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書き始めたばかりで碌に添削してないので、誤字誤変換誤用などあるやもです。

※BLですがR18シーンはありません

 気が付いたら、異世界にいた。

 否、異なる世界という意味ではそうなのだけど、全く完全に知らないと言うわけでもなくて。

「おうおう、調子に乗ってんじゃねえぞ、女」

「ここにいるお方をどなたと心得る。領主様のご子息、レオンハルト様だぞ」

 なんだ、僕は水戸黄門にでもなったのかと思ったが、僕の前でオウオウと粋がっているのはどう見ても悪役である。そして脅されているのは明らかに、気の弱そうなかわいらしい少女である。

 だが僕はその少女を知っている。知っているが、知り合いでもない。名前は確か……。

「どうか、どうかお許しください……!」

「あ~? 聞こえねえなあ」

「おい、もういいだろ。ブランカは謝ってるじゃねえか」

 そう、ブランカ。そして今、彼女を庇おうとしているのは、ツンデレな幼馴染のグリスだ。野生児っぽいイケメンである。

 対して僕の前で威張り散らしているのは、お世辞にも美形とは言い難い。典型的なモブ顔たち。

「なんだ? 関係ねえ奴は引っ込んでろ」

「そもそもその女が、レオンハルト様の足に水をかけたのが悪いんだろ」

 僕は言われるままに足元を見た。黒い服。濡れているが大したことはない。少女の持っている道具などから、店舗前で打ち水をしていたところに通りかかったのだろう。

「そうですよねレオンハルト様! こいつらにがつんと言ってやってください!」

 モブ顔がこちらを向いた。何かを期待しているようだが、僕はそれに応えられない。

 というか、それどころではない。自分の置かれた状況を把握するのでいっぱいいっぱいだ。

 まず、いつもより目線が高い。持ち上げた掌も、大きいように思える。黒い袖。かっちりした軍服のような衣装に、凝った意匠の金の飾り。続いて顔を触るが、怒涛の違和感。

「レオンハルト様?」

「どうなすったんです?」

 モブ顔が不思議そうな顔をしている。『いつものこと』ができないからだろう。だからそれどころじゃないんだって。

 僕は周囲を見回す。石畳の通路に、背の低い建造物。どこか懐かしさを覚える中世ヨーロッパ風の街並みなのに、清掃は隅々まで行き届いている。高く澄んだ、綺麗な青空。

 視線を戻すと、小さな菓子屋『シュテファーニエ』の看板とかわいらしいインテリアのぴかぴかの店舗。ブランカは少女だてらにここを営む店主だ。

 そして僕は。レオンハルトと呼ばれた僕は。

「あっ、レオンハルト様!?」

 モブたちの声が追いすがるが、構っていられない。僕は一目散にその場から駆け出した。僕の知っている通りなら、この先に川があるはずだ。とにかく今は、自分の顔を見ることが先決だった。

 鏡、鏡。

 そういえばあの菓子店のガラスでもよかったのだと気付いたときには、川の前に立っていた。僕は這いつくばるようにして、自分の姿を水面に映す。

「ああ……」

 思った通りの美形面に、思わず声が出た。あまりに美形すぎて、うっとりとナルシズムに浸ったわけではない。想像していたままだったからだ。

 川の流れに揺らめきながら、黒髪のドSっぽい超絶美男子が、なんとも残念そうな表情を浮かべていた。

 僕はこの世界と共に、この男を知っている。

 ゲーム内でもゲーム外でも蛇蝎のごとく嫌われている、悪役キャラだ。

 この世界は、ゲームの中なのだ。




 僕の本名はレオンハルトではない。しかし思い出そうとしても霞みがかったようにぼんやりとして、そこへたどり着けないのである。

 しかも、彼のような超絶美形ではない。どちらかというと残念なブサメン喪男だった。背だって高くない。

 それがなぜか、レオンハルトの体を乗っ取っている。

 夢でも見ているのだろうか。

 僕はレオンハルトのキャラらしくなく、長い脚をだらしなく放り出したまま、未だ川辺で座り込んでいた。

 知っているのも道理だ。このゲームはつい最近まで俺がプレイしていた乙女ゲームの世界そのものなのだった。ゲームのタイトルは思い出せないけれど、それほど好きでプレイしていたわけでもないから致し方ないのかもしれない。

 男のくせに乙女ゲームかよ、と笑いたければ笑えばいい。そもそもこのゲーム、僕の持ち物じゃなかったはずだ。妹が僕に押し付けたのだ。

「兄ちゃんもこれで、人見知りを直しなよ」

 とか言って。

 別に人見知りのつもりはないのだ。ただ、他人への愛着が薄いだけ。だから友達もいないし、恋人なんてもっての他。

 ゲームに多くの時間を費やしてきたのは、孤独をまぎらわすためじゃなくて、単にゲーオタだっただけだ。楽しいから、時間を多く割いていた。他人が、友達やら恋人やらと余暇を過ごすように。

 乙女ゲームも、ゲームではあるからと食わず嫌いせずに、妹の持ち物とはいえプレイしてみたにすぎない。

 だから僕はこの世界をよく知っている。何せ全キャラ攻略したのだ。

 否、後一人残っている。

 全攻略対象をクリア後に解禁される、この悪役氏ことレオンハルトを、僕は結局攻略できないままゲームをやめたのだ。

 だって攻略条件がむちゃくちゃなのだ。細かくフラグを立てなければならないし、一つでも逃したり取りこぼしたりすると、その時点でゲームオーバー。黎明期の横スクロールアクションゲームのように判定が厳しい。

 しかもその高難度の末に辿り着いたエンディングを見たファンたちも、がっかりするようなオチが待っているという噂だが、検索しても攻略したという報告が出てこない。半ば都市伝説みたいなものだ。そんなだから、一部のコアすぎるファンを除けば、好きと公言する者は皆無と言える。

 黒髪黒衣のドS系美形。確かに一見、目を引くキャラである。しかしその位置づけはまさしく悪役と言ってはばからない。

 このキャラは、悉く主人公ブランカの恋の行く手を妨害するのである。そのドSな性質でもって、攻略対象にブランカの欠点を告げ口したりしてフラグをへし折る、フラグクラッシャーでもあった。レオンハルトが出てこないように押さえるべき要点も用意してあるのだが、初見殺しというべきか、攻略情報を見ずに攻略することはまずできない仕様になっていた。

 鬼畜である。

 しかして僕は、そんなレオンハルトになっているのだった。

 否、そもそも「なってしまった(完了形=戻れない)」のか「なっている(一時的=夢)」なのかも分からない。感覚からすると、夢とは思い難い現実感を得ているのだが、そういう夢かもしれない可能性だってある。

 だが僕は、前者の可能性の方を強く感じている。気のせいかもしれないが、微かな記憶の底で、僕自身が死に至るような事故に遭っていた気がしているのだ。

 つまり現実での僕は死んでいて、悪役氏に転生した。二十代前半の成長しきったレオンハルトに生まれ変わると言うのも奇妙な話だが、それを言うならそもそもゲームの世界にいるのが奇妙すぎるというものだ。

「……」

 考えて分かる問題でもない。大事なのは、僕がレオンハルトだということだ。

 つまり僕は今後、レオンハルトとして生きて行かなければならないのである。僕が生前、どんなにぼっちで、どんなに人畜無害な性質だったとしても。

「嫌だなぁ……」

 彼の数々の所業を思うと、とても実践したくない。思わずそんな本音が漏れてしまうのも、仕方なかろう。しかもすこぶるいい声だった。フルボイスのゲームじゃなかったはずだが。

 しかも台詞は全くもって、その顔に似つかわしくなかったけれど。




 全キャラ攻略せずともレオンハルトと一緒になるエンディングも、用意されている。ただし必要条件を満たしていないため、バッドエンドであるが。

「レオンハルト様ぁ、さっきはどうなさったんです?」

「どこか御具合でもお悪いんで?」

 こうしてぼんやりしている間にひそかに現実世界に戻れないものかと、他力本願な急展開を待っていた僕だったが、先に腰巾着のモブ二人に見つかってしまった。

 この二人は分かりやすく虎の威を借る狐だ。レオンハルトの舎弟として、金魚の糞のように画面上に現れる。二人とも貴族の子息だったはずだが、確か没落していて、領主およびその子息に傅いてご機嫌取りくらいしかできないんだったか。

 現実世界にも、よくいるタイプだ。

 こいつらも好きになれる人柄ではないが、さりとて嫌いというほどキャラを深く知っているわけでもない。だいたいからしてゲーム側からも名前すら、知らせようとしていないのだ。

「お前等さぁ」

「はい」

「なんでしょう」

「僕がレオンハルトじゃないって言ったら、どうする?」

 浅いキャラ付しかされていないモブたちに、僕は思い切った変化球を投げてみた。当たり前だが、この世界随一の嫌われ者レオンハルトはこんな喋り方はしない。一人称だって『私』だったし、もっと尊大だ。

 今のは、素の僕である。

 当然のように、モブたちは固まってしまった。うかつな反応をすれば、容赦ない暴力を晒す男である。それを回避するためのルートを模索したのか、否、単純に驚きすぎただけかもしれないが。

「ご冗談を、レオンハルト様。こんなすこぶるいい男がどこの誰と入れ替わるって言うんです?」

「本当に、ご冗談がすぎますや。そいつは誰の真似なんです?」

 笑い飛ばされてしまった。僕としては割と本気だったのだが、全く相手にされないようだ。

 困った。

「なんでもない、忘れろ」

「は、はい。かしこまりました」

 今度はちょっとそれっぽく振る舞ってみたが、効果覿面だった。いかん、この世界のレオンハルト舐めてた。影響力強すぎだろう、この男。モブたち、縮こまってるじゃないか。

「レオンハルト様、今日はこれからどうされます?」

「いつものように、娼館に赴かれますか?」

 モブたちが伺うようにしながらも、下卑た期待を込めた目で、こちらを見ていた。

 娼館か。そういえば、そういうところへ顔を出している設定だったな。こいつらはついて行けばおこぼれをもらえると期待してるんだろうけど。

 そういえば青かった空が、いつのまにか茜色に染まっている。彼らの提案も、夜が近づいているゆえだろう。

 しかし僕は、娼館なんか行くつもりはない。そっち方面に確か攻略キャラが一人いるが、レオンハルトの身で男を攻略してどうするって話だ。

 それより僕がしたいこと。しなければならないことを考える。

「今日は、何月何日かな……」

「えっ、今日ですか? 桜月の十五日ですが」

 したいことは、ない。もともと現実世界で生きている時だって、欲望は薄かった。何も欲しくないし、死ななければいい。そんな風に思っていた。

 死んでしまったようだけれど。

 就職できないまま大学を卒業して、就職浪人になっていた。しかし欲が薄いものだから、したい仕事も見つからない。せめてできることをと手当たり次第当たってみたけれど、結果はなしのつぶて。そんな折に高校生の妹に、もっと人付き合いをしろと、これで学べとゲームを渡されたのだが。

 ……自殺じゃないだろうな。

 まあ今更死因を探ったところで詮無きこと。

「桜月か」

 つまり四月である。ゲームとしてはスタートして間がない。臨時休業を終えた『シュテファーニエ』は店主を変えて新装開店したばかりだ。

「やりたくはないが、仕方ない……」

「レオンハルト様?」

「お前ら、馬車を用意しろ」

「は、はい」

「それから麻袋。大き目の奴だ。縄もあるといい。馬車の運転手、じゃない、御者に、他言無用のためのわいろも用意するんだぞ、いいな」

「は……」

 突然立ち上がってきびきびと指示を出す僕に、モブたちは呆然としていたが、それが他ならぬレオンハルトの命令であることは、すぐに理解したようだ。飛び上って走って行く。

 一人になった僕は、大袈裟なほどに肩の力を抜いた。それっぽく振る舞ったつもりだが、彼らがもし本当に、レオンハルトの中身が鬼畜レオンハルトでないと知ったらどう手のひらを返すか、暴虐の限りを尽くしていた彼のことを思うと怖くなってくる。

 つまり僕は嫌でもなんでも、レオンハルトを演じるしかないのだ。



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