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「現場はクリアになった?」

「植え込みに隠れて盛り上がっていたお盛んなやつらまで残らず叩き出してやりました! 現場クリアです!」

「…陛下。お願いします」

「ん」


昼間であれば、その公園を一瞬にして包んだ違和感に気づく者もあったかもしれない。「墜ちたのは軍用機らしいぞ! 爆弾がやべえッ!」などと言いふらして回った幼児らの目論見の通り、人々は慌てふためいて公園から逃げ出した。

敷地外にまろび出た人々は警官隊に順次保護され……最後の一人が吐き出された瞬間、関係者以外いなくなった公園内は、ハルミの掌握下に結界化された。

警官隊の対応は早い。それがあの刑事コンビの手配によるものなのかは分からないが、耳聡いマスコミ関係よりも先に現場を隔離しえたのは上出来と言えただろう。…もっとも、入場制限する彼ら自身もすでにハルミにより『隔離』されているのではあるが。

ハルミたちの前には、燃料を大量に抱えたまま墜落したヘリが盛大な黒煙を上げている。突発的な爆発の危険はむろんあったが、幼児たちは至って平然としている。

そこへズダボロの衣服を引きずってクロードがやってきた。


「パイロットは外に放り出してきました」

「ごくろうさま」


ハルミはクロードに頷きかけて、少し落ち着かなげに傍らのミユウを見た。

言葉ではなく目配せで、ハルミはおのれの片腕たる警備部部長に訴えた。


「…で、いつの間にいたの?」

「さあ」


ミユウの反応は薄い。いや、反応したくてもできないのかもしれない。

彼女の横には、先ほどまで行動を共にしていなかった顔馴染みが目を素敵に輝かせながら立っていたからだ。


「ねえねえねえねえ、ハルくん!」


八神レナが燃え盛るヘリの残骸を指差しながら、遊園地のアトラクションでも見物しているような気軽さで歓声を上げていた。


「あれなんなの? ぶぁーってすっごい燃えちゃってるね!」

「あっ、うん、そうだね…」


応えつつも、ルン王国主従の間では盛んに念話がやり取りされている。


(どうして中まで連れてきたの)

(いえ、わたしも気づいたときには……警備部の連中の群れに紛れ込んでいたみたいで。…いちおうわが社の『電話受付係』ですので、まったくの部外者というわけでもないところがなかなかに扱いづらいところですね)

(…でも、余計なものを見せてショックを受けさせるわけにも)

(…陛下。お気持ちは分かりますが、もうそちらを手当てするゆとりは残ってなさそうですよ)


ミユウのまなざしに促されるように、ハルミはそちらのほうを見て嘆息した。


「…まったなしか」


燃え盛るヘリの残骸からずるりと這い出した異形の影。

前脚で引きずるようにゆっくりと炎熱のなかから逃れ出た竜人は、半ば包囲するように接近する小さな人間たちの姿を認めて怯えたように身をすくめ、見る影もなく焼け爛れた翅を展張しようとした。


(…マ、待テ)


もはや最前までの覇気もなく。

追い詰められた獣が九死に一生を得ようと目の前の危険に全神経を集中するように、その必死の眼差しだけが鋭さを増している。


(交渉シヨウ……ワレワレノ仲間ハマダ他ニモイル。スデニ報復行動ガ始マッテイルハズダ。ワレワレノ組織ガ総力ヲ挙ゲレバ、コノ程度ノ島国ナドタヤスク屈服サセラレル…)

(やってみれば)

(ナッ…)

(やってみればいいよ。なんなら全力でかかってきたらいい)

(《焔》ノ力ヲ侮ルト…)

(そうしてまたぼくたちの仲間を殺そうというの? やりたければやればいいさ。そのたびにぼくたちはまた別の場所に生を受ける……おまえたちはこれからの一生、常に命の危険にさらされ続けるようになるだろうね)


淡々としたその言葉に、竜人は絶句する。

信じられぬようにハルミの目を見返して、そしてその言葉が事実であることを悟ったように悪態をついた。


(『転生』カ……バケモノガ)


ビジュアル的にはまさに本末転倒な発言であったが、その言葉を竜人から引き出したハルミは浮かべた笑みをさらに深くした。


(…だいいち、おまえたちにぼくが殺せると思う?)


彼我の実力差を突きつけるように、容赦なく宣告する。

鼻先が触れるほどにまで顔を近づけて、ハルミが無造作に手を伸ばしたとき。

竜人はわけの分からぬ何事かを喚き散らし、巨体をのしかけるように掴みかかってきた。

が、やはりハルミの体をすり抜けてしまう。それは物理攻撃がまったくの無駄であることを再確認したに過ぎなかった。

竜人は攻撃が透過するや、さらに後脚をひと蹴りして跳躍、そしてそのままみすぼらしい翅を広げ羽ばたかせた。

公園はハルミの異能により結界化しているとはいえ、視覚的には外部からも丸見えである。その瞬間、上空へ舞い上がった竜人が衆目にさらされたのは間違いなかった。公園の外の群集からどおっと喚声が上がる。


「人目を気にして欲しいんだけど」


ハルミはいつの間にか手にしていた警棒を、素振りでもするように空中で振り回した。竜人は到底手も届かぬ高みにあったというのに、その攻撃はなぜか彼を痛撃したらしかった。


「さすがにその傷じゃね……どんなに硬い外皮があっても、中が露出した傷口には電気も通るし。おまえがどこに逃げたって、ぼくの手は簡単に届くんだよ」


攻撃が確かに竜人に当たった証左であろう、掴んだ警棒の先からは青色の体液が滴っている。

なおも逃げようと上空であがく竜人を、ハルミは無造作に乱打した。

その距離を置いた一撃それぞれに竜人は律儀に身もだえ、泣き喚めいた。

徐々に高度を維持しきれなくなり、ついには力尽きて地面に投げ出される。その精も魂も尽き果てたという感じの竜人の首に警棒を押し付けて、ハルミはあたりを見回すようにした。


「これで、どうかな」


有効なカメラ目線を探すそのしぐさは、まさに世慣れた現役ジャリタレである。


「これ、『勝った』っぽくない? …だめかな」

「もう少し熱い攻防が欲しいところですが、まあぎりぎりではないでしようか」

「ぎりぎりか~。微妙だな」


突きつけていた警棒を持て余して肩に担いだハルミは、さ迷わせていた目線をあるところで止めて、「出てこないの?」と呼ばわった。

すると彼の声に応えるように、ほとんど気配もなく闇からにじみ出た人影がある。墜落したヘリの巨大なかがり火によって、広場の闇は払われている。踊る明かりに照らされて、徐々にその姿が明らかとなっていった。


「おめでとうございます、陛下」


賛辞のつもりなのだろう軽く拍手をしつつその青年は近寄ってくる。

それはハルミをデパート跡まで送った自称広報マンの青年あった。にこにこと営業スマイルをたたえて求められた握手に、ハルミは若干躊躇しつつ手を差し出した。


「まずはシェイクハンドを。この星が割りと長いもので……陛下のお国でも友愛を示す慣習はこれでいいですよね」

「まあ、うちも国際化して久しいし」

「ウルバーン星系人、レンジC+種族の力での排除を確認しました。これだけでも星団連盟市民としての権利回復には十分です。『鉱山』の所有権訴訟にも大いに影響を及ぼすと思いますよ」


青年は腕輪から操作画面を呼び出すと、いくつかのパスを入力して送信する。


「たった今、陛下の諸権利が回復されました。ご苦労様でした」

「…まあ、掃除の『本番』はまだまだこれからなんだけどね」

「ご不在の間に、ずいぶんとはびこっていたようですからね。なんでしたら星区管理当局に申請していただければ、いささかのご助力も可能ですが……もちろん有償ですが」

「まぁ……遠慮しとく」

「それは残念。この星系には垂涎ものの資源がほとんど手付かずで眠っておりますので、必要とあらばいつでもお申し付けください」

「違法に奪うか、公然と奪うか、そのぐらいしか違いないでしょ」

「そんな身も蓋もない」


竜人……ウルバーン星系人に当てていた警棒をはずすと、ハルミはしゃがみ込んで敗者に語りかけた。


「帰って仲間に伝えて。…猶予はこの惑星時間で3日。蓄積した資産は寄付なりなんなりですべて処分してくれればいい。面倒なら、ウチに預けてくれれば処理するけど」

「………」ほとんど聞き取れないようなか細い声が漏れてくる。

「『了解』ってことでいいかな。それじゃ、騒ぎになってるから目立たないように消えて欲しいんだけど……その様子じゃ無理そうだね。『判定官』」

「分かってます。こちらでお運びします。…有償ですが」

「そのぐらいサービスできないのかな~」

「何事にも経費がかかりますので。対価にH2Oを10万トンほどいただければ十分です」

「うわっ、高いよ…」

「ご無理なようでしたら、こちらの御仁はここに放置、ということになりますが」

「…仕方ないなぁ。あげるからさっさと運んで」

「…それではまたの機会に。失礼いたします」


目礼を残して。

その目の前で、青年と竜人は忽然と掻き消えた。

その場に残された幼児たちは、なんだか少し脱力したようにヘリの残骸を見、周囲を取り囲んでいる野次馬たちの喧騒に耳を立てた。

もはや彼らもここから退散するだけである。

やや気まずげにハルミが八神レナのほうを見ると、その目線にぶつかって彼女も我に返ったようだった。


「レナちゃ…」


声をかけた瞬間に、レナは涙を決壊させた。

無理もなかろう、いきなり信じられぬような怪異を目の当たりにしたのだ。目をぐしぐしとこすってせぐり上げるレナをなだめようと、そっとハルミが近寄ろうとすると……彼女は逆に逃げ腰になって後じさる。

見たこともない怪異も恐ろしいが、それを単身叩き伏せたハルミという人間自体が彼女に恐怖を覚えさせたものか。

少しさびしげに目線を落としたハルミであったが…。


「あっ」


レナのそばにいたミユウが、何かに気づいたように短く声を漏らした。

彼女の伺うようなまなざしに、レナが怯えたように身をすくませた。


「…殿方たちは、少し気を使ってください。あー、大丈夫よ、レナちゃん……ぱっと見分かんないから……さあ、陛下たちははやくどっかいってください」


そうしてハルミはレナの色の濃くなった靴下のあたりを見て、おのれの誤解に思い至った。

彼の目に浮かんだ『理解』の色に、レナが再び号泣を始めた。

気の利かない『男』たちは、とりあえずお先に退散を始めたのだった。


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