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3、手 紙

 夏も終わる頃になって、芽衣はとうとう普通に生活できなくなり、再入院することになった。

 私たちは毎日のように入れ替わり立ち替わり見舞っていた。疲れるだろうからとあまり長居はしなかったのだが、芽衣は私たちの前ではいつも笑顔でいようとした。痛かったり苦しかったりするはずなのに、いつも通りの芽衣でいようとしていた。

 そんな芽衣が痛々しくもあり、誇らしくもあった。これだけ頑張っている芽衣を見て、神様が奇跡を起こしてくれるんじゃないかと思ったりもした。

 でも奇跡はそう簡単には起こらなかった。

 芽衣の母親から連絡を受けて駆けつけた私たちが芽衣のそばに行くと、芽衣は荒い息をしながら言った。

「いい? 絶対泣かないでね。私は楽しい思い出だけを抱えて天国に行くんだから」

「そんなこと言わないで! もっといっぱい楽しいことしようよ!」

「みんなに会えてよかった。今までありがとう」

 芽衣は弱々しく微笑み、大きな息をひとつした。そしてそれ以上、息をすることはなかった。ただ穏やかな顔で横たわっていた。

 ピーという無機質な機械音が響き渡る中、主治医は瞳孔と脈拍を調べ「ご臨終です」と頭を下げた。

 父親と母親は既に覚悟を決めていたのか、取り乱すことはなかったが、抱き合って肩を震わせていた。

「芽衣……。芽衣! やだよ! こんなのやだよ! 目を覚ましてよ!」

 私はこらえきれず、芽衣にしがみついて泣いた。

 私の後ろで、春菜が涙声で呟いた。

「泣かないでなんて……。そんなの無理だよ」

 こうして、芽衣のあまりにも短い人生に幕が下りた。私たちの胸にたくさんの思い出を残して。


 祭壇には、最後の旅行で撮った写真が飾られた。芽衣が1番気に入っていた写真は、今はたくさんの花に囲まれている。

 写真を見ていると何度も涙が出そうになったが、私たちは奥歯を強く噛んでこらえた。芽衣が死んでしまった時には約束を破ってしまったから、お通夜やお葬式では絶対に泣かないでおこうと決めたのだ。

 次々と現れる焼香客に、芽衣はずっと笑いかけていた。私たちも大好きなとびきりの笑顔だ。

 私たちと同じように、焼香客たちも芽衣の笑顔を見て余計に悲しくなるようで、写真を見上げては泣いていた。

 火葬場に運ばれ、棺桶が中に入れられた。扉が大きな音を立てて閉まった瞬間、私は思わず目を閉じた。これで本当に終わりなんだ、今ここにある芽衣の体さえなくなってしまうんだ。そう思うと苦しくて、私たちは耐え切れず外に出た。

 空を見上げると、煙突からのぼる煙が澄んだ空を泳いでいく。

「あれ……。芽衣の煙かな」

 萌がポツリと言った。

「そうだね、きっと」

「芽衣、ほんとにいなくなっちゃったんだね」

「違うよ。私たちの中にいるじゃない。ずっと」

 佐智子は自分の胸に手を当てて言った。

「そっか。そうだよね」

 私たちも胸に手を当てて煙を眺めた。

「ね。芽衣にちゃんとバイバイしよう」

 私たちは精一杯の笑顔で空に向かって手を振った。風に揺られた煙は、まるで私たちに手を振り返しているようだった。


 お葬式がすべて終わって私たちが帰ろうとすると、芽衣の母親がやって来た。

「みんな、本当にありがとう。忙しいだろうに、あの子のわがままにとことん付き合ってくれて」

 母親は頭を下げた。春菜は首を振って言った。

「私たち、約束したんです。芽衣に残された時間を最高のものにするって。絶対に後悔させないって。……本当にできたのかは、もう芽衣には聞けないけど」

「できたと思うわ。充分満足してるはずよ。だからこそ、あんなに穏やかな笑顔で最期を迎えられたのよ」

 母親はそう言って、バッグから封筒を取り出した。

「これ、お葬式が全部終わったらみんなに渡してって頼まれてたの」

 それは芽衣からの私たちに宛てた手紙だった。

 母親が行ってしまうと、私たちは円になって封筒を開けた。便箋を開くと少し乱れた、でもやっぱり見慣れた芽衣の文字がたくさん並んでいた。

 私たちはしばらく黙って見つめていた。

「じゃ、読むね」

 春菜が深呼吸をして読み始めた。



 貴子、春菜、佐智子、萌。お通夜とお葬式、お疲れ様。そして何より、私がガンのことをみんなに話してから今まで、ずっとずっと、お疲れ様。私の無理なお願いも聞き入れてくれて、泣いたりせずに楽しいことにいっぱい付き合ってくれてありがとう。大変だったでしょ?(笑)でもそのお陰で、私は悔いのない人生を全うすることができました。本当に、本当に本当にありがとう。いくらお礼を言っても足りないくらい、感謝してるよ。

 私ね、たった26年しか生きられなかったけど、100年分くらい充実してた。すごく満足してるの。だからもう、先に行ってるね。何十年か後に、絶対また会おう!

 貴子。前にも言ったけど、貴子の存在はすごく大切で、みんなにとって絶対必要な存在だよ。でもね、中和剤に徹する必要はないんだよ。時にはわがままを言っても大丈夫。今回わがままを言いまくった私が保証する。みんなはちゃんと、受け止めてくれるよ。

 春菜。私たちが仲良くなったきっかけを作ってくれたのは春菜だったね。あの時春菜が声を掛けてくれなかったら、こんな幸せな最期じゃなかったかも。ありがとうね。みんなを引っ張ってくのは大変だと思うけど、みんなのこと、よろしくね。

 佐智子。いつも冷静な佐智子に、私たちは随分救われたことが多いと思うんだ。私がガンを告白した時も、治療を続けないって言った時も、佐智子のお陰で落ち着いて話ができたの。これからもみんなが脱線しそうになったらストップかけてあげてね。

 萌。萌は泣き虫で甘えん坊だから、私との約束が守れるか心配だったけど、頑張ってくれてたね。遅刻したりわがまま言ったり、ほんとに手の掛かる萌だけど、いつも自分に正直なところはみんなが大好きなところだよ。でも遅刻はもう少し減らそうね(笑)

 それじゃ、みんな。元気でね。バイバイ!


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