二章 八、厄介事は王女と共に②
7月3日 加筆投稿
七話を加筆したら、長くなったので二話に分けました。
その二話目です。
七話は大分手を加えたので、読み直しが必要になるかと思われます。
一応二章五話から加筆をしているので、そこから読み直して頂けると嬉しいです。
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ししゃも様より頂いた、素敵なイラストです。
美人で可愛い鈴鹿です(*^^*)
話し合いの結果、イザークの依頼は断ることにした。
やはり心の平穏は大事だから。
頑として金と依頼を受け取る気配もなく、かつ、鈴鹿を連れ今にもこの場を立ち去ろうとすれば、困ったような表情を浮かべ、再度懇願された。だが、それで流されてやるほど、俺はお人好しではない。
俺には、俺自身と鈴鹿を守ると言う掛け替えの無い目的があるのだから。いくら報酬は良いとは言え、割に合わなそうなことはしたくはない。
「お願いします。どうか、僕らを案内して欲しいんです」
今までの雰囲気を一変させ、絞り出すように声を出すイザークに少し驚く。
その間にも、イザークは哀願にも近い表情で話を聞いて欲しいと訴えてくる。
このまま何も聞かずに立ち去っても良かったが、それを許さないような気迫がイザークから感じられた。もし、このまま立ち去れば、こちらに対してよろしくないことを実行される気がひしひしとしてくる。
こんな所で悪目立ちはしたくない。ただでさえ、この国では俺達に対する風当たりは強いのだから。何かあった際には、問答無用で有罪判定を下されることは必至だ。
仕方なしに、話を聞くことを承諾した。
どうせ面倒なことを聞かされるだろうが、たかだか二十を少し越えただけの若造の話だ。そこまで深刻なものではないだろう。仮に、碌でもない事柄だった場合、巻き込まれる前に逃げれば良い。セイヤはともかく、イザークのようなモヤシから逃げるのは容易なことだ。
元陸上部の本気、見せてやろう。
鈴鹿に、「何時でも逃げられるように」と視線で促しておけば、同じく視線で「分かった」と返された。こんな時、意図をすぐに汲んでくれる相棒が居るのは心強い。
イザークはセイヤには聞かすつもりはなかったようだが、そうもいかないと思い直したらしく、揺り起こしていた。そのやり取りは、本当の兄弟のようだ。
長々と語られたが、要はセイヤが知らないうちに濡れ衣を着せられ、この国の女王を敵に回してしまったらしい。
そのことを聞き及んだ時、思わず二人に隠しもせずに舌打ちした。それも思い切り。断っておくが、普段の俺ならばそんなことは決してしない。
だが、流石に、今回はそんな外聞を構う余裕はなかった。それほどまでに、イザークに嵌められたことが心底腹立たしかった。
この話を聞いた後では、依頼を断る選択肢が絶たれたに等しいから。
断ったとしても、最早無意味なのだ。あの王女にとって、話を知った者は軒並み同罪であろう。
それを理解していたから、イザークは俺達に話を聞かせたのだ。自分達の逃亡に協力させるために。
これを嵌められたと言わずに、何と言おう。
よくも余計なことを話してくれたな。
コップに残ったエールを煽るように飲み干し、幾分か冷静さを取り戻す。苛立っては、碌な考えが浮かばない。
聞かなければ良かったと、心の底から後悔したが、後の祭りだ。
よりによってこの二人は、国の王族を敵に回しているのだ。かつての俺同様、刺客を送られ、徹底的に狙われることだろう。
行方を調べられれば、俺達がイザークらと接触したことも当然知られる。なんせ俺達の容姿は嫌でも目立つ。簡単に知れ渡るのは、火を見るより明らかだろう。
これでは、俺達もイザーク達と逃げねば危険だ。
別々に逃亡を図ったとしても、話を聞いてしまった以上、同罪と見做されるのがオチだし、イザーク達が捕まれば、今度は俺達に追手がかかるだけだ。
あらぬ疑いをかけられ、投獄されることだろう。下手をすれば、そのまま還らぬ人となるかもしれない。
イザークから余計なことを聞いてしまった自身の迂闊さを呪った。こうなっては、イザークの申し出を断れない。
焦りもあるが、それ以上に怒りが湧いた。それがイザークか俺自身に対してなのかは、判断がつかなかったが。
それにしても忌々しい。また、あの王女が出てくるとは。
何にせよ、そんな状態に陥れば、大金叩いてでも逃げるしかないな。そこは王女に一度追われた身としては大いに理解出来た。
セイヤも事の深刻さに、酔いが一気に醒めているほどだ。
「なるほど。それで、王家とは繋がりようのない俺達に案内を頼みたいわけか」
余所者を嫌うこの土地の気質から、まず、南部の人間を使うことはしないだろう。王族ともなれば、尚更に。
「はい。南部の人間をこの国の者が雇うことはまずあり得ませんので」
俺の推測を肯定する形で、イザークが同意する。
「だろうな。
良いだろう。その話、請け負ってやってもいい」
ため息をつきながら、そう告げる。
どの道、この国からは出る予定だった。まぁ、予定より危険要素を抱え込むことになってしまったのはかなり手痛いが、イザーク達から話を聞いてしまった以上、別行動を取ろうが向こうは御構い無しだろう。
ならば、少しでも協力して逃げるしかない。その方が生存確率が高い。
鈴鹿とは既に相談済みなので、後は実行に移すだけだ。
「ありがとうございます!」
二人して礼を述べられるが、それを制するように手をかざす。
「だが、請け負うかはまだ決めあぐねている。だから、今から話すことを確認したい。
一つ、お前達が俺達を裏切らないか。
二つ、お前達が俺達を信じるか否か。
三つ、お前達が南部へ無事辿り着いた後、どうする気なのか。
これらを確認しないことには、俺達は一切の手を貸さない」
他にも色々と確認したいことは山のようにあるが、まずはこの三つの確認が最優先だ。
ただでさえ危険を帯びた道中なのだ。連れで無用な心配はしたくはない。
「僕達は、貴方がたを信じていますし、決して裏切ったりはしません。南部へ無事に辿り着けた後は、しばらくそこで身を潜めていたいとは思っています」
交渉はイザークの担当のようで、セイヤはジッと何も言わずに任せている。丸投げではなく、信頼ゆえに任せているのだろう。
「そうか。
それは嬉しい限りだな。だが、俺達を嵌めたお前らを俺達は信用出来ない」
余計なことをしてくれたイザークに、怒りを隠さずに告げる。その声音は、自分でも恐ろしいほどに冷たいものだった。
「何故俺達に声をかける必要があった? そこから疑わしい。案内を終えた後、体良く始末しても問題ない者だから、俺達を選んだんじゃないか?
利用した後に殺してしまえば、そこから情報が漏れることはないからな」
「そんなことはありません。それは無用な心配でしょう。
宣誓の神、ウルデロイに誓って、貴方がたを裏切ったりはいたしません」
睨みつけるような眼差しに臆することなく、イザークは返答する。神に誓う、と言うのは滅多なことでは使わない言い回しだ。虚偽の一切を否定する言葉なので、まず、嘘は言っていないだろう。
それでも、まだ信用するには足りないが。
「お前の提示した硬貨自体が、この上なく胡散臭いと言ってもか?
あれはお前くらいの行商人が稼げる額ではない筈だ。そんな大金をいくら命がかかっているとは言え、それを用意出来ること自体ありえない。
かりに真っ当な金であったとしても、そこまで稼げる者が俺達のような蛮族に依頼をすることがどう考えてもおかしい。
お前ら、本当に行商人か?」
これも懸念の一つだ。
いくら頑張ったとは言え、イザークのような若い行商人が大金貨を用意するのはかなり難しい。確かに用意出来なくもないだろうが、年単位の時間がかかるだろう。 まして、こんな土壇場で用意出来るなど、たまたまと言う言葉を使っても、怪しさが残る。
イザークの答えに納得出来ないのなら、俺達はこの二人からも逃げなければならない。
「俺達も命は惜しい。だから、まだ隠し事をするようなら、この話はなかったことにさせてもらう」
射抜くような視線と本気の言葉に、イザークは少し躊躇うような表情を浮かべた。やはり、俺達にまだ隠し事をしているらしい。それを伝えるか否かを、かなり迷っているようだ。
しかし、状況がそれを許さない。
今のイザーク達からすれば、一分一秒が惜しいことだろう。
「僕達は商人ですが、そのお金は商売だけで稼いだものではありません」
腹を決めたのか、イザークが一呼吸置いてから言葉を紡ぐ。
「僕達の『目』、鑑定の能力と、セイヤの従魔で稼いだものです」
緊張ゆえか、少し水分を口に含んでから、イザークは続ける。セイヤは切り札を勝手に切られたようなものなのに、一つも動じていない。やはり、イザークを相当信用しているのだろう。
「鑑定でこの店にいた人間を見て、能力や出身地、種族、それから加護などから判断して、貴方がたに声をかけました。
他の冒険者や傭兵に少し事情を偽って護衛などを頼んでも良かったのですが、ああいう場では追手が潜んでいる可能性が否めなかったので。
ですので、追手がまだ手をつけていなそうなこの店を選びました。
昨日今日でこんな所にまで情報網が張られているとは思えませんので、その間にここで最善の人選をしたかったんです」
鑑定と聞いて、城での出来事が思い出される。
そんな能力を持つ者がいたのか。しかも二人とは。確かに、あればかなり有利だろう。商売する上で、中々有利そうだが、それでそこまで稼げるのか。改めて凄い能力なのだろう、と場違いな感心をした。
この後の相談は商談並みに厄介だった。何せイザークは俺よりも頭が良い青年だったから、こちらが頭をフル回転させて、ようやく理解が追いつけるかどうか、と言うところだ。
かと言って手を抜くことは出来ず、お互いに納得出来るよう、細かく話し合った。
途中鈴鹿の問いかけに詰まったりするなど、不信感が露わになる場面もあったが、そこはセイヤが乗り出し、その不信感を拭った。やはり、この二人は良い相棒なのだろう。
おかげで、二人は今のところ信用出来る人物と言う位置付けについた。鈴鹿も納得した様なので、問題なく行動を共に出来そうだ。これからの行動でその位置は変わっていくだろうが、良い方向であることを願う。
「分かった。俺達はお前達を信用する。
最善を尽くして南部まで送り届けよう」
「私も異存はないわ」
俺達の言葉に、二人は今度こそ礼の言葉を述べた。
この時になれば、燻っていたイザークに対する怒りも収まったので、礼の言葉を受け取る。
それと同時に、思う。
やはりこの国では幸先が悪い、と。




