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 一番の近道は閉ざされた。ということは、レオンハルトとしてそれらしく振舞い続けなければならないということだ。

 横暴に次ぐ横暴。横柄に重ねる横柄。鬼畜に勝る鬼畜。

 ……できるだろうか。僕に。

 とはいえ、ゲームをなぞるだけ。することが分かっているというのは、安心感もある。

 フラグを折るのだ。

 そうなると向かう先はブランカのいる『シュテファーニエ』一択だが、そこには昨日の少年もいるはずだ。何せ弟というくらいだからな。

 憂鬱だった。彼は姉に、昨日の所業を話しているかもしれない。まあそれは悪役たるレオンハルトのポイントを稼ぐためには悪くない。僕的には一発退場だが。

 ただ顔を合わせるのが、ちょっとね。絶対罵倒してくるだろうし、レオンハルトは慣れっこでも、僕は慣れていないのだ。

 しかし、やるしかあるまい。

 僕は一人、『シュテファーニエ』に向かった。するとそこには、開店準備にいそしむブランカと、おあつらえ向きなことに攻略対象キャラが一人いた。

 昨日もいた幼馴染の、グリスである。

「あ……お、おはようございます……」

 ブランカは僕の姿を見てびくつきながらも挨拶した。見回すが、付近に件の弟の姿はないようだ。代わりにグリスが敵愾心むき出しな目で果敢に僕を睨んでくる。

「何しに来たんだよ。また難癖でもつけに来たのか?」

「……ふん、お前、誰のおかげで学校に通えると思っている?」

 しかし昨日のカインほどその目は強くないし、また弱点も僕は知っていた。グリスの親への出資をしたのはレオンハルトその人であり、それがなければグリスは路頭に迷っていたも同然なのだ。

 案の定グリスは言葉に詰まり、ブランカはおろおろしている。僕は気が進まないながらも、そんな彼女とのフラグをへし折る発言を彼にせねばならない。

「知っているか? この女、お前の大嫌いなあのベルデに笑顔を振りまいていたんだぞ」

「えっ、ほんとかよ。どういうことだよ」

「それはだって、お客様だから」

 途端にグリスは機嫌が悪くなった。何かと張り合いたがるライバルキャラの名を出されるのが嫌なのだ。ブランカに迫って、彼女を詰るような事態に陥っている。

 この辺りは、ゲーム通りだ。レオンハルトの役割としては、まずまずの出来と言えよう。

 だけれども、僕個人としては成功すれども気は重いままだった。結局グリスはブランカの言葉をまともに聞かないまま行ってしまったし、ブランカも悲しげで、特に好悪感情がないキャラとはいえいたたまれない。

 シナリオ通りとはいえ、嫌な役回りすぎる。しかしここで彼女に謝っては意味がない。偉そうに振る舞わねば。

「お前の店のようなみみっちい菓子を好むとは、学園内じゃ王子様とか言われてるくせに、ベルデも大したことないな」

「王子様なのですか?」

「そう持て囃されてるだけだ。だが親衛隊もいるからな。店を襲撃されないよう精々気をつけろ」

「ありがとうございます」

 あれ? 何か、忠告めいたことを言ってしまった。しかもお礼なんか言ってるんじゃない、ブランカよ。この男は今お前の店を見下げたんだぞ。悪口を言ったのだ。聞いていなかったのか?

 ……なんだかやりにくいな。シナリオは知り尽くしているはずなのに、ゲームと違ってちゃんと規定通りの反応を返してくれない。グリスの反応はそのままだったのに。

 僕は意味なく咳払いなどをしながら、あまり大きくない声でブランカに尋ねる。

「ところで……お前の弟は、いるのか」

「カインですか? 今、町の学校に行っています」

 留守でほっとする僕。おそらく中学的なところへ通っているのだろう。とはいっても、僕の知る教育方針とは違うから、中学まで通わせるにも金が要る。グリスやベルデのように高校的なところまで通うとなると、もっとかかる。

 ブランカとて、親が健在なら通っていたことだろう。そのブランカであるが、様子から察するにどうやらカインから昨日のことなどは聞いていない様子だ。とぼけることができるような器用な女ではないはずである。

「あの、弟が何か、しましたか」

「いや、何も」

 ない、と言い切ろうとして、ふと止まる。否、実際にあったことを言うつもりはなくて、気になったことがあったのだ。

 カインと名乗ったあの少年。攻略キャラではないモブなのに、何やらおかしなことを言っていなかったか? 何かが引っかかっているのだが、それが思い出せない。

「うーん、なんだったか……」

「あの、レオンハルト様……?」

「ああ、悪い」

「えっ」

 開店前の店先で悩むのはよくないとつい反射で謝ってしまった僕だったが、案の定ブランカは目を丸くした。

 しまった。ついうっかり素になってしまった。しっかりしろ、僕は嫌われ者レオンハルトだぞ。

「ふん、また来る。精々まずい菓子でも用意しておけ」

 長身を翻して、僕はすたこらさっさと『シュテファーニエ』の前から去った。よし、嫌なことは言ったし、レオンハルトとしての矜持は保てたはずだ。




 レオンハルトの出没ポイントは、店前か、材料仕入れ先か、注文商品届け先。この三つである。つまりブランカの後をつけまわしているかのような、常の彼女の行動を監視しているかのような気持ち悪さがあって、こうしてみると本当に気持ち悪いキャラだ。

 ……。

 嫌なキャラに気持ち悪いが加わった。

 主人公ブランカのフラグをへし折るためとはいえ、その行動はこうして実際本人に成りきると変態度が増すだけだった。なんだこいつと思わざるを得ない。

 そんなことを思いながら街をのし歩いていると、見る者が皆、僕を避けていく。彼らは純粋にレオンハルトの気まぐれな邪気を恐れているに過ぎないのだろうが、僕としては腫れ物に触るような扱いにしか見えなくて、人のいない方へと逃げるしかなかった。

 全く、知っていたけれど、なんて気分の悪い。

 そんな風に一息ついたのは、昨日も逃げ込んだ川辺だった。否、昨日は逃げたわけではないのだけれど。

 そもそも僕は、悪人じゃない。善人とは言えなかっただろうけれど、無害な一般人だったはずなのだ。レオンハルトの悪逆キャラは、荷が重すぎる。

 こんなことで、僕はレオンハルトになりきれるのだろうか?

 なんて自問するまでもなく、ならなくちゃいけないんだけども……。

「おやぁ、レオンハルト様ではございませんか?」

 不意に声を掛けられて、気を抜いていた僕はびくっとしてしまった。振り向いた先にいたのは、攻略キャラの一人、ビオレタだった。ゲームではベルデと所縁があり、彼に続いて会うキャラだ。

 しかし僕はまだベルデとは会っていない。まあシナリオが破綻しているのは今更であり、僕がレオンハルトになっているバグ以降、全部なのだけれど。

「昨夜はおいでになられませんでしたね。お加減でもお悪いので?」

 大人の色香たっぷりと言った風情のこの長髪の男は、娼館を経営している。出資したと言う理由で、レオンハルトはビオレタの館を取り巻き共々無料で使わせろと連日迫っているのだ。そんな男が来なかったのならまずほっとしようものだが。

「お前のところは、質が悪い。しばらくは行かない」

 僕は頑張ってレオンハルトっぽく振る舞うが、ビオレタの娼館の内部事情に関しては、ゲーム内では明かされていないため、ドキドキヒヤヒヤしながら必死で知ったかぶりをしているのだった。

 プレイ中は思わなかったけれど、そもそも健全そのもののブランカが、経営者とはいえこういったただれた職業の男と出会うことすらどうかと思うくらいだ。

「おやぁ、ここらでも随一の美女を集めているのにそれはお厳しい。売れっ子のローザも昨夜は暇を嘆いておりましたよ。絶倫の主がいらっしゃらないから」

 ……絶倫なのかよ。実際の僕は童貞で、彼女だっていたことがないってのに。ますます嫌になる。思わず引きつった僕の顔を、ビオレタがきょとんとした顔でまじまじと見ていた。僕は慌てて口元を覆って、ひきつれた筋肉をほぐす。

「おや、疑っておいでで? ローザがさびしがっていたのは本当でございますよ。他に類を見ないほど行儀のよいお客だと」

 なんだそりゃ。金払いがいいだけだろう。職業で差別するわけではないが、経営者のビオレタも娼婦のローザとやらも、リップサービスを真に受けるとろくな目に合いそうにないのは僕にだってわかるんだ。

「私は気分が悪い。とっとと失せろ」

「これは失礼。……そうだ。あなたの取り巻きたちが探しておられましたよ」

 お越しをお待ちしておりますと言わんばかりの笑顔を見せて、ビオレタは去って行った。本当は来てほしくなんてないくせに。

 僕は肩の力を抜きながら、そう言えば彼にはフラグ折りに関するやり取りしを忘れていたことを思い出した。

 まあブランカのいる前でないと意味はないし、そもそも二人はまだで会ってもいないのだけれど、僕の役目はフラグクラッシャーだ。嫌な奴と思われるのは、その次である。

 既に住人にはたんまり嫌われているようだけれど。

 ……つらい。

「あっ、お前!」

 再び俯きかけた僕の顔を非物理的に掬い上げたのは、知った声だった。大きな青い目と健康的な小麦色の肌。

 ブランカの弟、カインだった。

「俺がいない間に、姉ちゃんに手を出していたりしないだろうなっ!」

「学校に行ったんじゃなかったのか」

 しかし知った者だからと言って、油断はできない。僕は再び、抜きかけた気を引き締めてレオンハルトの面をかぶる。

「ふん、あんなもの。行くだけ無駄だ」

「お前……姉ちゃんが苦労して費用を捻出してるんだぞ」

「あ?」

 いけない。思わず素になってしまった。カインの目が怪訝そうに僕を見上げている。

「てめえが常識人みたいなこと言ってんなよ、極悪人」

 その通り、僕は極悪人なのだ。いくら呆れたからって、本音を口にしてはいけない。

 だが、彼はモブである。本来なら名前すら設定されていなかったはずだ。だからこそ、フラグをどうこうする必要がないのは、安心できる。とはいえ、いつまでも素をしまったままなのもしんどい。

 そんなことを思っていると、不意に目の前のカインの姿がぼやけた。

 ……? 目がどうかしたのかな。なんて思ったら、ぼやけたカインが口を開いた。

『……卑怯者』

「え?」

「はっ? なんだよ?」

 ぽかんとしたカインが、そこにいた。もうぼやけてはいない。

 幻聴か? 彼がしゃべったように見えたが。でもそんな、人をなじるようなことを言った顔には見えないし。

 なんだろ。白昼夢というやつだろうか。

 ……否、声は聞こえなかった。でも、そう言われたと疑いなく納得した。

 意味が分からないな。確かになじられてしかるべき男なんだけども。

「あまり舐めた口をきくと、ブランカの代わりにお前を娼館に放り込むぞ」

 とりあえず、僕は変な疑いをもたれる前に彼を追い払うためそんなことを言ってみた。先刻、ビオレタに会ったことからの連想にすぎなかったのだが。

「は? 娼館? 女なんて興味ないけど?」

「誰が抱かせてやると言った。お前は売る方、抱かれる側だ。男娼の方だ」

 言いながら、あれ、と思う僕。変だな、なんでこんな流れになってんだろう。確かにカインなら、背こそレオンハルトより低いが顔も悪くないし手足もすらりとしてスタイルもよく、男相手の商売だって成り立ちそうだけれど。

 ああそうか。昨夜からの流れもあるんだ。彼が女装して、僕のベッドにしなだれて、あわや性奴隷にならんとしていたから。否、僕はブランカをそうする予定であってカインを同じにしようとは思ってなかったけども。

 顔を真っ赤にしたカインは、男娼の意味も知っているようだ。

「な、な、な……馬鹿にするなっ!」

「得意そうな面構えに見えるがな。おい、待て」

 屈辱ゆえかぶるぶるしながら逃げ出そうとしていたので、僕は慌てて肩を捕まえる。逃げてくれるのが本当は望みだったのだが、一つ言い含めておくことがあったのだ。

 それはたとえ周囲に誰もいなくても大声では話しづらい内容のため、僕は内緒話の要領で顔を近づけた。途端にカインの表情がとろんとした眠そうなものになる。今にも目を閉じてしまいそうだった。

「お前、昨夜のこと、ブランカに言ってないだろうな」

「い、言ってない……」

「昨夜は、一切何も起こらなかった。そう覚えておけ」

 ブランカを攫って手籠めにしようとした。それがバレればたちまちレオンハルトの評判は地に落ちる。それは望み通り、鬼畜王の名を手に入れられるということに他ならないが、フラグも立っていないのにことを起こしたと周囲に知れた時、どういう反動が返ってくるか分からないのが怖いのだ。

 下手すると中身が僕だとバレかねない。そういった危険は極力排除していきたいのである。

「―――て」

「ん? 何だ?」

「―――してくれたら、覚えておく……」

 力の籠らない夢見心地の口調でカインが何かを要求したが、聞き取れない僕は再度尋ねようとして、けれど先にカインが正気付いて、僕を突き飛ばすようにして離れたため、正解は分からずじまいだった。

「うるさいっ、てめえは姉ちゃんに近づかなきゃいいんだっ!」

 捨て台詞を吐いて、カインは走り去って行った。勢いに押されてよろめきながら、ふと見ると胸元の布地が皺くちゃになっていることに気づいた。どうやらカインが握りしめていたらしい。成長過程にある柔らかく小さな手―――レオンハルトと比べればであるが―――を思い出して、少しショックを受ける僕。

 そうか。そこを力いっぱい握りしめなければならないくらい、僕が近づくのが嫌だったんだな。じゃあきっと、辛うじて僕が聞こえたと思ったのは間違いだったんだ。

 キスして。そう言ったと思ったのに。

 しかしそれはそれで嫌がらせにしかならないはずなので、やっぱり聞き間違いに違いない。

 桜色のぷっくりした唇を思い出しているけれど、どんな感触がするんだろうなんて好奇心は、湧くわけもないし。


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