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十三月の物語

十月の転移

作者: アルト

 学校のグラウンドが夕焼けで茜色に染まっている。

 今日の講義はこれで終わりだ。

 土曜日には何も入れていないし、日曜日にもなんの予定もないから完全な休日。

 さて、何をしようか。

 そう考えると真っ先に頭に浮かび上がるのはあの本だ。


「おい仙崎、なにボケっとしてんだよ」

「なんだっていいだろう? それよりノート、返して」

「ああわりぃ」


 不真面目くんからノートを回収し、鞄にしまい込むと持ち上げる。

 教室から出て行く中には見知った顔がちらほらとあるが、とくに挨拶をするような中ではない。

 ……というか、どこかにミナがいたはずなんだけど。

 講義が終わったらすぐに話しかけようと思ってたのに、完全に忘れていた。

 まったく、あいつの存在感の無さは記憶に残りにくい未確認物質でもあって、それが原因なんじゃないのか。


「じゃなー、せんざきー」

「はいはいまた来週ね」


 適当に振り切って教室から出る。

 あいつらとかかわっていると折角の休日が潰れる可能性がある。

 人ごみのなかを通り抜け、サークルや部活で行き交う人の多いキャンパスを出るとミナがいた。

 あー……あー……なんであいつはあんなに絡まれやすいんだろうか。

 きっとあの無表情で不愛想なのが、怖がらないっていうのが不良たちにとって気に障るんだろうけど……。


「あんだと、もっぺん言ってみやがれ!」

「うるさいソウマ。お前ら廃人ゲーマー集団に付き合ってる暇はない」

「んだとぉ?」

「そもそもチートまでして遊ぶようなものか? クソゲーに時間を費やすのは無駄だし、不正行為そんなことのために呼ぶな、自分で勉強すればあんなのは中学生でもできる」


 どうやら絡んでいる不良風味はいつものような、暴力正義なやつじゃなくて一応は知り合いのようだ。

 しばらく後ろからついて行きながら眺めていると、不良が項垂れて別の道にいった。

 そこを狙って話しかけようと動いたら、あっちが振り向いてきた。


「さっきから付けてきて、何の用だ」

「いや、なんていうか……土日って空いてる? その本のことで色々話したいなーって……」


 なんだろう、怖い。


「別にいいが……寮だと狭いしな、図書館に行くか」

「学校の?」

「この土日は閉館日だ。駅前の図書館でいいか」

「ああ、うん。いいよ、時間は?」

「いつでも。朝からいるから好きな時に来て探せ」

「分かったよ、それじゃ」


 返事もなしに、ひらひらと手を振って寮とは別の方向に歩いて行く。

 あれ? そういえば寮生ってほとんどが自転車使ってたような……。

 僕は例外だけど、あいつもなのかな。



 翌日。

 レポート課題やらをさっと終わらせて昼前に図書館に向かう。

 徒歩二十分、少し距離があるが運動だと思えばいいや。

 休日なだけあって、また寮が集中する場所が近いからなのか人通りが多い。

 図書館に着けば勉強に真面目な学生が結構出入りしている。

 まあ中にはデートだので不真面目な……という訳でもないか。

 図書館に入ると人が多かった。

 さっと見回しても誰かを探すのはかなり苦労するだろう。

 だがあいつは別だ。

 最近見つけるためのコツというものが分かってきた。

 全体を把握して人口密度の低いところ、死角になるところ、周りと比べて暗いところにあいつはよくいる。

 そんな訳で、監視カメラの死角エリア、照明の明かりが届きにくいところ、辞書ばかりで人が少ないところと探していく。

 なんだか日常生活に不必要なスキルが身についてしまいそうだ。

 だが、一通り探してみたがあいつはいなかった。

 いや、いるんだけど僕が見落としているだけだろう。


「いや、ほんま頼むわ、レポート見せてぇな」


 ふと声が聞こえたほうを見ると、マイナーな言語の本ばかりが並ぶ場所で、影に向かって話す学生がいた。

 影……影じゃない、いたよあんあところに。


「もう提出した、手元にはない」

「いやいやどうせコピーとって持ってるに違ないね、用心深いおめーがしてねえはずはねえ」

「明日の朝に来い、出かける前だったら貸してやる」

「うおう、サンキュな」

「代わりに金は前払いで取るがな」

「この守銭奴!」

「ただで貸すわけないだろう」

「くっ……単位と引きかえには……わぁったよ」


 なんだか会話を聞かずに傍目から見ると危ない取引みたいだ。

 学生が去っていくと、僕はその影の部分に近づいた。

 いたよ。

 全身真っ黒のコーデ。

 黒いフード付きダブルジップパーカーに黒いズボン、黒いレッグポーチに黒い靴。

 普通は黒一色だと目立つ、しかもダサいしオタク風に見られてあまりよろしくないが、コイツの場合は自身の特性と相まって単なる影に見える。

 恐らく満月の明るい夜でも影に同化してしまうんじゃないだろうか。


「なんで黒一色……」


 開口一番に思っていたことがぽろりと出てしまった。


「汚れても目立たないし、変な奴に声をかけられたら薄暗いところで撒きやすい」

「……ああ、そう」


 なんとも単純な理由だった。

 というか、こいつの変な体質? はどういうものだろうか。

 一般人からはほとんど認識されないというのに、不良とかの悪意をもった人からはまるでセンサーでも付けられているかのように絡まれる。

 おかしいよ。


「とりあえずそこらの本はすべて漁ったがなにもなし。一致しない」

「早いね、もう終わったんだ」

「あれから結構経ってるからな、見つけたときから全部読み始めて最近終わった。だから遅いほうだ」

「いや、ここにある辞書全部でしょ? 十分早いって」

「ここだけじゃない、近場の図書館と古本屋の辞書全部だ」


 思ってたよりも規模が大きすぎだ。

 いくら休みが多いからって、これだけ読み終えるには最低限の時間以外のすべてを注ぎ込む必要が……。

 注ぎ込んだなこいつは。

 とりあえずこんなところで立ったまま話すのもあれだから、適当に席を取る。

 そして本について色々と話して、今更ながらお互い自己紹介。

 このときはじめて名前を知ったけど、知ったはずだけど、なのに僕は忘れてしまった。

 決定的に何かがおかしいと思ったのはこの時だ。

 認識を巻き戻される?

 いや、なかったことにされて……。


「じゃあ、その本って火を近づけても引火しなくて、水をかけても弾くってこと?」

「触った感じはそのまんま紙なのにおかしい」

「でもそれって薬品を使えばできるよね?」

「できる。できるが、溶けた金属に放り込んでも煤すらつかないのは確実におかしい」

「なんでそんなことやってんの!?」


 溶けた金属って……。

 確か実習室に電気炉があったけどさ、あれって使用許可は絶対に出ないはずだ。


「なんでって、昔の製鉄技術は……まあ簡単に言うと土を固めた炉に火を起こして砂鉄を流し込んだとか。だからその程度なら寮の裏庭で」

「やっちゃいけないよね!? いつやったの、寮長に叱られるよ!」

「ばれなければ大丈夫だが」


 そういう精神か。

 本格的に犯罪臭がしてきたよ。

 自作の殺人疑似魔法に爆弾に、変な我流の格闘術に、製銑技術まで。


「この本、お前が持っとくか?」

「え、どうして? それもいきなり」

「内容は覚えたし、調べることは調べて手詰まりだ。だったらいっそ他のやつに見せたほうがなにかあるかと思ってな」


 手渡されたそれを受け取った瞬間、ビリリと感電した時のような痛みが走った。


「いたっ! ……まさかまたバッテリーとか仕込んで」

「やってない。そもそも燃やせなければ切断もできない。遊び半分に知り合いの工房で廃棄予定の金属切断機を使わせてもらったら刃が折れた」

「……はぁっ!?」


 こいつは一体何がしたいんだろう……。

 え? だって本の解読だろう?

 なんで燃やしたり斬ったりしようとしてるの。


「あ、それと引張試験機で引っ張ったら機械のほうが壊れた。後、プレス機に入れたらくっきり凹んだし……」

「ねえ、ミナってどこまで知り合いがいる?」

「神社、寺、各種生産職系、機械工にとび職一通りだ。後は銃器関係か」

「重機じゃなくて銃器!?」


 なんだこいつ、ほんとに学生か?


「まあとりあえず、これは頼む」

「う、うん……」


 なんか触ってるだけでビリビリするんだけど……。



 こうして土曜日は変な雑談ばかリ。

 日曜日は駅前で合流して、数分で不良集団に絡まれて無駄に潰してしまった。

 へとへとになって寮に帰る道でミナとばったり会う。

 街灯の下、顔が腫れて、片腕からは血がぽたぽたと落ちていた。


「ど、どうしたの……」

「うん?」


 大怪我と言える。

 日常生活の範疇ならば間違いなく大怪我だ。

 普通のやつならそれだけで軽いショックかパニックに陥るというのに、ミナはうっすらと笑っていた。

 そう言うこと自体が楽しいことのように。

 黒一色の服装に滴る血が、本当に死神のような錯覚を起こす。


「不良なんざ雑魚。本気で人を傷つけて、死の躊躇いのないやつが一番厄介だ」

「い、いいぃ、いったいなにを」


 確実に警察沙汰のことだよこれ。


「一般人の中じゃ確実に不味い部類とかち合った」

「…………え?」

「ま、お前には関係ないわな」


 ジャリっと土を踏む音を出しながら寮へと歩いて行く。

 ふらふらとしながら、明らかな負傷者オーラがダダ漏れだ。

 いつもの気配を全く感じさせないコイツがここまで消耗するなんて……。


「ちょっと、このまま帰ったら……」

「不味いな……」


 何が不味いかって?

 とっくに夜10時。

 うちの寮長はこの年の男子学生をまだまだ子ども扱い。

 と、いうことなのでお説教というものが待っている。

 いやね、女子の方はもうガキな男子より成長してるから危ないことの分別くらいつく、なんて言ってお咎めなしだからね。

 そんなこんなで寮の明かりが見えるところまで歩けば、門の前で仁王立ちの寮長さん。


「お前らいつまで遊んどるかっ!!」

「いえ、これにはふかぁーいわけがあって……」


 不良に襲われて逃げ回ったという訳が。

 証明するものが何もないけどさ。

 それよりも怖いなぁ、片手に持った箒が薙刀のように見えるのは気のせいだろうか。

 うん、気のせいだけどもと薙刀部主将だからそう見えるんだ。


「実は不良に襲われ」

「言い訳は要らん!」


 なに? 僕の言い分は聞いてくれない訳。


「あの、寮長……」

「あぁ?」


 うわぁー、これもうどうしようもないパターンだ。


「仙崎、いくら真面目なお前だからと言って見逃しはしない」

「はい……」


 なにやらこそこそ動く影。


「……って! じゃ、なんであいつは見逃すんですか!?」

「はぁ? 何を言ってる、誰もいないだろう」


 こんなときにあの目立たない特性が……!


「ねぇ、ちょっと待ってよ! 君も言ってくれよ」


 やれやれと言った様子で引き返してくる。


「寮長、そいつ、巻き込まれです」

「巻き込まれ?」

「理由は聞かずに今日は見逃してやってくれませんか」

「なぜお前がそんな口きけ……」

「明日から炊事皿洗い洗濯掃除すべて手伝いませんよ」

「わ、分かった。今日は何も見ていない、何もなかった。こ、これでいいか?」

「ええ、ありがとうございます、寮長」


 なんだかよくわからないうちに解放されたのだが、なんで寮長を脅せるんだよ。

 そう思って聞いてみると、本来維持費に回す物を寮生に手伝わせて浮かせ、懐に入れているのを知っているからだとか……。

 怖すぎるよこの人、もうスパイか殺し屋でもやってるって言われた方が信じやすいよ。



 月曜日。

 ミナから本を預かったはいいけど、どうしたらいいかわからない。

 とりあえずカバンに入れて持っておくのが一番紛失する可能性が低いだろう。

 それにしても、不良に絡まれるのっていつもミナがこの本持ってるとき……?

 あれ? なんか不味くない?

 とか思ってたら、どこかにぶつけたような自転車を押しながらミナが事務室のほうに歩いて行っているのを見つけた。

 早速事故か……運がないんだな。


「おいオメェ」

「は、はひぃっ!?」


 後ろから怖い声をかけられ振り向くと、昨日の不良さんたち。

 いい年して不良なんかやってんじゃないよ。

 というか学生寮の集中するところだから割合的に不良が多いのは分かるけど、なんで遭遇率まで上がるかな。


「オメェよぉ」

「す、すみません、僕これから授業あるのでっ!」


 嘘だ。

 嘘だけどこういうときは逃げるに限る。

 どうやらこの本は不幸を引き寄せる力でもあるのか、この日は度々襲われた。

 授業ではかつてない失敗を引き起こし、帰りは階段を踏み外して下まで転落して不良にぶちあたり、そのまま追いかけっこ。

 あちこち逃げ回って、こんなに僕に体力があったのかと疑いながら公園で一休み。

 空はもう暗い。

 二日続けてだからさすがに言い逃れはできないよねぇ……。


「はぁ……」


 立ち上がり一歩を踏み出そうとしたところで、足元がぬかるんでいることに気付いた。

 泥なんかじゃない。

 固まりかけのコンクリートのような、かなり強い接着剤のような感じだ。

 しかも沈んでいる。


「チッ……なんて不幸だ。あいつはこんなのを毎日?」


 どうしようもないな、これ。

 逃げるために人気のないところを走って街灯のない公園に逃げたのが仇になった。

 抵抗しても無駄。

 どんどん沈んでいく。

 こんな街中に底なし沼なんて冗談じゃないよ。


 そして…………――――


 To be continued in 「とある電子工学科の学園生」&「レイライン-未来への回帰線-」

続きはレイラインで、そしてアークラインへ

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