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第十話 四.寂しさに煙る夜景デート

 翌日の午後、真人の携帯電話に嬉しいメールが届いた。送信してきた相手はアパートの住人である麗那。メールの本文は以下のような内容であった。

「明日の午後から、お仕事がオフになりました。約束していた通り、デートしませんか?お返事待ってます♪」

 このメールをチェックした途端、喜び勇んで思わず雄叫びを上げてしまった真人。アパートの留守番役を祖父の居太郎から了解をもらうなり、彼はすぐさまOKサインのメール返信を入れた。

 嬉しさに表情が綻び、心までもが躍り、ときめきの予感を抱かせる二人きりのデート。眠れない夜を過ごした真人は、胸の高ぶりを抑えられぬままに、その翌日であるデート当日を迎えたのだった。

「待ち合わせ場所は、確か・・・。そうそうあそこだ。」

 真人が電車を乗り継いで到着した先は、東京都内の新宿駅東口にある、クリスマスムード一色の新宿アルタ前。

 時刻は午後2時を過ぎたばかり。平日とはいえ、さまざまな若者たちで賑わうここが、麗那と落ち合う待ち合わせ場所であった。

 ちょっとだけ遅れるかも知れない。つい先ほど、麗那からそんなメールを受け取っていた真人は、人ごみから離れつつも、新宿アルタを見渡せるところでしばし待つことにした。

 空気が凛として冷たいものの、お天気はそれなりに上々。しかも、買い物のお手伝いではなく正真正銘のデートともあり、すっかり張り切っている真人は、この日のために新調したダウンコートを羽織り、比較的みすぼらしくないジーパンを履いてきた。

「う~ん、いざデートとなると、やっぱりドキドキするなぁ。」

 同じアパートで暮らし、日頃から雑談したりお酒を一緒している麗那が相手でも、やはり二人きりのデートとなると興奮するのだろう。真人はふと、渋谷で買い物デートした時のことを思い出し、その時とは違うテンションの高ぶりを感じていた。

 腕時計を何度かチェックしているうちに、時刻は午後2時10分近くになった。そろそろかな?と、真人は目を皿のようにして待ち合わせ場所を凝視してみる。

 慌ただしい雑踏の中に薄っすらと浮かぶ、新宿アルタの方へ歩いてくるスタイリッシュな女性の姿。黒のモッズコートから覗くチェック柄のスカートがかわいらしく、キャスケットの帽子と茶色いフレームのメガネがちょっぴり大人の雰囲気を醸し出していた。

 そのスマートな女性を目にするなり、真人はショーウインドウに映る自分の身なりを整え直す。ショートブーツの踵をコツコツ鳴らして颯爽とやってきた女性こそ、彼に愛らしい微笑みを向ける、現役のファッションモデルの麗那であった。

「マサくん、遅れてごめんなさい。結構、待たせちゃったんじゃない?」

「いいえ。そんなに待ってないですよ。ぜんぜん気にしないでください。」

 ちゃんと合流できたからか、安堵の表情を向け合う真人と麗那の二人。いつも顔を見せ合える間柄にも関わらず、なぜか不思議と照れてしまって、二人とも少しだけおかしな気分だったようだ。

「マサくんのそのダウン、カッコいいね。デートだから、ちょっとばかり気合を入れたのかな?」

「はは、そんなところです。麗那さんの方こそ、さすがはモデルさんらしく、どれも素敵ですね。」

 麗那と真人は出会って早々、お互いのファッションセンスを褒め合っていた。傍目で見たら、その微笑ましいやり取りは恋人同士のように映らなくもない。

 そのせいか、新宿アルタの前に群がるギャラリーや、路地を歩いている通行人たちの目線が、この不釣合いな二人へと向けられていた。しかし、真人も麗那もそんな羨望の眼差しなどお構いなしに、二人だけのデートをスタートさせるのだった。

「ところで、麗那さん。これからどこへ行くつもりなんですか?」

「うん、それなんだけどね。・・・マサくんは、その、縁起とかそういうの、気にする方?」

 伏し目がちな麗那からの質問に、真人は意味がわからずキョトンとした顔を傾げてしまった。

 これからのデートコースに縁起とか迷信とか、そういった謎めいた神秘的なものがあるのだろうか?真人は差し当たり、あまり気にしない方だと率直に答えると、麗那はホッとしたような表情で頬を緩めた。

「それを聞いて安心したわ。それじゃあ、これからスケート場に行きましょう。」

 スケート場というデートスポットに、またしても呆けた顔をしてしまう真人。先ほどの縁起とスケート場がどうにも結びつかない彼は、悩ましげに首を左右に捻るばかりだ。

 真人の頭上に浮かぶ疑問符を取り除いてくれたのは、麗那の控え目ながらも、彼に対する心優しい一言であった。

「だってほら。マサくんは受験生だから、滑るとか、落ちるとか、縁起が悪いって言うじゃない?」

「あ、あー。そういうこと、だったんですね。・・・ははは、世間的にはそう言われてますね。」

 真人は思わずプッと笑い声を漏らしてしまった。受験生にとって禁句となる言動に触れた麗那が、ちょっぴり子供っぽくてかわいらしかったのだろう。

 含み笑いをした真人を見て、せっかく気を遣ってあげたのに!と、麗那は赤らんだ頬をプクッと膨らませる。その照れた表情がまた愛らしくて、真人は謝罪を口にしながらも、込み上げてくる微笑を止めることができなかった。

「でも、麗那さん。オレはスケートなんて初めてだから、たぶん滑れませんよ。」

「それなら心配ご無用よ。わたしが手ほどきしてあげる。それじゃあ、行こうか。」

 コーチがいてくれたら安心だろうと、真人は滑って転ぶ覚悟で麗那のお望みに応えることにした。ここでたくさん滑っておけば、大学受験には滑らないだろうと、それこそ縁起を担がんばかりに。

 ここから一番近いスケート場は、新宿駅から数駅先にある千駄ヶ谷駅の近くにあるという。二人はジングルベルがかすかに聞こえる喧噪の中を、出発の地となる新宿駅を目指して歩き出していった。


 =====  * * * *  =====


 新宿駅を離れてから1時間ほど経過し、ここは明治神宮外苑にあるスケート場。

 スニーカーやブーツをスケートシューズに履き替えて、つるつるに凍った真っ白いアイスリンクへ降り立った真人と麗那の二人。

 スケート場は平日だけに賑やかではないものの、数組のカップルらしき男女や、小さい子供を連れた女性の姿がちらほら見受けられる。混雑していない分、ぎこちない動きの真人が一際目立ってしまうのは致し方のないところだろう。

「し、信じられない。こんな包丁みたいな金具2本で、どうやって滑るというのだ・・・?」

 真人は滑り出しのタイミングがわからず、リンクに立ってすぐさま、手すりのある壁際に慌てて逃げ帰ってしまう。彼のあまりの哀れな姿を見つめて、麗那は呆れたような苦笑いを浮かべるばかりだ。

「ほら、マサくん。手を貸してあげるから、こっちにいらっしゃい。」

 アイスリンクの上でも物怖じせず、威風堂々と地に足を据えている麗那。彼女が差し伸べる暖かい両手を求めて、真人はロボットのような動作でギクシャクと足を踏み出した。

 その道中、右に逸れるわ左にずれるわと危なっかしい面もあったが、真人はどうにか、麗那の待ち受けていた両手をがっしりと握り締めることができた。

「お、お待たせしました。・・・どうか、お手柔らかにお願いします。」

「フフ、任せなさい。慣れるまではゆっくり滑るから安心して。」

 顔面蒼白を隠せない真人は、微笑む麗那に手を引かれて静かに滑り出していく。けん引されるその姿はすっかりへっぴり腰で、近くを優雅に滑る小さい子供たちに笑われてしまう始末だった。

 とはいえ、真人に恥ずかしがっている余裕などない。動揺する視点は光り輝く氷ばかりで、緊張のあまり背中は汗でびっしょりだ。進むうちに腰が引けてきて、彼の姿勢はどんどん中腰になってしまう。

「マサくん、大丈夫だって。わたしの手をしっかり掴んでいれば、転ぶことないから。」

 そうおっしゃられても・・・と、真人は不安な思いをごまかせなかったが、麗那から手ほどきを受けていくうちに、手を離すことはできないにせよ、少しずつだが滑る格好が様になってきた。

 うんうんその調子と、麗那からの励ましが功を奏したのか、氷上にスケートシューズが付いていることを実感できた真人は、世間話が話せるほどの落ち着きを取り戻していたようだ。

「麗那さんはずいぶん慣れてるみたいですけど、スケート場はよく来るんですか?」

「大人になってからは少なくなったけど、小さい頃は、よく両親とか友達と遊びに来たんだよ。」

 幼少の頃からおしゃまで活発だったという麗那。日焼けを嫌がる彼女がもっぱら遊ぶところといったら、屋内で楽しめるボウリング場やスケート場だったそうだ。

 負けず嫌いの性格が災いしたのか、麗那はボウリングもスケートもとことんのめり込んだらしく、いつの間にか、お友達が白けてしまうほどの腕前になっていたとのことだ。

「へー、それじゃあ、お楽しみ会で今度、スケート大会なんてのもおもしろそうですね。麗那さんがダントツ一位になっちゃいますけど。」

「え?・・・うん、そうだね。」

 麗那は眼差しを下に落として、落胆するように表情を曇らせてしまう。お楽しみ会のことを嬉しそうに口にする真人を見て、彼女の胸は締め付けられるような息苦しさを感じた。

 その心の戸惑いが麗那の足のリズムを狂わせた。上の空になっていた彼女は、後ろ向きに滑る速度をつい無意識のうちに上げてしまい、真人の両手を勢いよく引っ張ってしまった。

「わっ、麗那さん!?」

「えっ!?」

 両足のバランスを失った真人が、スピードに乗って麗那に向けて突進してくる。制御が利かなくなってしまった二人の行き着く先は、冷たいアイスリンクの上に転倒してしまうという運命であった。

 ドシンといった音を響かせて、氷上に尻餅を付いて倒れ込んだ真人。そして、彼の上に覆いかぶさるように倒れてきた麗那。まさに、アイスリンクの上で抱き合う格好になってしまった二人。

「あ・・・。」

 真人と麗那はお互いの火照った顔を向け合う。

 まるで時間が止まったかのように、二人は見つめ合ったままピクリとも動かない。怒涛のごとく激しく高鳴る鼓動が、密着している二人の全身にドクドクと伝わっていく。

 ヒヤッとするほど冷たい感触を背中に受けている真人。しかし、抱き合う麗那から伝わる温もりが、冷たいはずの彼の体を燃えるように沸騰させる。

「ご、ごめんなさい、麗那さん!」

「う、ううん、わたしの方こそゴメン!」

 慌てて上体を起こした麗那は、氷上に倒れている真人の手を取り、彼の上体をゆっくりと起こしてあげた。

 顔を真っ赤にした二人はお尻の冷たさも忘れて、アイスリンクに座り込んで伏し目がちになる。ドキドキと心音が騒がしいまま、しばらくそこから立ち上がることができなかった。

「マサくん、本当にゴメンね。・・・わたしが不注意だったばかりに。」

「大丈夫です。・・・その、密着できたおかげで、体がほくほくと暖かくなりましたから。」

 麗那と真人は照れ笑いなのか、それとも苦笑いなのかわからない表情を見せ合った。もうこの二人に、つまらぬ遠慮や気遣いなど無用なのだと、そう思わせるような初々しい一コマであった。

「麗那さん、もう少しだけコーチしてもらってもいいですか?滑れないままじゃ、悔しいですからね。」

「お、調子付いてきたのかな?フフフ、いいわよ。今日は時間が許すまでいっぱい滑りましょうか。」

 それからもしばらく、真人と麗那は温もる手を取り合って、二人きりのスケートを心行くまで楽しんだ。

 時間は瞬く間に流れていき、この二人にとって思い出深いスケート場を後にした頃には、屋外はちょっぴり薄暗い夕方近くとなっていた。

 それは言うまでもなく、麗那が真人に決意を告白する時が、刻一刻と迫っていることを意味していたのだった。


 =====  * * * *  =====


 真人と麗那はレストランで夕食を手軽に済ませた後、本日最後のデートスポットとなる、東京都のお隣にある千葉県、彼女の生まれ故郷まで足を運んでいた。

 二人が訪れた先は、千葉市の東京湾沿いにそびえる千葉ポートタワー。もう夜も近づいているせいか、潮風は肌を刺すほどに冷たく、タワー周辺に飾られたクリスマス装飾が、澄んだ空気の中で色鮮やかに輝いていた。

 この千葉ポートタワーの特徴は何と言っても、ビュープロムナードという展望フロアからの夜景である。東京タワーに高層ビル群、千葉市の幕張副都心を一望できるここは、会社帰りのカップルたちにもお奨めのエリアであった。

「わぁ、マサくん、ほら。景色がとっても綺麗だよ。」

「おお、すごいですね。思ったよりも遠くまで望めるんだぁ。」

 麗那と真人が望む遠景とは、落日で赤みがかった東京の街並みと、もうすぐ訪れる蒼色の夜空とのコントラストだ。

 そのパノラマに広がる絶景に、興奮のあまり息を飲み込んで絶句している二人。この景色を前にしたら言葉などいらない。二人は少しの間、それぞれの感激のままに夜景を眺望していた。

「・・・あの時からもう何年も経ってるのに、ここからの景色はあの頃のまま。」

 独り言をつぶやいた麗那の虚ろな視線は、はるか遠くで輝き放つ東京の摩天楼に向いていた。夜景に思いを馳せるそんな儚げな彼女のことを、真人は憧憬なる眼差しで見つめていた。

 モデルとしてデビューしてから数年。雑誌の片隅に載るぐらいの半人前から始まり、今ではテレビやショーで活躍するほどのトップモデルにまで上り詰めた麗那。彼女はデビューして間もない頃、この展望室からこの遠景をよく眺めに来ていたそうだ。

「ここからね、東京の街を見下ろしながら思ったの。・・・いつかは、あそこで超一流のファッションモデルになってみたい。あそこには、わたしの夢と希望があるんだって。」

 その夢と希望を手に入れたであろう麗那の表情は、展望室の薄暗い照明の中でも美しく、際立つほどに映えていた。魅惑溢れる彼女の横顔に、真人はつい引き寄せられて釘づけとなってしまう。

 麗那は自分のことばかりで申し訳ないと苦笑し、話題を切り替えるように、ボーっと呆けている真人に声を掛けてきた。

「マサくんはどう?大学合格の自信は?お料理とか、食生活とか、例のアドバイザーの資格とかどうするの?」

 話題が途端に変わり、さらにいきなりの質問攻めのせいで、真人はびっくりした顔で上擦った声を上げた。彼は火照り気味の顔を冷ましつつ、彼女からの質問に一つ一つ回答していく。

「実をいうと、食品衛生アドバイザーなんですけど、本格的に取得を目指して勉強してみようと思ってます。大学の方も、食品学とか栄養学を専攻できるところを狙ってみようかと。」

「そうかぁ。マサくんも進むべき道筋が見えてきたみたいだね。フフフ、よかった。」

 照れくさそうに恐縮している真人の姿に、胸を撫で下ろすように微笑んだ麗那。しかしその直後、彼女がちょっぴり切なそうな表情に変わったことを、うつむき加減だった彼は気付かなかったようだ。

「これなら、お姉さんも安心して遠くへ行けるかも知れないな・・・。」

「・・・え?」

 真人がキョトンとした顔をしている中、麗那は吸い寄せられるように東側方面の展望エリアへ向かった。不思議そうに首を傾げる彼は、無言で歩き続ける彼女の後ろ姿を追いかけていく。

 東側の展望エリアからは、東京都とは反対の千葉市の市街地が眼下に広がる。こちらも東京方面に負けず劣らず、眩しくて煌びやかな街灯のパレードが映し出されていた。

「麗那さん、こっちの方角に何かあるんですか?」

 生まれ故郷の遠景を望みながら、麗那はゆっくりと右手を挙げて、東北東方面に人差し指を突き立てる。

「わたしのこの指の向こうに、これからの、わたしの夢と希望があるの。・・・東京じゃなくて、もっと大きなフィールドへ旅立つ、わたしにとって二度と訪れない夢と希望が。」

 麗那が指し示していた方角にあるもの、それは、世界の玄関口と呼ばれる成田国際空港。海外デビューのために旅立つ、彼女の新たなスタートを切る場所でもあった。

 いくら土地勘のない真人でも、千葉県に存在する国際空港のことは知っており、しかも麗那の伝えてきた台詞から、彼女が何を言わんとしているのかおのずと想像はできていた。

「麗那さん、まさか、もしかして・・・?」

「そう。・・・わたし、フランスのパリへ行くことにしたの。ファッションモデルの最高峰を目指して。」

 その衝撃的な告白は、真人の表情を一瞬で硬直させた。

 それが海外デビューであることを知らされた真人は、顔色からみるみる血の気が引いていき、胸をピストルで撃ち抜かれたような錯覚すら覚えていた。

 夢と希望を語りながらも、麗那は溜め息交じりで頭を垂らしてしまう。その浮かない顔色こそが、この決心に行き着くまでの彼女の苦悩を物語っていた。

「海外デビューが決まってから、わたしはずっと悩んだわ。・・・女性としての幸せを捨てて、みんなと離れてまでも、わたしは夢と希望を追いかけるべきかって。」

 亡くなってしまった先輩の面影、親友である紗依子の励まし、そして、人生の先輩たちからの勇気付けるメッセージが、麗那の迷っていた心を揺れ動かし、大いなる挑戦へと奮い立たせたのだという。

 夢とも現実とも思えない不思議な感覚のまま、真人はしきりに頭を振り乱す。冷静さを失ってはいけないと、今はただ、自分自身にそう言い聞かせることしかできない。

「・・・このこと、他の住人のみなさんは?」

「まだ知らないわ。アパートの住人で知っているのは、マサくん、あなただけよ。」

 麗那にとってこの悲壮な決意、ここにいる真人の他には、事務所の関係者と相談に乗ってもらった紗依子以外、誰も知らないのだという。

 アパートを離れることに負い目を感じてしまい、住人たちに打ち明けることをためらい続けた麗那。旅立つ日まで残りわずかとなっていく中、彼女は真人に打ち明けることで、告白しやすい環境づくりを模索できればと考えていた。

 やり切れなさに寂しげな顔をする麗那に何とか協力したい。真人は一人の勇敢な男として、もちろんアパートの管理人としても、この場で一肌脱ぐことを約束するのだった。

「わかりました。住人のみなさんへの告白のことは、オレの方でも考えてみますね。」

「ありがとう、マサくん。あなたには、いつも面倒ばかりかけてゴメンなさい。」

 真人は毅然に振る舞って見せるも、ショックを隠し切れず落胆の顔色をごまかせないでいた。ただでさえ、目を背けたい現実なのに、それを住人たちにどう受け止めてもらえばいいのだろうか?

 それはそれとして、真人はこの時、一つだけある疑念が浮かんでいた。家族のように信頼している住人たちの中で、麗那はどうして、自分に一番最初に告白してくれたのだろうかと・・・。

「フフフ、それはね・・・。」

 真人が神妙な面持ちで尋ねてみると、麗那は寂しそうな表情から一転、とても愛らしい笑顔を見せてくれた。

「マサくんはね、わたしにとって、何でも話せて頼りになる大切な人だから、一番最初に伝えたかったの。きっと、わたしのことを暖かい気持ちで送り出してくれる。そう信じていたかったの。」

 麗那はほんのりと頬を赤らめて、真人の冷え切った両手をギュッと握り締める。その肌触りと温もりが、彼の動揺していた胸中を、静かに、そして穏やかに慰めていくようだった。

「今日はデートに付き合ってくれてありがとう。」

「いえ。オレなんかを誘ってくれて、こちらこそ感謝してます。」

 真人と麗那の二人はそれからしばらく、手をつないだままビュープロムナードからの夜景を楽しんだ。

 どんなに恋心を抱いても憧れのままで留めておこう。真人はこれまで、ときめく淡い心をそう押え付けていたが、麗那から熱いぐらいの想いを感じ取った彼は、とうとうその感情に嘘をつくことができなくなっていた。

 だが現実というのは儚くて空しいものなのか・・・。この二人の向かう先には、旅立ちと別れという言葉以外に何も存在していなかったのであった。


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