僕は今日、親友をなくした。
信じられない。僕はあまりの驚きと不信感に言葉が出なかった。僕の叔父が経営している小さな喫茶店の片隅で、店員が運んで来た珈琲に目を向ける事も無く、僕はただ呆然と目の前に座る人物を見ていた。
肩下まで伸びた黒髪が喫茶店の柔らかな証明を受けて夜空のように光を散らし、黒髪とは対象的な白雪ように滑らかな白い肌が人形のような印象を与えるが、僕を見る瞳は夕焼けを透して橙色に光り彼女が人形ではない事を主張していた。
美少女、そんな言葉が僕の脳裏に浮かび上がる。
「し、信じられないよな……ごめん。でも、お前には知っておいて貰った方がいいと思ったんだ……証拠なんてないけど……」
呆然とする僕を見て彼女は顔を俯けて自嘲するように浅く笑った。
「え、と、君が雨宮だって? 親戚とかじゃなくて、本人だって? 僕を騙してる……ような感じはしないけど、やっぱ、冗談としか思えない」
だってそうだろう。転校していき暫く連絡すら取れなかった友人から大事な話があるとメールで呼び出されてみれば、美少女に自分がその友人だ。信じてくれ。なんて言われても、ハイそうですか。なんて言えるわけがない。
ちらちら、と涙を溜めた瞳を向けてくる彼女を半ば無視するような形で、僕は眉間によった皺を揉みながら思考する。
友人、雨宮楓に最後に会ったのは一ヶ月も前だ。その時はいつも通り、というか当たり前に男の姿だった。それから今日まで連絡が着かなかったのだが、この一ヶ月の間に何が起きたのか。彼女の荒唐無稽な話しを信じるか信じないかは、それを聞いてから判断した方がいい。
意を決して、目の前に座る少女へと僕は言葉を向けた。
「……何が起きた? 僕が一ヶ月前に見た雨宮は男だったはずだけど。今日までの間に、何が起きたら女になんてなる? これが僕を担ぐ為の茶番でしたなんてオチなら正直、質が悪すぎる……本気で怒るけど?」
美少女相手に威圧するのは罪悪感が募るけど、人の心配を鼻で笑うような事をするやつは許せない。
自分を雨宮だと名乗る彼女は小さな肩を震わせて話し出した。感情が高ぶってるのか、支離滅裂に語られるその経緯を纏めると、僕と最後に会った日の翌日、雨宮は神社で神主をしている親戚に頼まれ、掃き掃除などの手伝いをしていたらしい。そして手伝いも終わり、帰ろうと神社の鳥居をくぐった所で非常に強い目眩を起こし、そこからの記憶が曖昧だと言う。
家に帰りついた事は確かだが、どうやって帰ったのかも、その日帰ってからの記憶も無いらしい。そして翌朝、女の姿になっていたらしいが…………信憑性も現実性も皆無だ。まだ、怪しい薬を飲んで女の子になりましたなんて言われた方がマシだ。
「はは、ごめんな、嘘だと思って忘れてくれ。俺だって、お前の立場になったら信じられない……俺自身、こんなの信じたくない……夢だったら、どんなにっ……」
顔を顰める僕を見て、信じられていない事を悟ったのだろう、彼女の夕焼けをそのまま閉じ込めたような綺麗な瞳から涙が零れた。
僕の中で罪悪感が募る。女の子を泣かせてしまうなんて、と。彼女の話しは信じられない。だけど、嘘にしては演技とは思えないのも確かなのだ……それに、彼女の言葉遣いや癖の仕草が雨宮のそれなのは十分に僕を悩ませる種として芽を出していた。
彼女にハンカチを渡して、僕は静かに溜め息を吐いた。
「泣くなよ……僕の罪悪感がメーター振り切る。完全には信じられないけど、少しは信じてもいい。ーー雨宮って気付いてないだろうけど、不安な事話す時、肩が微妙に震えるんだ。それに、話し方も自然で男っぽいし……」
「ほ、本当か? ……ありがと。あ、あれ? 安心したら涙止ま、らなく、な……ぐすっ、ごめ」
「あー、まぁ、だから君の事、雨宮って呼ぶからな」
安堵して涙を流す彼女から目を反らして僕は言う。女の子の涙ってどうしてこう、胸を締め付けてくるのか。あー、そろそろ店員の目が気になる。
先から、ちらちらとこちらに視線が来ているのだが、これは後でこの場にいない叔父に情報が届けられるのだろう。甥が女の子泣かしてた、って……あぁ、納得いかない。帰ったら詰問されるのだろうな。
彼女の涙が止まる頃合いを見て、僕は話しを切り出した。
「ーーで、雨宮、一応、雨宮なら知ってる事を今から聞く。僕らの桃源郷は?」
「あはは、小学校第二倉庫の屋根、だろ?」
ウケ狙いも含めた僕の質問は幸を奏したらしい。涙を拭きながら答えた彼女から笑みが溢れた。
「……最初からこれを聞けば良かったかな。あそこは小学生だった僕らには正しく桃源郷だった。ともあれ、雨宮、それ、両親は知ってるんだろ? 元に戻れんの?」
僕と別れた直ぐに女になったらしいから、既に約一ヶ月、雨宮は女の姿で過ごしてる事になる。親には隠しきれるものじゃないし、転校なんていうのも雨宮の事を考えての処置なんだろう。
「あぁ、俺が家に帰った日、親と姉貴が玄関で倒れてた俺を見つけてそのまま病院に運んだ時に……俺の身体が女になった瞬間を目の当たりにしたらしい……」
「は? 想像できないんだけど……」
雨宮は既に温くなってしまった珈琲を一口啜って、話し出した。
「俺も、姉貴に聞いただけだから詳しくはわからないけど、瞬き
の瞬間に、この姿になってたって。そして何となく俺が俺だっていう認識があったって言ってた。一緒にいた親は流石に取り乱したみたいだけどな……俺が目覚めて、自分達より取り乱す姿見て逆に落ち着いたってさ。ーーそれで、病院で身体検査したら完全に女になってるって言われたんだ。…………また同じような現象でも起きない限り元の姿に戻るのは無理だろうって」
雨宮はそう言って、顔を俯けた。一ヶ月経っても女の姿のままの雨宮はもう諦めの中にいるのかも知れない。
僕は雨宮の話しの中で引っ掛かる部分があった。雨宮の姉は姿の変わった雨宮が分かったらしい。雨宮の両親も話しに聞く限りだと比較的すんなりと受け入れているーーーーそういえば僕もだ。
よくよく考えてみろ、僕はメールで呼び出されてここに来た。そして自然と雨宮がいたこの席に向かった。席を決めていたわけでも呼ばれたわけでもない。流石に姿の変わった雨宮は分からなかったが、僕はなんの疑問もなく、雨宮は何処か? と、彼ーー彼女自身に聞いたのだ。他にも客はいたし、雨宮がまだ来ていない可能性だってあったにも関わらずだ。
何か、ちぐはぐだ。雨宮が女になったのは病院、もしくは救急車の中だろ? 普通は騒ぎになる。男から完全な女になるなんて、前代未聞だ。いや、病院側は何か知ってる? それなら騒ぎにならなくても、
「……な? ……なずな! どうした? 気分でも悪くなったのか?」
声に気付き顔を上げると間近に雨宮の瞳が心配気に揺れていた……思考に埋没し過ぎたらしい。テーブルから身を乗り出して僕を見る彼女に大丈夫だと言って席に戻すと、僕は熱を持った顔を冷ますように珈琲を啜った。
「ごめん、少し考え事をしてたんだ。……あと、あ、あまり顔近づけるのはやめて。びっくりするから」
「あっ、ご、ごめん」
雨宮だと分かってはいても、やはり外見がこうも女の子だと、ドキドキしてしまう。なんかいい匂いがしたし……って、いや、何考えてんだ。
雨宮にも僕の動揺が伝わってしまったのか、顔がほんのり赤くなっていて、微妙な空気が僕らの間に漂う。
「あ、もうこんな時間だ……俺、そろそろ帰らないと」
暫く続く微妙な空気を振り払うかのように雨宮は携帯を見て言った。彼女が窓の外を見るのに釣られて僕も顔を向けると、さっきまで辺りを染めていた夕日はいつの間にかその姿を隠して空は藍色に変わっていた。
「もうちょっと、詳しく聞きたい事があるけど、メールでもすればいいか。じゃ、帰ろう」
そう言って僕は伝票を持って先に席を立つ。雨宮が俺が払うよと言ったが華麗に無視する。ここで彼女に払わせたら叔父からの折檻が待っていそうだからだ。それにたった珈琲二杯分、財布は痛くない。
喫茶店から出て、冷たさを帯びた風を受けて伸びをしていると、後から出てきた雨宮が僕の横に並びたった。
「…………」
「ん? どうした? なんか顔に付いてるか?」
「あ、いや、座ってる時も思ってたんだけど、やっぱ女の子だな、と思って」
僕の横に立った雨宮は小さかった。男だった時は僕と同じくらいだった背が今は僕の肩より下の位置に頭があるのだ。
「う、うるせぇっ! なりたくてなったわけじゃねぇし……」
「あ、今のは僕が悪かった、ごめん。そうだよな、なりたくてなったわけじゃないよな…………帰ろうか」
言って、僕は不機嫌に歩き出した雨宮に着いていく。
「……なずなの家、こっちじゃないだろ……」
「まぁね。引っ越したんだろ? 送るって。なんかあった時の為に場所知りたいし」
「…………」
僕らは何とも言えない空気の中、無言で歩き続けた。話したい事はあったが、雨宮はまだ不安定だと分かったから、僕はただ、彼女の歩幅に合わせて歩き続けた。
彼女の家はそう遠くない場所にあった。以前は僕と同じマンションに住んでいたのだが、着いた家は庭付き一戸建てだった。
「……なに、雨宮ん家、家建てたの? 前は僕と同じで賃貸マンション暮らしだったのに……」
目の前に聳え立つ家を見上げて羨望を込めて僕は言う。僕の住むマンションとは広さは段違いなんだろうな、羨ましい。
「あー、いや、ここ、母さんの実家なんだ。前は貸家にしてたんだけど、丁度人が居なくなったから俺らが引っ越して来たんだよ」
雨宮との話し声が聞こえたのか、家の中からトタトタと軽い足音がして、玄関の扉が中から開かれた。
「お帰りー……って、あれ? 楓ってば、彼氏連れ?」
中から出てきて、僕と雨宮を交互に見てそんな事を言ったのは雨宮の姉、雨宮雫だった。
「かっ、か彼氏じゃない! よく見ろよ! なずなだろ!? 馬鹿じゃねーの!? 俺は女の子が好きだし!」
「こんばんは、お久しぶりです。雫さん」
雫さんの言葉に過剰反応する雨宮は一先ず置いておき、僕は雫さんに挨拶をする。雫さんは僕らより三歳年上の大学生で、光を当てれば金にも見える赤茶色の髪が綺麗な美人さんだ。
「おー久しぶりだね、なずな君。楓から事情は聞いたみたいだねーーというか、楓、慌てすぎ。顔真っ赤じゃん、なんかあった?」
「な、なんもないっ! 姉貴が馬鹿な事言うからだろ!」
外はもう暗く、雨宮の顔色はよく分からないのだが、雨宮はすっかり雫さんのペースに飲まれていた。
「まぁまぁ、雨宮落ち着けよ。大体の事情は聞きましたけど、まるで小説や映画ですね」
吠える雨宮の肩に手を乗せると、彼女は何か言いたげに睨んでくる。今の姿の雨宮に睨まれても怖くはないが、身長のせいか上目遣いになる彼女から目を反らしてしまう僕がいた。
「あはは、私も驚いたよ。まさか弟が妹になるなんてね、あ、立ち話もなんだし、家に入りなよ」
「いや、今日はもう帰ります。親から買い物頼まれてるんで」
雫さんが玄関を開けて促してきたが、僕は頭を下げて辞退した。今日は雨宮も疲れてるだろうし、僕だって明日も学校がある。
「そう? 楓を送ってくれてありがとね。この子まだ自覚足りないみたいだから」
「自覚ってなんだよ、なずなは勝手に付いてきただけだし」
雫さんはいまだにむくれた楓の頭に手を乗せて僕に礼を言った。雫さんには僕が雨宮を送ってきた本当の理由がバレているようだったが、雨宮自身はやっぱり気づいてないようだった。
「はは、じゃあ、雨宮またな。大変だろうけど、頑張れよ。僕も少しは調べてみる」
「あぁ、今日は、その、あ、ありがとな。なずなのお陰で少し楽になった」
雨宮は恥ずかしそうに顔を俯けた。今日、泣いてしまった事を思い出したのだろう。
「雫さんも、さようなら。おばさん達にもよろしくお願いします。…………雨宮、話してくれてありがとう、一ヶ月も連絡来ないから心配してたんだ。じゃあまたな」
雫さんにもう一度頭を下げて僕は雨宮家から歩き出した。
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雨宮と会った日から、僕は放課後や休みの日を利用して件の神社や病院、雨宮に起きた異変について調べていた。その間、雨宮と会う事はなかったが、電話やメールでのやり取りで互いの近況を報告し合っていた。
まず、雨宮の戸籍上などの諸問題は行方不明という扱いになった事、そして今の雨宮は養子、もしくは出生届けの出してない娘、という事にするらしい。僕は法律とかよくは分からないのだが、雨宮の両親は何か伝てのようなものがあるらしい。そんな事情で雨宮は本当の年齢より一歳下の中学三年生という扱いになった。
今はまだ、言葉使いや女の子事情を習得する為に学校に行ってはいないが、あと一月もすれば通わされるらしい。電話越しに雨宮はげんなりとした声でまた受験勉強だと嘆いていた。
そして僕が調べた事に関して、簡潔に言うと雨宮が元に戻る方法は分からなかった。ただ、病院の雨宮を調べた医者や、神社の神主によれば、この街では雨宮のような事例は極稀にだが、昔からあったらしい。なぜ騒ぎにならないのか、というと、やはり信憑性に欠けた事だからだと言う。変わるのは一瞬のため、その出来事を認識出来るのはその場にいた人間だけで、変わってしまった人をいくら調べてもなんの異常もない為、都市伝説のような扱い以上にはならないと言っていた。DNA的に本人とは変わってしまうが、家族とは一致すると証明され、家族や知人には変わった本人だという認識もあるために大きな問題に発展しにくいとも聞いた。
ただ、それがいつ、誰に、何が理由で起きるかは関連性もなく分からないらしい。元に戻ったという事例も聞いたことがないと言っていた。
また、驚いたのは、高校の同級生のほとんどが雨宮の事をうろ覚えにしか覚えていない事だった。雨宮が転校したと知らされてまだ一ヶ月と少ししか経っていないにも関わらず、雨宮をはっきり覚えていたのはよく遊んでいた数人だけで、僕は言い知れぬ吐き気を催した。
なんだか、男だった雨宮が、親友が本当に行方不明になってしまったかのような漠然とした悲しみが僕の中にあった。
だけど、一番辛いのは本人なんだろう。普段はメールで雨宮と連絡を取っているが、時折、雨宮から電話が掛かって来ることがある。その時の雨宮は威勢のいい口調とは裏腹に酷く弱っている事があって、それを感じる度に僕は歯噛みすることしか出来ないでいる。
雨宮の家庭の事情が落ち着きをみせた後は、僕らは互いの時間が空いた時に会って話したり遊んだりもした。何度も話したり遊んだりする事で、僕の中の悲しみは膨らんで、同時に、ある危機感も出た。
それはよく思い出してみれば雨宮と再開したあの日から片鱗を見せていた気もして、ある日、雨宮には内緒で僕は高校を休み、雫さんと喫茶店で会う事にした。
真上に登った太陽を無視して、キンキンと冷え込む空気から逃れるように喫茶店の扉を開けて中を見渡すと雫さんは既に来ていたようで、窓際のテーブルから、入ってきた僕を呼ぶように手をひらひらと振っていた。
「こんにちは、雫さん。わざわざ呼び出してすみません」
「気にしないで、私もなずな君と話しがしたかったしね」
雫さんに頭を下げて椅子に座り、注文を取りに来た店員に二人で飲み物を頼む。
「へぇー、なずな君ってば珈琲ってブラックで飲むんだね。かっこいー」
「あー、まぁ。甘いと直ぐ飲みきっちゃうので、こういう場所ではブラックにしてるんですよ」
言って、運ばれて来た珈琲を見つめる。黒い水面には平凡な僕の顔が揺れて歪んでいた。
「あはは、貧乏性なの? ーーーーで、話ってやっぱり楓の事?」
最初に口火を切ったのは雫さんだった。彼女も雨宮に起きている変化には気づいてるらしい。僕を見る瞳は真剣な眼差しをしている。
「……雨宮、あー、紛らわしいか、楓に僕は暫く会わないようにしようと思うんです。最近は特に酷くなってきてる」
「やっぱり……なずな君も気づいてるよね。というか、気付かないわけないよね。楓ってば、自分の変化に気付かない振りしてる。言葉や感情、行動だって女の子に近付いてるのに…………きっと怖いんだろうね。心まで男でなくなるのが」
そう、雨宮は会うたびに、話す度に変わっていった。最初は姿や服装こそ、女の子だったが口調や仕草は男のままだったのだ、しかし次第に口調や仕草の中に女の子のそれが混じるようになっていった。
僕は最初はそれを雫さんやおばさんの指導によるものだと思い気にしてはいなかったが、いつからか雨宮は感情面で不安定になった。雨宮と会ってる時に知り合いと会い、話したりすると雨宮は不機嫌になる事がよくあり、最初はなんでなのかも分からなかったが、ある日、決定的とも言える事を雨宮が僕に言った。
「今のだれ? 彼女じゃないよね? なずなには私がいるしね」
その時はまだ、僕は雨宮の冗談だと思った。女の姿になったからそれっぽいセリフでも言ったんだろうと。けど、その日から会おうと言う回数が増えだして、会えないと断ると雨宮は電話の向こうで泣き叫ぶようになったのだ。
私が女になったから、男じゃないから、可愛くないから、私に飽きたから、会ってくれないのだと。本当の私を知ってるのはなずなだけなのにと。
「楓は、今日は落ち着いてるんですか? 中学も通い始めてるんですよね?」
珈琲を一口啜って僕は顔を顰める。雨宮には聞きづらい事だった。女として学校に通うなんて、僕には想像が出来ない。今の雨宮にとって、それは苦痛なんじゃないかと思う。
「なずな君と会った次の日はね、すごく元気なの。勉強はなずな君も知ってる通り馬鹿じゃないから大丈夫なんだけど、やっぱ馴染めてはいないみたい。なずな君に会えない日が続けば学校に行く事も儘ならなくなるし」
雫さんは眉尻を下げ苦笑した。僕は予想通りの雫さんの言葉に言葉が詰まる。
雨宮はやっぱり、僕に依存し始めてる。雫さんも言うように僕に男だった頃の居心地を求めてるのだろう。
僕以外の、雨宮と仲が良かった奴は高校進学をきっかけにこの街を離れてしまって、今の雨宮が家族以外で気兼ねなく話せる男が僕だけになってしまったから。
あの日、雨宮と会ったのは間違いだったのか?
雨宮と会う事が嫌なわけじゃない、けど、僕だっていつまでも雨宮の側にいれるわけじゃない。高校を卒業してしまえば県外に行ってしまう可能性もある。早いに越した事はないだろう。
「雫さん達にはご迷惑を掛けると思います」
僕は雫さんに深く頭を下げた。
「あ、頭上げてよ。下げるのは私達家族のほうだよ。ごめんね、なずな君に迷惑掛けて、本当は私達家族が楓の一番の支えにならないと行けないのに、これまでなずな君に甘えすぎてた……。泣くね、楓」
「泣きますかね、楓。それでも、僕に依存して駄目になるよりは良い」
「まぁ、二割か三割は依存じゃない、純粋な好意のような気が私にはするけど、身内からヤンデレ出すわけにはいかないよね」
「……あー、刺されるのは嫌ですね」
それから暫く、雫さんと僕は取り留めもない会話を話して、太陽が傾き出した頃に、別れを告げた。
雫さんが居なくなったテーブルで携帯を取り出して雨宮を連絡帳から削除する。ついでにメールアドレスを変えたあと、僕は喫茶店を出た。冷えた風が身に凍みる。
…………あーあ、雨宮に本当に刺されるかもな。
それから、変わった、いや変えた事は僕は高校の寮に入った。もちろん雨宮と会わないようにするためだ。雨宮は僕の家を知っているため、押し掛けてくる可能性もあった…………いや、実際は寮に入るまでの暫くの間に押し掛けて来た事があったが、家族すら騙して僕はひたすら会わない事に徹した。
たった一人の友人の為になんでここまで大変な事してるのか自分でも分からなかった。
数ヵ月後、冬の寒さも和らいで桜の季節になる頃、雫さんから雨宮が僕とは違う高校に進学した事を聞いた僕の頬には一粒の涙が伝った。
僕の中にあった悲しみの風船は膨らみすぎて既に割れてしまっていたらしい。あぁ、そうか、僕は今日、親友をなくしたのだ。
僕の憧れだった、唯一、親友と言ってもいい友人。
頭が良くて、運動だって出来て、虐められていた僕を救ってくれたのは雨宮だった。
彼は、もういない。