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幻覚を見たせいか、カインのことを考えるとなんだか妙な心持になるので、努めて彼のことは意識外へ追い払う。そしてレオンハルトっぽい振る舞いで、僕は街へ戻った。
それっぽく見えるようで、住人たちは恐れおののいて道を開ける。顔を蒼ざめさせて「ひい」とか悲鳴を上げられてるけど、大丈夫。彼らは「レオンハルト」の暴力に怯えているだけで、「僕」が化け物に見えるとかキモイウザイとか思われてるわけじゃない。
わけじゃないから。
……言い聞かせないと、心が折れそうだった。だってどう取り繕ったって、レオンハルトが嫌われ者で避けられてる事態に変わりはないし、それってウザイキモイってひそひそされるのと同じじゃないか?
僕は中学時代、いじめられていたことを思い出した。
あのころだって、突出してはいなかった。地味で目立たない生徒だった。なのに、くだらないことがきっかけでいじめに発展したんだ。
よく覚えてないけど、というか意識的に記憶に蓋をしているけれど、こういう針のむしろ状態で、学校に行くのが辛くて仕方なかった。
なぜそのつらい記憶を追体験しなくてはならないのか。僕が何をしたって言うんだ?
僕はレオンハルトという存在に怒りを覚えた。この世界に僕の意識を飛ばした存在に憎しみを抱いた。
けれどそれで事態が好転してくれるわけでもなくて、僕は早々に『シュテファーニエ』の店舗前に辿り着いてしまう。
すると店の前にはおあつらえ向きなことに、ベルデがいた。まだ学校が終わる時間じゃないのに、早退か遅刻だろうか。
とはいえ無視するわけにはいかない。
「ベルデじゃないか。こんなところで何をしている?」
声をかけると、ベルデはびくっと体をこわばらせてこちらを見た。怯えている。それはそうだ、彼にとってレオンハルトとは脅威に他ならない。
無理だろうけど、そんな顔しないでくれ。レオンハルトたる僕としては、その怯えに応える必要がでてきちゃうじゃないか。
内心ため息をつきながら、僕は用意された台詞を口にする。
「今日は学校は行かなくていいのか? お前がどうしても行きたいと言うから、私がお前の両親に口添えしてやったと言うのに」
ベルデは唇をかみしめて目を逸らしていた。学園内に親衛隊のいる王子様と呼ばれる彼は、それにふさわしい外見をしていた。グリスがツンデレやんちゃ系ならこちらはクール綺麗系とでも言おうか。だから屈辱に耐えるさまだって絵になる。
レオンハルトがいるせいか、店の周囲に人影はない。それでも僕は他の誰かに聞かせたくなくて、ベルデに顔を近づけて囁く。
勘違いしないでほしい。あくまでこれは僕の親切心だ。嫌がらせに嫌がらせを重ねているわけではない。
「学校に行きたいからとお前が私を訪ねてきて何をしたか、私は鮮明に覚えているぞ」
ベルデの怯えたまなざしが僕を見た。僕は笑っているが、正直つらい。いじめられたことがある僕がいじめをしるなんて、どんな拷問だ。本当ならやりたくもない。しかしベルデの反応を見る限り、不自然に思われない程度には演じられているのだろう。
実はいつバレてもおかしくないくらいに、最大限に張った神経がぷるぷるしているのだけど。
ちなみにであるが、別に性的なことをしたわけではない。レオンハルトが頼み込むベルデに、だったら土下座でもしてみろと言って、その通りにしただけだ。その描写も文字のみで、レオンハルトルートに入っていなければ知ることもできない。ネタバレ攻略サイトには載っているだろうが。
それでもベルデにしてみれば、言いなりになってしまったことはこの上ない屈辱で、天敵レオンハルトに弱点を晒していると思っているのだろう。
「お前の両親を説得したのは誰だろうな? あの頑なな夫婦を私の権力でねじ伏せさせたのは、お前だぞ? そのお前がこんなところにいるのは」
ものすごい勢いでテンションが落ちていくのが分かる。もう喋りたくない。既にレオンハルトとは言えないくらい棒読みになっているのに、怯えて泣きそうになっているベルデは気づかない。
嫌だ。誰か止めてくれ。
そうだ、ブランカ。彼女が割って入ってくるのが定例だ。しかし『シュテファーニエ』は開店しているはずなのに、彼女が出てくる気配はなかった。奥にいるのか。
「……?」
言葉を途中で止めた僕を、さすがのベルデも訝しく思ったようだ。俯けていた顔を上げると、今にもこぼれそうな涙が眼の淵にたまっているのが見えた。
……泣いてるじゃねえか、僕の馬鹿。
ゲームキャラに興味の薄い僕だって、こうして対面した人間に泣かれたら、平気でなんていられない。
僕の中で折れてはいけないものが、ぽっきりと音を立てて折れた。
「え、何……わぶっ」
ポケットを探った僕は、ハンカチを取り出しそれをベルデの顔面に押し付けた。涙なんか見たくないし、そんなことをさせる役回りも、御免だ。
というか、無理だ。
「……レオンハルト様?」
僕はもうベルデに構うことなく、踵を返した。そして早歩きだった脚はすぐさま駆け足となり、やがて漆黒の颶風となって街を駆け抜ける存在となった。
屋敷に辿り着くまでの道中に、腰巾着のモブ貴族らが追いすがってきたことに気づいたが、無視するように振り切ってしまった。




