないであろう、かなり遠くのとこだったけど。おかげで、友達も出来た。修学旅行とかも楽しかったな。
他にも、キャンプがてら、迫害された場合に備えて、生き抜くためのサバイバル技術なども教えてくれたっけ。とても役に立っている。ありがとう、父さん。
おっと。
殺気が近づいてきている。これ以上他のことを考えながら逃げるのは無理そうだ。別に好きで考えているわけではないが、集中しよう。
「イザーク! 後ろの追手、注意して見ておいてくれよ。魔法とか展開し始めたら、即教えてくれ。銃弾もキツイけど、魔法打ち込まれるのもキツイから!
指とか口の動き、よーく見ておいてくれよ!」
「セイヤじゃないのでこんな暗がりで追手の指先とか口元、見えるわけがないでしょうが! 木の枝とかも邪魔ですし。更に言えば、向こうはフードかぶった上に、口元も厳重に覆ってあるんですよ!? 見えませんよ、そんなの!」
ばっちり対策を取られていたようだ。流石王室御用達。
見えないんじゃ、仕方ない。
出来ることで考えよう。
雪がこんなに残っていたんじゃ、いくら薄暗いとは言っても、足跡は残るし、目立つ。まず、追手の索敵からは逃げ切れないだろう。
走りながら森を見渡せば、笹薮が見えた。
ここを通れば、少しは足跡は隠せるだろうが、それでも、追手を振り切るのは難しい。それに、こちらにはイザークがいる。どう足掻いても、追手と接触した際に不利になるのはこちらだ。
イザークをどこかに隠す時間も無いし、やっぱり、一緒に逃げるしかない。
不幸中の幸いか、向こうは銃をぶっ放していた。狙いも外していたし。
あの銃声を聞いて、ラーヴァさんたちがこちらに向かっている筈。二人と合流出来れば、まだやりようはあるかな? いや、向こうがどうくるかで変わるか。
まぁ、間に合えば、の話だけど。
頑張れ俺!
それと一応イザーク!




