二章 七、厄介事は王女と共に①
6月24日
三回目投稿。本日の投稿はこれで最後です。
7月3日、加筆修正。
加筆をしたら長くなったため、二話に分けました。
二章五話から加筆をしているので、読み直して頂ければ幸いです。
「勿論、タダで案内しろとは言いません。ちゃんとした報酬をお出しします。ですから、どうか僕達を案内してくれませんか?」
大金貨一枚を取り出し、周囲に隠しながら俺達に見せる。
提示された額の大きさに、思わず息を飲む。普通、こんな大金、場末の定食屋でお目にかかれるものではない。
いくらイザークが東より南部と交流のある西の地で生まれ育っているとは言え、こんな破格とも言える額を提示することはかなり珍しいことだろう。
南部の人間への支払いなんて、普通は微々たるものだ。
しかし、当然ながら例外もある。
危険の度合いにもよるが、依頼される仕事の内容によっては銀貨や金貨、果ては今イザークが提示している大金貨を支払われることもままあるのだ。
だが、たかが道案内で大金貨を提示するのはおかしい。
正気かと疑いの目を向けるも、その顔は真剣そのもの。冗談の類いではないことがよく分かる。ますます意味が分からない。
「俺達に頼む意図が分からんな。
そもそも、こんな大金を積まずとも、南部へ行く道ならちゃんと街道が整備されている上、セイヤでも十分護衛出来る筈だが?」
内心の動揺を悟られるよう、細心の注意を払う。
鈴鹿も俺のただならぬ気配を感じてか、先ほどまでの楽しげな雰囲気を振り払い、代わりに、冴え冴えとした気配を漂わす。
やはり、この国は俺には鬼門らしい。わけも分からずに焦りを感じてしまう心をなだめ、イザークの真意を探る。
またしても現れる厄介事に辟易しながら、いつでも正念場に陥っても良いように丹田に力を込めて、自身に喝を入れる。
ただの案内なら、しても良かっただろう。それくらいにはこの二人は気に入っていたから。しかし、大金が提示された今では、そうはいかない。
普通、南部までの案内に、大金貨なんて大金用意しない。する必要がないのだ。街道もちゃんとあるので、金貨十五枚もあれば、十分事足りる。よっぽどの急ぎでも、金貨三十枚も積めばどうにかなるだろう。
それなのに、金貨五十枚以上の価値のある大金貨を支払おうなんて、おかしいと言わざるを得ない。むしろ、これで疑いを持たない方がどうかしている。
しがない行商が、移動で割ける金額では無い筈だ。絶対何か裏があるだろう。
確かめておかないと、痛い目に遭いそうだ。
何も聞かずにこの場を去るのも、些か不安が残る。
体は変わっても、性格までは変わらないのだ。
イザークも疑念を抱かれて当然と思っている様で、すらすらと大金を用意した理由を説明し出す。
「いえ。それでは不十分なのです。
確かにセイヤは腕利きですし、正規の街道を通るのでしたら十分な実力があることでしょう。
しかし、今回は初めてジーヴァ山脈を直接越えるルートで南部入りをする予定なので、セイヤだけでは不安なのです。あそこは案内人無しで入れば、碌な目に遭わないことで有名ですから」
まぁ、その案内人を頼むのが一番難しいのですけど。
新たに注文したエールを俺達にそつなく振る舞いながら(勿論イザークの奢り)、ため息と共に吐かれる言葉に内心で同意する。それと同時に、イザークが大金を提示した理由が分かり、警戒を少し緩めた。
北部の人間が南部の人間を嫌う様に、南部の者もまた、北部の者を嫌う。
なので、金を積んで依頼しても、断られることの方が圧倒的に多い。それはもうバッサリと。
特に山脈を直接越える道への案内依頼ともなれば、自分達の縄張りへ入れるにも等しいことなので、かなりの信用や金を積む必要がある。
報酬に金貨を用意されても、相場としては微妙だろう。
北部の人間を毛嫌いする者ならば、割に合わない、と言って一蹴する可能性さえある。
「ラーヴァさん以外にも、出会った南部の方に案内を頼んでいたのですが、悉くお断りされてしまって。
まぁ、理由は大体察しがつきます。向こうは向こうで北部の人間を嫌っていますからね。それに、報酬が少なかったのと、案内する僕等が山脈入りをさせるのに不安だと思われたからなんでしょう」
苦笑しながら、イザークは続ける。
確かに、イザークみたいなモヤシを連れて山脈入りしようなんて面倒事、安い金でしたくはないことだろう。俺も御免だ。陽子さんから貰った知識のおかげで山での危険は粗方避けられるが、文化の違いによる衝突までは避けられないからな。
「ですので、思い切って報酬を上げることにしたんです。
幸い、ラーヴァさん達は北部の人間を毛嫌いする方ではない様なので。
ここまで稼ぐのは本当に大変だったんですよ?
今の僕にはかなりの出費ですが、山脈入りを果たしたことで手に入る利益を思えば、悪くは無い投資です。
セイヤには冒険者としての箔がつきますし、その雇い主である僕にも利がありますから。山脈入りした商人はまだまだ少ないので、何かと注目されます。しがない行商人から成り上がるには、なかなか良い材料なんですよ。
ですから、道に慣れているお二人に是非とも案内して頂きたいのです」
問いに対して、実に分かりやすい回答を返された。俺達に大金貨を提示したのも、頷ける。直接山脈入りをするとなれば、大金貨と言えども、相場より三割ほど高いくらいの額でしかない。
北部に毛皮などを売りにやってくる南部の者は、大概山脈を直接越えて北部へと入る。
街道に設けられている関所の通行代が高いのと、関所を管理している北部の連中が気にくわないため、頑として利用しないためだ。
そのため、山脈を越える道をよく知っている。
俺の知識の中にも、それは記憶としてしっかりと刻まれていた。幾つかのルートが候補として瞬時に浮かぶ。さりげなく鈴鹿に目配せして尋ねてみれば、やはり鈴鹿にも同様の知識が備わっているようだ。
どうやら俺達が陽子さんから貰った知識は、「南部の人間として持っているであろう常識や知識」で構成されているらしい。
少々面倒ではあるものの、今の俺達ならイザーク達を連れて越えることは難しくはないだろう。
しかし、それでも腑に落ちないこともある。
セイヤが酔い潰れる前に確認しているのだが、セイヤの冒険者ランクは末端ではあるものの、中位にその名を連ねている。中位と聞けば微妙とも思うかもしれないが、侮ることなかれ。
セイヤの若さで中位まで漕ぎ着くのはかなり難しい。それほど、中位に辿り着くには才能と実力がいる。十年続けてなれるかどうか、と言うのが殆どである。
その上の上位となると、一握りの天才しかなれない域であろう。
ホラを吹いている可能性もあるが、セイヤは移転者。異能と言うチート持ちだ。弱いと判断するには、些か難がある。
先ほどの説明の通り、セイヤだけで不安ならば、山脈入りを果たした他の冒険者をその金で雇えば良い。南部の者に比べ、道中の安全性は劣るが、越えるくらいならなんとか可能な筈だ。
そちらの方が習慣の違いによる道中のトラブルも少なく済むだろうし、金額もギリギリ足りるだろう。何も断られる可能性の高い、南部の人間に拘る必要もないのだ。
そのことを指摘するが、やんわりと話を逸らされた。
不自然と言うには物足りないかもしれない。しかし、どうにも不審感を拭い切れなかった。臆病ゆえの心配かもしれないが。
「悪いが、その話には乗れない」
そうハッキリと告げて、俺はこの話を打ち切ることにした。
イザーク達には悪いが、心配事を抱えたまま、旅なんてしたくはなかったから。




