交差する僕ら ―選択の代償―
雷鳴が轟いた。
加賀谷颯は目を覚ました。時計を見ると、午前3時。窓の外では激しい雨が降っている。
「悪い夢だった...」
額に汗が滲んでいる。だが、夢の内容を思い出せない。ただ、誰かが死んだ。大切な誰かが。
27歳、フリーライター。月の稼ぎは15万程度。決して裕福ではないが、自由に文章を書ける生活に満足していた。
スマホを見る。未読メールが一件。
送信者は「EMA」。件名は「緊急召集」。
「また...?」
EMAとの関わりは、3ヶ月前に始まった。
3ヶ月前
ある朝、颯は奇妙な体験をした。
目を覚ますと、知らない部屋にいた。高級そうなマンション。窓からは東京タワーが見える。
「ここは...?」
ベッドから起き上がり、鏡を見る。そこに映っているのは確かに自分だ。だが、スーツを着ている。壁には大学の卒業証書と、企業の表彰状が飾られている。
「俺、会社員なのか...?」
その時、記憶が流れ込んできた。
この世界では、颯は大手広告代理店に勤めている。年収800万。成功したキャリアパス。
「これは...別の世界...?」
次の瞬間、視界がぼやけた。気がつくと、元の部屋に戻っていた。
ワンルームマンション。散らかった机。古いノートパソコン。
「夢...じゃなかった」
その日の夕方、黒いスーツの女性が訪ねてきた。
「加賀谷颯さんですね」
「はい」
「私は白石真美。事象変異機関、EMAの調整官です」
「EMA...?」
白石は名刺を差し出した。
「あなたは今朝、他世界を体験しましたね」
颯は驚いた。
「なぜそれを...?」
「観測していました。あなたの脳波パターンが、異常な振動を示したので」
白石は颯を近くのカフェに連れて行き、説明を始めた。
パラレルワールドの存在。世界間の干渉。そしてEMAの役割。
「あなたは特異体質です。他世界の自分と意識が繋がる能力を持っている」
「能力...?」
「はい。極めて稀な現象です」
「で、EMAは何をするんですか?」
「世界のバランスを保ちます」
白石が答える。
「一つの世界の変化が、他の世界に悪影響を与えないように調整する」
「それと、俺の能力は関係ある?」
「大いに関係あります」
白石が真剣な顔で言う。「あなたの能力を使って、危険な干渉を事前に察知してもらいたい」
「断ったら?」
「能力は消えません。勝手に他世界と繋がり続けます。そして、いずれ人格が崩壊します」
颯は溜息をついた。
「つまり、協力するしかないと」
「そうです」
こうして、颯はEMAの非公式協力者になった。
現在
メールを開く。
『緊急召集。午前5時、いつもの場所で』
颯は着替えて外に出た。雨の中、タクシーを拾う。
「渋谷のカフェ『クロスロード』まで」
午前5時。カフェはまだ開店前だが、白石が中で待っていた。
「遅いですよ」
「午前5時ですよ。普通寝てます」
白石はタブレットを取り出した。
「見てください」
画面には、若い女性の写真が表示されている。25歳くらい。笑顔が眩しい。
「誰ですか?」
「水野美月。世界B-42のあなたの恋人です」
颯は驚いた。「恋人...?」
「はい。世界B-42では、あなたと美月さんは大学時代から付き合っています」
「で、彼女がどうかしたんですか?」
白石が深刻な顔をする。
「48時間後、彼女は死にます」
「死ぬ...?」
「交通事故です。渋谷のスクランブル交差点で、トラックに撥ねられます」
颯は息を呑んだ。
「それを防げと?」
「はい」
「でも、それって世界の運命じゃ...?」
「通常はそうです」白石が言う。「しかし、今回は特殊です」
「何が?」
「美月さんの死が、複数の世界に連鎖的影響を与えるんです」
白石がタブレットを操作する。画面に、複雑なネットワーク図が表示された。
「世界B-42で美月さんが死ぬと、その影響で世界C-15、D-23、E-07でも類似の事故が起きます」
「さらに、それぞれの世界で彼女は重要人物です」
「重要人物...?」
「世界C-15では、彼女は将来的に医療技術の革新を起こします」
「世界D-23では、環境保護運動のリーダーになります」
「世界E-07では、政治家として戦争を回避します」
颯は理解した。
「彼女一人の死が、無数の世界の未来を変える...」
「そうです」
白石が頷く。
「だから、防がなければならない」
「でも、どうやって?」
「あなたが世界B-42に意識を移動して、事故を防いでください」
「俺が...?」
「はい。世界B-42のあなたは、美月さんの恋人です。彼女の行動に最も影響を与えられる立場にいます」
颯は悩んだ。
「でも、俺はその世界の彼女を知らない」
「大丈夫です。意識を移せば、その世界の記憶が流れ込みます」
「それに」
白石が付け加える。
「あなたは既に、彼女を見ています」
「え?」
「今朝の悪夢。誰かが死ぬ夢」
颯はハッとした。
「あれ...夢じゃなかったのか?」
「予知です。世界B-42での出来事を、あなたの意識が先取りして感じ取った」
颯は頭を抱えた。
「48時間後...時間がない」
「はい」
白石が言う。
「今すぐ準備してください」
カフェの地下に、EMAの臨時オペレーションルームがあった。
椅子に座った颯の頭に、無数のセンサーが取り付けられる。
「これで、あなたの脳波を監視します」
白石が説明する。
「異常があれば、すぐに意識を引き戻します」
「わかりました」
「では、リラックスして。世界B-42の自分を想像してください」
颯は目を閉じ、集中した。
すると、視界がぼやけ始めた。
次の瞬間、颯は別の場所にいた。
マンションの一室。だが、元の世界の部屋とは違う。広くて綺麗だ。
「ここが...世界B-42...」
記憶が流れ込んでくる。
この世界の颯は、フリーライターではない。出版社の編集者だ。
そして、水野美月という恋人がいる。
大学時代に文学サークルで出会った。5年間付き合っている。
「美月...」
颯は彼女の記憶を探った。
笑顔。声。仕草。
全てが、鮮明に思い出される。
「俺、彼女のことを...愛してるのか」
不思議な感覚だった。元の世界では会ったこともない女性を、この世界の自分は深く愛している。
スマホが鳴った。美月からのLINEだ。
『今日、仕事終わったら会える?』
颯は返信した。
『うん、何時?』
『7時、いつもの場所で』
『わかった』
颯は時計を見た。今は午前10時。48時間後、彼女は死ぬ。
「防がないと...」
午後7時。渋谷のカフェ。
美月が座っていた。
颯は彼女を見て、息を呑んだ。
写真で見たより、ずっと美しい。
「遅かったね」
美月が笑う。
「ごめん」
颯は向かいに座った。
美月は注文したコーヒーを飲みながら話し始めた。
「ねえ、颯。私たち、もう付き合って5年だよね」
「うん」
「そろそろ...結婚とか、考えてる?」
颯は戸惑った。
この世界の自分の記憶を探る。
結婚。確かに、考えていた。来年、プロポーズする予定だった。
「...考えてるよ」
美月が微笑む。
「本当?嬉しい」
だが、颯は複雑な気持ちだった。
彼女は48時間後に死ぬ。
俺が防がなければ。
「美月、明後日の予定は?」
「明後日?仕事だけど」
「何時に終わる?」
「7時くらいかな」
「その後、会える?」
「うん、いいよ」
颯は考えた。事故は渋谷のスクランブル交差点で起きる。
なら、彼女をその場所に近づけなければいい。
「明後日、俺の家に来ない?夕飯作るよ」
「え、颯が料理?」
美月が驚く。
「たまには」
「じゃあ、楽しみにしてる」
颯は安堵した。
これで、彼女はスクランブル交差点に行かない。
事故は防げる。
だが、その夜。
颯は元の世界に戻された。
「お疲れ様です」
白石が言う。
「初日は順調でしたね」
「ええ。彼女をスクランブル交差点から遠ざけました」
「よくやりました」
だが、白石の表情は曇っていた。
「何か問題でも?」
「...一つあります」
白石がタブレットを見せる。
「世界線の分析結果です。美月さんを事故から遠ざけても、別の形で死ぬ可能性があります」
「別の形...?」
「運命の修正力です」
白石が説明する。
「重要な出来事は、形を変えて必ず起こる傾向があります」
「つまり、事故を防いでも、別の方法で彼女は死ぬ...?」
「可能性があります」
颯は絶望した。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「根本的な原因を取り除くしかありません」
「根本的な原因...?」
白石が画面を切り替える。
「美月さんの死の真因は、彼女が持っている情報です」
「情報?」
「はい。彼女は偶然、ある企業の不正を知ってしまいました」
「その企業が、彼女を消そうとしている」
「交通事故に見せかけて...?」
「そうです」
颯は理解した。
「じゃあ、その企業を止めれば...」
「彼女は助かります」
白石が頷く。
「ただし、それは容易ではありません」
「なぜ?」
「その企業は、世界B-42で最も影響力のある組織の一つです」
「簡単には手出しできません」
颯は考えた。
「でも、やるしかない」
翌日、颯は再び世界B-42に戻った。
美月に会い、真実を伝えることにした。
「美月、大事な話がある」
「何?」
「君、最近、変わったこと見なかった?」
美月が少し考える。
「変わったこと...?」
「仕事で、例えば不正とか」
美月の顔が強張った。
「なんで知ってるの?」
「教えて」
美月は周囲を確認してから、小声で言った。
「会社の上司が、データを改ざんしてた」
「データ...?」
「製品の安全性試験のデータ。本当は不合格だったのに、合格にしてた」
「それ、どうするつもりだった?」
「内部告発しようと思ってた」
颯は焦った。
それが原因だ。企業が彼女を消そうとしている。
「やめてくれ」
「え?」
「危険だ。命を狙われる」
美月が笑う。
「颯、何言ってるの?映画の見すぎだよ」
「本気だ」
颯が強く言う。
「君は48時間後、交通事故で死ぬ」
「え...?」
「事故じゃない。殺される。その企業に」
美月が困惑する。
「颯、大丈夫?疲れてるんじゃない?」
「疲れてない。これは本当だ」
「どうして、そんなことわかるの?」
颯は説明できなかった。
パラレルワールド。予知。
全て、信じてもらえるはずがない。
「...とにかく、内部告発はやめてくれ」
「でも、このままじゃ不正が...」
「君の命の方が大事だ」
美月が黙り込む。
「...わかった。考え直す」
颯は安堵した。
だが、その夜。
美月は一人で企業本社に向かっていた。
「私、逃げられない」
彼女は正義感が強い性格だ。不正を見過ごせない。
企業のビルに入り、上司のオフィスに向かう。
だが、そこで待っていたのは...
颯は元の世界で、異変を感じた。
「まずい...」
すぐに世界B-42に意識を移す。
美月がビルの屋上にいた。
数人の男たちに囲まれている。
「水野さん、あなたは何を見ましたか?」
スーツの男が冷たく聞く。
「何も...見てません...」
「嘘ですね。データを盗んだでしょう」
「盗んでません!」
「なら、なぜここに?」
美月が黙る。
男がスマホを取り出す。
「残念ですが、あなたには消えてもらいます」
男たちが近づいてくる。
美月が後ずさりする。
「やめて!」
その時、颯が駆けつけた。
「美月!」
「颯...?」
颯は男たちの前に立ちはだかる。
「彼女に手を出すな」
「誰だ、お前」
「彼女の恋人だ」
男が笑う。
「恋人?それがどうした」
「彼女を殺せば、俺が証拠を公開する」
「証拠...?」
颯はブラフをかけた。
「美月から全て聞いてる。データ改ざんのこと。そして、お前たちの計画も」
「全て、録音してある」
男たちが動揺する。
「...嘘だろう」
「試してみるか?」
緊張が走る。
男がスマホで誰かに電話する。
「...上に確認します。少し待て」
数分後、男が戻ってきた。
「...今日は見逃す」
「ただし、これ以上詮索するな。次はない」
男たちが去っていく。
颯は美月を抱きしめた。
「大丈夫か?」
「颯...ありがとう...」
美月が泣き出す。
「ごめん...私、馬鹿だった...」
「いいんだ。無事で何よりだ」
元の世界に戻った颯は、白石に報告した。
「なんとか、防ぎました」
「よくやりました」
白石が言う。
「ただし、これは一時的な解決です」
「どういうことですか?」
「企業は諦めません。別の機会を狙います」
颯は頭を抱えた。
「じゃあ、ずっと彼女を守り続けないと...」
「それは不可能です」
白石が言う。
「あなたの意識移動には限界があります」
「じゃあ、どうすれば...」
「根本的に企業を潰すしかありません」
「潰す...?」
「不正を公にする。それで企業は崩壊します」
「でも、美月を危険に晒すことになる」
「一時的には」
白石が認める。
「しかし、公になれば、逆に彼女を守る盾になります」
颯は悩んだ。
翌日、颯は美月と会った。
「美月、決断してほしい」
「何を?」
「企業の不正を公にするか、それとも黙っているか」
美月が驚く。
「でも、颯は内部告発をやめろって...」
「俺も迷った」
颯が言う。
「でも、考えた」
「公にすることで、逆に君を守れるかもしれない」
「証拠が公になれば、企業は君を殺せない。逆に注目されるから」
美月が考える。
「でも...危険じゃない?」
「危険だ」
颯が認める。
「でも、黙っていても危険だ」
「なら、戦う方を選ぶ」
美月が決意した顔をする。
「わかった。やる」
「本当に?」
「うん。私、逃げたくない」
颯は彼女を抱きしめた。
「俺が守る。絶対に」
その夜、美月は記者会見を開いた。
主要メディアが集まる。
美月が証拠を提示する。
改ざんされたデータ。内部メール。音声記録。
全てが、企業の不正を証明していた。
「この企業は、国民の安全を無視しています」
美月が訴える。
「製品は危険です。でも、利益のために隠蔽している」
「これを、見過ごせません」
メディアが一斉に報道した。
企業は大炎上。
株価が暴落。幹部が逮捕された。
美月は、英雄になった。
だが、代償があった。
颯は元の世界に戻された時、白石から告げられた。
「世界B-42、大きく変動しました」
「変動...?」
「美月さんの行動が、予想以上の影響を与えました」
「いい影響でしょう?」
「それが...」
白石が曇った顔をする。
「世界B-42では良い影響です。企業は潰れ、美月さんは生き延びた」
「でも、他の世界に悪影響が出ています」
「悪影響...?」
白石がタブレットを見せる。
「世界C-15。美月さんの行動に触発されて、別の告発者が現れました」
「それはいいことでは?」
「その告発が、国家機密に触れました」
「結果、政治的混乱が起き、内戦が始まりそうです」
颯は愕然とした。
「そんな...」
「さらに、世界D-23。環境保護運動が過激化しました」
「テロが起き、死者が出ています」
「世界E-07。政治的バランスが崩れ、逆に戦争のリスクが高まりました」
颯は頭を抱えた。
「俺が...彼女を救ったせいで...」
「あなたのせいではありません」
白石が言う。
「世界の連鎖反応です」
「予測不能だった」
「でも...」
「選択してください」
白石が真剣な顔で言う。
「世界B-42の美月さんを救うか」
「それとも、他の世界の安定を優先するか」
颯は絶望した。
「どっちも救えないのか...」
「不可能です」
白石が断言する。
「世界はトレードオフです」
「一つを救えば、別が犠牲になる」
颯は一人、部屋で悩んでいた。
美月を救うべきか。
それとも、無数の世界の安定を優先するべきか。
「俺に...そんな権利があるのか...」
その時、意識が勝手に世界B-42と繋がった。
美月の部屋。
彼女は一人、窓の外を見ていた。
「颯...」
彼女は颯を探している。
記者会見の後、颯は姿を消した。
元の世界に戻されたからだ。
「どこ行ったの...」
美月が泣いている。
颯は彼女に話しかけた。
「美月」
「颯!?どこにいるの?」
「...俺は、別の世界にいる」
「別の世界...?」
颯は全てを説明した。
パラレルワールド。EMA。そして、今起きている連鎖反応。
「君を救ったせいで、他の世界が混乱している」
「だから、俺は選ばないといけない」
「君を救うか、他の世界を救うか」
美月が黙る。
しばらくして、彼女が言った。
「颯、私を選ばないで」
「え...?」
「他の世界の人たちを、救って」
「でも...」
「私一人のために、無数の人が犠牲になるなんて、間違ってる」
「美月...」
「ありがとう、颯。私を守ってくれて」
「でも、もういいの」
「私は、もう十分生きたよ」
「そんなこと言うな!」
颯が叫ぶ。
「俺は、君を失いたくない」
「颯...」
美月が微笑む。
「でも、私たち、別の世界の人間だよ」
「元々、一緒にはなれなかった」
「だから、いいの」
颯は涙が出た。
「でも...」
「颯、約束して」
「何を?」
「元の世界で、幸せになって」
「そして、私のことを忘れないで」
颯は泣きながら頷いた。
「忘れない。絶対に」
元の世界に戻った颯は、白石に告げた。
「世界B-42を、元に戻してください」
白石が驚く。
「本当にいいんですか?」
「美月さんは...」
「わかってます」
颯が言う。
「でも、これが正しい選択だ」
白石が頷く。
「...わかりました」
EMAは世界B-42に介入した。
企業の不正は揉み消された。
美月の告発は、なかったことになった。
そして、48時間後。
美月は、予定通り渋谷のスクランブル交差点で事故に遭った。
即死だった。
颯は元の世界で、その知らせを受けた。
「...そうですか」
白石が言う。
「他の世界は、安定しました」
「世界C-15、内戦は回避されました」
「世界D-23、テロは起きませんでした」
「世界E-07、戦争のリスクは消えました」
「よかった...」
颯は虚ろに答えた。
「加賀谷さん」
白石が優しく言う。
「あなたは、正しい選択をしました」
「...本当にそうでしょうか」
「はい」
颯は窓の外を見た。
「俺は...彼女を見殺しにした」
「いいえ」
白石が首を振る。
「あなたは、無数の命を救いました」
「一人の命と、無数の命」
「天秤にかけるべきではないですが、現実はそうです」
颯は涙を拭いた。
「...ありがとうございます」
1ヶ月後。
颯は日常に戻っていた。
フリーライターの仕事。締め切りに追われる日々。
だが、何かが変わっていた。
文章が、以前より深みを持つようになった。
「人生の選択」をテーマにした記事が、評価された。
編集者から、連載の依頼が来た。
「加賀谷さんの文章、最近すごくいいですね」
「ありがとうございます」
「何かあったんですか?」
「...少し、大事なものを失いました」
「そうですか...」
ある日、颯は渋谷のスクランブル交差点を通った。
そこで、ふと立ち止まる。
「ここで、彼女は死んだのか...」
颯は花を買い、交差点の端に置いた。
「美月、ごめん」
「俺は、君を救えなかった」
「でも、君の願いを叶えた」
「他の世界の人たちを、救った」
「だから、どうか...安らかに」
颯は手を合わせた。
その夜、颯は夢を見た。
美月が笑っている。
「颯、ありがとう」
「私、幸せだったよ」
「短い間だったけど、颯に出会えて」
「美月...」
「これからも、頑張ってね」
「そして、いつか...また会おうね」
「別の世界で」
夢が消える。
颯は目を覚ました。
「また...会えるかな...」
数ヶ月後。
颯はカフェで記事を書いていた。
テーマは「パラレルワールドの可能性」。
SFとして書いているが、実体験が反映されている。
その時、隣の席に誰かが座った。
「すみません、ここ空いてますか?」
女性の声。
颯は顔を上げた。
そして、息を呑んだ。
「...美月?」
目の前にいるのは、水野美月だった。
いや、違う。
顔は似ているが、別人だ。
「え?私、美月じゃないですけど」
女性が笑う。
「私、水野あかねです」
「あかね...?」
「美月の、双子の姉です」
颯は驚愕した。
「双子...?」
「はい。妹、知ってるんですか?」
「...少しだけ」
あかねが悲しそうな顔をする。
「妹、3ヶ月前に事故で亡くなったんです」
「...そうですか」
「でも、最近、妹の遺品を整理してたら、日記が出てきて」
あかねがスマホを見せる。
そこには、美月の日記が写真で保存されていた。
『颯という人に出会った。不思議な人。でも、優しい』
『颯が言った。私を守るって。本当かな?』
『颯、どこに行ったの?会いたい』
颯は涙が出そうになった。
「颯さん、ですよね?」
美咲が聞く。
「...はい」
「妹、あなたのこと好きだったみたいです」
「俺も...彼女のことを...」
あかねが微笑む。
「そうですか」
「妹が好きだった人に会えて、良かった」
「あの、もしよければ」
「はい?」
「妹の話、聞かせてもらえませんか?」
颯は頷いた。
「...ええ、喜んで」
こうして、颯とあかねは話し始めた。
美月の思い出。彼女の性格。好きだったもの。
あかねは、美月とは違う。
だが、どこか似ている。
「あなた、作家志望だったんですよね?」
あかねが聞く。
「え、なぜ?」
「妹の日記に書いてありました」
颯は驚いた。
世界B-42の自分は、作家志望だったのか。
「...そうだったかもしれません」
「よかったら、今度、あなたの作品読ませてください」
「まだ、本格的な作品は...」
「じゃあ、これから書けばいいじゃないですか」
あかねが笑う。
颯は、何かが胸に灯った気がした。
「...そうですね」
それから、颯は小説を書き始めた。
テーマは「パラレルワールドでの恋」。
別の世界で出会った恋人。
選択と、犠牲。
そして、新しい出会い。
全てを込めた物語。
1年後。
颯の小説は新人賞を受賞し、出版された。
タイトルは「交差する僕ら」。
書評で高く評価され、ベストセラーになった。
出版記念パーティーで、颯は美咲と再会した。
「颯さん、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「読みました。すごく...良かったです」
あかねが涙を拭う。
「まるで、妹のことを書いてるみたいで」
「...そうかもしれません」
颯は微笑んだ。
「あの、あかねさん」
「はい?」
「これから、時間ありますか?」
「はい」
「一緒に、食事でも」
あかねが笑顔になる。
「喜んで」
二人はレストランに向かった。
歩きながら、颯は思った。
美月は、別の世界で死んだ。
だが、この世界にはあかねがいる。
同じ人ではない。
でも、どこか似ている。
「これも、運命の交差なのかもしれない」
颯は空を見上げた。
無数の世界が、交差している。
無数の可能性が、重なり合っている。
美月との出会いも。
あかねとの出会いも。
全てが、意味がある。
「ありがとう、美月」
颯は心の中で呟いた。
「君のおかげで、俺は変われた」
「そして、新しい未来が見えた」
白石は遠くから、颯を観測していた。
「加賀谷颯、任務完了」
タブレットに記録する。
「世界のバランス、安定」
「彼の精神状態も、良好」
「新しい人生を歩み始めた」
白石は微笑んだ。
「よかった...」
そして、次の任務に向かう。
EMAの仕事は、終わらない。
無数の世界を守るために。
颯とあかねは、レストランで笑い合っていた。
二人の未来は、まだわからない。
だが、確かなことが一つある。
今、この瞬間。
この世界で。
二人は出会った。
そして、新しい物語が始まろうとしている。
無数の世界。
無数の選択。
無数の可能性。
全てが、交差している。
颯の物語は、その一つに過ぎない。




