序章 巻き込まれたが、付き合う義理はなし
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俺は中澤道夫。先月で38になった、書類の作成と整理を主とする事務方の会社員だ。恋人は何人かいたのだが、どうにも結婚にまで漕ぎ着けず、相変わらず独り身だ。
そんな俺の相棒とも呼べるのが、長年世話をしてきた、金魚の鈴鹿だ。ペットショップで購入してから、かれこれ15年は共に過ごしている。和金と呼ばれる、白地に赤い模様が入った丈夫で最も古い品種だ。犬猫とは違う愛嬌があって、なかなか可愛らしい。
最早鮒と呼んでも差し支えのない大きさに育っているが、それもまた愛嬌と言うものだろう。餌や水に気をつけているので、色合いはやや褪せているが、それでも往時の鮮やかさの名残を感じられる。
豪雪地帯で交通の便の悪い地元の企業で働き、いつものようにアパートを出たと思ったら、見知らぬ場所で見知らぬ人間に囲まれていた。
いや、あれは驚いた。
向こうも相当驚いた様だ。どうやら人数が合わなかったらしい。
聞いた所によれば、本来は勇者に相応しい五人の者を召喚する儀式であったのだが、上手く発動せず、巻き込まれたとのこと。
全く。勘弁して欲しい。勝手に召喚されるだけでも迷惑なのに、巻き込まれるなんて。シャレにもならん。まぁ、起こってしまったことは最早どうしようもない。幸い、俺にはもう両親がいないから、悲しませることはないだろう。親族は殆ど地元にいないため、交流も少なかったし、他人に近い。面倒はかけるとは思うが、悲しむことはないと思う。
友人には何も伝えることが出来ずに会えなくなるのは正直辛いが、やはり、手立てがないので死んだものとして諦めて欲しい。かつての同級生の顔が何人か浮かぶが、せんのないことだ。
職場の方は特になし。アレだ。後輩と同僚と上司に丸投げだ。頑張れ。特に山下。てめぇのやらかした尻拭いを半年任されたんだ。今度はてめぇが任されろ。
そんな万感たる思いに浸りそうになるが、これからが大事だと自分に言い聞かせ、ある程度諦めはつけた。パニックになってもおかしくない状況であるが、性分なのか、あまり動揺はしていない。周りが変に盛り上がっているせいかもしれない。特に宮廷魔術師が。勝手にこちらを呼び出した宮廷魔術師共。お前らは一度落ち着け。
だが、そうは言ってもやはり、心残りと言うものはあるものだ。二つの事柄が思い起こされる。
一つは陽子さんともう飲めないこと。
かれこれ八年ほどの付き合いで、陽子さんとはまた飲む約束をしていたが、果たせそうにないのが残念だ。目を見張るような美人ではあったが、変に気負うことなく共に語り合えた、良き友人だった。
異性でありながら、あれほど気の合う友人はそうそういないだろう。彼女に会えないのは、非常に寂しい。
もう一つは、さっきも言っていた金魚の鈴鹿のことだ。
長年連れ添ってきたし、最後まで世話をしてやりたかった。餌をやる際、水面から時折顔を出す、あの愛らしい仕草やつぶらな瞳がもう見ることが叶わないと思うと遣る瀬無い。鈴鹿が死ぬ前に、誰かが気づいて救い出して欲しいが、その可能性は低いだろう。
大家さんはあまりアパートに出入りする人じゃなかったし、友人達も、今月は決算だから忙しい。俺の安否なんて気にかけてはいられないことは火を見るより明らかだ。せめて、苦しまずに鈴鹿が天に召されることを願うばかりだ。
鈴鹿。本当にすまない。
それで話は戻り、勇者召喚の儀を執り行い、うっかりミスを犯したのがこのルクセリア王国と言う国だ。国王に依頼され、宮廷魔術師達は俺達を召喚したらしい。国王の依頼なら、尚のこともっと慎重にやって欲しかった。
召喚されたのは俺以外に五人おり、皆俺よりも若かった。この五人の子達が正式に召喚された者とのこと。
召喚された若い子達は、「勇者様!」の声に戸惑いつつ喜んでいた様だ。まぁ、憧れちゃう気持ちは分からんでもない。やっぱり男はヒーローとか英雄には憧れるものだ。
かく言う俺も、内心高揚していた。もしかしたら、俺も巻き込まれたわけではなく、彼ら同様勇者として召喚されたのでは? と淡い期待を抱いていたから。
しかし、その高揚もすぐに終わった。
いきなりにも程があるが、その場で神の加護と言うものの鑑定を行われ、俺はやはり巻き込まれただけと言う事が確定されたのだ。ものの10秒はかかっていないだろう。即刻で判定された。魔道具って便利だな、おい。
まぁ、そうだような。「一般の異世界人」じゃ。他の子達は「勇者の素養のある異世界人」だ。誰が巻き込まれたのかは、一目瞭然だろう。
ちなみに、正式に召喚された若い子達は制服を着た男子高校生(制服はばらばらなので、同じ高校ではないだろう)が三人に、私服の男子大学生が二人だった。見事に男ばっか。彼女は現地で作らないと悲惨だな。
勇者の素質があると、王国に一つしかない超高級魔道具で鑑定されただけあって、様々な面で優れた能力、いや、加護か? とりあえず、そんなものを所持していることが判明したようだ。鑑定される度、周囲の騒めきが凄かった。俺の時とは大違いだ。
俺が平均を少し上回る程度の数値なのに対し、彼らの数値は十倍はあったらしい。確実にチートだ。また神の加護と言うものも備わっているらしく、「精霊魔法術」とか「竜剣術」とか色々あった。俺にはこの国の大半の者同様に備わっていなかったようで、気休め程度に慰められた。
気持ちだけもらっておくよ、爺さん。
俺にあったのは、言語理解と、アイテムボックスくらいだ。これも、彼ら全員所持していたが、何もないよりはマシだろう。
言語理解はともかくとして、アイテムボックスはこの国でも持っている者が多いため、さほど珍しくないそうだ。容量も普通だったし。ただ、俺以外の子達のアイテムボックスの容量がかなり大きく、桁違いらしい。周囲の反応から見るに、歴史に名を残すくらいはしそうだ。
全く。どこまで差をつければ気が済むのだか。俺がコアラ並みの繊細さを持っていれば、確実に死ぬぞ。
召喚された子達は若いし、容姿は良いし、能力もある。これは勇者と言うブランド的にもプラスになるのだろう。周囲の期待と熱気がかなり伝わってくる。若い子達は、幾らかその熱気に当てられていたな。一人は冷静になろと頑張っていたようだが、あの中にいては難しいだろう。
そんなフィーバーする宮廷魔術師達に連れられ、俺達は国王と謁見することになった。俺は宮廷魔術師が鬱陶しかったので遠慮しようかと思ったが、手違いではあるものの、一応召喚の儀で呼ばれたため、謁見しておかないといけないらしい。面倒だが仕方ない。今後のこともあるし、話だけでも聞いておくか。
しかし、話を聞いてみるとどうにも胡散臭い。
一言でまとめると「魔王に攻められピンチ! 助けて勇者様!」とのことらしいが、そんな悲惨さが説明する国王から一向に感じない。むしろ余裕すら感じる。一国の主が易々と感情を曝け出すのは良くないことだろうが、それにしても、助けを求めた召喚者である勇者達を見ても、特に安堵した様子が見受けられない。平常に近いように思う。
少なくとも、「国が疲弊し、藁にもすがる思いで勇者召喚を行った」者の焦燥感がないのだ。はっきり言って、決算や月末のうちの職場の方が余程切羽詰まっている。焦燥が怒りと諦めを生み、それでも止めることを許されないあの空気がない。
給料がかかった状態でこれなのだ。国王の言う通り、「国家の存亡がかかった状態」なら、もっと深刻な雰囲気だとしてもおかしくはない。表面は隠せても、隠せない何かが滲み出るものだろう。それが話を聞く限り、言葉では表現されているが、雰囲気に出ていないのだ。重臣達なら国王同様隠し通せるのも頷けるが、錫持ち程度の小間使いにまでそんな芸当が出来るとは思えない。
これは怪しい。
そう思い、更に注意して内容を確認すれば、より疑いは深くなった。
魔王と言うのはどれほど悪逆で、国民の安寧を奪う恐ろしい存在なのかを聞かされるが、どれも抽象的だ。いや、嫌っているのは良く理解出来たのだが、それがどう国民の安寧、ひいては世界の滅亡へと繋がるのかが分からない。
聞いても、助力を願う嘆願や感情論を聞かされるばかりだった。
また、「こちらの勝手な都合で召喚して申し訳ない。しかし、魔王の魔の手から救って頂けたら必ず故郷にお返しします」と言っておきながら、「救って頂いた暁には、貴族としてあなた方をこの国に迎え入れたい」とも告げてきた。
正直胡散臭い。
試しに、帰還方法について尋ねたら、「王国の秘儀なので、簡単にお伝えすることは出来ない」とお茶を濁された。言い分は最もな様に思うが、本当に知っているのか怪しいところではある。
しかし、魔王の討伐などに関することはかなり細かく、かつ具体的に想定されており、若い子達の質問に淀みなく答えていった。
どうにもキナ臭い。
だが、一番胡散臭いと確信した原因は王女だ。
気の置けない友人であり、ミステリアスな美女である陽子さんからレクチャーされた、「女が侮蔑を隠し、相手を利用したい時の特徴や仕草ベスト10」が全部出てた。その上、「利用した相手がどうなっても良い時の特徴や仕草ベスト5」の上位三つも出ていたのだ。
これはアウトだ。絶対使い捨てされる。最悪殺されるかもしれない。
この他にもアウトな言動があり、これらを元に判断した結果、俺は王宮を離れることにした。
巻き込まれたが、付き合う義理はなし。
だから、召喚した者達の評価の報告を聞き、明らかに「ハズレ」である俺をどうにか厄介払いしたいであろう雰囲気を、困惑の表情で隠している国王や王女、その重臣達に、早速下手に出て便乗させてもらう。
「この国の現状や、私達が召喚された理由はよく分かりました。しかしながら、そのような大事、彼らのような才ある若者ならともかく、私のような年老いたただの凡人では到底手に負えることではございません。誠に残念なことですが、私では皆様方の足手まといにしかならないでしょう。
それでは大変心苦しいので、その栄誉あるお役目から外れさせて頂きたく思います。
ただ、勝手の分からぬ異世界であるので、職にありつけるまでの二、三ヶ月を食い繋ぐ資金と、こちらの世界で使用される、生活に必要な道具の一式を頂ければ幸いでございます」
正式に召喚された子達を立てつつ、一抜けを希望する。後で恨まれるものなら、かなわないからな。こっちは凡人なのだ。チート持ちの相手など出来る筈がない。
共に召喚された勇者諸君には悪いが、おじさんはトンズラさせてもらうよ。
王女がヤバイことを伝えるとこちらが危険なので、何も言わないし、そんな素振りも見せないけど。どんなことを任されるかは知らないが、精々お役目に精進してくれ。
なに。君らのほどの容姿とチートがあれば、きっと生き残れるだろう。おじさん信じている。
そうしたらすぐに食いついてきた。やはり、用無しを置いておく気はなかったようだ。手切れ金とばかりに、こちらが用意された現地の服に着替えている間にすぐさま用意され、金貨十枚と銀貨十枚、それから銅貨を小袋一杯もらい、城から見送りという名の放逐をされた。
無事に出れて良かった。本当は一週間分の旅のセットや水や食料をもらっておきたかったが、国外に出る理由を勘ぐられるのも嫌だったので、諦めた。
そして、城下町を歩き、現在に至る。
渡されたこれがいかほどの価値を持つのかは分からないが、少しの間は暮らせるだろう。現金は有難い。
これから貨幣の価値含め、調べないといけないことが山ほどある。なんせ異世界だしな。
この国も早めに出ておきたい。あの王女は恐ろしい。無いとは思いたいけど、口封じに殺されるなんてごめんだ。
意図していなかったとは言え、折角異世界に来たのだ。楽しみつつ、長生きしたい。
そのためにも、早速動くとするか。