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 真相は、逆だった。

 そもそもはレオンハルトがカインに目をくれていたから。

 明確な視線を受けて―――それも悪名高き領主の息子のそれに気づかずにいることができるだろうか。よしんばその仕草を本人は隠しているつもりだとしても、ただぼんやりと視界に収めていたわけではなく、いわゆるガン見をしてたわけだから、これはもう言い逃れできようはずがない。

 つまり偶さかカインがレオンハルトを振り返ったんじゃなく、じっと見られて落ち着かなくて振り向いたところを、辻馬車が……というのが、事故の顛末だ。

 つまり、レオンハルトのせいなのである。

 なんてこった。ますますカインに合わせる顔がないじゃないか。

 しかしだからといって、ここで真実を闇に葬っては輪をかけて立つ瀬がなくなる。たとえ今の僕には関係ないことだとしても、この世界の線上ではそんな言い訳は通じない。

 ただでさえ崖を転がり落ちている最中だというのに、ここでだんまりを選んだら自らを消し去ったレオンハルトも浮かばれまい。

 何より、カインのためでもある。

 とか言いつつ、実はカインに会いたいというのが本音だったりする僕。

 どシリアスなプレイバックを挟んでおいて、なんて現金な。そして空気クラッシャー。いろんなものが台無しになった感は、僕にだって否めない。

 でも、仕方ない。あれは過去で、かわいそうだけど僕にはどうしてやることもできない。僕自身が、いじめられた暗い学生時代を帳消しにできないのと同じに。

 とはいえ、今カインの前に立とうとすれば、僕は確実に避けられるだろう。何せ逃げられたばかりだ。

 こういう時の打開策何て、コミュ障の僕に思いつくはずもない。

 だから素直(?)に、強権を発動することにした。

 領主の子息の命令という、一見何の拘束力もない一声は、思った以上に容易くカインを釣り上げることができた。もっともそこには、積み重ねたレオンハルトの悪名が重石のごとく鎮座ましましていたせいだろうけど。

 決してほめられたもんじゃないだろうが、この場合はそれに助けられた。

「お客人をお連れしました」

 執事氏に連れられてレオンハルトの寝室に入ってきたカインは、連行される冤罪を駆けられた被疑者のような顔をしていた。もっともその目はそっぽを向いていたけれど。

「ありがとう。二人きりにしてもらえるかな」

「承知しました」

 びくっと怯えを見せたカインを置いて、執事氏は部屋を出て行く。最初に放り出させた「商売女」とこの少年が同一人物だと、果たして彼は気づいているだろうか。

 二人きりになっても居心地悪そうに口を閉ざしたままのカインを少しさみしく思いながら、僕は静かに口を開く。

「呼びつけて悪かった。でもこうでもしないと、君には合えないと思ったから」

「……」

「子の傷、軽いかなと思ったんだけど、見ての通りベッドの上で体を起こすのがやっとでね。こんな体で君を追いかけることはできないから」

 半分は嘘である。傷自体は快方に向かっていて、体ってもう熱があるわけでもない。

 でも僕の体は、この大きすぎる寝台から動けない。

 一歩でも彼に近づいた途端、逃げられてしまう気がしていたからだ。怪我をする寸前までは、もう少し近くにいられた気がするけれど、今のカインには明らかな壁を感じていた。

 カインへの距離は、寝台と扉との間くらい。両方から5歩ほどか。

 でもさっきからこちらを一切見ようとしない彼との距離は、そんなもんじゃすまない。しかもこれから告げる内容によって、さらに開く可能性がある。

 それでも僕は、もう黙っているつもりはなかった。

「僕のことを嫌いでもいいから、どうか最後まで聞いてほしい。それまでほんの少し、カインの時間をくれないか?」

 返事はなかったが、視界の端で微かに頷いたのが見えた。

「そんなに長くはないけど、よかったらそこの長椅子に座って」

 これは無視という形で拒否された。その場から一歩も動くつもりはないらしい。

「わかった。じゃあ、手短に。まずは謝らせてくれ。君の事故は、僕のせいだったんだ。僕が君を見ていたから」

「は? 事故? 見てたって何だよ?」

「まあそれは、厳密には僕じゃあないんだけど」

「?」

「つまりね。僕はレオンハルトじゃない。別の世界の、別の人間だ」

 この部屋に入って初めてカインが口をきいた。こちらを見た。ものすごい怪訝そうだったけど、それでも僕は嬉しく感じてしまう。口元がほころぶのを慌てて手で隠す。冗談を言っているのではないのだ。

 一方でカインは再び言葉を失ってしまったようだ。二の句が継げないという様子だ。

「本名は忘れた。どうやらあっちで死んだらしくて」

「偽物だったのか。ずっと騙してきたんだな。何か変だと思ったら……」

 僕の方が目を伏せてしまうかと思ったが、案外しっかりと彼を見つめていた。その視線に耐えかねたかのように、カインはこちらから目を逸らしている。

「それで? これからも騙し続けるのかよ。俺だけじゃなく、街中のみんなも」

「もちろん、こうして君に告げたからといって、レオンハルトの罪が消えるわけじゃない。許してくれとも言わない。でもそれは、君も同じだろう?」

 カインが息を飲んで、こちらを見た。見開かれた目が、それが真実だと告げているようだ。でも今度は逃がさない。僕はじっと、彼を見つめる。射すくめられたように、彼は動かない。

「この世界を冷静に客観視できる外側の世界、おそらく同じところからきているはずだ」

「な……なんで……」

「そうでなければ、知らないはずのことを知っていたら。僕と同じように」

 あれが決定打だった。

 そうして真実を告げても、カインは逃げ出さなかった。拳を握って俯いている。ただ真実が明るみになっただけなのに弾劾しているかのようで、僕は慌てた。

「誤解しないでくれ。責めてるわけじゃない」

「……そうだな。騙してたのはお互い様だもんな」

 カインの体から諦めたように力が抜けた。憔悴したその姿に心が痛む。

「カイン……」

「俺はカインじゃない。あんたが言ったんだろ。そうさ、俺はこの世界の人間じゃないどこかの誰かだ。名前も何も思い出せない。でもきっと、元の世界では死んでる。分かるんだ」

 カインは気だるげに顔を上げた。目はまっすぐにこちらを見ているのに、顔は青ざめて唇は今にも泣きださんばかりに戦慄いていた。そこから漏れたかすれた声は、15・6の少年とは思えないほどひどく年老いて聞こえた。

「なあ、ここは死後の世界か? 死んだら知ってるゲームの世界へ転生するなんて、罰なのかご褒美なのかわかんねえ。もしかしてこれは夢で。俺は死に続けてるのか?」

「カイン、駄目だ」

 思わず僕は体の不調を押して、ベッドから飛び出してカインの細い腕をつかむ。彼が、かつてレオンハルトが囚われて落ち続けていた闇に、呑まれそうになっていたからだ。

「君はここで生きてる。こうして触れられるし、体温も息遣いだって感じられる。だからそんな危ない想いに囚われないでくれ」

「俺はカインじゃねえよ!」

「いいや、君はカインだ。そして僕はレオンハルト。他の何にも慣れない。死んでしまった彼らのためにも、偽物でもその続きを生きなくちゃいけないんだ」

 強くそう思った。そうだ、僕は生きなくちゃいけない。もう死んで何ていられないのだ。

「死んでる……?」

「僕は、そう感じたよ。その瞬間も見た。カインもたぶん、あの事故で……」

「ああ」

 やっぱりそうかという表情で、カインは顔色を曇らせた。彼だって、全くそれに気づいていなかったわけじゃないのだ。ただ、認めたくなかっただけ。

「でもだからって、続きなんて、そんな義務ないだろ」

「僕は君が好きだ」

「!」

 脈絡ないように思える告白に、カインの目が見開かれた。口にするとなんて陳腐でありふれた言葉だろう。これで彼の中の何かが変わるとも思えない。でもこれが、偽らざる本心なのだ。

 レオンハルトから受け継いで、僕色に塗り替えられたたった一つの感情。こいつを死なせることは絶対にしてはならない。そのために僕は、この世界へ呼ばれたのだから。

「カインの中にいる『君』の心を欲してやまない。たとえ君が僕を嫌いでも、どんなことをしてみ手に入れて見せる。この心は、本物だから」

 瞠目したまま口をつぐんでいるカインの柔らかな頬を撫で、だらりと垂れさがっている彼の手を摑まえる。びくりとはねるそれを、僕の心臓の上へと導いた。

 脈打つ速さで、僕が嘘をついていないことが伝わるはずだ。きっと言葉より、明確に。

「ば……ばかじゃねえの」

 見る間にカインの顔が赤くなった。その目は泣きそうなほど潤んでいるが、先刻の危うい闇の気配はない。

「お前、本物のレオンハルトじゃねえくせに……」

「ん?」

「なんで本物よりかっこよく口説いてんだよ。そんなん、卑怯だろうが……!」

「え」

 卑怯って。思わず目が点になる。カインは真っ赤になった顔を両手で隠していた。

 どうやら本気で言っているらしい。まあ僕だって、冗談なんて混じる余地もなく、正真正銘本気なんだけど。

「カイン? あの……それって」

 一抹の期待感を込めて距離を詰めようとするも、彼はすっと身を引いた。頬の赤身はそのままに、けれどその瞳に宿らせているのは不似合いな哀愁だった。

「お前の言うとおり、俺もこの世界の奴じゃない。気が付いたら、瀕死のカインの中にいた。この世界が何かもわかんねえのに、あんたの顔だけ強く残ってて、おまけにこんなモブキャラになってまって、何が何だか、どうすりゃいいんだか、分からなかったよ……混乱して、ブランカを泣かせちまうし」

 力なく乾いた笑い声をあげるカインは、やはり大人びて見えた。

「それは、カインが助かったうれし泣きだと思うが」

「でも、騙してる。弟じゃねえのに弟のふりして……本物は、死んでるのに」

 明かされるカインの本心は、ひどく痛々しいものだった。レオンハルトの周囲には、彼の中身に興味ある人はそもそも寄ってこないが、悪役を背負っていないカインは違うのだ。優しいのは、姉だけにとどまらないだろう。

「俺にこの世界はつらすぎるよ。なんで、優しい姉ちゃんの弟なんかになったんだろうな。偶然だとしても……。だからもう一度終わりにしてもらうために、あんたを利用しようとした。ブランカのふりをしてればどうなるかは、知ってたから。でもあんたは、シナリオ通りに動かなかったよな」

 悲しげに眉を下げたまま、カインは困ったように口元に微笑を浮かべた。

「そこからは初めてのことばっかりだ。あんたを……レオンハルトを利用してやろうって魂胆がバレてんのかと思うくらいに、思うようにならなくて。そんなことしてるうちに、あんたの存在が、俺の中でどんどん大きくなっていくんだ。利用なんて言葉が、吹っ飛ぶくらいに」

 彼が創った距離が、彼によって縮められた。伸ばした手が、僕の腕に遠慮がちに触れる。

「始まりは、この世界で目が覚めた時の印象でしかなかったのに、そんなの、きっかけでしかなかったんだ」

 カインの細い体が、僕の胸先にそっと、横たえるように触れてきた。

「俺も、好きだよ」

 囁くような声。俯けた彼の顔は、僕の位置からは見えない。けれどたまらず、僕は彼の体を抱きしめた。カインの手がそっと僕の背に回され、ぎゅっと握られるのを感じて、思わず泣きそうになる。

「カイン……カインって呼んでもいい?」

「他になんて呼ぶんだよ。お前だって、レオンハルト以外で呼んでやんねえから」

「うん。もう僕を利用するのは、やめた?」

「できないし、無理だろ? あんたのおかげで、『つらすぎる世界』じゃなくなったんだから、勝手にレオンハルトやめんなよな」

「やめないよ」

 僕らは互いに顔を見合わせて笑い合った。こんなにも自然に笑顔があふれてくる瞬間があるなんて、以前の僕も知らなかったし、きっとレオンハルトだって知らなかったに違いない。



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