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05






むろん、番組への出場には親の許可が必要であった。

子供たちが独自判断で番組出場を申し込んだ経緯にさすがに絶句した親たちも、クイズ番組の趣旨を説明されるや、「絶対に出場しなさい」の大合唱となった。

全問正解者には、賞金一千万円! あなたも一夜でリッチマン!

普通に考えて、幼児たちに難問をクリアできる知識が備わっているはずもない。が、親たちは幼児たちの後ろで若い母親から頭をぐりぐりされているハルミを期待の目で見つめた。

もしかしたら、そこそこにいけるかも!

もしもダメでも、子供たちのいい思い出になるに違いなく、藤倉サヤコ(31)は急いで電気屋にいって、デジカメを購入することを決心する。昨今の不況でアパートの空き室率は厳しい状況にあるが、ひとり娘のためだ、投資を惜しんではいられまい。もしも有名プロダクションの目にとまりでもしたら、《ジャリタレ》への道さえ開けるかもである。

親たちの賛同を得て、エナ・ティラカ・サラシュバティ・ウルリクは、テレビ局からの電話に快諾した。


「あっ、出場オッケーになりました」



*****



「は~い! それでは記念すべき第一回目となりました《クイズ王・あなたも一夜でリッチマン》!」朝晩とテレビに露出し続ける白髪アタマの有名司会者、飛騨タモン(61)。

「それでは参加者の皆さんです! どうぞ!」


局で今一番の人気女子アナ香月サトミ(22)が、鼻にかかったあまりカツレツのよろしくない声で告げると、派手派手しいBGMとともにすでに席に着く参加者たちにカメラが向けられる。


「S県からお越しの、公団住宅に一家七人の大家族! タナカさんチーム!」


応援団からの拍手が盛大に起こる。ご主人が市役所のお勤めのタナカ家の家計は、いつも火の車なのだそうだ。


「I県からお越しの、納豆を語らせたらとまらない! 納豆会社経営オチさんチーム!」


水戸の粘り腰みせろ! と横断幕が大写しになる。獲得賞金で納豆製造の最新設備を導入するとのこと。


「続いてはY県からお越しの、ほうとう一筋三十年! オギソさんチーム!」


三十年間がんばってきた店主は、仕込みを休んだのは今日初めてなのだそうだ。


「そして! 最後のチームは、なななんと仲良し幼児グループ! ハレノキ幼稚園もも組の園児チームで~す!」


観客からわっと歓声が起こる。保護者一同もさることながら、いたいけな子供ネタはつねに反則技的に受けるのが世のことわり。スタジオの奥では、プロデューサーらがこぶしを握りこんでガッツポーズしている。よかったね。


「出場は園児だけですか? へーっ、かわいいおじょうちゃんたちだね~」


飛騨タモンはいつだって女性を大切にする。もっとも、おませ盛りとはいえ大人のおべんちゃらに反応できるほど《女性》というわけではないマナミとレナは、きょとんとするばかりである。

そうして、番組収録は始まった!






番組ルールは、いたって簡単。

第一ラウンド、四チームが賞金『百万円』をめざして、いくつかのゲームを行い、そこで得られた賞金を元手に、第二ラウンドのサドンデスクイズに挑むというものだ。基本的に、どのチームにも賞金が得られるチャンスがある。

若干マンネリ気味であるものの定番の『脳ゲー系』のクイズにスタジオはおおいに盛り上がった。現金が絡んでいるだけに、応援席もすぐさまヒートアップする。


「『忽ち』」

「………た、たちまち!」

「正解~ッ」

「『五月雨』」

「…さつきあめ!」


ブッブー!


「ああ、もう…えっと、ごがつ……ごがつあめ!」


ブッブー! はい、時間切れでーす!

出場者四人がかりで、全6問を突破する。一問正解ごとに賞金十万円! 6問目に正解すると獲得賞金が倍、全問正解なら賞金総額百万円というシステムだ。

ここまでほかのチームは平均して三~四問正解というところ。

さあ、つぎは幼児チームである。ハルミは気合を入れるようにぴしゃっと頬を叩いた。


「それでは次はもも組チームです! 準備はいいかな?」

「はーい!」


挨拶だけは元気がいい。

それがまた大人たちをホッコリとさせる。温かいまなざしに見守られて、幼児たちのチャレンジが始まった!

だが問題が始まるやいなや、ハルミが懸念したとおりの展開が到来した!


「『太陽』」

「………」

「………」


幼児チームということもあり、制作側もずいぶんと配慮してくれているのだが、いかんせん漢字など幼稚園で教えるはずもない。

間違った答えすら答えられないおのれの無力さに、リョウジ、レナ、マナミの三人は、青い顔をして肩をプルプルと震わせた。まるっきり戦力外。

しかしこのゲームは四人目のアンカーさえしっかりしていればまとまってしまうルール。回答席にハルミが着いた。

プロデューサーの目が、険しい勝負師のそれになった。むろんハルミとてそれは分かっている。ここまでの展開は、あの面接の日から暗黙の了解事項であったといっていいだろう。ここでチームを救うのが、いわばハルミの義務でもあった。


「『太陽』」

「たいよう!」


ピロピロピロン! 正解!


「『正月』」

「しょうがつ!」


ピロピロピロン! ハルミの目が、プロデューサーのそれとぶつかった。グッジョブ! プロデューサーが親指を立てた。

たしかに大人ならば誰でも分かる簡単な問題の連続であったが、それをはきはきと答えるのがたった五歳の幼児であるという事実が、少しずつスタッフと観客にも浸透してくる。

こともなげに問題をクリアしていくハルミ。このまま完走かと誰もが考えたそのとき、四問目から突然難易度が上がった! 

無言のスタッフの意思表明である。ここで終わらせとけとばかりの上級問題であった。

ハルミはその意図を正確に読み取って、口元に不適な笑みを浮かべた。

いえいえ、もらえるものはすべてもらいますとも!


「『絨緞』」

「じゅうたん!」


ピロピロピロン! おおっ、と歓声が上がる。

五問目。


「『憂鬱』」

「ゆううつ!」


ピロピロピロン! 歓声がざわめきに変わる。

そうしてラスト、六問目…。


「『翳り』」


「えっと…」ほんの少しだけ見せる迷うそぶりはハルミのリップサービス。

すべての目が、ハルミの口元に集中した。

この五歳の子供は、きっとこの問題も正解するのだろう。そんな確信と期待に満ちた視線。ハルミはいままでの即答を改めた。

ひと呼吸、ふた呼吸。

わずかな余韻を引きながら、ハルミは問題の回答を口にした。


「かげり…」


あっけに取られるスタッフの後ろで、観客たちがどおーっと騒ぎ出した。






第一回目の収録である。むろん、番組の流れのようなものは台本として用意されてはいるが、有能なディレクターならば収録の最中でも最適化、ブラッシュアップによる変更等々、躊躇なく断行する。


「幼児チーム用の問題! もっと難易度を上げたやつに差し替えろ! 五と六のカメラ! おまえらは幼児チーム専属で撮り続けろ!」


テレビ放映では分からないものだが、収録というのは基本的に細切れである。ゲームが終わるたびに、スタッフたちが大挙してステージを駆け回る。

すでに第一ラウンドは終了していた。他のチームは三十万ほどのそれなりの賞金を獲得して終了したが、幼児チームはなんと第一ラウンド全問題全問正解、獲得賞金は百万円!

おさおさ取りこぼしなど起こす気はないハルミであった。子供たちが獲得した賞金の額に、保護者たちもすでに冷静ではいられない。

もはやその他三チームは、弁当の添え物、サクラ漬けのごとき扱いである。

司会者飛騨タモンは番組の流れというか機微に非常に敏感である。今回の主役がもはやこの幼児チーム以外にありえないと見て取ると、とたんにその他三チームに対するトークが激減した。はいはい、ざんねんでした。はい、次いってみよー! そんな感じ。

ああ、やっぱり空気悪いな~。あからさまにむっとした様子の出演者たちを置いてけぼりにして、いよいよもも組チームの出番となる。番組スタッフが固唾を飲むなか、プロデューサーの指示が矢継ぎ早に飛んだ。あわただしくカメラが位置を変え、照明が細かく微調整される。

他の幼児たちはいまいちピンと来ていないようだが、番組が彼らの活躍に賭けている切迫感がハルミにも伝わってくる。その番組的な期待はむろん多額の賞金に対する対価であるのだから、ハルミも可能な限り協力するつもりである。


「さあ、いよいよきましたよ。ここまでの快進撃は、あたしも驚いちゃったよ。このままお譲ちゃんたちに一千万円掻っ攫われちゃうのかなぁ。ははは」


芸能界で数十年しぶとく活躍してきた飛騨タモンからは、いいようのないプレッシャーが増幅している。その一見焦点の定まっていないように見えるまなざしが、出演者たちをこれでもかと圧迫する。


「しかし世の中、そんなに甘くない!」


よく分からないがお説教的な一喝。じろりと睨まれて、リョウジが小声で「ちびった…」と漏らした。


「ハルくんに任せとけばいいわよ!」

「笑顔よ、かわいい笑顔!」


保護者―ズの応援をちろりと流し見て、飛騨タモンはクイズ開始のタイミングを計っている。それを見て取って、応援がぷっつりと途絶えた。

うむ、と。

飛騨タモンがずいと幼児チームに顔を近づけた。

第一問!


「これに正解すれば、賞金は倍の二百万円! チョコレートなら、死ぬまで食べ続けられるくらい買える大金だよ。すごいね~」

「そうなの? うさ吉のぬいぐるみなら何個かえるの?」

「さあ、おじちゃんうさ吉は知らないけど、百個は買えるのかな」


お金の額だと今ひとつ理解できなかった幼児たちも、モノに例えられるとすぐに理解できたようだった。


「百ツボのトチは買える?」

「一千万あったら、そうだね、郊外のほうだったら買えるだろうね」


幼児たちの他愛もない会話は、テレビ的に非常においしかっただろう。飛騨タモンも調子よくあおり続ける。だがそんなことをしていてはいつまでたってもクイズが始まらない。

そろそろ自分のほうにも何か振られるかもしれない。それはめんどうだとプロデューサーに向けて目配せする。「長いよ?」

プロデューサーから「了解」の手振り。

番組進行からの注文で、タモンの粘質なトークが切り上げられる。


「それでは第一問…」


ごくり。幼児たちが唾を嚥下する。


「あんまり簡単に解いちゃう子たちだから、番組も大慌てで問題差し替えちゃったよ」


まいったね、と小トーク。

またじっと、睨んでくる。

低く空気を震わせるような、思わせぶりなBGM。幼児たちはもう心臓が破裂寸前、バクバクものである。


「『これからいう四つの中で、ひとつだけ仲間はずれがあります。…いきますよ、A・《白山》、B・《槍ヶ岳》、C・《富士山》、D・《立山》。……仲間はずれは、どれ?』もう一度繰り返しますよ、いいですか?」


飛騨タモンが、浪々と問題を繰り返す。

観客席からはしわぶきひとつない。応援団からの助けを得る権利もあるにはあったが、保護者―ズのなかに、この問いに確信をもって答えられる人間はなさそうだった。

むろん、幼児たちに答えられるわけがない。リョウジが「フジサンじゃねえの?」とつぶやくと、なんで? という反問に「よくわかんないけど」とか答えている。まあ期待してはいないんだけれど。

マイクに取り付いたハルミは、


「B・《ヤリガタケ》」


じろり、とねめつける飛騨タモン。


「ラストアンサー?」

「ラストアンサー」


数瞬の沈黙の後、飛騨タモンの口が動いた。


「正解!」


問題の趣旨が解説されている間にも、タモンとハルミの眼力の応酬が続いている。『日本三霊山』の仲間じゃないのは槍ヶ岳、という問題らしかった。


「さあ、次は四百万円です。ここでやめれば二百万円はお持ち帰りできます」


すでに心が動きっぱなしの保護者―ズがやめなさいと言い出す前に、

「やります」と断言するハルミ。目の前で、小切手が破かれる。


「『これからいう四つの中で、伝説のロックバンド、ビートルズが最後のライブを行った場所は? A・《シカゴ》、B・《ニューオーリンズ》、C・《ロサンゼルス》、D・《サンフランシスコ》。』」


さあどれでしょうか。

挑むような飛騨タモンのまなざしに、ハルミは受けて立った。


「D・《サンフランシスコ》」

「どうしてサンフランシスコだと思ったのかな?」

「ライブのカンキョウに満足できなくなって、やめたんだって。そう本に書いてあったもの」

「…こりゃ、相当な物知りだな!」


おじさんやられちゃった的なジェスチャー。


「ラストアンサー?」

「ラストアンサー」


回答を待つまでもない。ハルミはそのライブを同時期の人間として知っているのだから。すいぶんと大きなニュースだったっけ。


「正解!」


どわーっと、観客席で歓声が上がった。

四百万である。ひとりずつに分けても百万はある。この不況の昨今、百万円は実のところ喉から手が出るほど欲しかったであろう。保護者―ズの思惑など吹き飛ばして、ハルミはさらに倍々プッシュを宣言する。

プロデューサーが、さらにガッツポーズ。この番組は成功する。確信の稲妻が彼の脳天を直撃したことであろう。


「それじゃあ、やぶっちゃうからね。もう後戻りはなしだよ」


びりり。四百万の小切手が単なる紙切れに変化していく。

観客席のため息が回答席まで届いてくる。「もうやめたほうがいいって。パパがいってる」レナが親の意見を伝達する。「マナミ怖いよ」わけもなく雰囲気に飲まれてしまっているマナミ。クイズそのものに参加もしていないために、ここにいていいのか不安になっているのだろう。「マナミちゃんだって、答えてやればいいじゃん」リョウジが危険な空気を吹き込み始める。おいおい。


「次の問題に正解すると、賞金はなんと八百万円!」


前置きはもういいから、早く出題して欲しいな~。もう晩御飯の時間も過ぎてしまっているだろう。テレビの収録とはやたらと時間がかかるものなのだ。


「『これからいう四つの中で、国民所得が一番高い国はどこ? A・《インド》、B・《ネパール王国》、C・《ブータン王国》、D・《ルン王国》。』」


ルン、という言葉を聴いた瞬間に、ハルミは眼を見開いた。

聞き間違いかと思っていると、飛騨タモンが丁寧に問題を繰り返してくれる。やっぱり、ルン王国である。生々しい内戦当時の光景がフラッシュバックして、回答席にしがみついたまま立ち尽くした。

足に力が入らなくなる。連れの幼児たちには気取られぬように顔にはにこやかな笑いを貼り付けて、口の中では奥歯をかみ締めている。

偶然?

ハルミはプロデューサーのほうを見て、彼の様子に変わったところがないことを確認する。意図的じゃない? 

何か引っかかった。ルン王国は国連にも加盟するれっきとした独立国家だが、日本国内的にはほとんど認知されていないレベルの知名度である。そんな国を問題にあげるだろうか?

国民総生産? 五年前ならば確実にルンが図抜けている。でも、あのバカどもが国を滅茶苦茶にした後のことはほとんど知らない。まだ所得水準は維持してるのだろうか?

ひとり物思いに沈んでいる間に、番組はどんどん進行していた。


「ハルくんは、この問題分からないのかな?」


ようやく底が見えたかと、温度の低い笑いがタモンから漏れた。有名司会者である彼の出演料さえも吹き飛んでしまうような高額賞金をこんな子供が獲得してしまうことに不満があったのだろう。

肩をゆすられて、ハルミはようやく我に返った。


「答えは?」

「あ、えーっと…」


そのときハルミの視界に、違和感を伴った人影が映った。

腕組みして事の成り行きを見守っているプロデューサーの背後に隠れるようにして、小さな女の子がじっとハルミのほうを見ていたのだ。

きれいにセットした髪とブランド品で固めたその身なりは、テレビ局関係の子供なのだろうか。表情の余りないその顔が、まっすぐにハルミへと注がれていた。

誰だ?

自問して、まさか、と思う。


《ルン国人…》


心ここにあらずのハルミに、飛騨タモンが回答を迫る。

はっとして、ハルミはものの弾みという感じで「ルン王国…」と答えてしまう。答えてしまってから、ほぞをかむ。いくら周辺国の所得がまだまだ低いとはいえ、内戦の続く国の所得が激減していないはずがなかった。


「ラストアンサー?」

「「「らすとあんさー!」」」


ぼうっとしているハルミを見て、参加チャンスとばかりに三人が唱和する。「あっ」とハルミが声を上げる間もなく、回答が確定した。

飛騨タモンの、まだるっこしい沈黙。

もうどうにでもなれと半ば投げやりな気持ちになりかけたところで、


「正解!」


タモンがわざとらしい満面の笑みで、ハルミに握手を求めた。シェイクハンド。


「とうとうまだ五歳の幼児チームが、八百万円を手に入れてしまった!」


観客席の保護者―ズは、もう泡を吹かんばかりに興奮している。興奮が余りに大きいために、子供たちに対しての要望が大きい声にならない。「もうやめなさい」と言っているのは分かるのだが、ハルミはあえて無視する。次の問題に正解すれば、賞金額は最大の一千万円に到達するのだ。






「つづけますか?」


こくり。静かにハルミはうなずいたのだった。






エナ・ティラカ・サラシュバティ・ウルリクは、ルン王国経済復興プログラムの大きな前進を確信していた。

賞金獲得はなるのか?

あの少女の正体は?

経済復興プログラム第三段階は、いよいよ佳境へとなだれ込むのであった。


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