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二章 三、オマケと鈴鹿

誤字訂正しましたた。

誤…適正

正…適性

 

「鈴鹿、なのか?」


  理性があり得ないと叫ぶ。しかし、心のどこかで、彼女は間違いなく鈴鹿なのだと妙に確信のようなものを抱いている自分がいる。


  水槽の中で人魚のように揺蕩う彼女の、滝のように流れる髪。

  それは、非常に見知ったものだった。


  真珠のような白地に、真朱の鮮やかな斑模様の入った足元までかかるような長い髪。それが水の揺らぎに合わせて揺れる様は、いつも自宅の水槽で見慣れた、鈴鹿の姿を彷彿させた。


「鈴鹿…?」


  恐る恐る、確認するようにその名を口にすれば、パシャ、と水音を立てて彼女がこちらを向いた。水槽越しでも分かるその美貌に、思わず息を飲む。だが、それ以上に俺を見据えて離さない、黒目がちなつぶらな瞳に吸い込まれそうになる。


  あぁ。彼女は鈴鹿だ。

  その瞳を見て、安堵にも似た確信を抱いた。


  彼女も、鈴鹿もそれを感じ取ったのか、ほんの少しだけ俺に微笑みかけたような気がする。


「どう? なかなか可愛らしいでしょう?」


  ガラス越しに触れ合う俺達を見て、陽子さんが得意そうに聞いてくる。


「そうですね。でも、俺的には可愛いと言うより、涼しげな美人、って言う感じです。陽子さんとは違った感じの、物静かそうな見目と雰囲気ですし…。じゃなくて!」


  陽子さんに乗せられて、うっかり鈴鹿の品評をしていたが、それどころではない。


「何で鈴鹿が人間になっているんですか!?」


  水槽の中でキョトンとした顔をしている鈴鹿を指差して突っ込んだ。

  そんな俺の渾身の突っ込みに、陽子さんはさも当然とばかりに腕を組んで答える。


「あら。最初に言ったじゃない。お願いを聞いてくれたらオマケをあげるって。これはそのオマケでしてよ?」


「いや、こんなオマケがあるとは聞いていないんですけど?」


  オマケが凄まじ過ぎる。俺を適応させるだけでも、結構準備とかしていたではないか。それなのに、鈴鹿( 金魚 )を人間化させるなんて。最早オマケの域を超えている。


  そんな意味合いを込めて返せば、陽子さんはクスクスと笑う。


「えぇ。言っていないんですもの」


  そう返しながら、鈴鹿を囲っていた水槽を霧散させ、悪戯に微笑む。


  いけない! この状態で水槽が消えたら、鈴鹿が俺の胸元にダイブする形になる。


  鈴鹿もまた、俺同様全裸だった。


  裸の水で濡れた美女が、裸の男のもとに飛び込む。


  うん。アウトだ。字面に起こせば、増す増す危険な感じが漂う。さっきのベッドもヤバかったが、こっちも十分アウトな状況だ。


  そうは思うものの、無情にも水槽は消え、鈴鹿が降って来る。流石に受け止めないわけにはいかないので、全力で受け止める。水槽の水でびしょ濡れになるものと覚悟したが、予想に反して水が溢れ出すことはなかった。水槽と一緒に霧散させたようだ。


  受け止めた鈴鹿は腕に馴染む重さをしていた。

  水槽の水は消え去っていたものの、鈴鹿は濡れたままであった。水に濡れた長い髪が全身の肌に張り付き、体のラインを図らずとも強調する。また、濡れた小麦色の肌は心地良い冷たさがあり、しっとりと肌に吸い付く感じがした。


  自然とこちらを見つめる睫毛に縁取られたつぶらな瞳に、肌に直接触れる、小ぶりな双丘。男の尊厳の危機が迫るが、鈴鹿の弱々しく絡める腕を振りほどくことなど出来なかった。


「鈴鹿、あー、その、降ろしていいか?」


  とりあえず聞いてみれば、案外素直に頷いてくれた。良かった。そう思いながら、その場にあったシーツを鈴鹿に被せる。何もないよりかは、マシであろう。ついでに俺もシーツを被る。


  勿論、自身の体は一切見ないように。

  でないと、陽子さんがまた俺の視界を奪い、羞恥を煽るようなことをしてくるだろうから。そんな様を鈴鹿にまで見られると思うと、泣きたくなる。



  立ちっぱなしもあれなので、ベッドにでも座らせようと思ったが、いつの間にか陽子さん達がテーブルとソファを用意していたので、そこに座ることになった。


「で、改めてどういうことなんですか?」


  マヅドさんから出されたお茶を一口ずつ飲む鈴鹿を横目に見ながら、陽子さんに尋ねる。体の方は、陽子さんが素早く乾かしてくれていた。


「鈴鹿ちゃんを人間に変えただけでしてよ? その方が道夫さんも生きやすいでしょうから」


  優雅な仕草で陶磁のカップに口をつけながら、陽子さんは続ける。


「道夫さんの生きる世界では、ガラスやアクリルの水槽を用意出来る者なんてそうそう居ないんですもの。そもそも、観賞用の魚を飼う、なんてこと自体がかなり高級な娯楽なのよ。

  庶民はまずしないでしょうね。


  そんな中で鈴鹿ちゃんを金魚のままで道夫さんに渡しても、鈴鹿ちゃん目当てに碌でもない人に絡まれるのが落ちでしてよ。そんなのお嫌でしょう?」


「それは確かにそうですが。でも、なんでわざわざ人間の姿に変えたんです? しかも、こんな美人に。

  連れ歩くのに不便のない生き物でしたら、犬とかもっと他にもあったでしょう?」


  人間の女、それも美女を連れ歩くより、そちらの方がずっとトラブルが少ない気がする。


「ふふ。そうね。でも、そこは魔女の悪意と愉悦によるものなの。しっかりと受け止めて下さいな」


  俺の言葉を見越してか、陽子さんは蠱惑的な笑みを浮かべながら、堂々と悪意があることを明言した上で微笑みかける。


「…。そうですか。わかりました」


  他に答える言葉がなかったので、そう言わざるを得ない。こちらが頼み込んでいる身なのだ。文句ばかりも言ってられない。


「嬉しいわ。そう言ってもらえて」


  その一言を終えるや否や、パン、と軽く手を叩く。すると、かなりの大きさのある、全身鏡がどこからともなく現れた。


「さぁ、お楽しみの新しい姿のお披露目よ。よくご覧になってくださいな?」


  俺達を鏡の前へ導きながら、さり気なくシーツを奪い、丸裸にしていく陽子さん。俺から羞恥の感情までを奪う気なのだろうか? 今の陽子さんなら笑顔でやりかねない所が怖い。


「誰だ、これ?」


  ドギマギしながら鏡を見れば、呆然と言葉が漏れた。


  歳の程は、鈴鹿より若干年上くらいだろう。二十歳から二十中頃、と言ったところか。かなり若返っている。これだけでもかなり原型がない。


  身長は190後半はあるだろう。端っこの方にさり気なく大まかな目盛りが刻まれていたから分かった。鈴鹿は180cmほどだ。女性にしては、身長があるな。

  にしても、かなりデカイ。20cmはでかくなっている。道理で妙に視界が広いと思ったよ。あと、見目がかなり目立つ。


  肌は褐色で、体つきはかなり逞しいものとなっている。腹筋もバキバキだ。所々傷跡や刺青のようなものも見えるな。陽子さんの趣味か?


  顔つきは彫りが深く、いかめしい。何と言うか、眼光が鋭そう。我が身ながら、睨まれたら恐そうだ。一応整った精悍な顔つきではあるが、目つきの恐さを引きたててしまっている。


  その両眼は真紅で、睨まれたら一層恐さ感じることだろう。印象にかなり残るだろうな、真紅の瞳って。

  しかも髪の毛は白に近い銀髪だ。臀部までありそうな長い髪は、狼の毛並みを彷彿とさせる。所々、灰色や黒色の毛が筋となって混ざっているが、銀髪が一層目立つ。何かゲームのキャラとかでいそうだ。


「派手な見た目ですね」


  絞り出した感想がこれだ。これ以外に浮かばなかった。


「あら、そうかしら? あの世界にはよくある見目でしてよ?」


  これが標準仕様なのか。何だか凄いな。ちなみに、俺の見目は南部に多い特徴らしい。鈴鹿の見目、と言うか特徴も、南部ではよく見る仕様とのこと。派手なんだな、南部って。


「その体には、騎馬の民の記憶が刻み込まれているみたいですわ。

  だから、乗馬とか野外生活と言ったものは当たり前のようにこなせるでしょうね。


  流石に達人、と言うほどではないでしょうけれど、中の上、くらいの技量はありますわ」


  ちなみに、鈴鹿も同様の技量は持っているそうだ。


「それで、私が上げる能力がこれですわ」


  小さなビー玉のような物を幾つか小袋から取り出す陽子さん。これを飲み込んで体内に入れれば能力を得られるとのこと。


  蜻蛉玉もどきを体内に入れられた時のことを思い出し、思わず身構える。


「そんなに構えないでくださいな。これを飲んでも痛みなんてありませんわ」


  苦笑する陽子さんの言葉にとりあえず頷くも、やはり、飲むのは些か躊躇われた。


「ちなみに、これには何の能力が入っているんですか?」


  時間稼ぎも含めて尋ねれば、陽子さんは丁寧に説明してくれた。


「藍色の石が道夫さんの生きる世界で必要な一般常識と魔力を。魔力と言っても、体内に巡らせる分だけになりますわ。道夫さん、元から魔力を持っていませんでしたから。


  虹色の石が、剣術と弓術を与えますの。恐らく、上位の域に入る技量になりますわ。まぁ、最初の内は中位程度の技量でしょうけど」


  上位か。最初は中位だとしても、初級すら嗜んでいない俺には十分だろう。


  陽子さんはその二つのビー玉を俺の掌に乗せ終えると、鈴鹿にも藍色と銀色のビー玉をそっと掌に乗せた。


「鈴鹿ちゃんにもオマケで能力を上げますわ。藍色の物は道夫さんと同じものよ。銀色は魔法の基礎程度の能力ですわ。向こうで真面目に研鑽すれば、腕は必ず上がっていくことでしょう」


「ちょっと、陽子さん。鈴鹿だけ魔法ってずるくないですか?」


  と言うか、さっきから鈴鹿に付与されているオマケが凄い気がする。男女差があり過ぎないだろうか? 魔法だったら俺も欲しいのに。


「あら? そんなことありませんわ。

  可愛いだけでは、女の子が生き残るのは大変ですもの。それに、道夫さんと一緒にいるためにも、鈴鹿ちゃんにも力は必要でしてよ?」


  その言葉に鈴鹿はコクリと頷き、躊躇いもなくビー玉を飲み込んだ。


「鈴鹿!?」


  飲み干した瞬間、鈴鹿の全身がぼうっとした燐光に包まれたので、驚きに声をあげる。慌てるも、一瞬で光は収まり、鈴鹿も特に苦痛などで苦しんだ様子はない。


「ふふ。ちゃんと能力が花開いた様ね。もう魔法の使い方は分かるでしょう?」


  コクリと頷き、鈴鹿が掌をかざせば、周囲に水球が幾つも現れた。それをスイスイと自在に動かす。表情は殆ど変わらないが、どこか楽しげだ。陽子さんも、妹を見る様な目で見守る。


「大丈夫か、鈴鹿?」


  一応尋ねてみれば、小さく「大丈夫」と答えてくれた。少し低めの声だが、耳に心地よい。


  さて、俺も意を決して飲むか。ここで引いたら男が廃る。錠剤を飲むような感じで、煽って飲む。飲み込んだ後は、俺も燐光に包まれたが、特に痛みなどは感じなかった。


  代わりに、今まで何万回と剣や弓を引いてきたかのような自然な理解と感覚が体に浸透するのが分かった。足捌きや道具の使い方などが、意識しなくともすっと頭に浮かぶのだ。


「ほれ。お前も使ってみな」


  マヅドさんが用意した両刃らしき長剣を受け取れば、自然な動作で鞘から抜き、軽く一閃する。二度、三度、と繰り返すうちに、動きはよりスムーズなものへとなっていく。弓もあったので練習させてもらえた。


  さすがにつがえた状態で放つことはしなかったが、弓の引き方などを繰り返した。よく弓道部がやっているイメージトレーニングに近いだろう。そちらも、数度繰り返せば、しっくりと手に馴染んだ。ビー玉の能力は伊達じゃない。



  ちなみに、俺には鈴鹿に比べて魔法の適性がかなり低いらしい。零と言っても問題無いそうだ。そのため、いくら鈴鹿同様に魔法の知識を与えたとしても、使えないと明言された。


  俺の魔法の適性、金魚以下かよ。


  本気で泣きそうになったのは、ここだけの秘密である。



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