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修正対象:加賀谷颯  作者: 御影のたぬき


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3/3

交差する僕ら ―選択の代償―

 雷鳴が轟いた。

 加賀谷颯は目を覚ました。時計を見ると、午前3時。窓の外では激しい雨が降っている。

「悪い夢だった...」

 額に汗が滲んでいる。だが、夢の内容を思い出せない。ただ、誰かが死んだ。大切な誰かが。

 27歳、フリーライター。月の稼ぎは15万程度。決して裕福ではないが、自由に文章を書ける生活に満足していた。

 スマホを見る。未読メールが一件。

 送信者は「EMA」。件名は「緊急召集」。

「また...?」

 EMAとの関わりは、3ヶ月前に始まった。

 3ヶ月前

 ある朝、颯は奇妙な体験をした。

 目を覚ますと、知らない部屋にいた。高級そうなマンション。窓からは東京タワーが見える。

「ここは...?」

 ベッドから起き上がり、鏡を見る。そこに映っているのは確かに自分だ。だが、スーツを着ている。壁には大学の卒業証書と、企業の表彰状が飾られている。

「俺、会社員なのか...?」

 その時、記憶が流れ込んできた。

 この世界では、颯は大手広告代理店に勤めている。年収800万。成功したキャリアパス。

「これは...別の世界...?」

 次の瞬間、視界がぼやけた。気がつくと、元の部屋に戻っていた。

 ワンルームマンション。散らかった机。古いノートパソコン。

「夢...じゃなかった」

 その日の夕方、黒いスーツの女性が訪ねてきた。

「加賀谷颯さんですね」

「はい」

「私は白石真美。事象変異機関、EMAの調整官です」

「EMA...?」

 白石は名刺を差し出した。

「あなたは今朝、他世界を体験しましたね」

 颯は驚いた。

「なぜそれを...?」

「観測していました。あなたの脳波パターンが、異常な振動を示したので」

 白石は颯を近くのカフェに連れて行き、説明を始めた。

 パラレルワールドの存在。世界間の干渉。そしてEMAの役割。

「あなたは特異体質です。他世界の自分と意識が繋がる能力を持っている」

「能力...?」

「はい。極めて稀な現象です」

「で、EMAは何をするんですか?」

「世界のバランスを保ちます」

 白石が答える。

「一つの世界の変化が、他の世界に悪影響を与えないように調整する」

「それと、俺の能力は関係ある?」

「大いに関係あります」

 白石が真剣な顔で言う。「あなたの能力を使って、危険な干渉を事前に察知してもらいたい」

「断ったら?」

「能力は消えません。勝手に他世界と繋がり続けます。そして、いずれ人格が崩壊します」

 颯は溜息をついた。

「つまり、協力するしかないと」

「そうです」

 こうして、颯はEMAの非公式協力者になった。

 現在

 メールを開く。

『緊急召集。午前5時、いつもの場所で』

 颯は着替えて外に出た。雨の中、タクシーを拾う。

「渋谷のカフェ『クロスロード』まで」

 午前5時。カフェはまだ開店前だが、白石が中で待っていた。

「遅いですよ」

「午前5時ですよ。普通寝てます」

 白石はタブレットを取り出した。

「見てください」

 画面には、若い女性の写真が表示されている。25歳くらい。笑顔が眩しい。

「誰ですか?」

「水野美月。世界B-42のあなたの恋人です」

 颯は驚いた。「恋人...?」

「はい。世界B-42では、あなたと美月さんは大学時代から付き合っています」

「で、彼女がどうかしたんですか?」

 白石が深刻な顔をする。

「48時間後、彼女は死にます」

「死ぬ...?」

「交通事故です。渋谷のスクランブル交差点で、トラックに撥ねられます」

 颯は息を呑んだ。

「それを防げと?」

「はい」

「でも、それって世界の運命じゃ...?」

「通常はそうです」白石が言う。「しかし、今回は特殊です」

「何が?」

「美月さんの死が、複数の世界に連鎖的影響を与えるんです」

 白石がタブレットを操作する。画面に、複雑なネットワーク図が表示された。

「世界B-42で美月さんが死ぬと、その影響で世界C-15、D-23、E-07でも類似の事故が起きます」

「さらに、それぞれの世界で彼女は重要人物です」

「重要人物...?」

「世界C-15では、彼女は将来的に医療技術の革新を起こします」

「世界D-23では、環境保護運動のリーダーになります」

「世界E-07では、政治家として戦争を回避します」

 颯は理解した。

「彼女一人の死が、無数の世界の未来を変える...」

「そうです」

 白石が頷く。

「だから、防がなければならない」

「でも、どうやって?」

「あなたが世界B-42に意識を移動して、事故を防いでください」

「俺が...?」

「はい。世界B-42のあなたは、美月さんの恋人です。彼女の行動に最も影響を与えられる立場にいます」

 颯は悩んだ。

「でも、俺はその世界の彼女を知らない」

「大丈夫です。意識を移せば、その世界の記憶が流れ込みます」

「それに」

 白石が付け加える。

「あなたは既に、彼女を見ています」

「え?」

「今朝の悪夢。誰かが死ぬ夢」

 颯はハッとした。

「あれ...夢じゃなかったのか?」

「予知です。世界B-42での出来事を、あなたの意識が先取りして感じ取った」

 颯は頭を抱えた。

「48時間後...時間がない」

「はい」

 白石が言う。

「今すぐ準備してください」


 カフェの地下に、EMAの臨時オペレーションルームがあった。

 椅子に座った颯の頭に、無数のセンサーが取り付けられる。

「これで、あなたの脳波を監視します」

 白石が説明する。

「異常があれば、すぐに意識を引き戻します」

「わかりました」

「では、リラックスして。世界B-42の自分を想像してください」

 颯は目を閉じ、集中した。

 すると、視界がぼやけ始めた。

 次の瞬間、颯は別の場所にいた。

 マンションの一室。だが、元の世界の部屋とは違う。広くて綺麗だ。

「ここが...世界B-42...」

 記憶が流れ込んでくる。

 この世界の颯は、フリーライターではない。出版社の編集者だ。

 そして、水野美月という恋人がいる。

 大学時代に文学サークルで出会った。5年間付き合っている。

「美月...」

 颯は彼女の記憶を探った。

 笑顔。声。仕草。

 全てが、鮮明に思い出される。

「俺、彼女のことを...愛してるのか」

 不思議な感覚だった。元の世界では会ったこともない女性を、この世界の自分は深く愛している。

 スマホが鳴った。美月からのLINEだ。

『今日、仕事終わったら会える?』

 颯は返信した。

『うん、何時?』

『7時、いつもの場所で』

『わかった』

 颯は時計を見た。今は午前10時。48時間後、彼女は死ぬ。

「防がないと...」

 午後7時。渋谷のカフェ。

 美月が座っていた。

 颯は彼女を見て、息を呑んだ。

 写真で見たより、ずっと美しい。

「遅かったね」

 美月が笑う。

「ごめん」

 颯は向かいに座った。

 美月は注文したコーヒーを飲みながら話し始めた。

「ねえ、颯。私たち、もう付き合って5年だよね」

「うん」

「そろそろ...結婚とか、考えてる?」

 颯は戸惑った。

 この世界の自分の記憶を探る。

 結婚。確かに、考えていた。来年、プロポーズする予定だった。

「...考えてるよ」

 美月が微笑む。

「本当?嬉しい」

 だが、颯は複雑な気持ちだった。

 彼女は48時間後に死ぬ。

 俺が防がなければ。

「美月、明後日の予定は?」

「明後日?仕事だけど」

「何時に終わる?」

「7時くらいかな」

「その後、会える?」

「うん、いいよ」

 颯は考えた。事故は渋谷のスクランブル交差点で起きる。

 なら、彼女をその場所に近づけなければいい。

「明後日、俺の家に来ない?夕飯作るよ」

「え、颯が料理?」

 美月が驚く。

「たまには」

「じゃあ、楽しみにしてる」

 颯は安堵した。

 これで、彼女はスクランブル交差点に行かない。

 事故は防げる。

 だが、その夜。

 颯は元の世界に戻された。

「お疲れ様です」

 白石が言う。

「初日は順調でしたね」

「ええ。彼女をスクランブル交差点から遠ざけました」

「よくやりました」

 だが、白石の表情は曇っていた。

「何か問題でも?」

「...一つあります」

 白石がタブレットを見せる。

「世界線の分析結果です。美月さんを事故から遠ざけても、別の形で死ぬ可能性があります」

「別の形...?」

「運命の修正力です」

 白石が説明する。

「重要な出来事は、形を変えて必ず起こる傾向があります」

「つまり、事故を防いでも、別の方法で彼女は死ぬ...?」

「可能性があります」

 颯は絶望した。

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「根本的な原因を取り除くしかありません」

「根本的な原因...?」

 白石が画面を切り替える。

「美月さんの死の真因は、彼女が持っている情報です」

「情報?」

「はい。彼女は偶然、ある企業の不正を知ってしまいました」

「その企業が、彼女を消そうとしている」

「交通事故に見せかけて...?」

「そうです」

 颯は理解した。

「じゃあ、その企業を止めれば...」

「彼女は助かります」

 白石が頷く。

「ただし、それは容易ではありません」

「なぜ?」

「その企業は、世界B-42で最も影響力のある組織の一つです」

「簡単には手出しできません」

 颯は考えた。

「でも、やるしかない」


 翌日、颯は再び世界B-42に戻った。

 美月に会い、真実を伝えることにした。

「美月、大事な話がある」

「何?」

「君、最近、変わったこと見なかった?」

 美月が少し考える。

「変わったこと...?」

「仕事で、例えば不正とか」

 美月の顔が強張った。

「なんで知ってるの?」

「教えて」

 美月は周囲を確認してから、小声で言った。

「会社の上司が、データを改ざんしてた」

「データ...?」

「製品の安全性試験のデータ。本当は不合格だったのに、合格にしてた」

「それ、どうするつもりだった?」

「内部告発しようと思ってた」

 颯は焦った。

 それが原因だ。企業が彼女を消そうとしている。

「やめてくれ」

「え?」

「危険だ。命を狙われる」

 美月が笑う。

「颯、何言ってるの?映画の見すぎだよ」

「本気だ」

 颯が強く言う。

「君は48時間後、交通事故で死ぬ」

「え...?」

「事故じゃない。殺される。その企業に」

 美月が困惑する。

「颯、大丈夫?疲れてるんじゃない?」

「疲れてない。これは本当だ」

「どうして、そんなことわかるの?」

 颯は説明できなかった。

 パラレルワールド。予知。

 全て、信じてもらえるはずがない。

「...とにかく、内部告発はやめてくれ」

「でも、このままじゃ不正が...」

「君の命の方が大事だ」

 美月が黙り込む。

「...わかった。考え直す」

 颯は安堵した。

 だが、その夜。

 美月は一人で企業本社に向かっていた。

「私、逃げられない」

 彼女は正義感が強い性格だ。不正を見過ごせない。

 企業のビルに入り、上司のオフィスに向かう。

 だが、そこで待っていたのは...

 颯は元の世界で、異変を感じた。

「まずい...」

 すぐに世界B-42に意識を移す。

 美月がビルの屋上にいた。

 数人の男たちに囲まれている。

「水野さん、あなたは何を見ましたか?」

 スーツの男が冷たく聞く。

「何も...見てません...」

「嘘ですね。データを盗んだでしょう」

「盗んでません!」

「なら、なぜここに?」

 美月が黙る。

 男がスマホを取り出す。

「残念ですが、あなたには消えてもらいます」

 男たちが近づいてくる。

 美月が後ずさりする。

「やめて!」

 その時、颯が駆けつけた。

「美月!」

「颯...?」

 颯は男たちの前に立ちはだかる。

「彼女に手を出すな」

「誰だ、お前」

「彼女の恋人だ」

 男が笑う。

「恋人?それがどうした」

「彼女を殺せば、俺が証拠を公開する」

「証拠...?」

 颯はブラフをかけた。

「美月から全て聞いてる。データ改ざんのこと。そして、お前たちの計画も」

「全て、録音してある」

 男たちが動揺する。

「...嘘だろう」

「試してみるか?」

 緊張が走る。

 男がスマホで誰かに電話する。

「...上に確認します。少し待て」

 数分後、男が戻ってきた。

「...今日は見逃す」

「ただし、これ以上詮索するな。次はない」

 男たちが去っていく。

 颯は美月を抱きしめた。

「大丈夫か?」

「颯...ありがとう...」

 美月が泣き出す。

「ごめん...私、馬鹿だった...」

「いいんだ。無事で何よりだ」

 元の世界に戻った颯は、白石に報告した。

「なんとか、防ぎました」

「よくやりました」

 白石が言う。

「ただし、これは一時的な解決です」

「どういうことですか?」

「企業は諦めません。別の機会を狙います」

 颯は頭を抱えた。

「じゃあ、ずっと彼女を守り続けないと...」

「それは不可能です」

 白石が言う。

「あなたの意識移動には限界があります」

「じゃあ、どうすれば...」

「根本的に企業を潰すしかありません」

「潰す...?」

「不正を公にする。それで企業は崩壊します」

「でも、美月を危険に晒すことになる」

「一時的には」

 白石が認める。

「しかし、公になれば、逆に彼女を守る盾になります」

 颯は悩んだ。


 翌日、颯は美月と会った。

「美月、決断してほしい」

「何を?」

「企業の不正を公にするか、それとも黙っているか」

 美月が驚く。

「でも、颯は内部告発をやめろって...」

「俺も迷った」

 颯が言う。

「でも、考えた」

「公にすることで、逆に君を守れるかもしれない」

「証拠が公になれば、企業は君を殺せない。逆に注目されるから」

 美月が考える。

「でも...危険じゃない?」

「危険だ」

 颯が認める。

「でも、黙っていても危険だ」

「なら、戦う方を選ぶ」

 美月が決意した顔をする。

「わかった。やる」

「本当に?」

「うん。私、逃げたくない」

 颯は彼女を抱きしめた。

「俺が守る。絶対に」

 その夜、美月は記者会見を開いた。

 主要メディアが集まる。

 美月が証拠を提示する。

 改ざんされたデータ。内部メール。音声記録。

 全てが、企業の不正を証明していた。

「この企業は、国民の安全を無視しています」

 美月が訴える。

「製品は危険です。でも、利益のために隠蔽している」

「これを、見過ごせません」

 メディアが一斉に報道した。

 企業は大炎上。

 株価が暴落。幹部が逮捕された。

 美月は、英雄になった。

 だが、代償があった。

 颯は元の世界に戻された時、白石から告げられた。

「世界B-42、大きく変動しました」

「変動...?」

「美月さんの行動が、予想以上の影響を与えました」

「いい影響でしょう?」

「それが...」

 白石が曇った顔をする。

「世界B-42では良い影響です。企業は潰れ、美月さんは生き延びた」

「でも、他の世界に悪影響が出ています」

「悪影響...?」

 白石がタブレットを見せる。

「世界C-15。美月さんの行動に触発されて、別の告発者が現れました」

「それはいいことでは?」

「その告発が、国家機密に触れました」

「結果、政治的混乱が起き、内戦が始まりそうです」

 颯は愕然とした。

「そんな...」

「さらに、世界D-23。環境保護運動が過激化しました」

「テロが起き、死者が出ています」

「世界E-07。政治的バランスが崩れ、逆に戦争のリスクが高まりました」

 颯は頭を抱えた。

「俺が...彼女を救ったせいで...」

「あなたのせいではありません」

 白石が言う。

「世界の連鎖反応です」

「予測不能だった」

「でも...」

「選択してください」

 白石が真剣な顔で言う。

「世界B-42の美月さんを救うか」

「それとも、他の世界の安定を優先するか」

 颯は絶望した。

「どっちも救えないのか...」

「不可能です」

 白石が断言する。

「世界はトレードオフです」

「一つを救えば、別が犠牲になる」


 颯は一人、部屋で悩んでいた。

 美月を救うべきか。

 それとも、無数の世界の安定を優先するべきか。

「俺に...そんな権利があるのか...」

 その時、意識が勝手に世界B-42と繋がった。

 美月の部屋。

 彼女は一人、窓の外を見ていた。

「颯...」

 彼女は颯を探している。

 記者会見の後、颯は姿を消した。

 元の世界に戻されたからだ。

「どこ行ったの...」

 美月が泣いている。

 颯は彼女に話しかけた。

「美月」

「颯!?どこにいるの?」

「...俺は、別の世界にいる」

「別の世界...?」

 颯は全てを説明した。

 パラレルワールド。EMA。そして、今起きている連鎖反応。

「君を救ったせいで、他の世界が混乱している」

「だから、俺は選ばないといけない」

「君を救うか、他の世界を救うか」

 美月が黙る。

 しばらくして、彼女が言った。

「颯、私を選ばないで」

「え...?」

「他の世界の人たちを、救って」

「でも...」

「私一人のために、無数の人が犠牲になるなんて、間違ってる」

「美月...」

「ありがとう、颯。私を守ってくれて」

「でも、もういいの」

「私は、もう十分生きたよ」

「そんなこと言うな!」

 颯が叫ぶ。

「俺は、君を失いたくない」

「颯...」

 美月が微笑む。

「でも、私たち、別の世界の人間だよ」

「元々、一緒にはなれなかった」

「だから、いいの」

 颯は涙が出た。

「でも...」

「颯、約束して」

「何を?」

「元の世界で、幸せになって」

「そして、私のことを忘れないで」

 颯は泣きながら頷いた。

「忘れない。絶対に」

 元の世界に戻った颯は、白石に告げた。

「世界B-42を、元に戻してください」

 白石が驚く。

「本当にいいんですか?」

「美月さんは...」

「わかってます」

 颯が言う。

「でも、これが正しい選択だ」

 白石が頷く。

「...わかりました」

 EMAは世界B-42に介入した。

 企業の不正は揉み消された。

 美月の告発は、なかったことになった。

 そして、48時間後。

 美月は、予定通り渋谷のスクランブル交差点で事故に遭った。

 即死だった。

 颯は元の世界で、その知らせを受けた。

「...そうですか」

 白石が言う。

「他の世界は、安定しました」

「世界C-15、内戦は回避されました」

「世界D-23、テロは起きませんでした」

「世界E-07、戦争のリスクは消えました」

「よかった...」

 颯は虚ろに答えた。

「加賀谷さん」

 白石が優しく言う。

「あなたは、正しい選択をしました」

「...本当にそうでしょうか」

「はい」

 颯は窓の外を見た。

「俺は...彼女を見殺しにした」

「いいえ」

 白石が首を振る。

「あなたは、無数の命を救いました」

「一人の命と、無数の命」

「天秤にかけるべきではないですが、現実はそうです」

 颯は涙を拭いた。

「...ありがとうございます」


 1ヶ月後。

 颯は日常に戻っていた。

 フリーライターの仕事。締め切りに追われる日々。

 だが、何かが変わっていた。

 文章が、以前より深みを持つようになった。

「人生の選択」をテーマにした記事が、評価された。

 編集者から、連載の依頼が来た。

「加賀谷さんの文章、最近すごくいいですね」

「ありがとうございます」

「何かあったんですか?」

「...少し、大事なものを失いました」

「そうですか...」

 ある日、颯は渋谷のスクランブル交差点を通った。

 そこで、ふと立ち止まる。

「ここで、彼女は死んだのか...」

 颯は花を買い、交差点の端に置いた。

「美月、ごめん」

「俺は、君を救えなかった」

「でも、君の願いを叶えた」

「他の世界の人たちを、救った」

「だから、どうか...安らかに」

 颯は手を合わせた。

 その夜、颯は夢を見た。

 美月が笑っている。

「颯、ありがとう」

「私、幸せだったよ」

「短い間だったけど、颯に出会えて」

「美月...」

「これからも、頑張ってね」

「そして、いつか...また会おうね」

「別の世界で」

 夢が消える。

 颯は目を覚ました。

「また...会えるかな...」


 数ヶ月後。

 颯はカフェで記事を書いていた。

 テーマは「パラレルワールドの可能性」。

 SFとして書いているが、実体験が反映されている。

 その時、隣の席に誰かが座った。

「すみません、ここ空いてますか?」

 女性の声。

 颯は顔を上げた。

 そして、息を呑んだ。

「...美月?」

 目の前にいるのは、水野美月だった。

 いや、違う。

 顔は似ているが、別人だ。

「え?私、美月じゃないですけど」

 女性が笑う。

「私、水野あかねです」

「あかね...?」

「美月の、双子の姉です」

 颯は驚愕した。

「双子...?」

「はい。妹、知ってるんですか?」

「...少しだけ」

 あかねが悲しそうな顔をする。

「妹、3ヶ月前に事故で亡くなったんです」

「...そうですか」

「でも、最近、妹の遺品を整理してたら、日記が出てきて」

 あかねがスマホを見せる。

 そこには、美月の日記が写真で保存されていた。

『颯という人に出会った。不思議な人。でも、優しい』

『颯が言った。私を守るって。本当かな?』

『颯、どこに行ったの?会いたい』

 颯は涙が出そうになった。

「颯さん、ですよね?」

 美咲が聞く。

「...はい」

「妹、あなたのこと好きだったみたいです」

「俺も...彼女のことを...」

 あかねが微笑む。

「そうですか」

「妹が好きだった人に会えて、良かった」

「あの、もしよければ」

「はい?」

「妹の話、聞かせてもらえませんか?」

 颯は頷いた。

「...ええ、喜んで」

 こうして、颯とあかねは話し始めた。

 美月の思い出。彼女の性格。好きだったもの。

 あかねは、美月とは違う。

 だが、どこか似ている。

「あなた、作家志望だったんですよね?」

 あかねが聞く。

「え、なぜ?」

「妹の日記に書いてありました」

 颯は驚いた。

 世界B-42の自分は、作家志望だったのか。

「...そうだったかもしれません」

「よかったら、今度、あなたの作品読ませてください」

「まだ、本格的な作品は...」

「じゃあ、これから書けばいいじゃないですか」

 あかねが笑う。

 颯は、何かが胸に灯った気がした。

「...そうですね」


 それから、颯は小説を書き始めた。

 テーマは「パラレルワールドでの恋」。

 別の世界で出会った恋人。

 選択と、犠牲。

 そして、新しい出会い。

 全てを込めた物語。

 1年後。

 颯の小説は新人賞を受賞し、出版された。

 タイトルは「交差する僕ら」。

 書評で高く評価され、ベストセラーになった。

 出版記念パーティーで、颯は美咲と再会した。

「颯さん、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「読みました。すごく...良かったです」

 あかねが涙を拭う。

「まるで、妹のことを書いてるみたいで」

「...そうかもしれません」

 颯は微笑んだ。

「あの、あかねさん」

「はい?」

「これから、時間ありますか?」

「はい」

「一緒に、食事でも」

 あかねが笑顔になる。

「喜んで」

 二人はレストランに向かった。

 歩きながら、颯は思った。

 美月は、別の世界で死んだ。

 だが、この世界にはあかねがいる。

 同じ人ではない。

 でも、どこか似ている。

「これも、運命の交差なのかもしれない」

 颯は空を見上げた。

 無数の世界が、交差している。

 無数の可能性が、重なり合っている。

 美月との出会いも。

 あかねとの出会いも。

 全てが、意味がある。

「ありがとう、美月」

 颯は心の中で呟いた。

「君のおかげで、俺は変われた」

「そして、新しい未来が見えた」

 白石は遠くから、颯を観測していた。

「加賀谷颯、任務完了」

 タブレットに記録する。

「世界のバランス、安定」

「彼の精神状態も、良好」

「新しい人生を歩み始めた」

 白石は微笑んだ。

「よかった...」

 そして、次の任務に向かう。

 EMAの仕事は、終わらない。

 無数の世界を守るために。

 颯とあかねは、レストランで笑い合っていた。

 二人の未来は、まだわからない。

 だが、確かなことが一つある。

 今、この瞬間。

 この世界で。

 二人は出会った。

 そして、新しい物語が始まろうとしている。

 無数の世界。

 無数の選択。

 無数の可能性。

 全てが、交差している。

 颯の物語は、その一つに過ぎない。

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