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二章 二、 陽子さんの気まぐれ②

この作品を読んでくださりありがとうございます。


話の進み具合は基本遅いです。

文章もまだまだところもありますが、見守って頂ければ幸いです。

「道夫さんも色々と聞きたいことがあるでしょうけど、今の状態では碌に質問も出来ないわね」


  そう言って、銀の水差しに入った水を硝子のコップに注ぎ、そこに真珠のような物を一つ、沈めた。真珠らしき物はすぐに溶け出し、あっという間に跡形もなくなった。


「はい。これを飲んで。魔女特製の、回復薬よ。痛みも怠さも、すぐに取れるわ。これには何の痛みも伴わないから、安心してちょうだい」


  真珠らしき物が水に完全に溶けきったのを確認してから、陽子さんは俺の口元にコップを傾けた。まだ喉が渇いていたので、味わうように飲んだ。本当は一気に飲み干したい所ではあったが、そんな気力さえ湧かなかった。


  人間、あまりに弱るとなすがままになると言うのは本当だ。

  今の俺は、まな板の上の鯉にも等しいだろう。


  そんな俺の様子を見て、陽子さんは楽しげに微笑んでいる。悪戯に成功した子供のように。

  マヅドさんも、陽子さんの「これには」と言う言葉を聞いて、ニヤリと笑っていた。やはり、この二人、何かしら結託しているな。怒っても良さそうなものだが、気力も根こそぎ削り取られているので、怒る気さえ起きない。

  二人を見つめながら、気管に入らないよう、少しずつ水を嚥下するので精一杯だ。


  先ほども水をコップ一杯分は飲み干している筈なのだが、想像以上に体が水分を欲しているらしく、非常に美味に感じた。


  また、陽子さんの言葉通り、コップに注がれた分を飲み干す頃には、先ほどまで俺の体を蝕んでいた痛みや怠さが一気に引いた。起き上がるのも億劫だったのに、そんな気配微塵も感じなくなった。心なしか、体が軽い気さえする。


  後遺症とかは大丈夫なのか、これ?


  不安が残るが、とりあえず質問が可能な状態になっただけ良しとしておこう。


「ふふ。そんな警戒しなくとも、後遺症は無くてよ?

  それじゃあ、道夫さん。

  自分の新しい姿を確認したい?

  それとも、今置かれている状況について知りたい?


  知りたい方からお好きにどうぞ。心置き無く質問して下さって結構よ」


  猫足の優雅な造りの椅子に腰掛け、こちらを見やる。陽子さんも、俺が聞きたいことなど分かり切っているだろうに。意地が悪い。流石は魔女だ。


「それは勿論、今置かれている状況ですね。

  なんなんですか、さっきの激痛。俺の人生でいっそ殺してくれって願ったのは、後にも先にもあの時だけですよ? あと、その蜻蛉玉の出来損ないみたいな奴はなんなんですか? あれが原因だと思うのですが」


  容姿も気になるが、二の次だ。先にこちらを確かめてからでないと、安心出来ない。椅子に座っている陽子さんに詰めかかるようにして尋ねる。あの回復薬のおかげで体が軽く、難なく側まで行けた。


「分かったわ。ちゃんと答えてあげるから、そんなに怒らないでくださいな?」


  俺如きが詰問するように問いかけた所で、陽子さんにはどこ吹く風状態だ。さらりといなされてしまった。


  その際、「忘れ物よ」と床に落ちたシーツを、ヒラヒラとはためかせる。


  しまった。

  俺はまだ服を着ていない。シーツで辛うじて隠していた状態だったのに、迂闊だった。陽子さんへ詰め寄る際に、シーツを引っ掛けた状態のまま行ったものだから、そのまま重力に従ってシーツは溢れ落ちた。


  恐らく、陽子さんの目の前で。


  なんと言うことだ。

  今、まさにマッパの状態なのか!?


  咄嗟に自身の姿を確認しようと視線を下げるが、両目を陽子さんに素早く塞がれてしまった。


「ダメよ? 新しい姿より、先に現状を知りたいのでしょう? だったら、まだ見てはいけないわ。我慢してくださいな?」


  体を密着させて、耳朶でそんな風に囁かれたら、たまったものではない。


「分かりました! 見ません! 見ませんから!」


  男の尊厳や沽券に関わることなので、慌てて陽子さんを引き剥がそうとするが、やんわりといなされて、全く剥がせない。それどころか、更に体を密着され、果てはベッドへと押し倒されてしまった。


  裸の男と美女。そしてベッド。


  駄目だ。この組み合わせは駄目な奴だ。マヅドさん(ケンタウロス)もいるが、この状況では当てに出来ない。


「だーめ。そう言って、すぐに視線を逸らしたりするのでしょう? その時に、自然と新しい容姿を確認してしまうから、離してあげないわ。楽しみはとっておかないと。それに、このままでも話は聞けるでしょう?」


  目を塞いだまま、陽子さんは告げる。


「無理です! 絶対に無理ですって!」


  情けない声を出して頼み込むが、陽子さんは一向に身体も目を覆う両手も離してはくれなかった。


「駄目ったらだーめ。それともなぁに? 私が側にいるのがそんなにお嫌?」


  今までの余裕のある声音から一転、寂しげな感情を滲ませた声音で尋ねられ、言葉に詰まる。


「いえ、そういうわけではないんですが」


「じゃあ、構わないでしょう? それに、これ以上我儘を言う様でしたら、説明は何一つしてあげなくてよ?」


  観念するしかない。俺は大きく溜息を吐きながら、了承した。


「分かりましたよ。どうぞ好きなだけ側にいてください」


「ふふ。えぇ、そうさせてもらうわ」


  だから、耳元で囁くのはやめてください!


「私は、道夫さんの体を変える魔法をかけて、この世界に適応出来るものへと変えた。ここまでは分かっていらして?」


「えぇ。ですが、俺の聞いた話では痛みはないとのことだったんですが」


「普通に変えれば、ね」


  なんだか含みのある一言だな。だが、この先の言葉が何となく分かってしまったような気がしてくる。


「今回は道夫さんの夢の中で、体を適応させたの。それと、魂もね。

  この二つは常に影響し合っているものだから、どちらかに手を加えた時点で、そちらにも手を加えたに等しいの。よく言うでしょう? 魂は肉体に引っ張られるって。その逆も然り。この二つは等しいものだから。


  話を続けるわね?


  私は夢の中で道夫さんの肉体と魂をこの世界に適応するものへと変えた。

  正確に言えば、夢とうつつの狭間で、なのだけれど。そこなら、体や魂が崩壊して作り直されても、痛みも何も感じないから。だけど、それを覚えていないと、その作り直した魂と体は定着しないの。


  だから、道夫さんに夢を思い出してもらったのよ。


  道夫さんが夢から目覚め、その内容を思い出して、言葉にすること。

  これが、適応させた新たな魂と体を定着させるのに必要な工程だったから。夢を見たことを思い出せれば、実際に思い出した内容なんてどうでも良いの。全然違うことも往々にあるんですもの。


  定着で大事なことは、夢を見たことを認識して、言葉にすることだから。

  最初に話した通り、この間は痛みなんて何一つ感じなかったでしょう?

  これで適応の過程は終了なの」


  でも、と区切り陽子さんは不服そうに呟く。


「それだけだとつまらないと思わなくて?」


  同意も出来ずにいる俺に構うことなく、陽子さんは続ける。


「見目もこちらが何一ついじれないなんて、とっても退屈だわ。私、お人形の造形では、誰にも引けを取らないのに。黙って完成するまでを見てるなんて出来ないわ。


  内部がいじれるのなら、外部だっていじりたいもの。


  だから、道夫さんが眠っている間に、マヅドさんと相談したの。そうしたら、マヅドさんが丁度面白いものを持っているって話してくれたから、それを使うことにしたのよ」


「それが、あの小石みたいなやつですか?」


  やはり、気まぐれを起こしていたのか。まぁ、陽子さんだしな。俺に提示していた条件があながち嘘ではなかったところがタチが悪いが、陽子さんの性格を知りながら、ちゃんと確認するのを怠った俺にも非がある。


  最初に確認を入れてしまえば、陽子さんも気まぐれは起こさないからな。


  さり気なく魂にも手を加えられたことに驚きを覚えたが、陽子さんの補足の説明で、人格が著しく変わることはあり得ないとは断言された。ただ、考え方が少し変わるかもしれないが、ふと気づいたら、程度の微々たるものらしいので気にしてもしょうがないと言われた。


  生涯学習などの講習とかを受けて、ちょっと意識を変えるきっかけを作った程度のレベルだとも言われた。確かに、その程度ならいくら気にした所で意味はないな。


「えぇ。あれは道夫さんにも分かりやすく言えば、記憶を結晶化したものよ。人間を使い魔に作り変える際に出てきたりするの。使い道は魔女や魔人次第ね。私は使わずにそのまま捨てちゃうわ。だから一つも持っていなかったの。


  ちなみに、今は道夫さんの記憶を飲み込んだ物へと変わってるわね。

  記憶を飲み込んだと言っても、道夫さんの記憶を奪ったわけではないから安心してね。記憶を石がコピーした、と思って頂ければ十分よ。


  あれを体内に入れば、その記憶に起因する能力が体に刻み込まれるの。知らない知識であればあるほど、痛みは増すわ。道夫さん、よっぽど石の記憶とは縁がなかったのね。とっても素敵な断末魔だったわ」


  つつ、と指先で心臓の辺りをなぞるように這わせながら、どこか恍惚とした様子で語る。その艶やかな様を想像してしまい、ゾクリと背中が粟立ちそうになる。

  魔女って怖い。色んな意味で。


「でも、そんなものは私からすればオマケ程度に過ぎないわ。

  アレを道夫さんの体内に入れたのは、道夫さんの外見をいじるためだったもの。


  体に能力を刻む最中には、その能力を扱うに相応しいよう肉体が改造されていくの。強化、とも言うのでしょうね。筋量は勿論だけど、骨格や細胞と言ったものから変わっていくの。だから、道夫さん最初の適応時に比べて、かなり背が高くなっているのよ?


  強化が行われている時って、魔力が常に全身を循環している状態だから、手を加えやすいの。


  だから、適応を終えた道夫さんの体を強化するべく、あの石を入れたの。

  そうすれば、適応の最中に無理に手を加えて、適応の出来を損なうようなことしなくて済むから」


  骨格まで変わっていたのか。

  道理で痛い筈だ。


「あの記憶は、私があげる予定の能力ではなかったから、また別途であげるわね」


「ありがとうございます。なんだか、陽子さんから貰えるだけで俺もチート持ちになった気分ですよ」


「あらあら? 嬉しいことを言ってくれるのね。

  でも、駄目よ、調子に乗っちゃ。幾ら強化したところで、変質した子達のチートの方が強いに決まっているのだから。あれは本来あってはならない、裏技の裏技みたいなものだから、比べる時点で間違っているわ。そもそもの規格が違うのですもの。


  本気で遣り合えば、確実に負けましてよ?」


「そうですか」


  幾分気落ちしたのは、気のせいではないだろう。やはり、チートは強い。これからもそう心に留めておこう。


「ちなみに、俺の記憶を写した石はこれからどうなるんですか?」


  どんな記憶をコピーされたかは知らないが、出来れば俺を知る誰かの元へ行かないことを切に願う。


「さぁ? それはマヅドさん次第ね。あれはマヅドさんの物だから」


  なるほど。確かに、人のものをどうこう言うことは出来ないな。陽子さん、そういう所はきっちりしているし。


  目隠しをされた状態のまま、マヅドさんに尋ねれば、「客として来た魔人や魔女と物々交換するだけさ」と答えられた。ちなみに、俺の宿泊料金はこの石にコピーされた記憶で良いそうだ。


  元々、宿泊の料金は俺の体の一部を貰う予定だったらしいと言われ、ぞっとした。異世界の貨幣よりも、人体の一部の方が、異界ここではよく貨幣代わりに利用されているらしい。

  一応陽子さんの友人だから、髪の毛を全て貰う程度だと言う話をだったと言うが、どちらにせよ怖い。流石は魔女達が利用する店だ。料金精算もかなり(ダーク)ファンタジックで驚きだ。


  危なかった。

  ここの店、現金ではなく人体で精算するのか。いや、俺の場合、髪の毛でも良いって言う話みたいだったし、そこまで実害はないのだろうけど。本当に危ない。

  なんだよ、骨の一欠片とかって。一体どうやって取る気だ。想像だけでも怖い。怖すぎる。


  流石は魔女達が利用する店だ。二度と来るまい。


「疑問は解けて?」


「えぇ、何とか。ちなみに、俺には何の能力が刻み込まれたんですか?」


  あれだけ酷い目にあったのだ。一体どんな能力を得られたのか気になる。


「うーん。教えてあげても良いのだけれど、新しい姿と一緒の方が説明しやすいわね。道夫さんもそっちの方が分かりやすいと思いますし。だから後に回しても良いかしら?」


「それでしたら構いません。そう言えば、鈴鹿はどうなったんですか? まだこっちには届かない状況なんですか?」


「大丈夫よ。ちゃんとこっちに来ているわ。万全の状態でね。

  ねぇ、鈴鹿ちゃん?」


  その言葉と共に、陽子さんが手招きをするような仕草をする。

  体が密着しているせいで、嫌でも分かってしまう。


  その声に応えるように、パシャ、と軽く水が跳ねる音がした。


「鈴鹿!」


  喜びに、思わず声を上げる。恐らく、少し顔を水面から出して跳ねたのだろう。

  早く鈴鹿の姿が見たかった。多分最初は警戒されるだろうが、そのうち慣れてくれるだろう。何せよ、早く鈴鹿の揺蕩う姿を確認したかった。


  陽子さんもそれを察してか、両目を覆っていた手を離してくれた。一瞬眩しさに少し顔をしかめるが、すぐに慣れた。


「は?」


  視界に入った光景に、思わず素っ頓狂な声を上げる。

  まだ光に慣れていなかった様だ。でなければ、まだ目の調子が良くないのだろう。でないとおかしい。うん。本当におかしい。


  ベッドのすぐ脇に鎮座している、巨大な水槽に入った、背の高そうな美女が見えるだなんて。



誤字訂正

誤…少しづつ 正…少しずつ

誤…宛 正…当て

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