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意外だ。誰に対しても興味を持てず、家族ですらその例外でなく一切の行動をめんどくさがっていたコミュ障のこの僕が、こうも他人と接せられるなんて。
非実在の人物だから?
でも彼らの息遣いは確かに感じられるし。それはそれで嫌な感じでもない。
……まあ、転生した人物自体が、嫌の真骨頂なんだけども
割といい気分で、本来の目的地である『シュテファーニエ』へとようやく足を向けた僕は、気分にそぐわぬ不快な光景を見かけて足を止めた。
件の『シュテファーニエ』の前で、ブランカが制服姿の女子に囲まれているのだった。
「菓子屋風情が、ベルデ様に近づかないでくれる?」
「貧乏くさいお店よね」
「ベルデ様がお優しいからって、調子に乗らないでよね」
「で、でも私、お菓子を売っていただけで」
「ふん、何よ、こんな品のないもの、ベルデ様のお口に合うと本気で思ってんの?」
ベルデの親衛隊だ。プレイヤーもベルデルートでのみ遭遇できる。
しかしここは選択肢次第で、ベルデが助けに来てくれて切り抜ける上に仲も深まる場面である。先刻川で会った彼は店の方向には行っていなくてつまり、彼は来ず、選択肢―――毅然とした態度を取ることも、ブランカは選べないでいる。
否、できないのだ。そもそも毅然とできるのはここまでベルデをある程度攻略、つまり中を進展させ事情に精通する必要があるのだが、今のブランカにとって彼は客の一人にすぎないため、おろおろするのは必然だった。
他にどんな顔が彼女にできよう。
しかしフラグも立ててないのに親衛隊が出現するとは。いや、親衛隊のことは僕が口にした。あれが出現フラグになってしまったのか。
だとしたら、彼女が一方的に責められて反撃できないでいるのは、僕のせいだ。
「騒がしいな。いつからここは女の集会所になった?」
やめろと言うつもりで一歩足を踏み出した僕は、予想以上にレオンハルトっぽい振る舞いと言葉遣いになって、自分でも驚いた。でも今はこっちの方が都合がよさそうだ。
少女たちは僕の登場に一斉に身をすくめた。しかし果敢にも、その場を譲ろうとしない。
「集会所なんて、誤解ですわ」
「ほう、店先で買い物もせず難癖付けて、他の客が寄らないようにしておいて、よく言える」
僕がさらに彼女たちに近づくと、さすがに踏みとどまれずにさっと場を開けた。上背もあるし威圧感もたっぷりだから、悪名を背負っていなくともそりゃあ怖かろう。
「ブランカ、いつもの焼き菓子を」
「は、はい……」
注文を聞いたブランカが店には戻っていく。しかし彼女は永遠に中に引っ込んでいるわけでないし、僕もいつまでもここに陣取らないと分かっている少女たちは、去らずにじっと時を待っている。まだやりたりないのか。
「嫉妬か、みっともない」
「な、なんですって」
「そんな姿をベルデが見たらどう思うだろうな? まあ僕は親切だから告げ口したりしないが」
少女たちが蒼ざめた。絶対に言うと思っている。
いや、本当に言うつもりはないけどね? レオンハルトの信用度も大概だな。
「あの女をつついてもベルデはお前たちのものにはならないぞ。個々に思いを告げた方がよほど揺れ動くはず。おっと、お前たちは抜け駆けを許さないんだったな。自らがんじがらめになるとはいい趣味だ」
「お待たせいたしました」
ブランカが戻ってきたが、少女たちはぐうの音も出ないようだ。そのうちリーダー格が悔しげに、仲間たちに声をかけて去って行った。ひどいと罵ってもいいだろうにできないのは、レオンハルトを恐れてというよりそれが正論過ぎたせいだろう。
ベルデが心惹かれる女はブランカだけ。他の誰にも目を向けることはない。
それはプログラムされたものだけど、それを知らずとも、告白したってフられるのが目に見えているのに、できようはずがない。抜け駆け以前の問題なのは、王子様を見続けている彼女たちには先刻承知だろう。
なぜだろう。胸がちくりと痛んだ。そんな風に思う相手は、僕にはいないのに。
「可哀そうな奴らだな」
「お優しいんですね、レオンハルト様」
「べ、別に優しくなんてないだろ」
優しいって言われるのはなんだか照れる。元の僕の時だって言われたことはないのだ。期せずしてツンデレ風になってしまったが、それ、僕のキャラじゃないし、レオンハルトのでもない。
「お前を助けたんじゃなくて、菓子を買いたかっただけだ」
「ありがとうございます。……ありがとうございました」
二回言ったのは、親衛隊を追い払ったのと買い物をしたことの礼を込めたのだろう。律儀な彼女と別れて踵を返すと、今度はカインが道を塞いだ。
「お前、やっぱり姉ちゃんを狙って……」
「そんなことより、学校は?」
「今日は行った! 帰ってきたとこだし」
自発的な通せんぼではなく、帰宅際にかち合っただけのようだ。しかし今の出来事を見ていたのは確実の様子である。
「ベルデの親衛隊を追い払ったことで点数稼いだつもりかよ」
「ただの人助けだ」
「嘘だ。お前がそんなことするもんか」
いやまあ、そうなるだろうけど。カインには何もしてやれることがないせいか、疑いのまなざし一色だ。
「誓って言うが、僕は本当の本当に、ブランカを狙ってない」
「じゃあなんで菓子なんて買ってんだ。お前、甘い物好きじゃない癖に」
ああ、そうだ。そういう設定だった。でも僕自身はそうじゃないから、うっかりしてた。
「これは……君に」
「え?」
なんでそう言ったのか。はずみというか、ごまかしの一環だったのは確かだけど、自分でもよくわからない。しかし宣言してしまった以上ぼーっとしてるわけにいかず、袋から焼き菓子を一つ取り出すと、カインの口に無理に詰め込んだ。
「むぐ」
黙らせることに成功。ほっとして思わず口元が緩む。
じっと、驚いた目でカインが僕の顔を見上げていた。
おっと、レオンハルトっぽくない笑顔になっちゃったかな。でもまあ、僕らしく生きると決めたんだし。
「おいしいか?」
「たりめーだ。姉ちゃんの菓子は世界一なんだ」
「そうだな」
「もう終わり?」
「え?」
「俺にくれるんじゃねーのかよ」
そう言われては引っ込めるわけにもいかず、袋ごとカインに手渡した。僕も一つ食べたかったんだけどな。まあ、カインが嬉しそうにしてるからいいか。
「ふん。こんなものでごまかされると思うなよ」
あれ、賄賂が効いてないや。もっと寄越せってことかな?
ていうか菓子店の弟なのに、食べるんだねえ。僕が知ってるパン屋の子は、パンなんて見たくもないし匂いだけでうんざりって言ってたけど。
うん、もちろん僕の友達じゃないし、耳に入っただけの情報だよ?
でも道を開けてくれる程度には効果あったようだ。すれ違いざまに見下ろしたカインの赤い髪は、やはり白い花が似合いそうだった。
いや、男だから。男。
僕はばかげた妄想を振り払って、そそくさと彼から離れた。そのまま見ているとまたあの謎の幻覚が湧いて出そうに思えたせいでもあった。
うん、きっとそそのせいだ。