表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/30

三章 二、追ってくるもの

 

「道夫、見て。レトゥランの実を齧った残りの芯よ。こんなに沢山ある」


  霧雨の中、元は蜜柑程度の大きさだったであろう、芯だけになった木の実を拾い上げ、鈴鹿はその掌に乗せた。色合いと細さ加減が、イカ天にそっくりだ。いや、棒状のイカフライ、と言った方が近いのかもしれない。


「多分、この木はリスや木ネズミの餌場なんだろうな。幾つか罠を張っておくか」


  松明の灯りを掲げながら、樹木の周りを確認する。

  冬の名残が残る大地には、雪が全体的に降り積もっており、未だに白く染め上げられている。雪解けし、大地が顔を覗かせている箇所はまだまだ少ない。


  ここは街道を外れた平地にある森なので、気温も高くなりつつあり、こうして雪解けも始まっているが、森林から更に山間部へと進んで行けば、まだまだ冬の名残は色濃く残っていることだろう。恐らく、真冬並みに。


  出来ればこの道中で毛皮などを多めに手に入れておきたいものだ。

  途中で換金も出来るし、自身の防寒用にも重宝する。


「はい。道夫。これ、あげるわ」


「あぁ。ありがとう。鈴鹿」


  鈴鹿に何故か手渡された木の実の芯を受け取りつつ、手頃な樹木の枝を幹に立てかけ、丈夫な罠用の糸で仕掛けを施す。リスや木ネズミがうっかりこの枝を通れば、この罠糸に絡まり、抜け出せなくなるのだ。


  ちなみに、この場にセイヤとイザークはいない。二人だけの時は、こうして互いに名前を呼び合う。やはり、この名前の方が親しみがあるから。


  この場に居ない二人は、ここから離れた場所で、薪集めと火の番に勤しんでいることだろう。でないと、寒さにやられてしまう。この森の生い茂る木々のおかげで、嵐の勢いも大分削がれているが、その分日光なども入り難く、気温も上がり難いのだ。


  夜も近づいてきているので、早目に光源と熱源を確保しておかないと。


  それに、俺達やセイヤはともかく、体力のないイザークには休息が必要だったため、こうした役割分担となった。

  ここで変に無理をさせて、道中の危険を増やしたくはなかったので、今頃は簡単な掘立小屋ほったてごやで休息と暖を取っていることだろう。休むのも旅では必要なことだ。


  また、冒険者であるセイヤと違い、装備も貧弱で、靴に至っては雪道に不向きなつるペタな靴底だった。商人としては、丈夫な靴を選んでいるのだろうが、まだ雪の残る山間部を進むには心許ない。


  今は荷物を纏める用の鎖を靴に巻いて、滑り止め代わりにしているが、あの靴ではそうそう長くは歩けない。毛皮なり、藁と言った物で靴を覆ったり作り直さないと、色々と難しいだろう。


  そんなことを考えつつ、細くしなやかな若木に細工をして罠を仕掛ける。ついでに、雪を掻き分け、芽を覗かせている山菜などを摘んでおく。肉と一緒に食べると美味いし、保存しておけば、食事事情も少しはマシになると言うものだ。


「鈴鹿。向こうにも罠を仕掛けておこう。出来れば少し大きめのものを。肉も欲しいが、毛皮も欲しいからな。あいつらも居るから、多めにあった方が良いだろう」


「それもそうね。ねぇ、これって食べられるかしら?」


「やめておけ。どうせ食べるのなら、ちゃんと実のある物を食べなさい」


  ほら、と言って適当に熟した木の実をもいで渡す。ついでに、鈴鹿が口に入れようとしていた、小動物が食い散らかした芯を取り上げておく。


「ん。意外と皮が厚いな」


  俺も同じものをもいで口にするが、想像以上に皮が厚かった。オレンジやハッサク並みに分厚い。いや、それでも甘酸っぱくて美味いのだが。少し皮の苦味がなぁ。


「そうなの? でも、これはこれで悪くはないと思うわ」


「そうか? まぁ、鈴鹿が良いなら、それでいい。

  ここはこれくらいで十分だろうから、次の場所に行くぞ。でないと、仕掛けがあまり用意出来ないまま、あっという間に夜になる」


  無言で頷く鈴鹿を連れて、森の奥へと進む。


  もう幾つか果実を見つけたので、それをもぎ、鈴鹿にも渡しつつ、また口に運ぶ。ついでに、セイヤ達の分ももいでおく。


「何人だ?」


  果実は、先程の物より甘かった。虫食いもあったが、気にしない。

  背後に迫る気配にも気付いてはいるが、こちらも必要以上に気にしない。でないと、不審がられる。

  そんな平常な様子で尋ねれば、簡潔な答えが返ってきた。


「男が二人。私達が街道を外れてからずっとついて来ているわ」


  こちらも、動揺は無いらしい。陽子さんから貰った、知識と技能のおかげだろうな。鈴鹿の答えに、短く頷く。


「そうか。そうしたら、残りはセイヤ達の所へ行ったみたいだな」


  互いに後ろをあからさまに振り返ることなく、更に森の奥へと進む。

  それに付き従うように、気配が追って来る。街道を外れてから、ずっとこの調子だ。


  全く。本当、王女の一手は正確で、そつがない。


  倒木などを避けながら、先へ進む。

  恐らく、セイヤ達も、今頃は追手達に邂逅していることだろう。恐らく、俺達に向けられた追手よりも数段上の者を。何せ王女の本命はあくまでイザーク達だからな。


  そちらはそちらで、俺達の今後のためにも何とか切り抜けて欲しい。倒してくれたら御の字だが、それは難しいかもしれないな。苦戦を強いられている可能性も十分にある。


  こちらが片付くまで、セイヤ達には何とか堪えて欲しいものだ。


  ………


「おい。あの『混じりもん』達、どんどん森の奥へ行っているぞ」


「これ以上先に進まれたら、戻るのが面倒だな。もうここら辺で仕留めるか」


  そう言いながら、野卑な顔つきをした男は、王都を出る際に渡された両刃の剣を引抜く。それに倣うように、無精髭を生やした男が、同じく渡された剣を鞘からゆっくりと引抜く。


  どちらも、ある程度は扱える様ではあるが、手際が良いとは言えなかった。


  それはそうだろう。

  彼らは王都に収容されていた、一般の囚人に過ぎないのだから。軍人でもなければ、猟師でも何でもない。そのため、扱いの程度もたかが知れている。


  彼ら自身、そのことを理解しているが、特に気にした様子は見受けられない。

  今回の暗殺に成功すれば、減刑と報酬が手に入る。失敗しても、特にお咎めは無しときているので、この話に乗ったのだ。危険も伴うが、このまま長い刑期を鬱々と待つしか無かった彼らに舞い込んだ、千載一遇のチャンスでもあるのだ。


  そのため、あまり怯んだ気配は窺えない。


  流石に脱走防止の仕掛けは厳重に施されたが、久々にシャバに出れるので、そこまで文句は無かった。言っても碌な目に合わないと言う理由も大きい。




  互いに警戒しながら、無精髭を生やした男が先頭となり、暗殺対象である二人に見つからない様、倒木の間を潜ってその後を追う。その際、何かに腕を絡め捕られ、手元から勢い良く釣り上げられた。


「なんだ!?」


  思わず視線を絡め取られた手の方へ向けたままの男に、黒い影が飛び掛かる。

  先程まで後を付けていた、蛮族の男だった。その大柄な体躯に見合わない俊敏な動作で潜んでいた木陰から身を乗り出し、無精髭を生やした男のこめかみを太い枝で殴り、昏倒させたのだ。


「この野郎!」


  野卑な顔つきをした男が咄嗟に斬りかかろうとするが、何かを顔面に勢い良く投げつけられ、思わず怯む。見れば、木の実の芯だった。その隙を見逃さず、蛮族の男に小銃くらいの大きさのある枝で殴りかかられるが、辛うじて避け、そのまま逃走する。


  蛮族の男がそれを追うが、野卑な顔つきをした男がいつの間にか握り込んでいた泥混じりの雪玉をお返しとばかりに投げつける。これでどうにかなるとは思っていないが、目眩しくらいにはなれば良いと思ってとった行動だ。

  大抵の者なら、この目眩しに気を取られる筈だった。


  しかし、『混じりもん』と蔑む大柄な男は違った。

  それを見越したかの様に、追うスピードは一切緩めることなく難なく避け、あっと言う間に野卑な顔つきをした男の眼前にまで追いつく。


「このっ…!」


  忌々しく思うが、最早ここまで距離を詰められては何も出来ない。

  思い切り鳩尾に拳を叩き込まれる直前、『混じりもん』と蔑称する男の眼を見た。恐ろしく紅い双眸が、薄暗い森の中で、爛々と獣の如く光る様を。


  まさに、人と獣の混じりものだ。

  人間様が相手をするには、荷が重い。


  そんな負け惜しみにも近い思いを抱きながら、野卑な顔つきをした男は、鈍痛と共にその意識を刈り取られたのであった。


 ……


  ふぅ。終わった。

  怪我とかを負わずに済んで、良かった。

  考えるより先に、体が動いたような感じだ。それで、後から思考がついてくる。そんな感じだった。部活の練習でよく経験した、体を動かしてからフォームの良し悪しや違和感とかに気付くような感じに近い。途中で変えられないところとかは本当にそっくりだ。


  思ったより、戦闘に恐怖を感じなかった。緊張で昂ぶっていた心臓の鼓動も、今は大分収まっている。疲れもあまり感じない。思った以上に、体力、気力、共に余裕がある。


  今の段階では、反射で動いている感じに近い。恐らく、陽子さんから与えられた能力をまだ使いこなせていないためだろう。これを意識的に動かせるようになれば、もっと良い動きが出来るのだろうな。あと、思ったより自身の力があったことに驚きだ。


  二、三回全力でぶん殴って意識を刈り取るつもりだったのに、どちらも一発でのしてしまった。最後の一人に至っては、拳でKOだったしな。俺に付与された知識や技術って、本当に狩猟の民のものなのか? 陽子さん、間違って近接戦闘の経験とかを入れていないか?

  確認する術などはないが、そんなことを思ってしまう。


  とりあえず、次回からはもう少し力の配分を意識した方が良いな。それこそ、セイヤを手本にするか。


「鈴鹿。新手はいないか?」


  追手の男二人を縛り上げ、頭上に声をかける。


「えぇ。いないみたい。どうする? セイヤ達の所へ向かう?」


  俺が追手を相手している時、新手が出たり、不利な状況に陥った際の助けとして、鈴鹿には樹木の枝に紛れて待機してもらっていた。鈴鹿は弓はあまり使えないが、俺には使えない魔法がある。


  この霧雨が降り続ける状況でなら、鈴鹿の魔法は弓よりも心強い。


「そうだな。でも、先にこいつらに幾つか聞いてからだ。おい、起きろ」


  頬を何度かはたき、拳でのした男を起こす。鈴鹿も、特大の水球を浴びせてもう一人を起こした。


  いくらか呻いた後、二人共ハッとした様子でこちらを見る。そして拘束されていると知り、忌々しそうに眉を顰めたり、冷や汗を流したりしていた。


  これからセイヤ達の元に手助けに行くのに、何の情報も無いのは分が悪い。こいつらが何か知っているかは少々疑問だが、聞くだけ聞いてみた方が良いだろう。ものは試しだ。


「他の追手はどこにいる? 人数は?」


  適当な倒木に腰掛け、見下ろしながら尋ねる。


「はっ! お前らみたいな『混じりもん』でも、人間様の言葉が話せるのか。

  こりゃ、驚きだな」


  拳でのした、野卑な顔つきの男が苛立ちを隠しもせずに嘲笑する。無精髭を生やした男も、侮蔑の視線を露わにこちらを見る。


  思った以上に南部の民の地位は低いんだな。それとも、ルクセリアだからか?

  それに、『混じりもん』ってなんだ? 貰った知識にはない単語だ。まぁ、良い意味で無い事は明白だが。

  そんな場違いな感想が思わず浮かぶが、今はそんなことどうでも良い。この調子では、碌な情報収集が出来ない。


  さっきから質問に対して、罵詈雑言しか返ってこないのだ。

  しかも、俺が正真正銘の南部の人間だったら、どれも怒髪天を衝く内容ばかりだ。鈴鹿に対する罵倒もとても聞けたものではない。しかし、当の鈴鹿は涼しい顔をしている。


  どうやら、追手に対して一切の興味を抱いていないらしい。そのため、関心も湧かず、心も動かない、と言ったところか。ある意味清々しい。眼中に無い、を地でいっている。


  しかし、だからと言ってそれがこちらに有利に働くわけではない。

  俺も何も出来ないから、このままでは無駄に時間が過ぎるだけだ。何か手はないかと、与えられた知識も探ってみる。使えるものはどんどん使ってなんぼだ。


  …。

  ある、と言えばあった。出来れば見つけたくなかったが。


  あー。本当に、出来れば本当にやりたくはないのだが。

  もし、まともに尋問が出来なかった場合。こちら取らざるを得ないだろう手段に備え、心の準備をしておく。


「質問に答えろ。他の追手は何人いる?」


「あぁ? それが人間様への口のきき方か?」


  何度かこの不毛なやりとりを交わすが、一向に質問に答えられることはなかった。罵詈雑言を投げかけられるだけだ。

  これはもう、やるしかない。本当にやりたくないのだが、仕方ない。こちらも命が惜しいのだ。無駄な時間は、割いていられない


  静かに深呼吸をして、腹を括る。


  野卑な顔をした男が、こちらに対してまた何か言ってきたようだが、全ての言葉を言い終わらないうちに、思い切り後頭部を踏み込む。それと同時にぐしゃり、と言う鈍い音と、鉄錆の臭いがした。

  ザラザラとした、水を吸って硬くなった雪にのめり込んだ顔面は、さぞや大変なことになっていることだろう。あぁ、見たくない。やられるのも、やるのも、嫌だ。


「口のきき方がなっていないのは貴様らの方だろう? 今置かれている状況すら判断出来んのか、この馬糞共が。

  もう一度だけ聞いてやる。他の追手は何人だ? 他にも、知っていることは全て話せ」


  ぐりぐりと、踏みにじる後頭部に乗せた足先を重心をもって動かし、痛みを与える。

  イザークならば、こんな不利な状況でも、もっと上手く尋問出来ただろうに。己の交渉力の無さに溜息をつきたくなる。


  それでも、まだ悪態をつき続ける男に、もう二、三度強く踏みつける。殺さないように気をつけながら。それでも、追手の足を踏みつけた際、力の加減が分からなくて相手の足を踏み潰してしまった時は心底焦った。


  しかし、それは向こうも同じ、いや、それ以上だったらしく、渋々と知っていることを話してくれた。鈴鹿が起こした無精髭の男も、鈴鹿が魔法を駆使した水責めによって口を割った。これはこれでえげつない。


  俺も人のこと言えた義理ではないが、後で鈴鹿に加減しろと言っておこう。


  二人の話をまとめると、二人は囚人で、減刑と報酬につられてこの暗殺に参加したこと。本命であるイザーク達を狙う者については一切知らされていない、と言うことだった。


  それから、俺達が暗殺対象になった理由なども知らされていないそうだ。そもそも、イザーク達のことさえ知らなかったらしい。


  うーん。思った以上に何も得られなかった。でも、元々ダメ元で聞いたようなものだし、こんなものなのかもしれない。



  とりあえず、聞きたいことは聞けたと思うので、もう一度二人をのして、意識を奪う。彼らにはまだ役目がある。イザークにも尋問してもらうと言う役目が。恐らく、俺よりも有意義な時間を過ごせることだろう。


  獣に襲われないよう、追手の二人を適当な枝や葉で隠している最中、カァアン、と言う音が雨に紛れて聞こえた。鳥の鳴き声や獣の吠え声とはまた違う。これは銃声だ。それも、イザーク達がいる方角から聞こえた。


  この雨で銃を使うなんて、バカか銃をよく理解した手練れしかいない。


  そして、今回に限って言えば、後者の可能性が高い。


「鈴鹿、急ぐぞ」


  緊張と恐怖で引きつりそうな声だ。こうして危機を間近で感じとってしまうと、嫌でも恐怖が先に立つ。勇気なんて、奮い起こせない。それでも、行かなければ。


  嵌められたとは言え、この世界で初めて見知った相手だ。見殺しには出来ないし、ある意味、一蓮托生の仲間でもあるのだ。放っておくことなど出来やしない。

  それに、セイヤもイザークもまだ若いのだ。若者が死ぬのは、何時だって偲びない。若者は、おじさんより長生きするのが基本なのだから。


  無言で頷く鈴鹿を引き連れ、俺達は銃声のした場所へと駆けた。


  無事でいてくれ、と願いながら。


ブックマークや感想、ありがとうございます。

どれも励みにしております。

感想はすぐに返せない時もありますが、なるべく返していきますので、暖かい心で待って頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ