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その日、新生ルン王国は、真の意味で本格的な活動を開始した。

四五八カラットの例のダイヤモンドは、《デの字》の息のかかったHRD(ダイヤモンド・ハイ・カウンセル)の横槍で取引が難航したものの、分割カットしてカラット数を変更することによりドバイのゴールドスークでの売買に成功した。

売買総額は八千万DH(ディルハム)。日本円にして二〇億円相当となった!

エナ・ティラカ・サラシュバティ・ウルリクは、今後の展開も見据え、ドバイにダイヤ販売拠点として《GEKKO TRADING.co》を設立した。






「お忙しいところ申し訳ございませんが…」


もうこれで何人目だろうか。

《株式会社GEKKO》の口座に、海外から数十億もの現金が送金されるや、口座のある銀行の支店長がさっそくご機嫌伺いに参上した。その後、日を置かずに営業マンのご挨拶訪問が増えだしたかと思えば、やれこの投信は儲かるだのこの保険はお得だのとしつこい営業をかけてくる。まさに一点集中攻撃である。

口座のある銀行だけならばまだしも、他行の営業までもぞろぞろと来だしたからたまらない。そもそもなんで他行の営業がウチの口座内容を知ってるのかそれが問題だった!

ミユウは営業マンのうそ臭い笑顔に思わず顔をしかめた。


「どうかウチともお取引お願いいたします! これつまらないものですが…」


そういって、営業マンはティッシュやら洗剤やら、本当につまらないものを置いていく。へこへことお辞儀しながら出て行くその背中を見送ってから、加積家の運転手が閉口したように何杯目かのお茶をすすった。


「資金は十分にあるっていっているのに、なんで『借りてくれ』という論理になるのか私にはさっぱり分かりませんねえ。こっちが一方的に損じゃないですか」

「付き合ってくれたら、そのうちでっかい融資話にも応じられますよ、ていうバーター取引よ。そんなことよりも」


ミユウを悩ませているのは銀行の営業ばかりではなかった!

社長室の入口にもたれながら腕組みするミユウの目線の先に、来客を理由に待たせてある客の姿があった。

顔を赤くして会社のなかを興奮したようすで説明しまくる八神レナ(5)と、その説明を楽しそうに聞きまくるレナ父の姿がそこにはあった!


「ここが全部ハルくんのカイシャの持ち物なのよ!」

「ほうほう! 本当にちゃんとした会社じゃないか!」

「レナがハルくんとケッコンしたら、これはみい~んなレナのモノにもなるのよ! すっごいでしょ!」


すっごいもなにも。ミユウの口が無言の言葉をつむいだ。

ハルミがここにいなくて不幸中の幸いだった。もしもこの場に居合わせでもしたら、いまレナ父娘に灼熱のまなざしを注ぐマナミ以下侍女軍団に責め立てられて間違いなく血を見たことだろう。最近テレビでよく露出するようになったハルミは、ルン王国の話題に何気に触れて回ることで日本全国に向けて『ルン国民よこの指とーまれ!』の広告塔の役を果たしている。こうしている間にも、確実に新生ルン王国の人口は拡大を続けている。

同時に、テレビ露出が多くなるほどに、野分ハルミという男の子の端麗な容姿が世間に広く知られるようになった。所属プロダクションから送られてくるファンレターの数に、侍女軍団は歯軋りして悔しがったものだ。自分たちだけのご主人さまであったのに!


「あのーですね、レナちゃんのおとうさん」


口の端をひくひくと引き攣らせながら、マナミがレナ父の袖を引いた。

振り返ったレナ父に、マナミは加積家運転手を指差しながら、


「違うから。ここのシャチョウはあのひとです」


渾身のミスリードを試みる。

『ダミー社長』の大役をミユウから賜る運転手は、それなりに経営者らしく見えるイタリア某ブランドのピンストライプのダブルスーツに象牙色のネクタイ、ぴかぴかに磨き上げたオーダーメイドの皮靴でキメている。

しかしレナは騙されない。


「ちがうもん! あれはミューちゃんの運転手なんだもん! シャチョウはハルくんなんだもん!」


いや、まあ当ってはいるんだけれど。

部屋の隅で「そうだそうだ」とさわぐ諏訪リョウジが、横にいた近衛隊の隊員に小突かれて逃げ出した。幼児世界の分かりやすい《腕力のヒエラルキー》が、リョウジをこの会社内の最下位人材となさしめていた! 無念!


「えーっと、ですね…」


ぐりぐりとこめかみをさすりながら、ミユウは不毛な争いの中に割って入った。

そもそもそんな問題にかかずらわっているわけにはいかないのだ。


「業務に差し障りますので、部外者の方はどうかお引き取りください」


「なんだ、仕事なんてしてないじゃ…」レナ父が無用な『正論』を唱えだそうとするのを、近衛隊全員一致協力して力尽くでエレベーターまで押し返す。


「ハルくんと少し話をさせてもらいたいんだがね」

「また次の機会に!」


エレベーターのボタンを押すと、ちょうど上がってきていたハコの中から、宅配業者が荷物を抱えて降りてきた。業者は大人の姿を探して、レナ父ににこやかにサインを求めたが、それを横合いからミユウがとらえて手早くサインする。

そうして荷物を受け取ろうとして、ミユウは失態を演じてしまった!

その大きさから想像される重量よりも桁違いに重かったそのダンボールを、五歳児が抱えるには無理があったのだ。

ドスッと、床に転がったダンボールの封印が破れ、なかからルン王国近衛隊の正式装備が散乱してしまった!


「回収ッ!」


ミユウの号令で十二人に増えた近衛隊……もとい新規創設された『警備部』の面々がいっせいに装備に取り付いた。

三子(十手のような武器)にトンファー、そして特殊警棒の数々!


「ああ、あの、これはおもちゃなんですヨ!」


マナミの慌てふためくのをじっと見つめるレナ父娘。そこに追い討ちをかけるように、宅配業者がすがすがしい笑顔を見せた!


「荷物まだまだありますから!」


エレベーターの中から、とうてい子供の玩具などという量ではないたくさんのダンボールが運び出されてくると、いよいよ状況は微妙なものとなった!


「ほほう、外国からの輸入か……なになに、ATN PS15-3…」

「ああ、これは会社で仕入れた商品で……勝手に見ないでいただけますか!」


持ち上げる暇さえ惜しく、ダンボールを押していく。

警備部が一致団結して荷物を室内に押し込んでから、ミユウは肩で息をしながらレナ父娘にご退場を促した。


「さあどうぞお帰りを!」

「それじゃあがんばるんだぞ、レナや」

「…えっ」


レナ父は言い置いて、エレベーターの中に姿を消した。


「レナ、ちゃんとハルくんのためにがんばるよ!」


手を振って送り出すレナの姿が目にしみるミユウであった。彼女の脳内では、自分がここのコミュニティの一員であることは確定事項なのであった。


「それで、レナはなにをすればいいの?」


こめかみをぐりぐりとさすったミユウは、警備部の一人に耳打ちすると、まだ未接続の古いオフィス電話を用意させて、それを部屋の片隅の机にセッティングさせた。


「それじゃあレナちゃんにはこの電話番をしてもらおうかしら…」

「うん! わかったわ! レナ、ジムインがんばる!」


電話機は置いてあるが、けっして電話はかかってこない。なぜなら繋がってないから!


「ほかの電話には出なくていいからね。ちゃんと当番が決まってるから!」


心の中でとがめる天使の白ミユウが、そんなことしちゃいけないよと改心を促すのだが、悪魔の黒ミユウが彼女の耳をふさいでいる。

ごめんね、レナちゃん。

この騒動が終わったら、正式なジムインとして通用するようにびしばしと鍛えてあげるから。そのときはきっと、政治家の尻拭いで走り回る有能な秘書でも楽々こなせるキャリアガールにしてあげるから。

「うわっ、そのメガネはなんなの?」部屋で起こるレナの歓声。

ダンボールを次々に開封して、装備品を配っていく警備部の面々。その中の暗視ゴーグルが、レナの目にはとてもかっこいい玩具に映ったという。

警備部の最後にリョウジが並んで装備が配られるのを待っていたが、彼には何ひとつ当ることはなかった!


「えーっ、オレには何もないの!」

「あったりまえじゃん。リョウちゃんはよわっちいもん!」


《株式会社GEKKO》警備部の幼児たちが、歯を見せてにかっと笑った。リョウジは涙目になって悔しがったが、すでにこのビルに集う幼児たちが尋常ならざる実力の持ち主であることは彼とて認めているところである。数限りないケンカを経て、彼はこのビル最弱の地位を獲得しているのだから。

五歳にしか過ぎないリョウジとて、もうなにか抜本的な修行か何かのスキルアップなくしてこの連中にはかなわないとの確信がある。

ダンボールにはまだ装備品が相当に余っている。それを横目に、リョウジは警備部の『部長』であるミユウの前へと進み出た。


「オレをおまえのデシにしてくれ!」


唐突に入門を願い出たリョウジに、ミユウは少しだけ嫌な顔をした!


「…弟子って、この忙しいときに」


彼女の前には、断られるなどとは毛ほどにも思っていないリョウジの純真な瞳があった。

警備部の面々も、この願い出をミユウがいかにすげなくあしらうか、その行方を興味しんしんで見つめている。


「あーっ」


しかしミユウの判断は、警備部の面々の予想を裏切るものだった。


「わかったわ。じゃ、あんたは今日からわたしの弟子にしてあげます」

「よっしゃ!」


ガッツポーズのリョウジに、ミユウは低く笑って、


「これからあんたは、わたしに絶対服従するのよ。いいこと?」


ゼッタイフクジュウ、という言葉をリョウジは知らなかったが、なんとなくは分かったという。弟子は師匠の言うことを聞くのがお約束だ。


「あんたにはこれから、『カギ当番』をやってもらいます」

「カギとうばんだな! わかった」

「カギ当番の役割は、毎日夕方の五時になったら、ここの鍵をかけて家に帰ること! 中に残ってる人もちゃんと帰らせること! わかった?」

「五時だな! まかせとけ!」

「それでわたしたちは、そろそろ出かけるから、あんたはお留守番をして、五時になったら鍵をかけて、レナちゃんと一緒におウチまで帰ること。いいわね」

「…それだけか?」


リョウジの期待を込めたまなざしに、ミユウの眉間に皺がよる。きっとめんどくさいんだな、と警備部の面々は察したという。


「じゃあ、それまでのあいだに、腕立て伏せ百回と腹筋百回よ」

「そうか! それでオレも強くなるんだな!」


さっそく腕立て伏せを始めたリョウジを横目に、マナミたち侍女三人が「ご健闘を!」と手をひらひらさせてミユウたち警備部を見送った。晴れやかな出立に、警備部員たちの表情は輝いて見えた!

イリヤー姫救出作戦は、いままさに開始されたのだった!






新生ルン王国は姫を救出することができるのか?

何気に成長を始めた《株式会社GEKKO》は、地味に国際展開を開始した。

世界のダイヤモンド流通を支配する《デの字》が、突然中東から出回りだした大粒のダイヤの出所を調査し始めていたが、まだ《GEKKO TRADING.co》の存在にはまだ至ってはいない。


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