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 もうやだ。もう無理。

 一晩ベッドの端で膝を抱えて丸くなって考えた結果、僕はレオンハルトを演じることをやめた。というか、諦めた。

 無理なものは無理なのだ。できないことはするものじゃない。

 僕は肩の力を抜くことにした。

 レオンハルトの演技は、もうしない。

 すると心が少しだけ軽くなった。

 とはいえ屋敷を出るまでは、どうしても肩ひじを張ってしまう。見栄とかじゃなくて、この家の人には、使用人含めて、まだ素は晒せないのだ。街の人たちよりレオンハルトに長く接しているだろうし、変な疑いは持たれたくない。

 僕は家から飛び出して、そしてほっと一息ついた。

 もう人の嫌がることなんてしないぞ。僕は僕らしく生きてやるんだ。

 やけになったかのように言い聞かせる僕。

 まずはゲームの主人公たるブランカに少し優しくしてみようかと歩き出すと、たどり着く前に道を遮った者がいた。

 レオンハルトにこんな強気なことができるキャラは限られている。ブランカの弟、カインだ。

「てめえ、また姉ちゃんのところへ行く気だな」

「お前、学校は?」

「ふん、あんなもの」

 行くもんかと言わんばかりに、仁王立ちで僕を睨みつけるカイン。やれやれ、これではブランカも報われまい。しかしカインの表情を見ると、通学を単純に疎ましがっているわけではないようだ。

「いじめでも受けているのか?」

「そんなわけあるか。ただ……俺には、無駄なんだよ。全然、分かんねえし」

 どうやら学習内容についていけていないらしい。しかし僕が教えてやろうにも、この世界の文字やなんかは読めないのだ。日本語を崩した独自文字だからその気さえ出せばすぐ覚えるだろうし、ゲームプレイ時に見慣れているとはいえ、実際『シュテファーニエ』という文字だって読めている。

 だがレオンハルトはこう見えて、高学歴なのだ。嫌なキャラのくせに成績は良かった、という設定。しかし僕にその知識は一切ないのだから、手助けはできないのだ。

 うーん、その辺もなんとかしなければならないな。領主の息子ということはいずれその仕事を継がねばならないのだし。帰れないんだったら、いかな僕とて働かずに生きていくつもりはない。

 むしろ現実世界で就職難だったことを思うと、働き口があることがありがたかったりする。

「そうか。でもまあ、学校は行っておくべきだぞ。ブランカが悲しむ」

「なんだよ、それ。てか、なんかお前、変だな、今日」

 怪訝な顔をするカインに、僕は少し笑ってみせた。レオンハルトらしさに満ちたいやらしい笑みではない。素の僕だ。そういえば彼には既に僕らしいところ見せて、怪訝に思われていたのだと思い出したせいだ。

 変と言われても、今更である。むしろレオンハルトの持つ嫌な気質が見えないという意味にも聞こえ、僕はそれだけでほっとしていたのだろう。

 カインは口をぽかんと開けて、僕の顔をまじまじと見上げた。

 その頬が、なぜだか赤く染まっている。

「学校に行かないのなら、一緒に来るか? 今からブランカの店へ行くんだが」

「お、お、お前……!」

 どうやら怒りのせいだったようだ。しかもそれは僕がキャラを容易に変えてしまったことに起因しているらしい。

「お前が男娼になれとかいうから、娼館に行ったりしたんだぞ。その上、やり方まで教えてもらって……!」

「いや、なれとは言ってない」

「それなのに今度は、学校へ行かないなら一緒に来いだと……意味わかんねえよ、お前!」

 意味が分からないのはこっちだ。何やってるんだ、こいつ。何やら変な学習をしていたようだ。ということは昨日も学校をさぼったのか。

 しかし彼の混乱も分からないではない。何しろ急にキャラを変えたからな。

 僕も昨日の時点では軸をぶれさせるつもりはなかったし、全力でレオンハルトを演じていたものだから、まあ怒鳴られるのも致し方あるまい。

 しかしこうして絡まれるのは困ってしまう。自業自得とはいえ。

「その……昨日は言いすぎた。悪かったな」

「はっ?」

「お前を娼館に売ったりしないから、その辺りのことは忘れていい。というか、忘れてくれ」

 レオンハルトが謝るのは、この世界では相当奇異なことだとそろそろ分かってきた僕だが、僕の自覚がある僕としては頭を下げずにはいられないのである。呆気にとられているカインだったが、不満そうに唇を突き出した。

「なんだよ。人がせっかく恥を忍んで学んできたってのに」

 いやそんな学習は、いらないからね?

「その知識は役に立たないから、別のことを学ぼうか……」

「いや、立たないことはないね。お前を姉ちゃんから遠ざける……!」

 言いながらカインはみるみる顔を赤くしていった。その顔を俯けていると思ったら、どうやら僕の股間辺りを凝視しているようだ。

 何? 体で籠絡しようとかそう言うつもりなわけ?

 やめようよ。さわやかな朝が台無しじゃない。何考えてるの、この子。やだ怖いわ。

 なぜかオネエ口調になりながら、僕はそろそろ彼から逃げ出す糸口を探そうとして、また視界がぼやけた。

 否、ぼやけているのはカインだけだ。赤い髪をした誰かが重なっていて、乱視にでもなったようだ。

 幽霊? 生霊?

 でもそういう怖い感じはしない。現象自体は謎すぎて怖いけど。

『嫌われ者のくせに』

 赤い髪の誰かが、そう言った。

 声はやっぱり聞こえなかったけど……なんだ?

 何か、すごく嫌な気分だ。レオンハルトにとっては当たり前のことを言われているだけなのに。

 僕は思わず手を伸ばし、その幻影に触れようとした。

「あ? なんだよ?」

 けれど触れたのは、現実のカインの頭だった。幻影は拭われたように消え、確かな質感を持ったカインがそこにいるだけになっていた。

 あ、しまった。この手、どうしよう。今更引っ込めるのもなあと思って、僕は苦し紛れに彼の頭をくしゃくしゃとかき回した。

「何すんだよ!」

 カインは怒鳴りながらも、手を払いのけようとはしなかった。

 ほっとした僕はそれをいいことに、さらさらの髪をさらにぐしゃぐしゃにかき乱したのだった。たまらずカインが暴れ出すので、それを機に彼から離れる。

「なんてことすんだよ、てめえ!」

 カインが憤慨しているが、ひらりと手を振った僕は構わず先へ行く。うまいこと離れられてよかった。

 それに、少年は追ってこなかった。これで学校へ行ってくれたらいいけれど、まあその先は僕の関知するところじゃない。

 しかし、この暴虐キャラにここまで果敢に突っ込めるキャラっていうのも珍しい。モブだからというのもあるんだろうが。


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