変態戦士キンバクマン 第四十七手『お風呂屋さんでの死闘』
「それじゃ、今度はソコの椅子に座ってね」
「は、はい」
とある風俗店。
嬢の言葉が指すはスケベ椅子。男は嬢に従い、その神々しき凹状の椅子へ腰を降ろした。腰を降ろして尚も勃ち続ける日本刀は、正しく今後の期待を身体で表現している――
「あはは、元気いいね!」
「だ、だって……」
小悪魔的に男の心をくすぐる、艶やかなる甘い声。
男は消えかかる理性の中で思った。勇気を出して来て良かった、と。
お風呂屋さんは初めてなのだ。
「洗っていくね」
嬢のその一言で、天を突かんと勃つ赤黒き日本刀は更なる進化を遂げた。コレは日本刀ではない。主人の心さえも侵す妖刀だ。
男の理性は今、泡と成りて消え失せた。心を満たすは桃の色。嗚呼、なんと甘美なる色か。
男の胸中を察してか、またも小悪魔が囁く。
「……もしかして洗われるの、イヤ?」
「そ、そんな事ないです!」
「じゃあ、何をして欲しいか……言って?」
嬢の言葉が脳髄に優しく染み込み、思考を麻痺させる。
透き通る程に白い身体、小さく動く唇、純白の泡を従えた両の手。男は半ば操られた様に喉を震わせた。
「僕のチン――」「不健全だぁぁああ!」
しかしその一声は突如轟いた怒声に阻まれる。
そう、悪夢は前触れも無く顕れた。
地を震わせるかの様な一喝は、濁流の如き勢いで桃色空間を押し流す。
「少子化の時代!
こんな処に精を出すとは何事か!」
響いた声の主は、律儀にも部屋の入口から入ってきた。黄色いヘルメットにサングラス、茶色い体毛、そして両手に伸びる鋭利な爪。漆黒のスーツを身に纏った怪人だ。
悪の組織ケンゼーンの幹部、土竜のモグチャンである。
土竜を無理矢理引き伸ばし、人間の形にした異形の姿。それを見た男女は、悲鳴を上げて浴室の隅へと逃げる。
「ふん、こんな不健全な椅子、存在を許す訳にはいかぬ。
ヒテーイ達よ、凹椅子の溝を埋めてしまえ!」
「「ヒィィイイイイ!!」」
その命令を合図にヒテーイの一団がモグチャンの後ろから、わらわらと奇声を上げながら入ってきた。全員目出し帽にリクルートスーツを着ている。
「やめて!」
嬢が悲鳴にも似た叫びをあげるが、ヒテーイ達の手は止まらない。凹椅子が普通の椅子に成り下がるのは、時間の問題だ。
◇ ◇ ◇
時は少しばかり遡る――
アフターファイブの帰り道、道行く者に懇願する男がいた。
「すまん!
このロープで俺を縛ってくれ!」
「…………は?」
男はメタボリックな体型に後退し始めた頭髪を持っていた。そんな男に『縛ってくれ!』などと懇願されるのだ。懇願されたサラリーマンも豆鉄砲をくらった鳩の顔。
「頼む!
時間が無いんだ!」
土下座をせんとばかりに頼み込む男に、やがてサラリーマンは渋々と頷いた。
渡されたロープで、男の両手をキツく縛り上げる。と、その瞬間!
男の身体は金色の光に包まれた。
「……変身!」
金色の光が消えるにつれ、変容した男の姿が露になってゆく。
深紅のスクール水着は肥えた腹部を強調し、同様に深紅のフルフェイスヘルメットはM字禿げを隠す。身体を縛るロープの形は見紛う事無き亀甲縛り。
男の名はキンバクマン!
Hとエロを守るヒーローである!
「射精」
キンバクマンはその言葉を残して、唖然とするサラリーマンの前から消えた。
否! 超加速して、悪事を働くケンゼーンのもとへと駆けたのだ!
無論、悪の組織ケンゼーンから人々を守るために!
「…………な、なんだったんだ?」
微かなイカ臭さを含んだ風に吹かれ、サラリーマンは言葉をこぼした――
◇ ◇ ◇
「ふははは!」
全裸の男女達が震える風俗店の中。モグチャンの高笑いが響き渡る。
モグチャンの前には、無惨にも溝を埋められた凹椅子の山。
「良い眺めだ!
やはり不健全な物を正すというのは気分が良い!」
待合室のソファーにどっかり座り、コーヒーを飲んでいるその姿は嬢を待つオッサンと同じなのだが、モグチャン自身は気付いていない。実に皮肉なものである。
「そこまでだ、ケンゼーン!」
突如、雄々しき声が聞こえてきた。そう、この声はキンバクマン!
「人の夢の邪魔をする悪しき怪人達よ!
凹椅子の溝を埋めるとは言語道断!
お縄を頂戴してもらおうか!」
前口上とタイミングを合わせるように、圧倒的破壊音を以て待合室の扉が吹き飛んだ。
パラパラと舞う粉塵の奥から、我等がヒーロー現れる。
「来たか、キンバクマン」
「ッ! お前はロブスターンの時の……!」
「あの時は世話になったな。
改めて自己紹介しよう。我が名はモグチャン。ロブスターンとは一味違うぞ」
――ロブスターン
――SM蝋燭の芯を切り、火を点ける事が出来ないようにした極悪非道の蟹怪人である
「なるほど、敵討ちというわけか」
「ふはははは、敵討ち?
ヤツなぞに情は無い。そもそも蟹怪人のクセに“ロブスターン”などと名乗りおって。寧ろ清々したわ!」
「……自分も厳つい面して“モグチャン”なんて可愛い名前してんじゃねえか」
「仕事中の私語は慎めぇぇえええ!」
「ヒ、ヒィィイイイイ!」
土竜怪人モグチャン。視力は悪いが地獄耳。
平戦闘員の一人が思わず呟いた暴言すら聞き逃さない!
「さて、お喋りもここまでだ。
キンバクマンよ、今日で貴様の命は……終わる!」
モグチャンは座っていたソファーを蹴り、腰を折ったままの前傾姿勢でキンバクマンに肉薄した。そして、その勢いに独楽のような回転を加えて鋭利な爪を振るう。
「――ぐっ!」
上体を反らして辛くも襲撃を避けるが、モグチャンの身体にぶつかって派手に弾き飛ばされるキンバクマン。
だが、モグチャンの猛攻は止まらない!
受け身も取れず壁にぶち当たったキンバクマンへ向けて、再び力強く地を蹴った。狙いは首。水平に振った爪が迫る。
「死ね!」
「死なん!」
爪はあくまで腕の先。
モグチャンの前腕を掴み、切迫する勢いを利用して壁に叩きつけた――はずだった。
しかし、モグチャンの身体は壁を易々と砕き隣室へと抜けたではないか。なんと壁に激突する寸前で残った方の爪を使い、壁の強度を削いでいたのだ。
埃を巻き上げて隣室の中ほどで停止するモグチャン。
――強い!
キンバクマンは身をもって感じた。モグチャンは今まで戦ってきた怪人達よりも数段上の強者だと。
「ふははは、貴様の強さはその程度か?」
「……勝手に笑っていろ」
立ち上がりながら、吐き捨てるようにモグチャンの言葉に応える。
「あの爪が厄介だな……」
シュルシュルと亀甲縛りをしているロープの端が伸びて、キンバクマンの腕に巻き付いていく。出来上がったのは荒縄のグローブだ。
狙うはモグチャンの爪!
ダンッ、と踏み込んでモグチャンの右腕に向けて拳を放つ。
しかしモグチャンは右足を半歩引き、紙一重でキンバクマンの拳を避けた。更に好機とばかりにキンバクマンの背中を穿つ為、左爪を突き出す。
間一髪それに気付いたキンバクマンは、無理矢理身を捻ってグローブでガードする。
「痛っ!」
しかし、その選択は間違いであった。キンバクマンの腕に激痛が走ったのだ。
ロブスターンの鋏ですら切る事の出来ない程の強度を持つ荒縄を幾重にも重ねたグローブ。
なんたる事か! 鋼の強度を持つソレを、モグチャンの爪は貫いていた。
バラバラとグローブの縄が解け、血の滴る拳が露になる。
「ほう……手首まで貫く予定が指の一本も落ちていないとは。
中々に硬いではないか」
すぐに拳を引き、バックステップで距離を取るキンバクマンを嘲笑うようにモグチャンが話し掛ける。
「…………」
「驚きで声すら出ぬか。
まあ良い。すぐ楽にしてやろう」
「……お心遣い、感謝するよ。
ありがた迷惑だけど、なっ!」
三度目の肉薄。今度は両者同時に駆け出した。
キンバクマンは両手に先程よりも大きいグローブを作り、ラッシュを撃ち込む。
それを避け、ガードし、カウンターで爪を刺さんとするモグチャン。
しかし、互いに傷付ける事は叶わない。
風を切る苛烈な音だけが鳴り響く。
それも続いて数十秒。疲労で腕に力が入らなくなる前に、どちらともなくステップを踏んで相手との距離を空ける。
「ふははは!
流石に一人で我等ケンゼーンに立ち向かうだけの根性はあるようだな!」
「お前こそ、土竜のクセに機敏に動くじゃねえか!」
「その肥えた腹の貴様が言うか!」
雑談をしているように見えるが、両者の警戒の色は濃くなっていく。
お互いに今のラッシュで乱れた息を整えつつ、隙や弱点は無いかと探り合っているのだ。
だが、その雑談も長くは続かない。先手を狙うキンバクマンは覚悟を決める。
そう、この強力な怪人に対抗する手立ては一つ!
「射精!」
キンバクマンの身体から淡い金色のオーラが立ち上ぼり、周囲にイカ臭さが立ち込めた。
――射精
キンバクマンの能力を数分間だけ飛躍的に跳ね上げる技だ!
しかし、この技を使えるのは一日三回のみ。それ以上は命に関わる。
モグチャンのもとへ駆けた先の一発と今の一発。これは危険な賭けだ。
現に深紅のスクール水着も下から三分の二が濡れたように変色している。
「はぁ、はぁ……はっ!」
荒い呼吸の後、気合の一息を吐いてキンバクマンは目視不可の超速で動いた。流石のモグチャンもこの一撃は避けられないと悟ったのか腕を眼前でクロスさせ、咄嗟に防御の構えを取る。
「後ろだ」
しかしその言葉通り、キンバクマンの身体はモグチャンの背後に現れた。振り返るよりも速く頭部に重く鋭い一撃を叩き込む。
風俗店の床は衝撃に耐えきれずにモグチャンの身体と共に地面へ沈んだ。
「はぁ……はぁ……終わったか…………」
肩で息をするキンバクマンのオーラが霧散してゆく。
発動間隔が短すぎたのか、射精が本来の効果時間よりも目に見えて少ない。
事実、キンバクマンの股間付近には鈍い痛みが走っているようで、彼の肌からは汗が尾を引いて流れている。
「あとは、雑魚を倒すだけか」
「「ヒィィイイ……」」
まだ肌寒い四月。
この場に居るヒテーイのほとんどは新入怪人だ。人体改造を施しているとはいえ、戦闘経験は無い。疲弊している今のキンバクマンでも駆逐する事は出来るはずだ。
中には既にバックレたヒテーイもいるようで、最初よりも数が少ない。
キンバクマンが近付くにつれ、ヒテーイ達の緊張は高まる。中には室内のパイプ椅子や凹椅子の溝を埋める為に用意した道具を構える者も出始めた。
「いくぞ!
塵も残さず葬って――」
最後の力を振り絞り駆け出そうと一歩を踏み出した時、言葉を途切らせてキンバクマンの膝が突如折れた。
無論、力尽きたのではない。
「『後ろだ』だったか?
意趣返しに言ってやろうと思ったのだが、言い忘れてしまったわ」
崩れ落ちるキンバクマンの背後には倒したはずのモグチャンが立っていた。
「土竜を地面に落とすとは愚策!」
そう、モグチャンは土竜の怪人。地中を泳ぐなんて造作もないのだ!
とはいえ、あの一撃のダメージが無いわけではない。黄色のヘルメットは砕け、サングラスも粉々。体毛からは血が滴り落ちている。
しかし、キンバクマンにその姿を目に納める気力は最早皆無。モグチャンの奇襲はキンバクマンの背中をバッサリと袈裟斬りにしていたのだ。
亀甲縛りも解け、変身前の姿へと戻っていく……
「キンバクマン、貴様の一撃は強力だった。生涯忘れる事はないだろう。
だから……無様に死ねぇぇえええ!」
降り下ろされる爪。
動かない身体。
「くそっ……」
死を覚悟した。
悪の組織を潰す事は叶わない。
ああ、何と無力なのだろう。
悪の組織ケンゼーンにたった一人で立ち向かった勇敢な戦士キンバクマン。
死を運ぶ凶刃が迫る刹那の一瞬は、彼の心を折り、死を受け入れるだけの諦めを持つには充分な時間だった。
そして、真っ赤な鮮血が宙を舞う――
「誰が逝って良いと言ったのよ」
声が、聞こえた。
覚悟したはずの一撃によるダメージも、無い。
「私が許可するまで逝くことは許さない」
キンバクマンの男は固く閉じた目をゆっくりと開くと、そこには信じられない光景があった。
振るった腕を落とされた痛みで蹲るモグチャンと、その傍らに転がる鋭い爪の生えた腕。
ぐるりと見渡せばヒテーイ達も血を流して絶命しているではないか。
そして、目の前で見下ろす女。
キンバクマンとは色違いのヘルメットで顔を隠し、黒光りするボンテージはダイナミックボディを艶かしく隠している。
「…………お前は……誰――」
「女王様と呼びな!」
一喝とともに一条の黒き閃光がキンバクマンの身体を跳ねた。その痛みに思わず身体がビクビクと反応する。
その正体は女の手にした一本鞭だ。
バラ鞭と異なり、威力が一点に集約される一本鞭。モグチャンの腕も彼女がその鞭で落としたのだろう。
「ふん!
ソコのゴミを逝かせて来るから、体液垂れ流しながら見てなさい。この豚野郎!」
【煽り】
突如現れた女王様!
彼女は一体……!?
次週 第四十八手『縛って欲しいのかい?』
没ネタ
・アルティメットフォーム(仮)
後手合掌逆海老縛り。
背中側で手を合わせて縛り、尚且つ曲げてクロスさせた足と首とを背中が反るほどキツく縛り上げたフォーム。
キンバクマンの腹部(メタボ体型)は更に強調され、スク水の色は深紅から黄金に変化。
その姿は正に太陽。
・すーぱーアルティメットフォーム(仮)
SとMの境界を越えたフォーム。
戦死した仲間(女王様)の一本鞭(変身アイテム)と変身ロープを同時に用いたフォームで、両手にそれぞれ持った一本鞭と荒縄が武器。
一本鞭をア〇ルに挿入ると『射精』を無制限に使用可能。
強すぎる代償として、アイマスクとギャグボールで眼と口を封印されている。
・すーぱーうるとらアルティメットフォーム(仮)
ロープも鞭もスク水すらも無く、見た目はただただ全裸なだけのフォーム。
生まれたままの姿、ありのままの“人間”、着飾らない究極の“自然体”。
“性欲”の体現。
人間の欲望、欲求、絶望、希望など、森羅万象の全てを受け入れたフォームで、とりあえず最強。