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第22話






 誰もが歌の世界に引き込まれた。


 それは夏の夜空を思わせるような星空。

 道端で火をおこしならがも、ただ夜空を見上げて何かを想う。


 親の引いたレールが悪いとは言わない。

 自分が考えた道が正解だとは言わない。

 ただ、どちらを選んでも、どう考えても、心がスッキリしない。

 モヤモヤした心のままに、ひたすら叫ぶ。

 どうしていいのかわからずに、意味が無いと理解しながらも、全てに反発することでやり場のない怒りをぶつける。


 訳も無く1人になりたくなったり、どうしようもなく誰かと一緒に居たくなったり。

 まるで生えてきた歯が疼いて何かを無性に噛みたくなるように、ただひたすらに全てに噛みついていく。

 自分が何者なのかわからない。

 自分が何をしたいのかわからない。

 それでも何かを掴みたくて、それでも何かを探し求めて、ただ必死にもがき続ける。


 ―――いつかこの心の渇望が満たされるまで



 それは、誰もが青春時代に抱えた―――若者達の心の叫びそのものだった。

 そして、彼女が抱えていた心の叫びにも似ていた。



『渇望』


 作詞:美樹

 作曲:美樹



 相性度89%という驚異的数字。

 その数字が証明するように、誰もの心にあの頃の何とも言えない想いが蘇っただろう。

 一瞬の静寂から、一気に大歓声が巻き起こった。

 ネットの書き込みでも、さっそく彼女のファンを自称する者達が現れ始める。

 対戦相手の2人組は、控室でこの歌を聞いて―――自嘲気味に笑って互いを見た。


 第一回目の戦いは、誰がどう見ても反応の違いで結果がわかっていた。

 圧倒的大差により、瑠璃は勝利を手にして最高のデビュー戦を飾った。

 スグにネットニュースの速報にこの情報が掲載される。

 更には誰かが最速で切り抜き動画を投稿したことで、一気に拡散した。



 そして番組は止まることなく続く。

 次は栄光エンターテインメントの番だった。

 どうするのかと思えば、やはり選んできたのはウチだった。

 観客達やネット民は、まだ裏には気づいていない。

 単に盛り上がっているだけだ。


 ステージに現れたのは、事務所の次期エースである一部では熱狂的な信者が居る女性アーティストだ。

 いきなり次期エースとは、なかなか豪胆である。


 彼女は軽く挨拶をしてから、準備を完了させる。

 曲が鳴った瞬間、誰もが納得した。

 これは彼女の代表曲だからだ。


 愛に生きた女性の歌。

 色んな男性に出会い、色んな愛を知った。

 それでもなお報われず、それでも愛を捨てられない。


 輝く日もあれば、暗く落ち込む日もある。

 泣くこともあるけど、それでも前を向いて立ち上がる。

 倒れていても意味などないのだから。


 ―――だから私は最後まで私らしく愛を追い求める。


 彼女が歌い終わると歓声に包まれた。

 ネットのコメントも好評だった。


 相性度の悪くない歌だと思う。

 だが彼女との本当の意味での相性は悪いと思った。

 何故なら彼女の歌う世界が全く見えなかったからだ。

 これは単純な相性度の問題ではない。

 彼女自身がこの歌の世界を完全に理解・再現出来てない証拠だ。

 恐らくだが、歌にあったようなひたすら『愛』に生き続ける女性の心理を真の意味で理解していないのだろう。

 だから表現出来ないのだ。

 ある意味、物凄く勿体ない。



 控室で、次は誰を出すべきかと悩んでいたら、橘 心愛が立ち上がった。


「私に行かせて下さい」


 俺は一応気になっていたことを聞いた。


「……二階堂エンターテインメント相手じゃなくていいのか?」


 それを聞いた彼女は笑いながら答える。


「私ってそこまでやる人間に見えます?」


「一応聞いておこうと思ってね。それなら別に構わないよ」


 そう返事をすると彼女は気合を入れてステージへと向かっていった。


 そのステージでは柳 花蓮が大きな声でウチの事務所から出るアーティストの名を宣言する。


「防衛側、水野エンターテインメントからは―――橘 心愛さんです!」


 すると会場もネットも驚きの声が上がった。

 彼女が二階堂エンターテインメントとの契約満了による退所をしたことは話題になっていた。

 しかしまさか水野エンターテインメントに移籍していたとは思わなかったのだろう。

 そんな周囲の反応を面白そうに確認しながらも、彼女が登場すると更にざわつきが大きくなる。


 ずっとアイドル衣装だった彼女が、大人っぽいドレス姿で現れたからだ。

 アイドル売りの頃は少女らしさを押していたが、今は大人の女性らしさが際立っている。

 そのあまりにも急激なギャップにファン達は、脳内の処理が追い付かずフリーズしていた。


 彼女は、胸を張って自信満々に立ったままマイクを持つ。

 かつてアイドルの歌を歌っていた時の、無理な笑顔など無い。

 その魅力的な表情のまま、曲が始まるのを待った。


 ―――今の彼女は、既に生まれ変わった一人の美しき女性となっていた。









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