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嫌いと言ってくれる人にどう接すればいいのか。
ある女の子に言われたことがある。面と向かって「大嫌い」だと。僕としては彼女に、何もした覚えはないのに。その子はやたら僕にだけ攻撃的だった。生理的に合わないとしても、あまりに直情的すぎるけれど。
僕の出した答えは、『なるべく近づかない』である。
だって嫌いな相手とはできるだけ出くわしたくないだろ?
僕だって会う度、嫌悪をむき出しにしてくる人と一緒にいたくない。
好きと言ってくれる人への好感度が上がるのと同じく、こっちだってヘイト感情が募っていくばかりだから。
……なんだけど。
嫌いと言われたからカインを嫌いになれているかと言えば、答えはノー。
それなのにショックを引きずって、もう何日も屋敷に籠りっぱなしだった。豪奢なベッドの上で何もせず、体を丸める毎日。
なぜ嫌われるのかも分からなくて、それでも彼を嫌いになれなくて、ただただ、悲しいばかりだ。
「若様、もうよろしいので?」
食事もろくに喉を通らず、でも部屋まで運んでくれる執事氏が心配するからほんの少しだけ無理に流し込んだりしてるけど、空腹感もないし流し込むのも本当はつらいのだ。
「失礼ながら、もう少しお召し上がりになられた方が」
「もっと少なくていい。食材が勿体ない」
「若様がそのようなこと、お気に召されますな」
レオンハルトの中身が僕になってからいろんな人を驚かせているけれど、この執事氏は最初の方以外あまり動揺がない。見せないようにしているだけかもしれないけど。
でも今は珍しく狼狽えている。傅かせるのが仕事みたいな身分の僕が、勿体ないだの言いだすのは異常なことかもしれないけど。
「あなたも他の仕事があるだろう。僕のことはいいから、父上の面倒でもみててよ」
「旦那様には専属の従者がございます。お世話はその者が」
「じゃあ、僕にも従者が?」
「ございましたが、気に入らないと馘首になさいましたでしょう」
そうなんだ……。どうやら嫌がらせしてクビにしてばっかりなので、募集しても誰も成りたがらないようだ。
返す返すも、嫌な奴だな。
「本日は、どちらかへお出かけなさいますか」
「行かない。行く気もない。……どうせ僕は嫌われてるんだ。みんなも見ない方がいいだろ」
「そのようなこと、あるはずもございません。特に最近の若様の評判は上々でございますよ。まるで人が変わったようだと」
「……そうだな。そうかもしれない」
人が変わった。まさしくその通りなのだ。
街一番の嫌われ者なんて設定が今ほど深く堪えてこなかったのは、嫌われるより怖がられる方が強かったせいかもしれない。
でもたとえ街中の人に嫌われても、ここまで堪えない気がする。
それよりも、たった一人に嫌われたことの方が、つらい。
「こうして私が進言いたしましても、以前なら耳に入れても下さりませんでした」
「ごめんな。馬鹿だったんだ」
「何を仰せになります。私は嬉しいのです。ずっと昔の素直だったころの若様に戻ってくださったことが」
執事氏は本当にうれしそうだった。それにレオンハルトも、最初から完全にワルだったわけではなさそうだ。そりゃ誰だって、生まれたばっかは天使だもんな。
「なんで悪くなっちゃったんだろうなあ」
独り言のつもりだったが、執事氏は律儀に答えを返してきた。
「詳しくは私も分かりかねますが、そういえば中等学院を卒業なさる頃、同じように屋敷にお籠りになっておられましたな。思えばそれから……若様はお変わりになられた」
「同級生なら知ってるかな」
「さて。同級生と言えば若様がお連れになっているドゥムコプフ家子息とゾイマー家子息のお二人でございますが」
誰だそりゃと思ったが、どうやら腰ぎんちゃく二人のようだ。
「彼らは毎日のように若様に会いに来られておりますよ」
「え、そうだったんだ」
「お茶だけ召し上がってお帰り戴いておりました」
その割に取り次いでくれたことないなと思ったら、どうやら彼らを友達として数えるにはふさわしからぬと思われている様子だった。
「それにしても若様は、まるで過去をお忘れになったかのようですな」
唐突な指摘に、僕はぎくりとする。ごまかすために、僕は必死にもつれる舌を動かす。
「誰しも忘れてしまいたいことはあるだろう? 僕はそれより、未来を見据えていたいんだ」
「さすが若様。仰せの通りにございます」
とはいえ僕に思い描ける未来なんてなくて、目の前に積まれた課題を思い出すことになっただけだった。その重みに、がっくりと首を垂れるしかない。
「お怒りを承知でも申し上げますが、若様なら、過去にとらわれ奥様のようにお部屋から一切出てこられないようにはなられないと、この爺めは信じておりますゆえ」
そういえばまったく姿を見かけないレオンハルトの母親は、どうやら完全なる引きこもりのようだ。こうして僕が引きこもってしまったのを、きっとこの人は「ああ親子だなあ」とか思って、心配したんだろう。そもそもが、望まれない結婚だったようだ。
貴族あるあるだ。とはいえ、レオンハルトも結構かわいそうな境遇なんだな。
「若様は、何やらお悩みがおありになるようですな」
「まあね……」
「お珍しいこと。よろしければこの爺めにお話しくださいませ。気が楽になるかもしれませんぞ」
「うん……実はある人に嫌われてるんだけど、どうしたらいいんだろう」
「なんと……若様が他人の評価を気にされるとは」
そりゃまあ、レオンハルトだったら意地でもこんな弱音は吐かないだろう。誰に嫌われたって平気だろう。その強さが羨ましくもあり、その一方でもしかしたらただの鈍感野郎だったのではという懸念もぬぐえない。
執事氏は驚きをたたえつつもどこかうれし気に答える。
「しかし私に言えますのは、若様を嫌う人など放っておけばよろしいと、こういったことしかございません。ですがそれがお求めの答えではないのでしょう?」
「まあね……それができるなら悩んだりしないし」
「ならば、同世代の方にご相談なさった方がよろしいのでは」
同世代? それはもっともだろうけど、しかし思いつかない。嫌われ大王レオンハルトに友達なんかいないし、あの腰巾着二人は相談相手としてはこの執事氏以下だろう。
そうするともう、誰も思い当たらない。
完全なるぼっちである。
本当にこのキャラは、何かにつけてしんどすぎる。なんでこんなキャラ作ったんだ。