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「完結済み」「もう用済みだ」と捨てられた毒見役令嬢ですが、私の記録簿なしでは王宮が回らないようですよ  作者: 夢見叶
第4章 帰国命令、帳面を奪いに来た

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第24話 毒ではない記録が見つかる

 帳面を開いたのは、深夜になってからだった。


 蝋燭の灯りだけが白い頁を切り取っている。指先が革表紙の端に触れると、いつもの癖が出た。親指で角を撫でながら、1枚、また1枚と頁をめくる。毒見記録、毒見記録、解析余白——そこで手が止まった。


 綴じ目の奥に、別の紙が挟まっている。


「……」


 引き抜くと、それは毒見記録の書式ではなかった。薬草の種類と量。納入元の商会名。日付と受け取りの筆跡。毒ではない——納入控えだった。それも、私が書いた覚えのない、誰かが後から差し込んだとしか思えない形で。


 息が浅くなった。でも今度は、恐怖じゃない。


 翌朝、クラウスを呼んだ。


「広げていいですか」


「どうぞ」


 彼は机の上に紙を並べ始め、眼鏡の位置を直してから紙の角を几帳面に揃えた。商会名に視線が走り、止まる。


「……系統があります」


 私も気づいていた。9つの商会名。仕入れの時期は違うのに、補充のタイミングが妙に近い。線を引くと——3つ、5つ、8つと枝が合わさり、最後に1つの名前へ収束した。


「デュボワ、商会……?」


「聞いたことがありますか」


 首を振った。クラウスも静かに首を振った。でも彼の指は止まらない。紙の束を揃え直し、端に小さく何かを書きとめている。


「これを流通経路として見ると」と彼は言った。「毒ではないですが、一本の流れはある。誰かが帳面に記録を隠すとしたら、何を守りたかったのか——」


 そこで彼は言葉を切った。胃薬の小瓶を机の端にそっと置いて、一歩下がる。


「……後は、閣下にご判断いただきます。私は今、定時です」


 そういう意味の定時じゃないと思うが、私は笑えなかった。


 応接間のレオンハルトは、私が紙束を差し出すより先に資料へ視線を落とし、すぐに顔を上げた。


「デュボワ」と彼は繰り返した。声は低く、感情のない発音だった。「外交文書として会議へ提出する体裁を整えろとクラウスに伝えてくれ。割印と束ねの順序も確認してもらう」


「……使者に、見せるんですか」


「見せない。提出できる状態になっている、と伝えるだけでいい」


 その言葉の重さを、私は3秒遅れて理解した。証拠を突きつけるのではなく——提出できる状態の書類がある、という事実を置く。それだけで十分だということ。


 玄関ホールに使者が呼ばれたのは、昼を過ぎてからだった。


 私は2歩後ろに立っていた。いつもの癖だ。だがレオンハルトが横を向き、無言で隣を指した。「後ろではなく、隣」——前に聞いた言葉が、今も身体に刷り込まれている。歯を食いしばって1歩前に出た。


 使者は封蝋を指で押し直す仕草をしてから、口を開いた。


「帳面を返還せよ。これ以上の猶予は——」


「外交文書として、然るべき機関へ提出する準備が整っています」


 レオンハルトの声は静かだった。静かすぎて、かえって空気が変わった。使者の手が止まる。


「……何の、話だ」


「お分かりになるかと思いますが」


 沈黙が3秒続いた。使者の顔色が、封蝋の赤よりも淡くなる。


「……検討する」


 短い撤退だった。勝ちとは言えない。でも今日は手を伸ばされなかった。それで十分だった——そう思おうとして、膝が少しだけ震えているのに気づいた。


 夜、バルコニーに出たのは月が見たかったからじゃなかった。ただ、部屋の中にいると息の仕方を忘れそうで。


 隣にレオンハルトが来たのは、私が月を見上げて1分もたたないうちだった。彼は外套も羽織らず、ただ柵に手をかけて同じ方向を見ている。


「寒くないんですか」


「……いい」


 その一言で黙ってしまった。2人して月を見ていた。


 帳面が私物になった。証拠が見つかった。使者は今日退いた。それなのに、胸の奥にある何かが、まだ解けていない気がした。帳面の角を親指で撫でる仕草を、今は手の中に帳面がないのにしていた。


「備考欄に書け」


 彼が言った。突然すぎて、一瞬意味がわからなかった。


「……備考欄、ですか」


「君の望みを、記録にしていい」


 月が、明るかった。


 私は帳面を持っていないのに、指先が動いた。書く癖が、止まらない。何を書けばいいか、わかっていた。でも声にならなかった。


「……閣下」


「ん」


「提出期限は、明後日ですね」


 彼が少しだけ頁をめくるような、間をおいた。


「ああ」と、言った。「……明後日までに形を整える。間に合わないなら、私が間に合わせる」


 その瞬間、背後でバルコニーの扉が開いた。


「月を見るなら、風邪は許しません」


 ミレイユが毛布を投げてきた。私の肩に直撃した。


「——ッ、ミレイユ」


「お茶が冷める前に中へ。明朝は荒れますよ」


 レオンハルトがかすかに肩を揺らした。笑っているのかもしれない。私は毛布を抱えたまま、言いかけた言葉を呑み込んで、月に背を向けた。


 帳面の綴じ目を、今夜もう一度だけ確かめようと思った。あの納入控えの束の奥に、まだ何かが眠っているかもしれない——そしてデュボワという名前が、どこへ続くのかを。


 提出期限は、明後日だ。


読んでいただき、ありがとうございます。


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