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四月一五日、日曜日。

エナ・ティラカ・サラシュバティ・ウルリクは、春の朝日を心地よげに浴びながら、おのれのなした事業の成果をながめて満足そうに微笑んだ。

天気は快晴。まさに申し分なし。

場所は大通りに面した正面入口の、まさにど真ん中。場所取りは参加者全員でのくじ引きであったが、引きたいものを引くぐらいなら、彼本来の《力》を使えばたやすいことであった。

そうして朝も早くから関係者各位の親御さん総出動で設置された折りたたみ机十脚、

現場に運び込まれた商品の山は傾向・種類別に机に並べられ、値札を貼られた。


「あの~、…こんな広げられちゃ、困るんですけど」


腕章を付けたフリーマーケット主催者の大学生が、恐るべき物量を誇る『お店』にやってきて、抗議をする相手を探して目をさまよわせた。

そこで目を付けられたのは、休日だというのにああだこうだとお願いされて手伝いに駆り出された《諏訪マート》の従業員ユキちゃん(54)だった。


「このフリーマーケットは参加される全員の方が、なるたけ平等になるように…」

「あたしゃただのお手伝いよ。難しいことは代表の方に言ってちょうだいな」


しっしっと、手をふって大学生を追い払う。損な役回りにいささか肩を落としたその大学生は、目に付く大人をつかまえては抗議をしようとするのだが、そのすべてが空振りに終わる。まさかこの『お店』のリーダーが幼稚園児であるという真実にはたどり着かない。


「それじゃあどなたか、代表者の方を呼んでください!」


とうとう癇癪を破裂させて腕を振り上げた大学生の目の前に、おずおずと四人のいたいけな幼児が進み出て、「ぼ、ぼくたちです」と名乗りを上げた。

最初は何を悪い冗談を、とまわりの大人たちを非難してやまなかった大学生であったが、ユキちゃんの「ホントにその子達なんだよ」という追認を得て、ようやく事実を受け入れるにいたった。


「いや、その、…ね? やっぱりこんなにも大きなスペースをひとりで使うのは、不公平だと思うんですね」

「え~っ」


勝気な八神レナが、父親の背中を見てどのように育ったかは、そのクレームの付け方で分かろうというものだった。


「そんなこと、ケイヤクショには書いてなかったわ!」

「あの、契約書なんて……ああ、このパンフレットのことですか? たしかにそんな規則は書いてないですが、こういうのはそもそも常識的な範囲での…」


「書いてないんなら、ルール違反じゃないですよね」ハルミが畳み掛ける。むろん、図々しく責め立てるなんて、関西のクレーマーおばさんみたいなことはしない。おのれの属性を知悉した巧妙なやり口。


「だって……ぼくたち、字なんか読めないもん」

「…くぅ」


幼児相手にそれ以上突っ込んでみたところで、周囲から子供いじめにしか見えないだろう。現にそうしている間にも、ほかの参加者たちが「子供のやることだから大目に見てやれよ」とたしなめる声が上がる。

主催者側としては、せっかく苦労してしつらえた大会を気分悪いものにするなどもってのほかであったろう。ほかの参加者からOKが出たということで、大学生はしぶしぶ引き下がった。

かくして、ハルミたちの出店準備はいよいよ進められ、ついに完了した!


「うわ~、すっご~い!」

「ほんとこれ、オレたちの店なの?」

「みんなびっくりして見てるよ」


あっけにとられている三人を尻目に、ハルミは準備が終わった大人たちが、貴重な休日を取り戻すべく三々五々帰途に着くのを平身低頭で送り出していた。そのまま残って『幼児のお店』を手伝おうと申し出る大人たちもいたが、「自分たちでやってみたい」という初めてのお遣い的な幼児たちの要望で引き下がった。

朝九時。

いよいよフリーマーケットが開催された!






『幼児のお店』は、折りたたみの会議机十脚を円を描くように配置し、お客の流れに配慮したつくりになっていた。

正面付近には目玉になる売り物、八神家より譲ってもらったまだ包装紙も破られていない贈答品を机にずらずらと並べ、一回五百円の『福引』として注意を引く一方、人の習性を考慮した左回りに、まずはマナミ特製『幼児クッキー』を並べて親しみやすさをアピールしたのち、主婦の購買欲に訴える低額の『スーパーのB級品』を配置し、もっとも奥まったところにハルミが家から持ち出した高額商品、リツコ秘蔵のワイン群を並べている。

ワイン持ち出しに関しては酒乱気のあるリツコの猛烈な抵抗にあったが、もともと仕事先での『お得意様』からの贈り物だとかで購入費もゼロのものばかりだったので、「儲かったらミハシ屋のケーキ」でポンと手打ちになった。

さて、チラシを見て買い物客たちが集まり始めると、当然のことながらハルミたちの店が非常な評判となった。


「まあ、このクッキー、あなたが焼いたの。うまいわね~」

「マナミがんばったんだよ!」

「それじゃおひとついただこうかしら」


祖母が孫に小遣いをあげる的なノリですぐさまお買い上げ。自分の作ったクッキーが褒められすぐに売れたことで、代金の二〇〇円を握り締めてマナミは感激の絶頂である。


「あっ、ありがとうね! おばさま!」


そのほほえましい空気に触れて、ほかのお客たちも確実に財布の紐を緩めたに違いない。健気な子供たちの商品を「買ってやりたい」的な生暖かい雰囲気が広がってゆく。

マナミちゃん、グッジョブ!

そこからの動きは早かった。


「えっ、ここにあるもの、ぜんぶ五十円なの?」

「オレんちで出たスーパーの半端ものなんだ。ショウミキゲンの近いもんもあるから、すぐに食べて欲しいけど」


客への敬語もなってないリョウジのタメ口もご愛嬌である。


「ちょっと、わたしも買いたいのよ、どいてくれる!」

「押さないでよ!」


スーパーの売れ残りが、まるで食糧不足の闇市のような売れ行きである。文字通り賞味期限切れ寸前の品物が飛ぶように消えてなくなっていく。


「まぁ、こんな大きなギフト物が福引? おいくらかしら!」

「五〇〇円で一回クジ引くの。一等賞がこれよ」


レナがあんまり関心もなさそうに家から持ってきた一番大きな箱を叩いてみせる。


「これが二等賞。それからこれが三等賞…」


どうやら大きさが基準のようだが。一等の大きな箱の中身は、市価数万円はしそうな外国産生ハムの固まりである。

福引はレナがあわてるほどの混みようで、瞬く間に五〇〇円玉に交換されていった。

そしてハルミのところでも。


「ほう、こりゃドンペリじゃないか。いいのかい、こんな値段で」

「うちにおいといても、誰も飲まないもん」

「かあさん、一本買っていいかな……てか、買うからな!」

「まいどあり~☆」


等々等々。

またたくまに大繁盛と相成ったのだった。

ちょうど折りも折り、町のイベントを取材に来ていたテレビクルーが、この絵面のよい『幼児のお店』を見逃すはずもなく。マイクを持った女子アナにインタビューを受けて、買う気もなかった通りすがりの人々も集まりだして、さらに超々大繁盛となった!

むろんそのまわりの一般の人たちの店は閑古鳥なのだが、店をやってるのが『幼児』というだけでホッコリしたように、トラブルなどひとつも起こらなかった。


「いらっしゃいませー!」

「ありがとうございました!」


元気のいい、いまどきの子供にしてはすごく礼儀正しい受け答えが、優しい大人たちに見守られて、公園にこだました。



*****



二時間で全商品、完売!

子供たちがピクニック気分でお弁当を広げ始めたときには、ようやく会場に本来の静けさが戻った。

おにぎりやハンバーグ、玉子焼きに三人が騒いでいるときに、ハルミは売り上げ計算を行い、ひそかに微笑んだ。


売り上げ総額 八五、〇四五円也。






エナ・ティラカ・サラシュバティ・ウルリクは、その夜、ルン王国経済復興プログラムの第二段階達成を宣した。

これにより経済復興プログラムは第三段階へと移行することとなる。


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