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二つの太陽、邂逅と置換師と異世界と Ⅰ

 容赦なく照りつける真夏の太陽は、透過性の光で体内から俺を焼こうという悪意を遺憾なく発揮し、体から水分を奪い続ける。


「暑い、暑いよ大樹。こいつは少しばかり異常だと思うんだ私は。世紀末は近いね。世界は滅びるしかなさそうだよ」


 気だるそうな声を発して隣を歩き喋る幼馴染、もとい幼馴染まずこと神崎マコが、小柄な体と暑苦しそうな栗毛のポニーテールを左右に揺らしながら、陽炎と見間違わん挙動で暑さを表現していた。


「その辺の川にでも飛び込めアホウ。世紀末まであと八十年以上あるぞ。それに暑い暑いと隣で連呼されるとな、俺まで暑くなるのよ実際。せっかく今日から夏休みだってのに、どうしてこんな憂鬱な気分で下校せにゃならんのだ」


 マコは俺を一瞥すると、


「暑い暑い暑いあーつーい! おでんおでん焼きうどん!」


 などと熱気と狂気に満ちた呪文を唱え始め、俺をさらに暗澹たる気分に追い込む。


 季節は夏。高校一年になった初めての長期連休は、中学時代にあった青臭いだけの夏休みとは一味違い、どこかアバンチュールに満ちた時間をすごせるのではないかと期待していたのだが、はてさて現実はどこかで見たような、デジャブではないかと思いたくなるほど去年となんら変わらないスタートであった。隣を歩く奴はまだ見ぬ彼女でもなく、子供のころから馬の合わない幼馴染まずという点も、マイナス要素の一つであろう。


「ねえ大樹、海行こう海。毎年恒例弾丸合宿実施だよ!」


「突っ込みどころが多くて、どう対処していいか分からん。弾丸の合宿って有り得ないし、海に行く部活動的なものを行っている記憶はない。そして何より毎年恒例の海行きなんてねえよ。て言うかお前と海に行った記憶がないわ」


 マコは隣り合わせの家に住んでいて、子供のころから一応は顔見知りというやつだった。でも今言ったように海に一緒に遊びに行くような親しさはなく、せいぜい幼いころ近所の山で遊んだ、程度の関係だった。これだって別に一緒に遊んでいたわけではなく、たまたま遊ぶ場所が一緒だったという事実が存在している。この現在置かれている下校を共にしている状況にしても、理由は大して変わらない。帰り道が同じで、学校も同じだからというだけだ。


 この、小さい頃からほとんど変わらない町並みと、マコは一緒だ。車のあまり通らない車道や、消えかけたアスファルトの白線も、わき道に生える蔦だってそうだ。少しずつ変わっているようで、広い目で見ると何も変わらない。きっとマコは俺の苦手な存在としてこの蔦や白線と共にあり続けるのだろう。そう思った。


 この変わることない灰色な世界はね。


 でも、その考えは違った。


 俺は、刺すような太陽光を避けるために、街路樹の陰を横スクロールゲームのキャラクターのように飛び石よろしく移動していた。そのとき、俺の後ろで突然マコは、影追いのように掴み所の無い昔話をはじめてきた。


「ねえ大樹、昔さ、山や空き地とかでよく遊んでたよね。剣だ魔法だって言ってさ。ファンタジーしてたよね。あの頃はさ、そういうの当然のように信じてたりして、ちょっと楽しかったと思うんだ。今はさ、そういうの大樹は信じられる?」


 突然の過去話に俺は一瞬脚を止める。突拍子のない行動や発言はマコのよくやることで、今更訝しげに思うこともないが、内容がまるっきり馬鹿で、俺のマコに対する苦手心を掻き立てる。俺は振り返ることなく答えた。


「信じるわけがないだろう? 剣だ魔法だなんて子供の妄想で、今じゃ幽霊や宇宙人だって信じ難い位だよ。まあそんなのを信じられたなら、さぞ楽しい人生だろうけどね」


 あの彩り溢れた、子供時代のように、と口には出さず心の中で付け足してみる。


 どことも無くせみの鳴き声が全方向から聞こえてくる中で、それ以外の音は無く、マコからの返答も無かった。さすがに話を振っておいてそれは無いだろうと思い、俺はまとわりつくような真夏の空気を払うように振り替える。


 マコはこちらを向いてさえいなかった。ただ、天を仰ぎ、夏の澄み切った青い空へと視線を送るのみ。相も変わらず、意味不明丸出しの表情と行動だった。このまま無視して帰ろうかと、滴る汗を手で拭いながら一瞬考える。だがその判断を下す前に、マコがゆっくりと口を開いた。


「じゃあ、さ。あれ何なんだろう。私さ、この異常に暑い理由はあれだと思う。かなーりファンタジーな理由だけどねー……」


 理解に苦しむ。


 そう思いながら俺はマコへ近づき、その視線を追う。排気ガスで曇った下層と、蛍光ペンの青を塗りたくったような色をした上層で構成された空、のさらに上、出来立ての白パンみたく膨らんだ夏独特の入道雲の合間、直視できないほど、悪意に満ちた熱線を放出している太陽、その横、異常で、非常でどうしようもなく幻想的な、そうファンタジーとしか言いようが無い現象を、俺はそこに見た。


「太陽が、二つ……あるな」


「ある、よね?」


「お互い熱中症でやられてるんじゃ無ければな」


 とてつもなくほうけた表情を、鏡があれば見れたかもしれない。そう思えるくらい俺は愕然と呆然に唖然をブレンドした感情に支配されていた。最初に思った事は、などという定型句になりそうな表現を、実際突拍子も無い事に直面した人間は使えようも無い事を、俺は初めて知る。こんなの、何も考えようが無いって。


「あのさ、恥ずかしい事聞くけど、太陽って二つ無いよな?」


「太陽も月も一つだよ。私馬鹿だから、間違ってるかもしれないけどねぇ……理科苦手だし」


 背筋に冷たい汗が流れる。突然の事態でなんとか落ち着いて考えようとがんばる自分がいたが、だんだん自身に降りかかる異常性に恐怖がこみ上げてきた。一瞬冗談のように病院にでも行くかとも考えた。行くなら眼科ではなく精神科だなとか。


 でもそんな事態のはずが無い。俺は狂ってなどいないはずだ。それくらいの自意識はある。そして恐怖感はあっという間に危機感へと変わった。


「マコ走れ」


「……えぇ?」


「いいから走れ!」


 俺はマコの手を強引につかむと、全速力で駆け出した。


 俺の精神に異常が無く、頼むから眼科に行くほど視力に低下が見られなければ、太陽の一つが徐々に膨らみ、大きくなっているように見えたのだ。


 このままでは助からない。


 あれは、あの太陽に似た何かは〝落ちて〟くる!


 そう思った。なぜかは分からなかったけど、直感的に。だから走って、走って、決して後ろを振り向かない。振り向くのが異常に怖かった。体温は一気に上昇し、萎んだスポンジが水を一気に吸収するかのように、体が酸素を求めてくる。見慣れた町並みに一切目もくれず、ただひたすら地下のある場所を探した。安直で馬鹿みたいな発想だけど、地下に潜れば助かると考えたからだ。核みたいなものかってね。


 一時間とも、三十秒とも感じられる時間の流れの中で、俺は地下道の入り口を見つける。距離にして五十メートルほどだった。疲れた体を鞭打たれた馬のように動かす。もう少しだ!


「ちょ……っとまって! もう走れな――」


 手をつないでいたマコが息も絶え絶え、語りかけてきた。が、俺にその言葉を聞く余裕は無かった。半ば強引に引っ張る形で、俺はマコと共に地下道を目指す。四十メートル、三十メートル、目の前の入り口が天国への扉のように思えた俺は、そこで少しだけ、そう本当に少しだけ力を抜いてしまった。腕の力を。


「きゃ!」


 振り向かず走ってきた俺の手は、突然重みを失う。俺は足を止めようとしたが、僅かだけ進んでしまった。マコはこけたのだ。俺は軽く舌打ちをして振り返る。足を引っ張るマコにではなく、力を抜いた自分、あるいは配慮せず全力で走った自分に。


 だが、振り向くべきじゃなかったと、俺はすぐに思い直してしまった。異常が目前に迫っていたから。


 ほんの五メートル先の削れたアスファルト上でうずくまるマコの後ろまで、巨大な、というより真っ白な光の空間が迫っていた。世界を覆いつくす白い壁にも見えるそれは、絶望を具現化させたような存在に思えて、俺の脚を止め、マコへ駆け寄る勇気を奪い去るには十分の効果があった。何だよ……これ!


 足が、一歩後ろに後退させようと自然に動こうとする。早く逃げないと、と脳内で最大音量の警鐘が鳴り響いていた。どうする……どうする!


 すべての感覚が麻痺したようだったが、辛うじて目が立ち上がろうとするマコを捉える。マコはゆっくりと左右を見回し、そして俺と視線が合った。マコは今まで俺に見せた事の無い、どうしようもなく情けなくて、弱々しくて、悲痛を実体化して貼り付けたような表情を向けてきた。


「助けて!」


『助けて!』


 言葉を聞く前に、俺はマコの顔を見た瞬間走り出していた。声が二重に聞こえた。耳がおかしくなっている。でも関係ない。俺は飛び込むようにマコに手を伸ばす。


「掴まれえええー!」


 届け、届け――。呪文のようにそう唱えながら、俺は精一杯腕を伸ばした。倒れながら、俺に向けて手を伸ばすマコを視界が捉える。だが、その前にマコの足、体、顔が順を追って白い壁に取り込まれてしまう。俺は光の中にまで手を伸ばす。例えマコの手をつかめても、もうお互いどうしようもないと自覚しながらも、足を止めなかった。そして、俺の手が確かに手を握り締める。よし!


 そう思っておれ自身も光に飲み込まれてしまった。くそ! 


 馬鹿みたいだと思いながら、光の中で握り締めた手を手繰り寄せる。


「マコ! 大丈夫か!」


 手繰り寄せて、俺は驚愕する。


「……え?」


「あ、れ……?」


 俺の握り締める手、細くて小さくて白い手。だがその手はマコの手ではなく、目の前にいるのは、見たこともない少女だった。


 なん……だこれ…誰……マコ――――


 俺の意識は、ここで暗転した。




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