第一話 一.管理人と六人の住人たち
10月初旬。見渡す風景や佇まいは、もうすっかり秋の色をした神無月。
世間一般では衣替え。街行く学生は真っ白いシャツの上に上着を着重ねて、会社員もネクタイを締めて背広を羽織っている。肌の露出が少なくなり、どことなく寂しさを感じさせる季節の到来だ。
そんな秋めいてきたある月曜日の朝。「ハイツ一期一会」という名のアパートの玄関先で、せっせと掃き掃除をする一人の若者がいた。彼は秋の訪れを肌で感じながら、巻雲が浮かんでいる上空を見上げる。
「今日はいい天気になりそうだ。」
さっぱりとした短髪で、見た目は、特に特徴のないごく普通の青年といった感じの若者。彼の名前は一桑真人。年齢は二十歳。この「ハイツ一期一会」の管理人である。
この真人という若者、良く言えば、人優しい性格。悪く言えば、筋金入りのお人よし。引っ込み思案で臆病者であるが、このアパートで暮らす住人たちとの触れ合いにより、幾分か積極的な面も見られるようになった。
箒を手にしてテキパキと歩き回る真人。彼は一人前の管理人として、今朝もまた、日課である庭掃除に精を出していたのである。
「それにしても・・・。熱心だね~、いつまであのままでいるつもりかね?」
真人の見つめる先にいる人物は、庭先に飾られた盆栽たちを凝視して、まるで子供をあやすように、その一つ一つに優しい声を掛けている。
髪の毛のないつるつる頭に、額のしわに年輪を感じさせるご老人。彼こそ、このアパートの元管理人、八戸居太郎である。御年七十二歳であるが、まだまだ元気いっぱいだ。
「じいちゃん、いつまで盆栽に話しかける気だよ?近所の人に見られたら、ボケたと思われちゃうよ。」
「バカもん。盆栽というものはな、こうやって愛情込めてやると立派に育つんじゃ。受験生にもなって、そんなこともわからんのか!」
ちゃんと勉強せんかと、真人の頭にげんこつを落とそうとする居太郎。そのお叱りの鉄槌を、さっと身を翻して避ける真人。
「失礼だなぁ。大学受験のために盆栽のことまで勉強するわけないよ。」
真人は呆れた顔をしている。実際の受験にそんな選択科目があったら、世の受験生もさぞビックリ仰天であろう。
この元管理人の居太郎だが、現在の管理人である真人の母方の祖父でもあった。隠居の身ではあるものの、今でもアパートにやってきては、大好きな盆栽いじりと、孫に何かと諫言をこぼす日々を送っているというわけだ。
真人が居太郎から管理人を受け継いでから半月ほど。真人にしてみたら、鏡となるべく先代が身近にいることは何より心強いだろう。とはいえ、要らぬ小言ばかり聞かされて、耳が痛い思いもしていたようだが。
「うんうん、これも素晴らしい出来じゃな。次の品評会が楽しみだのう。」
「品評会?・・・ああ、そういえば、この前盆栽の品評会で賞をもらったそうだね。」
居太郎はとても嬉しそうな顔で、興味なさそうな真人に、その受賞した盆栽をここぞとばかりに自慢する。その盆栽は、しなやかなに曲がった模様木が美しく、針葉の緑が映える五葉松であった。
盆栽のことに疎い真人にしたら、それがどんなに素晴らしくて、どんなに素敵なのかわかるはずもない。それでも彼は、祖父のご機嫌を損ねないよう、取り繕うように作り笑いを浮かべていた。
祖父と孫の微笑ましい(?)会話が続く中、アパートの玄関から姿を見せる住人の姿。薄手のジャケットの下から覗く、カーキ色のタートルネックのセーターが秋らしい。
「お二人とも、おはようございます。」
真人と居太郎に挨拶を交わしてきた住人。それは、これから仕事先へと向かうファッションモデルの二ヶ咲麗那であった。
艶やかなストレートヘアが似合う端麗な顔立ちで、くっきりとした目元に麗しの唇が色っぽく、今朝もいつになく一段と魅力的だった。
「ああ、麗那さん、おはようございます。」
「おお、麗那ちゃん!これからお仕事じゃな?」
ニッコリ顔の男性二人に、麗那は明るく微笑みながらコクンとうなづく。
麗那はモデルに復帰してからというもの、専属雑誌の他にも、イベントやファッションショーまで精力的にこなしていた。今日も一日、専属雑誌「Lavie」の特集に載せる写真撮影があるという。
朝から晩まで仕事に勤しむ麗那。疲労した様子など一切見せず、彼女は朝早くから、さわやかな笑顔だけを見せていた。
「あ、これコスモスですね。かわいい。」
麗那はゆっくり腰を曲げて、庭先に咲く紫色の花びらにそっと触れる。可憐なコスモスと、綺麗な女性とのツーショットは、何とも絵になる光景である。
花びらはまだ開き始めたばかりなので、あと三日ほど経てば見頃だろうと、居太郎は嬉しそうに顔をほころばせていた。
盆栽と同様に、草花にも関心が薄い真人。そんな彼でも、可憐な横顔の麗那には関心があったらしく、無意識のうちに、彼女の美顔をまじまじと見入ってしまっていた。
「よし、行ってきます。マサくん、わたしの帰りちょっと遅くなりそうだから、戸締りとかよろしくね。」
「あ、はい!了解しました。気を付けて行ってらっしゃい。」
ハッと我に返った真人は、照れくささをごまかしながら、麗那の出掛けていく後ろ姿を見送った。そんな呆けている孫の顔に、締まりのないニヤリ顔を突き付けてくる祖父の居太郎。
「おいおい、マサ。いくら美しいからといって、麗那ちゃんに惚れちゃいかんぞ?」
「な、何言い出すんだよ、じいちゃん!?オ、オレは別に、そういう感情なんて・・・。」
そういう感情なんて、ないわけないじゃないか・・・。真人は恥らいつつ、心の中でそうつぶやくのだった。
真人と居太郎がワイワイとじゃれ合っていると、玄関から次なる住人が姿を見せる。
ワンレングスの黒髪を肩まで伸ばし、凛々しい眉と締まった目尻を持ちつつも、まだ幼さが残る顔立ちをした女子学生だ。
「おはようございます。」
その女子学生の名前は七瀬川由依。年齢は十八歳の現役高校生、このアパートで唯一の未成年である。
由依はパリッとした凛々しい制服を着こなし、真っ白いソックスが清潔感を抱かせる。髪型も綺麗に整えており、その容姿はまるで、貴族のお嬢様のように見えなくもなかった。
「由依さん、おはよう。これから登校だね。行ってらっしゃい。」
「おお、由依ちゃん。その制服よく似合っておるのう。さすがは立派な学生さんじゃ。」
このアパートから歩いて30分ほど先にある、都立高校に通っている由依。彼女は最終学年である三年生であり、いよいよ大学受験を控える大切な時期でもあった。
「ありがとうございます、おじいちゃん。」
居太郎の絶賛の言葉に、お礼を口にしながらはにかんでいる由依。実はこの二人はお友達同士。もしかすると、史上最大級の年の差フレンドかも知れない。
由依はおとなしく慎ましやかな性格だけに、真人や住人たちと会話する時は、礼節を重んじるかしこまった態度を取るが、居太郎の時は例外で、声色が途端に明るくなったりする。
「あ、おじいちゃん。その盆栽、とても素晴らしい出来栄えですね。」
「むむ、さすがは由依ちゃん。どこかの誰かさんと違って、盆栽のわびさびがわかっておるな。」
その、どこかの誰かさんである真人は、どーせわびさびなんかわかりませんよと、憮然とした表情で小さく言い返していた。
真人の苦言などどこ吹く風とばかりに、盆栽談義に花を咲かせる居太郎と由依の二人。仲間に入れない悔しさに、彼はやるせない空虚感を抱かずにはいられなかった。
「あ、そろそろ行かないと。では、おじいちゃんに管理人さん、行ってきます。」
制服のスカートをふんわりと翻し、由依は学び舎へと駆け出していく。
居太郎は寂しそうな顔つきで、お友達とのしばしの別れを惜しんでいる。そんな色ボケな祖父を冷たい目つきで見つめる真人も、玄関先から住人たちの無事を心から祈るのであった。
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ここは「ハイツ一期一会」のリビングルーム。
カーテンを開け放った大きな窓から、心地のいい日差しが優しく入り込み、室内はほんわりとした穏やかな空気に満たされていた。
このリビングルームは共同で利用しているため、昼夜問わず、住人たちの出入りが多い場所でもある。
丁度朝8時になろうかという時刻。このリビングルームの片隅には、しゃがみ込んで独り言をつぶやく一人の住人がいた。その住人の真ん前には、白と黒の毛色で、ピンクの首輪を巻いた一匹の猫が寝そべっている。
「ほーらぁ、ニャンダフル。朝ごはんだよぉ。たんとお食べ~。」
ギャル風の巻き髪をリボンで縛り、少しばかり小麦色の肌をショートパンツから覗かせる住人。彼女の名前は四永潤。
寝ぼけ眼の潤が差し出した朝食に、おいしそうにありつくこの猫こそ、アパートのペット兼マスコットであるニャンダフルだ。ちなみに、性別はオスである。
「よしよし、いっぱい食べるんだよぉ。」
お食事を楽しむニャンダフルのことを、潤はまるで子供をあやすように優しく撫でている。
アパートでは住人という立場の潤でも、このニャンダフルに対しては、親代わり兼管理人という立場。食事の準備や後始末、排泄物の片付けといったお世話は、彼女の役目であり日課でもあった。
潤が猫と微笑ましい時間を過ごす最中、このリビングルームに黒っぽい人影が入ってきた。漆黒のネグリジェ姿で、血の気がないほど色白な顔をした住人は、部屋の隅っこにいる潤たちに気付いたようだ。
「あら、おはよう、潤。今朝はちゃんとエサの準備を忘れなかったのね。」
黒髪を腰の辺りまで下ろし、冷ややかな目で微笑している住人。それは、毎朝お楽しみのモーニングコーヒーを嗜もうとやってきた五浦あかりだった。
「失礼だなぁ、あかりー!忘れることなんて時々じゃん。いつも忘れてるみたいに言わないでよぉ。」
潤はパッチリとした目を擦りながら口を尖らせる。忘れっぽい性格の彼女だけに、時々エサの準備を怠ってしまい、そのたびに、真人から嫌味交じりのお叱りを受けることがある。
気にしない、気にしないとあっさり聞き流すも、潤はそれなりには反省するようで、ニャンダフルを本当の息子のようにかわいがり、ここぞとばかりに過保護ママぶりを発揮していた。
「さてと。わたしはコーヒーでもいただこうかしら。」
「あ、それならさぁ、あたしにも牛乳コップ一杯ちょーだい。」
間髪入れず、しかも遠慮なく申し出てくる潤に、あかりはあからさまに不機嫌な顔をする。
「あなた、ますます調子付いてきたんじゃないの?管理人ならまだしも、わたしまでコキ使うとは。」
「コキ使ってるんじゃないよ。ついでだもーん。」
このわがまま娘に何を言っても無駄だろうと、あかりは溜め息一つこぼして、渋々コーヒーと牛乳の支度を始めるのだった。
インスタントコーヒーとお湯を注いだマグカップ、そして、冷えた牛乳の入ったグラスを手にして、あかりは室内にあるテーブル椅子へと腰を下ろす。
あかりの向かい側の椅子にちょこんと座る潤。コーヒーと牛乳というベストマッチ同士で、彼女たちは乾杯するように高らかな音色を響かせ合った。
「ふぅ、おいしい。」
満面の笑顔で牛乳を口に含む潤は、現在、女の魅力を高めようと美容学校に通っている。夜は夜で、キャバクラ勤めも続けており、モデル志願の彼女にしたら切磋琢磨する毎日であった。
その一方、コーヒーを楽しむあかりは、ハードボイルド漫画の実力者として読者から高い支持を受けていた。最近は熱烈なファンも増えたようで、ファンレターなんかも時々届いているそうだ。
すがすがしい朝に、優雅なひと時を楽しむ潤とあかりの二人。落ち着いたムードの中、さりげなく口火を切ったのは潤の方だ。
「でも、あかりさー。ここ最近になってちょっと変わったよねぇ?」
潤の思ってもみない問いかけに、あかりは思わずコーヒーを吹き出しそうになる。
「何よ、唐突ね。何がどう変わったというの?」
「うん、性格が穏やかになったというかぁ、丸くなったというかぁ。」
顎に人差し指を押し当てて、潤は思い耽るように天井を見上げていた。
潤のイメージにあるあかり像は、何者も寄せ付けない威圧感を放ち、鋭い目つきで人を見下ろす、大胆不敵で天下無敵の女性だったようだ。
ここ最近になって、昔のような刺々しさがなくなり、暖かみも生まれて、人当りも良くなったようだと、潤は感じるままにそう話していた。
「そ、そんなこと、ないと思うけど・・・。わたしはこれまで通りのつもりよ。」
あかりは口では否定してみたものの、心の奥底では、何となく心境の変化があったことは否めなかった。その感情が、彼女の声色にそれとなく伝わっているのがわかる。
ちょっぴり動揺しているあかりを見るなり、潤は口角を吊り上げて悪戯っぽくにやついた。
「やっぱりさ、マサがやってきたからかなぁー?」
「は、はぁ!?」
またしてもコーヒーを吹き出しそうになるあかり。彼女は眉をしかめて、管理人がどうして関係あるのかと、それはもうえらい剣幕で怒鳴り声を上げた。
「あれ、違ったぁ?・・・あたしはさ、マサの存在って大きいけどなぁ。気軽に相談できるし、いろいろな面で頼ってるけどなー。」
「・・・それについてまで否定はしないけど。確かに、一人前の管理人としての度量は備わってるわね。」
ここにいる二人とも、管理人である真人には、いろいろな場面で救ってもらい、支えてもらった過去がある。彼女たちにしてみたら、ときめくほどの感情はなくとも、信頼のおける大きな存在であることに違いはなかった。
と言ってはみたものの、積極性が足らずに優柔不断なところが悪い点だと、二人はクスクスと笑いながら真人の欠点を暴露していた。この辺りが、いまいちカッコよくなれない彼の悲しい定めであろう。
「潤。あなた、管理人のことを平然と言ってるけど、自分のこと棚に上げてない?」
「えー?それ、どういう意味よぉ?」
さっきのお返しとばかりに、あかりは潤の怠惰っぷりを完膚なきまでぶちまける。
「ニャンダフルの親代わりになって少しは変わると思ったら、あなた、まったく大人になってないじゃないの。」
夜更かしに二度寝は当たり前、ぼさぼさ頭に締まりのないジャージ姿で、朝も昼間も廊下をうろつくその自堕落さ。もう少し姿勢を正しなさいと、あかりは説教ばりの口調で声を張り上げた。
「う~・・・。あかりの意地悪ぅ。」
さすがに何も言い返せず、しゅんとして頭を垂らしてしまう潤。アパートの年長者のしつこい説教は、それから数分間ほど続くのであった。
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ここは「ハイツ一期一会」の二階にある物干し場。
住人たちの洗濯場からつながるこの物干し場は、今朝のように晴れやかな日は、洗濯物を干すには絶好のポジションである。
さわやかな朝日が降り注ぐ朝8時30分。鼻歌交じりで洗濯物を干している住人が一人。
輝かしいブロンド髪をそよ風になびかせて、コバルトブルーの瞳を宿した西洋風の女性、パジャマ姿で歩き回る三樹田ジュリーだ。
「気持ちいいお天気ネ。」
ジュリーは大きく伸びながら天を仰ぐ。優しく舞い降りる日差しをいっぱいに浴びて、彼女は紫外線消毒とばかりにその身をさらしていた。
「ジュリー、おはよー!」
ジュリーの背中に呼びかける、また別の住人がやってきたようだ。彼女が振り返ると、そこには、スカイブルーのトレーニングウェアを着込んだ、シュートカットのボーイッシュな女性が立っていた。
その女性の名前は六平奈都美。朝早くから活動しているせいか、彼女は丸くて大きな瞳を見開いて、元気いっぱいの笑顔を振りまいていた。
「グッモーニン、奈都美。あなたもお洗濯?」
「うん。もうそろそろ試合が始まるから、今のうちに済ませちゃおうと思ってね。」
奈都美はプロサッカー選手として、スタジアムのピッチの上を駆けずり回っている。まだレギュラーとまでは言えないものの、試合の際は、リザーブ選手としてベンチ入りするのが当たり前となっていた。
一方のジュリーは、ジャズバンドのボーカリストとして、東京都内や近県のライブハウスを駆けずり回っている。そんな彼女も、歌唱力により磨きをかけて、いつかはプロになることを目指している。
お互い、プロフェッショナルという存在に誇りを持つ二人。彼女たちは今、生き生きとした充実なライフスタイルを満喫しているというわけだ。
「この暖かさなら、このウェア、明日までにきっと乾くよね?」
「うーん、どうかしらネ。ポリエステル素材だから、何とか乾くんじゃなイ?」
奈都美がハンガーに掛けたトレーニングウェアを、ジュリーは関心を示すように指で摘んでいる。
「いいわネ、このウェア。わたしも、こういう軽めの欲しいワ。」
なぜジュリーがウェアを羨ましがるのか?その理由は、彼女は不摂生な生活を改善するため、日々ストレッチトレーニングを実施しているのだ。
気軽に始めてしまったせいか、一着しかないウェアを使い回しているというジュリー。装い新たに気分転換も必要だろうと、彼女は新しいウェアを新調しようと考えていたわけだ。
「ああ、あたしのお古でよかったらあげようか?このタイプのウェアならいっぱいあるから。」
女性同士の衣類の使い回しとなると、適合サイズが気になるところだろうが、この二人の場合、お互いに引き締まった細身の体つきなので、それほど気にする必要はなかった。しかも、伸縮性のあるトレーニングウェアなら尚更であろう。
「Oh、サンクス、奈都美。」
「どういたしまして。後で試着してみる?」
ジュリーと雑談しながらも、奈都美はテキパキと洗濯物をハンガーに掛けている。よく見ると、その洗濯物はほとんど、トレーニングウェアやスポーツタイプのインナーばかりだった。
ゆらゆら揺れるウェアをまじまじと眺めながら、ジュリーは不思議そうに首を傾げていた。
「ねぇ、奈都美。あなたの洗濯物、色気のないものばかりネ。たまたまなノ?」
「たまたまじゃないよ。あたしはほら、プライベートもトレーニングみたいなものだから、こういう衣装ばかりなんだよね。」
奈都美は顔をポリポリ掻きながら、照れくさそうに笑っていた。そんな運動バカの淑女に、ジュリーはちょっぴり哀れむような目を向けている。
「あなたネ~。仮にも、まだ二十歳の若い娘なんだから、もう少しおしゃれするとか、世の殿方たちの目を気にしなさいヨ。」
ジュリーはあまりの哀れさから、トレーニングウェアのお礼とばかりに、自らのお古のキャミソールをプレゼントすると申し出た。
そんな親心を、ダメダメと手を動かしながら断りを入れる奈都美。汗を飛ばすほどの勢いで、彼女は短い髪の毛を大きく横に振り乱していた。
「そ、そんなのいらない!あたしに似合うわけないもん。」
奈都美はおしゃれどころか、ヘアメイクや化粧といったものにまったく無頓着である。まだ若い年代という気持ちが、彼女をここまで垢抜けなくしているのかも知れない。
そんなことはないと、ジュリーは青い瞳で奈都美の照れ顔を覗き込む。彼女はからかうように、ボーイッシュでウブな女の子の頬を指で突いていた。
「そーんなこと言ってると、いつまで経っても、いい男が寄り付かないわヨ。」
「い、いいもん、別にそんなの!・・・あたしは、サッカーさえできれば、それでいいし。」
奈都美がクルッと顔を背けると、ジュリーはクスッと口元を緩める。まだまだいじめ足りないのか、金髪レディは澄ました表情で、奈都美の真っ赤な耳元へそっと囁きかける。
「まぁ、慌てておめかしすることないけド。アイツはそういうのに鈍感だから、奈都美は今のままで丁度いいのかも知れないわネ。フフフ。」
「ええ!?ちょっと、ジュリー!アイツって誰のこと!?」
慌てふためき、しどろもどろで狼狽する奈都美。それは明らかに、特定の男性のイメージが頭の中に浮かんでいたことを、わかりやすく証明していた。
「さぁ、誰かしらネー?」
思わせぶりな台詞だけを残して、ジュリーは逃げるように物干し場から去っていく。
「あ、ちょっと待ってよ、ジュリー!あたしはホントに、そういう感じじゃないんだからぁー!」
物干し場に一人残された奈都美は、体中に汗をにじませながら、ただひたすら咆哮するしかなかった。恋愛なんてするわけないもんと、揺らぐ純情なハートにそう言い聞かせながら・・・。