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修正対象:加賀谷颯  作者: 御影のたぬき


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交差する僕ら ―世界線を越えて―

 雨が降っていた。

 加賀谷颯は傘を差さず、濡れたまま自宅マンションに向かっていた。27歳、フリーライター。今月の稿料は12万円。家賃を払えば残り4万。生活は厳しい。

「また締め切り破ったな...」

 編集者からの着信を無視し、エレベーターに乗る。7階。古いワンルーム。

 鍵を開けて部屋に入ると、妙な違和感があった。

 部屋が...綺麗だ。

 いつもは散らかっている机の上が、整理されている。洗濯物も畳まれている。

「おかしい...」

 俺は几帳面な人間じゃない。部屋が綺麗なはずがない。

 デスクに近づくと、ノートパソコンが開いたままだった。画面には、見覚えのない文章が表示されている。

『締め切りを守ること。それが信頼を築く第一歩だ』

「...誰だ?」

 俺が書いた覚えはない。だが、文体は確かに俺のものだ。

 スマホが震える。LINEの通知。

 編集者の佐々木からだ。

『加賀谷さん、原稿ありがとうございました。いつもより質が高くて驚きました。次回も期待しています』

「原稿?」

 俺は原稿を送った覚えがない。

 パソコンのメールボックスを開く。確かに、今朝5時に原稿が送信されている。

「俺、寝てる間に書いたのか...?」

 ファイルを開く。10,000字の記事。テーマは「都市の孤独」。

 文章は流暢で、構成も完璧だ。いつもの俺より、明らかに上手い。

「これ、本当に俺が書いたのか...?」

 その時、スマホが鳴った。知らない番号だ。

「もしもし?」

『加賀谷颯さんですね』

 女性の声。冷静で、機械的だ。

「はい、そうですが」

『事象変異機関、EMAです。あなたに会いたい』

「EMA...?」

『詳細は対面で。30分後、下のコンビニ前で』

「ちょっと待って——」

 電話が切れた。

 俺は混乱した。EMA?事象変異機関?何だそれは。

 だが、この異常な状況と関係があるかもしれない。

「行ってみるか」

 30分後。コンビニ前。

 黒いスーツを着た女性が立っていた。30代前半。冷たい美貌。

「加賀谷颯さんですね」

「あなたが電話を?」

「はい。白石涼子です。EMAの調整官」

「EMAって何ですか?」

 白石は周囲を確認してから言った。

「ここでは話せません。車で」

 黒いセダンが停まっていた。俺は少し躊躇したが、乗り込んだ。

 車が動き出す。運転手は無言だ。

 白石がタブレットを取り出した。

「加賀谷さん、あなたは昨夜、何をしていましたか?」

「寝てました」

「本当に?」

「...たぶん」

 白石がタブレットを見せる。画面には、俺の部屋の監視映像が映っていた。

「これは...」

 映像の中の俺は、机に向かって猛烈な速さで文章を打っている。時刻は午前3時。

 だが、俺はその時間、確実に寝ていた。

「これ、誰ですか?」

「あなたです」

 白石が答える。

「ただし、別の世界の」

「別の...世界?」

「パラレルワールドです。無数に存在する、微妙に異なる現実」

 俺は笑った。

「冗談ですよね?」

「冗談ではありません」

 白石が真剣な顔で言う。

「あなたは昨夜、他世界の自分と意識が入れ替わりました」

「意識が...入れ替わった?」

「正確には、融合です。一時的に、二つの世界の加賀谷颯の意識が重なった」

「それで、俺が寝ている間に、別の俺が原稿を書いた...?」

「そうです」

 俺は頭を抱えた。

「信じられない」

「信じてください」

 白石が言う。

「これは深刻な事態です」

 車が地下駐車場に入っていく。高層ビルの地下だ。

「ここは?」

「EMA本部です」

 エレベーターで地下5階へ。

 扉が開くと、そこは広大なオペレーションルームだった。

 巨大なスクリーンに、無数のデータが表示されている。数十人のオペレーターが、端末に向かっている。

「これが...EMA?」

「はい」

 白石が説明を始める。

「事象変異機関。世界間のバランスを保つための組織です」

「世界間のバランス...?」

「パラレルワールドは無限に存在します。それぞれが微妙に異なる歴史を持ち、互いに影響を与え合っている」

 白石がスクリーンを指差す。

「この線が、世界線です。無数に分岐し、時に交差する」

 画面には、複雑に絡み合った無数の線が表示されている。

「交差すると、何が起きるんですか?」

「干渉です。一つの世界の出来事が、別の世界に影響を与える」

「例えば、ある世界で重要人物が死ぬ。その影響で、別の世界でも似たような事件が起きる」

「逆に、ある世界で事故が防がれると、別の世界でも誰かが救われる」

 俺は理解しようとした。

「つまり、世界は繋がってる...?」

「正確には、影響し合っています」

 白石が訂正する。

「完全に独立しているわけではない」

「で、EMAは何をするんですか?」

「微細な干渉です。世界線が危険な方向に進むのを防ぎます」

 白石がタブレットを操作する。画面に、事故現場の映像が映った。

「これは昨日、A世界で起きた事故です。電車の脱線。300人が死亡しました」

「この事故の影響で、B世界でも似た事故が起きる可能性があった」

「そこで、EMAはB世界に干渉しました。事故を防ぐために」

 画面が切り替わる。別の角度の映像。電車が無事に停車している。

「結果、B世界では事故は起きませんでした」

 俺は聞いた。

「それって...神の領域じゃないですか?」

「神はいません」

 白石が冷たく言う。

「だから、私たちがやるんです」

 会議室に案内された。

 白石と、もう一人の男性がいた。50代、白髪の厳しい顔つき。

「彼は黒木。EMAの局長です」

「加賀谷颯さん」

 黒木が低い声で言う。

「あなたは特異点です」

「特異点...?」

「通常、人間は自分の世界しか認識できません。他世界の存在は、夢や直感としてしか感じない」

「しかし、あなたは違う。意識が他世界と繋がっている」

 黒木が資料を見せる。

「これは、あなたの脳波パターンです。通常の人間とは明らかに異なる」

 グラフには、激しく揺れる波形が表示されている。

「この波形、二つの世界を行き来していることを示しています」

「なぜ、俺がそうなったんですか?」

「わかりません」

 黒木が正直に答える。

「おそらく、偶然です」

「偶然...?」

「世界線の交差点で、稀に起きる現象です。二つの世界の同一人物の意識が、一時的に融合する」

「大抵は一瞬で終わります。だが、あなたの場合は継続している」

 俺は混乱した。

「つまり、俺は今も、別の世界の俺と繋がってる...?」

「はい」

 白石が答える。

「そして、それは危険です」

「何が危険なんですか?」

「干渉です」

 黒木が説明する。

「あなたの行動が、他世界に影響を与える。逆もまた然り」

「結果、世界のバランスが崩れる可能性がある」

 俺は聞いた。

「じゃあ、どうすればいいんですか?」

「二つの選択肢があります」

 黒木が言う。

「一つ目、能力を封印する。あなたの意識を元の世界に固定する」

「それで、俺は普通に戻れる?」

「はい。ただし、副作用があります。記憶の一部を失う可能性があります」

「記憶...」

「二つ目」

 黒木が続ける。

「EMAに協力してもらう」

「協力?」

「あなたの能力を使って、他世界の情報を収集する。危険な干渉を事前に察知する」

「それで、世界を守れる?」

「はい」

 俺は考えた。

 記憶を失うのは嫌だ。だが、他世界に干渉するのも怖い。

「...考える時間をください」

「3日間だけです」

 黒木が言う。

「それ以上放置すると、干渉が制御不能になります」

 自宅に戻った俺は、一人で考えた。

 パラレルワールド。他世界の自分。

 本当に、存在するのか?

 試しに、意識を集中してみた。

「別の俺...どこにいる?」

 すると、視界がぼやけた。

 次の瞬間、俺は別の場所にいた。

 オフィスだ。スーツを着て、デスクに座っている。

 周囲には同僚たちがいる。電話の音。キーボードの音。

「これは...」

 俺は自分の手を見た。ネクタイを締めている。

 会社員だ。

「加賀谷さん」

 隣の席の女性が声をかけてくる。

「例の企画書、完成しました?」

「あ、はい...」

 俺は反射的に答えた。

「よかった。部長、待ってますよ」

 女性が去る。

 俺は混乱した。ここは、別世界なのか?

 デスクの上に、名刺が置いてある。

『株式会社ミライ企画 企画部 加賀谷颯』

「俺、会社員なのか...」

 その時、別の意識が流れ込んできた。

 記憶だ。この世界の俺の記憶。

 大学を卒業後、この会社に就職した。3年目。企画部で働いている。

 給料は手取り25万。ボーナスもある。安定している。

「フリーライターの俺とは、全然違う...」

 その時、部長が近づいてきた。

「加賀谷、企画書できたか?」

「あ、はい...」

 俺は慌ててパソコンを開いた。

 デスクトップに「企画書_最終版.docx」というファイルがある。

 開くと、商品企画の資料が表示された。

「これ...誰が作ったんだ?」

 いや、この世界の俺が作ったんだ。

「見せてくれ」

 部長が資料を確認する。

「...悪くない。だが、もっと数字を入れろ。説得力が足りない」

「わかりました」

 部長が去る。

 俺は呆然とした。

 その夜、会社員の俺は同僚と飲みに行った。

「加賀谷さん、最近どう?」

「まあ...普通です」

「普通って、つまらないってことでしょ?」

 同僚が笑う。

「会社員って、そんなもんですよ」

 俺は複雑な気持ちだった。

 この世界の俺は、安定した生活を送っている。

 だが、何か物足りなさを感じている。

「俺、本当はライターになりたかったんですよね」

「ライター?」

「ええ。自由に文章を書く仕事」

「それ、稼げるんですか?」

「...わからないです」

 同僚が肩を叩く。

「やめときなさいよ。会社員が一番安定してる」

「...そうですね」

 俺は曖昧に笑った。

 翌朝、俺は元の世界に戻っていた。

 自分の部屋。散らかったまま。

「夢...じゃなかったのか」

 記憶が鮮明に残っている。会社員の俺。安定した生活。

 だが、何か物足りない人生。

「あっちの俺、幸せなのか...?」

 その時、スマホが鳴った。白石からだ。

「加賀谷さん、昨夜、他世界に行きましたね」

「...どうしてわかるんですか?」

「監視しています。あなたの脳波パターンが変化した」

「監視...」

「決断を急いでください。干渉が強まっています」

 電話が切れた。

 その日、俺は再び他世界に意識を移した。

 今度は、別の世界だ。

 俺は、病院のベッドにいた。

 白い天井。医療機器の音。

「ここは...」

 体が動かない。全身に痛みがある。

「加賀谷さん、目が覚めましたか」

 看護師が近づいてくる。

「何が...起きたんですか?」

「交通事故です。3日前に」

「事故...」

 記憶が流れ込んでくる。

 この世界の俺は、自転車で通勤中、トラックに撥ねられた。

 重傷。命は助かったが、右足に障害が残る可能性がある。

「...そんな」

 俺は絶望した。

 この世界の俺は、事故で人生が変わってしまった。

「大丈夫ですよ」

 看護師が優しく言う。

「リハビリすれば、また歩けます」

「...ありがとうございます」

 俺は涙が出そうになった。

 元の世界に戻った俺は、震えていた。

「あっちの俺...事故に遭ったのか...」

 もし、俺もあの交差点を通っていたら。

 同じ事故に遭っていたかもしれない。

「偶然...?それとも、必然...?」

 その時、またスマホが鳴った。

「加賀谷さん、他世界の干渉が強まっています」白石の声。

「どういうことですか?」

「あなたが見た世界。事故に遭った世界。その影響が、あなたの世界に波及し始めています」

「波及...?」

「明日、あなたも同じ交差点を通る予定ですね」

「はい...」

「行かないでください」

「え?」

「あの交差点で、事故が起きる可能性があります。他世界の影響で」

 俺は愕然とした。

「じゃあ、どうすれば...」

「避けてください。別のルートを使って」

「でも、それって...運命から逃げるってことですか?」

「運命は変えられます」白石が断言する。「それが、EMAの仕事です」

 電話が切れた。

 翌日、俺は別のルートで外出した。

 いつもの交差点を避けて、遠回りする。

 だが、気になって仕方がない。

 あの交差点で、何か起きるのか?

 俺はカフェから、遠くにその交差点を眺めていた。

 午前10時。

 トラックが交差点に入ってくる。

 その瞬間、信号が故障した。

 赤信号が青に変わる。

 自転車が飛び出す。

「まずい!」

 俺は思わず立ち上がった。

 だが、次の瞬間。

 トラックが急ブレーキをかけた。

 自転車は、ギリギリで止まった。

 事故は起きなかった。

 俺は安堵した。

「EMAが...干渉したのか...」

 その夜、白石から連絡が来た。

「事故、防ぎました」

「あれ、EMAがやったんですか?」

「はい。信号を遠隔操作して、トラックの運転手に警告しました」

「そんなことまでできるんですか?」

「世界を守るためなら、何でもします」

 白石の声は、冷徹だった。

「加賀谷さん、決断を。協力しますか?」

 俺は深呼吸した。

「...協力します」

「よろしい」

 翌日、俺はEMA本部に行った。

 黒木と白石が待っていた。

「加賀谷さん、ようこそ」

 黒木が言う。

「これから、訓練を始めます」

「訓練?」

「他世界への意識移動を、コントロールする訓練です」

 白石が専用の椅子に案内した。

「ここに座ってください」

 椅子には、無数のセンサーが付いている。

「これで、あなたの脳波を計測します」

 俺は座った。

「では、リラックスして。他世界の自分を想像してください」

 俺は目を閉じ、集中した。

 すると、視界がぼやけた。

 俺は、別の世界にいた。

 今度は、大学の教室だ。

 学生たちが座っている。

「これは...」

 俺は教壇に立っていた。

 教師だ。

「では、今日の講義を始めます」

 俺は反射的に話し始めた。

 だが、何を教えているのかわからない。

 この世界の記憶が流れ込んでくる。

 俺は、大学の講師になっていた。文学を教えている。

 学生たちが熱心にノートを取っている。

「いい世界だな...」

 俺は思った。

 教師として、学生に何かを伝える。やりがいがある。

 だが、その時。

 元の世界に強制的に引き戻された。

「お帰りなさい」

 白石が言う。

「滞在時間、3分でした」

「3分...?あっちでは30分くらいいた気がしたのに」

「時間の流れが違うんです。他世界では、時間が遅く感じます」

 黒木が記録を確認している。

「脳波パターン、安定しています。コントロールできるようになってきた」

「これから、毎日訓練します」

 白石が言う。

「他世界への移動を、自在にできるように」

 1週間の訓練の後、俺は他世界への移動を自由にできるようになった。

 会社員の世界。教師の世界。医者の世界。音楽家の世界。

 無数の可能性が、そこにあった。

「俺、こんなにたくさんの人生があったのか...」

 だが、同時に気づいた。

 どの世界の俺も、何かが欠けている。

 会社員の俺は、自由が欲しい。

 教師の俺は、もっと大きな影響を与えたい。

 医者の俺は、もっと患者を救いたい。

 音楽家の俺は、もっと認められたい。

「みんな、満たされてないんだな...」

 ある日、黒木が俺を呼んだ。

「加賀谷さん、任務です」

「任務?」

「他世界で、危険な事象が発生しています」

 黒木がスクリーンを見せる。

「この世界、C-47。あなたの別バージョンが、自殺を図ろうとしています」

「自殺...?」

「はい。明日の夜、ビルから飛び降りる予定です」

 俺は驚愕した。

「なぜ...?」

「詳細は不明です。だが、彼が死ねば、その影響が他の世界にも波及します」

「他の世界でも、自殺が連鎖する可能性がある」

「それを防いでください」

「どうやって?」

「彼と話してください」

 白石が言う。

「説得してください」

 その夜、俺は世界C-47に意識を移した。

 そこは、古いアパートの一室だった。

 俺は床に座り込んでいた。

 部屋は散らかっている。ゴミが散乱している。

「これは...」

 この世界の記憶が流れ込んでくる。

 俺は、全てに失敗していた。

 仕事も失った。友人も去った。家族とも絶縁した。

 借金がある。返す当てがない。

「生きてる意味がない...」

 この世界の俺が、呟いている。

「明日、終わらせよう...」

 俺は、この俺に話しかけた。

「待て」

「誰だ...?」

「俺だ。別の世界の」

 この世界の俺が混乱する。

「幻聴か...?」

「幻聴じゃない。本当だ」

「嘘だ...」

「嘘じゃない。俺は、お前だ。別の可能性の」

 俺は説明を始めた。

 パラレルワールド。無数の可能性。

 だが、この世界の俺は信じない。

「そんなこと、どうでもいい」

「どうでもよくない」

 俺は必死に言う。

「お前が死んだら、他の俺たちにも影響が出る」

「知るか」

「お前だけの問題じゃないんだ」

「うるさい」

 この世界の俺は、耳を塞いだ。

「もう、疲れたんだ」

「生きることに、疲れた」

「誰にも必要とされない人生なんて、意味がない」

 俺は言葉を探した。

 何を言えば、彼を救えるのか。

「...お前は、必要とされてる」

「誰に?」

「俺にだ」

「俺...?」

「ああ。お前は、俺の一部だ」

「お前がいなくなったら、俺も欠けてしまう」

 この世界の俺が、少し顔を上げた。

「本当に...俺が必要なのか?」

「ああ。だから、死なないでくれ」

 沈黙。

「...わかった」

 この世界の俺が、ゆっくりと立ち上がった。

「死ぬのは、やめる」

「本当か?」

「ああ。お前のためじゃない。俺のためだ」

「もう一度、やり直してみる」

 俺は安堵した。

 元の世界に戻った後、白石に報告した。

「説得、成功しました」

「よかった」

 白石が記録を取る。

「世界C-47、安定しました」

 黒木が言う。

「加賀谷さん、あなたは優秀です」

「ありがとうございます」

「これからも、任務を続けてもらいます」

 その後、俺は数十の世界を訪れた。

 自殺を防いだ世界。

 犯罪を止めた世界。

 戦争を回避した世界。

 無数の可能性を、少しずつ良い方向に導いた。

 だが、ある日。

 俺は気づいた。

 自分の記憶が、混ざっている。

 会社員の記憶。教師の記憶。医者の記憶。

 全てが、俺の中で混沌としている。

「俺は...誰だ...」

 鏡を見る。

 そこに映るのは、加賀谷颯だ。

 だが、中身は...わからない。

 白石に相談した。

「記憶が、混ざってます」

「予想通りです」

 白石が記録を見る。

「干渉レベルが上がっています」

「このままだと...?」

「人格崩壊のリスクがあります」

「崩壊...」

「あなたが『誰なのか』わからなくなります」

 俺は恐怖を覚えた。

「じゃあ、どうすれば...」

「任務を減らします」

 白石が提案する。

「他世界への干渉を最小限に」

「でも、それじゃ世界を守れない...」

「あなたの健康が優先です」

 だが、その時。

 黒木が割り込んできた。

「待て」

「局長?」

「加賀谷さん、あなたにしかできない任務があります」

「何ですか?」

 黒木が深刻な顔で言う。

「世界A-01。最も重要な世界。そこで、大災害が起きる予定です」

「大災害...?」

「核戦争です」

 俺は息を呑んだ。

「核戦争...?」

「はい。3日後、開始されます」

「それを防げと?」

「はい」

 白石が反対する。

「局長、加賀谷さんの干渉レベルは既に危険域です」

「わかっている」

 黒木が言う。

「だが、他に方法がない」

「世界A-01が崩壊すれば、その影響は全ての世界に波及する」

「無数の世界が、連鎖的に崩壊する」

 俺は聞いた。

「俺が、核戦争を止められるんですか?」

「可能性はあります」

 黒木が答える。

「世界A-01のあなたは、政府高官の補佐官です」

「政府高官...?」

「はい。大統領の側近です」

「核のボタンを押す決定に、影響を与えられる立場にいます」

「でも、それって...」

「世界の運命を変えることです」

 黒木が断言する。

「あなたにしかできません」

 俺は悩んだ。

 人格崩壊のリスクがある。

 だが、世界を救えるかもしれない。

「...やります」

 白石が驚く。

「加賀谷さん!」

「大丈夫です」

 俺は決意した。

「これが、俺の使命だと思います」

 翌日、俺は世界A-01に意識を移した。

 ホワイトハウス。

 俺は、大統領執務室の隣の部屋にいた。

 スーツを着て、書類を抱えている。

 大統領補佐官だ。

「加賀谷、入れ」

 大統領が呼んでいる。

 俺は執務室に入った。

 大統領は60代の男性。疲れた顔をしている。

「状況は?」

「敵国が、核ミサイルを配備しました」

 俺は報告した。

 この世界の記憶が流れ込んでくる。

 国際情勢が悪化している。敵国との緊張が高まっている。

 核戦争の一歩手前だ。

「先制攻撃を検討している」大統領が言う。

「それは...」

「他に方法がない」

「でも、核を使えば、世界が終わります」

「終わる前に、勝つ」

 大統領の目は、冷たかった。

「会議を招集する。2時間後だ」

「わかりました」

 俺は退室した。

 2時間後、会議室。

 軍の高官、閣僚、補佐官たちが集まっている。

 大統領が言う。

「諸君、決断の時だ」

「敵国が核ミサイルを配備した」

「我々も、対抗措置を取る」

「先制攻撃を承認する」

 会議室がざわつく。

「大統領、それは危険です」

 国務長官が反対する。

「核を使えば、報復が来ます」

「報復される前に、全て破壊する」

「それは不可能です」

 議論が続く。

 だが、大統領の決意は固い。

 俺は、何か言わなければならない。

「大統領」

「何だ、加賀谷」

「核戦争は、避けるべきです」

「理由は?」

「全ての世界が、終わるからです」

 会議室が静まる。

「全ての世界...?」大統領が眉をひそめる。

「はい。この世界だけではありません」

「他の無数の世界も、連鎖的に崩壊します」

「加賀谷、お前、何を言ってる?」

 俺は説明を始めた。

 パラレルワールド。世界間の干渉。

 だが、誰も信じない。

「頭がおかしくなったのか?」

「いいえ」

 俺は必死に言う。

「これは真実です」

「証拠は?」

「...ありません」

「なら、黙れ」

 大統領が採決を取る。

「先制攻撃、賛成の者は?」

 数人が手を挙げる。

「反対の者は?」

 俺と、数人が手を挙げる。

「賛成多数。先制攻撃を承認する」

「明日、午前6時に実行する」

 会議が終わった。

 俺は絶望した。

「止められなかった...」

 その夜、俺は一人、執務室にいた。

「どうすれば...」

 その時、別の意識が流れ込んできた。

 元の世界の俺だ。

「待て、諦めるな」

「でも、どうしようもない...」

「まだ、方法がある」

「何を...」

「核のシステムを、止めろ」

「システム...?」

「ミサイルの発射システムだ。それを無効化すれば、攻撃できない」

「でも、そんなことできるのか?」

「やるんだ」

 俺は決意した。

 深夜、俺はペンタゴンに侵入した。

 セキュリティをかいくぐり、核管理室に到達する。

 この世界の記憶を使って、パスワードを入力する。

 システムにアクセス。

 発射プログラムを無効化する。

「これで...」

 だが、その瞬間。

 警報が鳴った。

「侵入者!」

 兵士たちが駆けつけてくる。

「くそ!」

 俺は捕まった。

 翌朝、俺は拘束されていた。

 大統領が尋問に来た。

「加賀谷、お前、何をした?」

「核システムを、無効化しました」

「なぜだ!」

「世界を守るためです」

「お前、裏切り者か!」

「裏切り者ではありません。救世主です」

 大統領が激怒する。

「お前のせいで、攻撃できない!」

「それが狙いです」

「システムを復旧させろ!」

「いやです」

 大統領が兵士に命令する。

「こいつを拘留しろ」

 俺は連行された。

 だが、その後。

 敵国も、同じ問題を抱えていた。

 彼らの核システムも、謎の障害で無効化されていた。

 EMAの干渉だ。

 両国とも、核攻撃ができない状態になった。

 結果、緊張が緩和された。

 外交交渉が始まった。

 核戦争は、回避された。

 俺は、元の世界に戻っていた。

「やった...止められた...」

 だが、激しい疲労が襲ってきた。

 干渉レベルが、限界を超えている。

 記憶が混乱する。

 俺は、誰だ?

 フリーライター?会社員?教師?医者?音楽家?補佐官?

 全てが、混ざっている。

「俺は...」

 意識が遠のく。

 気がつくと、病院のベッドにいた。

 白石が横にいる。

「目が覚めましたか」

「...何が起きたんですか」

「人格崩壊の一歩手前でした」

 白石が説明する。

「緊急処置で、意識を固定しました」

「固定...?」

「あなたの意識を、元の世界に固定しました。他世界へのアクセスは、遮断されています」

「じゃあ、もう他の世界には...」

「行けません」

 俺は複雑な気持ちだった。

 安堵と、喪失感が混ざっている。

「世界A-01は?」

「核戦争、回避されました」

 白石が微笑む。

「あなたのおかげです」

「よかった...」

「ただし」

 白石が続ける。

「代償があります」

「代償?」

「他世界の記憶、一部消去しました」

「消去...?」

「はい。人格を安定させるために」

 俺は記憶を探った。

 会社員の世界。教師の世界。医者の世界。

 確かに、一部が曖昧になっている。

「それでも、核心は残ってます」

 俺は言った。

「俺は、無数の可能性の一つだということ」

「それを知れただけで、十分です」

 白石が頷く。

「よかった」

 退院後、俺は日常に戻った。

 フリーライター。締め切りに追われる日々。

 だが、以前とは違う。

 俺は知っている。

 別の世界では、別の俺が生きている。

 会社員として。教師として。医者として。

 みんな、頑張っている。

「俺も、頑張らないとな」

 俺は原稿を書き始めた。

 テーマは、「無数の可能性」。

 パラレルワールドのこと。

 別の自分のこと。

 そして、一つの選択の重さ。

 キーボードを叩く。

 文章が流れる。

 数ヶ月後。

 俺の記事は、大きな反響を呼んだ。

「人生は、選択の連続だ」

「一つの選択が、別の世界を生む」

「だが、どの選択も正しい」

「なぜなら、全てが可能性だから」

 読者からのメールが届く。

「この記事、勇気をもらいました」

「別の人生を選んでも良かったかもと思っていたけど、今の人生も大事だと思えました」

 俺は嬉しかった。

 ある日、白石から連絡が来た。

「加賀谷さん、お元気ですか?」

「ええ、おかげさまで」

「あの記事、読みました」

「ありがとうございます」

「一つ、お伝えしたいことがあります」

「何ですか?」

「他世界の加賀谷さんたち、みんな元気です」

「本当ですか?」

「はい。あなたが干渉した世界、全て安定しています」

「よかった...」

「あなたの行動が、無数の世界を救いました」

 俺は涙が出そうになった。

「ありがとうございます」

「いいえ。礼を言うのは、こちらです」

 電話が切れた。

 俺は窓の外を見た。

 東京の街。

 無数の人々が、それぞれの人生を生きている。

 そして、別の世界では、別の人々が、別の人生を生きている。

 全てが、交差している。

 全てが、繋がっている。

「俺たちは、一人じゃないんだな」

 俺は微笑んだ。

 そして、また原稿に向かった。

 次の物語を書くために。

 この世界の、俺の物語を。  



 エピローグ

 それから5年後。

 俺は作家として成功していた。

 パラレルワールドをテーマにした小説が、ベストセラーになった。

「交差する僕ら」

 無数の可能性と、一つの選択を描いた物語。

 読者から、多くの反響があった。

 ある日、サイン会で一人の青年に会った。

「先生、この本、すごく良かったです」

「ありがとう」

「実は...僕も、別の世界の自分を感じることがあるんです」

「そうなのか」

「はい。夢の中で、別の人生を生きてる気がします」

 俺は微笑んだ。

「それは、きっと本当だよ」

「本当...?」

「ああ。君も、無数の可能性の一つだ」

「別の世界では、別の君が生きている」

「でも、この世界の君も大事だ」

「だから、この世界で、精一杯生きてくれ」

 青年が頷く。

「わかりました」

 その夜、俺は一人、自宅で原稿を書いていた。

 次の作品。

 テーマは、「未来への選択」。

 過去の選択ではなく、これからの選択。

 キーボードを叩く。

 文章が流れる。

 ふと、意識が揺らいだ。

 別の世界の感覚だ。

「まだ、繋がってるのか...」

 俺は微笑んだ。

 遮断されたはずの能力が、微かに残っている。

 他世界の俺たちの気配を、時々感じる。

 会社員の俺。教師の俺。医者の俺。音楽家の俺。

 みんな、元気に生きている。

「頑張れよ、みんな」

 俺は心の中で応援する。

 そして、俺も頑張る。

 この世界で。

 無数の可能性。

 無数の選択。

 全てが、交差している。

 全てに意味がある。


 俺は今日も 物語を紡いでいる。

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