妄想探偵
僕は推理小説が好きだ。
でも、足を棒のようにして手掛かりを探す刑事物とかはノーセンキュー。
椅子に座ったまま、話を聞いただけで事件を解決する名探偵こそ王道である。
そんな事を友人の江口 冬矢に熱弁したら、もの凄くどうでも良さそうな顔をされた。
友達甲斐のない奴だ。
「お前も男なら、名探偵に憧れたりしないのか?」
「あのよぉ、保。高校生にもなって名探偵だのなんだの、子供かお前は」
冬矢は呆れたように言い、賛同を得られなかった俺は溜め息を付いた。
ちなみに、保というのは俺のことだ。阿部 保。それが俺のフルネームである。
「それよりも(ピー)だろ。高校生になったんだ。オレは今年こそ大人の階段を昇るぞ。美人な女子大生と出会って(ピー)を(ピー)して(ピー)な(ピー)を(ピー)にして(ピー)(ピー)(ピー)と(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)」
「伏せ字だらけで何言ってんのか分かんねぇよ」
「やれやれ。まだまだお子様だな。保はいい線とはいかないまでも、並の顔なんだから、可能性が無いわけじゃないだろうに」
「冬矢は可能性ゼロだけどな」
「うるせぇぇぇ! まだ分かんねぇだろうが!!」
冬矢という名前はなかなか格好良いが、実物はニキビが目立つデブである。身長はそこそこあるので、もしこの学校に相撲部があったら、間違いなくスカウトが来ていた事だろう。
それに対して俺は、ザ・平凡である。中肉中背、学力・運動共に平均的で、顔もどこにでもいる平凡な顔だ。
「お前等、無駄話してないでさっさとやれ!」
「ぬおっ!」「痛っ!」
雑談していると、突如として背後から襲ってきた拳が俺と冬矢の後頭部を強打した。
振り返ると、中年の教師が額に青筋を立てて睨みつけていた。俺たちのクラスの担任教師だ。
「暴力反対!」
「教育委員会に訴えますよ!」
「黙れ。そういう台詞は宿題をやってから言え。終わらせるまで帰れんぞ」
宿題とは忘れるためにある。
一度言ってみたい台詞だったが、教師に向かって本当に言う根性は無かった。
しぶしぶ机に向かって宿題の残りを続ける。俺たちは忘れた宿題を居残りでやらされていたのだ。
俺たち二人と担任しかいない教室は妙に物悲しく、校庭から聞こえる運動部の奴らの掛け声が、ほんのりとした寂寥感を醸し出していた。
「全く。朝練までしてる運動部の奴らでさえ、きちんとやってるのに」
担任が呆れたように溜め息を付く。
(アイツらと一緒にしないで欲しいな)
(オレはきたるべき出会いに向けて日々忙しいのに)
俺と冬矢はぼそぼそと呟きあった。
「聞こえてるぞ、お前等。あと江口。夜に繁華街を彷徨くのはいい加減にしろ。生活指導の先生から文句が山ほどきてる。そのうち本気で補導されるぞ」
「ピチピチの美女との出会いの為なら、我が人生に一生の悔いなし!」
「どうせ、誰にも相手して貰えないんだからな」
「ぐはっ!」
「ひ、ひでぇ・・・いくら本当の事でも」
「保! お前もか!!」
反発しようとした冬矢にあっさりと止めを刺した担任に、俺は戦慄した。
冬矢は何故か担任だけでなく俺まで恨みがましい目で睨んできたが、俺は気にせず宿題を続けた。
「良し。もう帰って良いぞ」
「よっしゃぁぁ!」
「・・・裏切り者め」
俺の提出した宿題を確認して担任が頷き、俺はガッツポーズをした。恨めしげな冬矢など、無視だ無視。
ルンルン気分で学校指定のリュックを背負い、軽い足取りで教室を出た。
そして、階段に向かって歩いている時の事だった。
ガシャンッ!
「ん?」
どこかからガラスの割れるような音が聞こえた。
何となく早足になって階段に向かう。
「これは!?」
そして俺は見つけた。
廊下に散らばるガラスの破片を。
割れた廊下の窓を。
「うぅむ。これは事件だ」
窓のガラスは立派な学校の備品だ。それを壊すのは器物破損に該当する。
割れているのは階段をすぐ脇にある窓だ。
一体、何が凶器なのか。それは一見して明らかだった。廊下には野球のボールが転がっていたのだ。
この状況だけみれば、野球部の練習中に飛んできたボールが運悪く窓に当たったように見える。
しかし、それにしては状況がおかしかった。
割れた窓は、野球部が練習しているグラウンドに面していなかったからだ。
廊下はグラウンドとは反対側にある。割れたガラスは廊下の突き当たりにあるので他の窓よりはグラウンドに近いが、角度的にグラウンドから飛んできたボールがそのままこの窓に当たることはありえない。
ガラスの破片を踏まないように割れた窓まで行き、そこから外の様子を確かめる。
「ふむ。道路からなら、誰でもできるな」
窓から下を見下ろして見えたのは、窓から少し離れた場所にあるフェンスと、その向こうの道路だった。
ここは校舎の三階なので、高さで言えばこの窓は地上6、7メートルといったところだろうか。ただの想像だけど。
フェンスはそれほどの高さはないので、道路からボールを投げれば窓に当てることはできる。
ただし、窓を割る程のスピードで当たったという事は、投げたのがド素人とは思えない。
外の様子を確かめた後、振り返って改めて廊下の様子を確認した。
そして、ふと違和感を感じて首を捻った。
「・・・あれ? ガラスの破片が変だな」
俺は飛び散ったガラスの破片に奇妙な点がある事に気が付いた。
ガラスの破片が、割れた窓の正面ではなく、若干偏って飛び散っていたのだ。
見たところ、廊下の教室側ではなく、窓側の方に偏っている。
「ボールは正面からではなく、斜めに飛び込んできたってことか?」
だとすると奇妙だ。道路から投げたのなら、正面が最短距離だ。わざわざ斜めに投げる必要はない。
ボールが飛んできた方向を考えながら外を確かめるが、見えた光景にはほとんど違いがない。せいぜい電柱が見えるくらいだろうか。
そうなると、考えられるのは二つ。
一つは、本来はこの窓を狙っていたのではなかった可能性だ。つまり、本当は別の窓、或いは場所を狙って投げたが、狙いが外れてこの窓に当たってしまった。
しかし、この可能性は低い。
何故なら、廊下の窓よりにガラスの破片が飛び散っているという事は、教室寄りの位置から、つまりグラウンド寄りの位置からボールを投げたという事になる。
だが、その位置からだとグラウンドから見えてしまうのだ。グラウンドには野球部を含めた運動部員が沢山いる。
何が目的にしろ、校舎にボールを投げつけるなど人には見られたくない筈だ。そんな目立つ場所でやるとは思えない。
となると・・・可能性は一つしかない!
「つまり、そもそも凶器はボールじゃない」
誰も見ていないにも関わらず、何となく人差し指を立ててチッチと横に振る。
おそらく、ボールは野球部に罪を被せる為の偽の凶器だ。
野球部に罪を被せるにはグラウンドに面した教室の窓を割るのが一番だが、目撃される危険性も増える。グラウンドとは真逆の方向にある廊下の窓は怪しすぎる。
だから比較的グラウンドに近い階段脇の窓で妥協したのだろう。
では、どうやって窓を割ったのか?
本当の凶器は何なのか?
俺の推理では、おそらくハンマーのような鈍器だ。
窓の端を少しだけ開けて、腕だけ外に出して外側から窓を殴りつけたのだ。
窓ガラスを割るには勢いをつける必要があるし、自分がガラスの破片を浴びては困る。だから、おそらくは体を壁に貼り付けるようにして、腕全体を外に出して窓を割ったのだろう。
その為、割る際に肘を大きく曲げる必要があり、斜めに凶器が当たってガラスの破片が偏って飛び散ったのだ。
「さて、犯行時の状況は分かったが、後は犯人が誰かだ。多分、野球部に恨みのある人間だろうな」
凶器が何かは、それこそ候補がありすぎて分からない。
警察なら凶器についたガラス片などを見つけられるのだろうが、俺には不可能だ。
ならば、動機から犯人を絞るのが一番だ。幸いにして、もう校舎にいる人間は少ない。理科室などはこの教室のある棟とは別の棟にあり、ほとんどの文化部がそちらにいる筈だ。
ならばまず、容疑者を絞る為に下駄箱のある玄関を押さえるべきだろう。
そう判断した俺が階段を下りていくと、ちょうど階段を昇ってくる運動部らしき一団とすれ違った。
「・・・あれは、野球部か?」
彼らのユニフォームに見覚えがあった俺は、思わず立ち止まって彼らの後ろ姿を見送った。
しばらくして、彼らの叫び声が聞こえた。おそらく、あの惨状を見つけたのだろう。
「うわぁ! やべっ! やっぱ窓が割れてる!!」
「不味いなぁ、センコーに見つかったら大目玉だ」
「まさか、ボールが電柱に当たって跳ね返るなんてなぁ」
「隠蔽すっか?」
「無理っしょ?」
「・・・・・・・・・」
ま、いっか!!




