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またもやうっかり『僕』って言っちゃったけどベルデに続いてグリスも無反応だった。
じゃあもうこの路線で行っても大丈夫かも。そんな、謎の自信が湧いてくる。
気づくと周囲がざわざわしていた。みんなこっちを見てひそひそしている。やばい、今の見られてた?
悪いことしてたわけじゃないけど、何か恥ずかしいな。
あ、だからざわついてんのか。
レオンハルトの顔でフンって去るのも今更おかしいし、レオンハルトにない「僕の顔」でぺこぺこしつつ去るのも妙だし、困ったな。
どうやって切り抜けようかと思っていたら、小さな女の子がとことこと寄ってきた。
「あ、マルゴ、行けないよ!」
顔見知りらしき女性が止めるが、女の子は既に僕の目の前まで来ていた。そうして小さな手を差し出してくる。
「お花いかがですか」
「花?」
どうやら花売りらしい。物おじしないタイプなのか、それとも僕が誰なのか分かっていないのか、積極的に営業してくる。
「花なんか、僕には合わないだろう?」
「えっとじゃあ……贈り物にすると、喜びます」
花を贈る相手なんて、いるわけもない。ブランカに送る気なんて零だし、あと知っているのは男しかいない。
男が花をもらって喜ぶか? 嬉しがるとしたら開店祝いの花輪ぐらいだ。
とはいえ、これはレオンハルトの悪名を払拭するチャンスだという気がした。でも僕自身はいらないし、誰にあげたらいいだろうか。
少女が握るのは百合に似た白い花。下げている籠の中も同じ種類のものだ。
似合いそうなのは……カイン?
……。いやいやいやいや。なんでやねん。思わず似非関西弁になってしまうぞ。
確かに小麦色の肌に白い花は生えるだろうけど……。どんな理由で渡すんだよ。アホか。
何故だか浮かんでしまった想像図を、物理的に手を払ってぱたぱたと追い払う。
いや、待て、開店祝いなら一つだけあるじゃないか。
「全部でいくらかな?」
尋ねながら財布を探る。さすがレオンハルトの懐は潤沢だ。籠いっぱいの花でも余裕で買える。
「きれいな花だ、君が育てたのか?」
「はい。おばあちゃんと」
完売が嬉しいのか、少女は満面の笑みだ。僕も怖がられないのが嬉しくて、買った花を一輪、彼女の耳の上に飾る。少女は顔を真っ赤にした。
「またよろしく」
気障だったかなと思いつつ、ようやくこの場を脱するきっかけをもらったので、まあよしとしよう。
腕一杯の白い花を抱えたまま、僕が向かった先は馴染みの娼館だった。僕は馴染んでないけど、背景スチルで見たことがある。
「まあ、レオンハルト様、今日はお早いお越しですのね」
店先で出迎えてくれた稼ぎ頭の売れっ子娼妓のローザが驚いている。まだ営業時間外だろうに、レオンハルトは特別に通されるようになっているらしい。
しかし僕は、彼女に客でない旨を告げなくてはならない。
「ビオレタはいるかな」
「はい、奥に。ただ今呼んでまいります」
ローザ少し残念そうに暖簾で分けられたスタッフルームに引っ込むと、入れ替わりにすぐビオレタが出てきた。
「これはこれは、いかがされましたか、レオンハルト様」
「これを君に渡したくて」
そうして僕は、花の束をビオレタの腕の中に引き渡した。彼は目を丸くしている。
「これは……?」
「開店祝い。いまさらだけど」
ビオレタは一瞬言葉を失った後、苦笑を浮かべた。
「お祝いなら、客一号となっていただきましたでしょう? ローザを優しく丁寧に、抱いてくだすったではありませんか」
「……それはお祝いとは言えないかと思って」
優しく丁寧? なんだかレオンハルトには似つかわしくない言葉選びだな。
それはそうと、花は失敗だっただろうか。この世界じゃ、こんな理由でも男が花なんかもらっちゃいけないのかなと不安になったけれど、ビオレタが浮かべたのはほほえみだった。
「ありがとうございます。大変うれしゅうございます。これは店先に飾りましょう」
そう言う彼は、本当にうれしそうだった。送った甲斐あったと、安堵する。
「リーリエの花でございますね」
「そうなのか」
「ローゼほど華やかさはないけれど、楚々としていて、私は一番好きなんです」
そのチョイスは偶然だったが、喜んでもらえたなら何よりだ。
「レオンハルト様がこのようなことをなさるのは、初めて見ました」
「……別に何も企んでないぞ」
「そのようなこと、疑っておりませんよ」
ビオレタは冗談のように笑っているが、どうだか怪しいものだ。でも花は本当に気に入ってもらえたみたいで、こっちも気分がいい。