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 ゲームタイトルこそ忘れたが、確か、少女ブランカが親から譲り受けた菓子店『シュテファーニエ』を切り盛りしながら、同時に男も誑かしていくゲームだったはずである。というと語弊があるが、僕はもっぱら店の方は放置で攻略に走っていたので、そういう印象を得ただけである。

 実際のブランカは、そこまで嫌な女ではない。というかむしろ、真面目ではあるが引っ込み思案で気弱で、それでよく誑かせたものだと驚くくらいだ。操作していたのは僕だが。

 僕がこれからしようとしているのは、そのブランカを攫うことである。

 それはゲーム内でも実際に起こりうるシナリオだった。攫って、監禁して、調教する。ちなみにこのゲーム、成人向けではないので、実際はそのシーン、文字のみであるが。

 バッドエンドである。しかし一部で絶大な人気を得ているらしい。最低のエンディングなのに。誰も攻略できず孤立エンドを迎えるよりひどいのに。

 しかし、ここで終わる以上、以降にレオンハルトが出てくることはないのである。理論上。

 つまり僕の役目も終わる。

 僕が無理せずこの世界で生を全うするには、もうこれしかないのだ。

 そのためのフラグは、立っているとは言い難い。そもそもフラグとは、ブランカ側から起こした行動により立ったり折れたりするものなのだ。レオンハルトがフラグクラッシャーとして存在するのは、キャラこそつけられているもののバグのようなものだ。

 とはいえ僕がここにこうしている以上、バグも何もない気がするが。いうなれば僕自身がバグだ。しかも自律行動するバグだ。最悪である。

 これからしようとしているのは、レオンハルトとしては普通でも僕としては最低最悪の犯罪行為だ。しかしこれ以上悪事を重ねないためには、必要なのだ。

 作戦は自分の手で行うことにした。ゲームでは手下たちを使っていた気がするが、フラグが立っていないのに無理に第三者を使えば、計画が破綻する気がしたのだ。

 しかしその心配はなかった。計画は、最初から失敗していたのだ。

 そうとは知らず、僕はのこのこと『シュテファーニエ』に忍び込んだ。店舗側は閉店しているが裏は開いていることは知っている。

 そこでまんまと、調理台に向かって作業する花柄のワンピース姿を見つけた。一人である。

 ふっ。背後ががら空きだぜ。

 怖気づきそうになる精神を鼓舞するため、そんな言葉を思い浮かべてみる。

 僕は意を決して、麻袋をかぶせた。しゃにむに暴れるのをなんとか押さえながら素早く口を縛って、抱え上げる。レオンハルトは力も背もあるから、楽勝だ。これが現実世界の僕だったら、運ぶどころか暴れられた時点でおじゃんになっていただろう。

 幸いなことに、悲鳴は上げられなかった。あまりに怖かったのだろう。僕は袖の下を譲渡済みの御者が待つ馬車に乗り込んで、屋敷へ行くよう伝えた。馬車は滑るように走り出す。

 これで一つ目の「監禁」は達成したも同然だった。しかし残る「調教」をどうするか、僕はまだ考えていなかった。

 年端もいかない少女を性奴隷にするつもりはない。というかそもそも、ブランカというキャラにそれほど愛着がないのである。好きでも嫌いでもない。それは他の攻略キャラにも言える。

 唯一レオンハルトだけが突出して、「嫌い」なのだ。性格は最悪だし、役目も最悪だ。

 そのキャラに成りきるなら、やらなければならない。

「困ったな……」

「旦那。どうかしましたんで?」

「なんでもない」

 つい漏れてしまった声だが、御者は自分への語りかけだと思ったようだ。小さな呟きでもよく通る声なのである。

 しかし妙案も湧かないまま、屋敷に着いてしまった。

「若様、おかえりなさいませ」

 執事やメイドらが僕を見て頭を下げてくるが、誰も麻袋を抱えた不自然極まる僕に触れてくれない。いつものことなのか、それとも下手に問うと逆鱗に触れると思っているのか、一度視界に入れても力づくで引きはがされ見なかったことにされている。いずれにしろ、町人と同じくろくな評判を築いてはいまい。

「ほう、この時間に会うとは。今日は早いな、レオンハルト」

 不可解な荷物に最初に目に止めたのは、レオンハルトの父だった。僕も最初は裏口から入ろうと思ったのだが、そこはそこで召使らがたむろしているからと腹を決めて正面から突入したのだ。当然、家族の誰かに会うことになるだろう。

 恰幅のいい人物である。一見優しそうだが、したたかな狸であることは、完遂していないながらもレオンハルト攻略に着手していたので知っている、何より、屑王レオンハルトの親なのである。

 彼は息子に笑顔を見せながら、低く言った。

「よもや住民らに舐められてはおるまいな。お前が威厳を示さねば、奴らは平気で納税をさぼったりするのだぞ」

「心得ています。父上」

 苦労して、レオンハルトらしさを演出する僕。領主として必要なのはわかるが、領民を銭としてしか見ていないのが透けて見えるのはいかがなものか。レオンハルトの親だからって言われれば、それまでだけど。

 ところで彼の母親はどうしたんだろう。死んだって情報はないから生きてこの館に住んでるのは確かなんだろうけど、ゲーム中には出てこなかったし。

 まあ、いいか。

「ところで、その袋は何だ?」

 ようやく聞いてくれた。別に聞いてほしくなかったけれど、スルーして終わるのは普通、できないだろう。袋の中のブランカはじっとしている。レオンハルトの父親の声が聞こえても、味方になるとは思えないと悟っているのだろう。

「戦利品です。どうか手出し無用に」

「ふん。まあ、ほどほどにな」

 僕としては深い意味などなかったのだが、どうやらレオンハルトにおいてはままあることらしい。父親は深く突っ込むこともなく、呆れたような顔で息子との会話を切り上げた。

 色々と、嫌すぎる家だ。

 そこへ恐々と先刻の執事が寄ってくる。

「若様、お食事はいかがされますか」

「もう休む。部屋には近づくなよ」

「承知いたしました」

 本当は空腹を感じていたけれど、これから迎えるバッドエンドの先を思うととても食べてなどいられない。余裕もないし、下手したら戻してしまいそうだ。

 そうしていざ部屋へと足を踏み出しかけて、はたと気づく。レオンハルトの部屋はどこだ。監禁エンドとはいえ場面転換につぐ場面転換で、こうしてえっちらおっちら運ぶ場面はストーリーをスマートに見せる以上、省かれてしまうから、場面は突然彼の部屋に切り替わっていた。

 しかし、その部屋が分からない。まずい。誰かにそれとなく案内させなくては。

「あ、ちょっと」

 焦った末、素の僕で話しかけてしまった。既に僕に背を向けていた執事は、びくつきながらも反射的に振り向いた。召使とはいえこんな老人というにふさわしい年齢の人を恐怖でねじ伏せるなんて、レオンハルトはつくづく畜生だ。

「いかがされました、若様」

「ああ、そのな。両手がふさがってるだろ? 悪いが部屋の扉を開けてほしいんだが」

「……かしこまりました」

 執事は一瞬目を見張ったが、すぐ仕事に徹する男の顔になった。なんだ? 今、何かおかしなことを言ってしまっただろうか。

 しかし疑問は晴れないまま、僕は執事氏の後をついて部屋へとたどり着いた。うむ。とりあえず疑いを持たせずに部屋を知るというミッションはクリアだ。

「それでは、お休みなさいませ」

「ああ、ありがとう」

 扉の開閉をねぎらっただけなのに、執事は感極まった顔になっていた。しかし彼はそれを必死で押し殺すようにしながら、扉の向こうへと消えた。

 まずったか? レオンハルトが執事に礼を言うことはないのかもしれない。何せ、威張って当然と言う顔をしているからな。

 まあいい。それより、こちらだ。

 僕はようやく、担いだ麻袋を大きな天蓋付のベッドの上に下ろした。きっちり整えられたそこはふんわりと、荷物を受け止めてバウンドする。

 僕はこれからレオンハルトとしてしなければならないことを思って、ため息をついた。こんなに気が重い作業もあるまい。一人の少女の人生を台無しにしなければならない。そしてその責任を、取り続けなければならないのだ。

 それがレオンハルトの役目。

 すこぶる気が進まない……。しかし、ここまできたらもう、戻ることはできない。僕は口を縛った縄を外し、えいやっと気合を入れて、テーブルクロス引きのごとく麻袋を引っ張った。

 それに引きずられるように、ブランカの長い髪がずるりと頭部からずり落ちた。

 ひいっ!? 禿げた!? 麻袋に入れすぎたせいか!?

 女の子になんてことをと焦ったぼくだが、どうやら鬘だったようだ。……え?

 果たしてそこにいたのは、ブランカではなかった。

「このクズ野郎」

 ワンピース姿で睨み付けてくるのは、赤い髪の少年だった。クズ野郎は当然として受け止めるとしても、キャラにまったく覚えがない。大きなアーモンド形の強気な青い目。健康的に焼けた肌。すらりとした手足。年の頃一五、六ほどだろうか。

 しかし、誰だろう。

 僕は誰を攫ってきたのだ?

「えっと、誰?」

「なんだと、てめえ。俺はカインだ」

 ずっと袋詰めだったせいか、カイン少年の顔が赤らんでいる。怒っているせいかもしれないが。しかし名前を聞いてもピンとこない。

「てめえが姉ちゃんを攫うことは知ってたんだ。だから姉ちゃんの代わりに店にいたんだ。まんまと間違えて、馬鹿な奴!」

 よく見ると確かに、その顔はブランカと似ていた。しかし、きょうだいだと?

「弟なんていたっけ……?」

「いるだろ! 目の前に!」

「まあそうなんだけど」

「なんかお前、変だな。本当にレオンハルトか?」

 思わずぎくりとしてしまう。いかん、疑いの目を何とか逸らさねば。こいつが誰であろうとも。

「私がレオンハルトでなければ、誰だと言うのだ?」

 それらしい顔を作って距離を詰めてやると、カインは怯えたように僕の顔を凝視してきた。しかしすぐにとろんとした目つきになる。なんだろう、眠いのかな。

「お前をブランカの代わりにしてやってもいいんだぞ」

 僕は駄目押しでそんな脅し文句を言と、カインはびくっと体を震わせた。

「か、代わりだと……俺は男だぞ」

「それがどうかしたか? 妊娠するか、しないかの違いだけだ」

 カインの顔がさっきより赤くなった。おっと、調子に乗りすぎだ、僕。このくらいにしておかなければ。

 しかしこの少年、どうしたらいいだろう。本当にどうにかするつもりはないし、なんとかして家に帰してやらねば。

「お、お前に、姉ちゃんは渡さないからな……」

 負けじと言葉を発する少年を見て、おやと既視感を抱いた。そう言えばこんなことを言っていたようなキャラが、いたようないないような気がする。

「俺が身代わりになって、姉ちゃんが助かるなら、俺は……」

 いかん、ガチだと思われている。少年は覚悟を決めたように、スカートを握りこんで花柄を皺くちゃにしていた。僕は、僕らしく狼狽えないようにしながらも意味もなく鬘を手に取ったり部屋を見回したりする。

 そして目に入ったのは、使用人を呼ぶために天井からぶら下がっている紐だった。それがそういう目的だと知っていたのは、偶さか妹が見ていた海外ドラマをチラ見していたおかげである。

 僕は執事氏を呼びながら、カインの頭に鬘をかぶせた。

「な、なんだよ」

「お呼びですか、若様」

 思ったより早く執事が来た。僕は女装したカインを彼に引き渡す。

「商売女だ。裏口から出せ」

「かしこまりました」

 執事氏の目には失望と安堵が見えた。なぜそんな正反対のと思ったが、もしかしてこれがレオンハルトとしての通常スタイルだったか。

 しかしこれで、カインは家に帰るだろう。何やらひどく傷ついた顔をしていたが。一件落着と僕は、一人になった部屋の広すぎるベッドに寝転んだ。

 否、何も解決していない。

 計画は水泡に帰したのだ。

 嫌われ男レオンハルトとしての望まれぬ生活は、始まったばかり。


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