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修正対象:加賀谷颯  作者: 御影のたぬき


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1/3

交差する僕ら

 朝7時。目覚ましが鳴る。

 俺、加賀谷颯は目を覚まし、いつものように二度寝しようとした。27歳、フリーライター。締め切りは明日だが、まだ時間がある。

 だが、その時、妙な違和感を覚えた。

 部屋が...少し違う。

 壁の色が、微妙に明るい。いや、同じか?目の錯覚だろうか。

 俺は起き上がり、カーテンを開けた。外の景色は...いつも通りだ。東京の雑踏。高層ビル。

 だが、何かが違う。

「気のせいか...」

 俺はコーヒーを淹れ、パソコンを開いた。メールチェック。編集者からの催促メール。クライアントからの修正依頼。

「はいはい、わかってますよ...」

 俺は記事を書き始めた。テーマは「都市の孤独」。ありふれたテーマだが、それなりに書ける。

 キーボードを叩く。文章が流れる。

 だが、突然、指が止まった。

 画面に映っている文章が...俺が書いたものじゃない。

「これ、何だ...?」

 文体が違う。内容も違う。テーマは同じだが、視点が異なる。

 まるで、別人が書いたような...

「いや、俺が書いたんだけど...」

 俺は混乱した。記憶が曖昧だ。この文章を書いた覚えがない。だが、確かに画面にある。

 その時、スマホが鳴った。知らない番号だ。

「もしもし?」

『加賀谷颯さんですか?』

 女性の声。落ち着いた、機械的なトーン。

「はい、そうですが」

『事象変異機関より連絡です。あなたに会いたい』

「事象...何?」

『詳しくは対面で。今から30分後、渋谷のカフェ『クロスロード』で』

「ちょっと待って、何の話——」

 電話が切れた。

 俺は呆然とした。事象変異機関?何だそれは?

 だが、妙な好奇心が湧いた。フリーライターの悪い癖だ。変な話に首を突っ込む。

「まあ、行ってみるか」

 30分後。渋谷のカフェ『クロスロード』。

 店内は静かで、客は数人しかいない。奥の席に、黒いスーツの女性が座っていた。

 30代前半。知的な雰囲気。彼女は俺を見て、手を挙げた。

「加賀谷颯さんですね。お待ちしていました」

「あなたが電話を?」

「はい。私は白石美咲。事象変異機関、EMAの調整官です」

「EMA...?」

 俺は彼女の向かいに座った。

 白石は資料を取り出した。

「単刀直入に言います。あなたは、他世界の自分と繋がっています」

「他世界...?」

「パラレルワールドです。無数に存在する、微妙に異なる世界」

 俺は笑った。

「冗談ですよね?」

「冗談ではありません」

 白石が真剣な顔で言う。

「あなたは今朝、違和感を覚えたはずです。部屋が微妙に違う。文章が自分が書いたものじゃない」

 俺は驚いた。

「なぜ、それを...?」

「観測していたからです。あなたの意識が、他世界の自分と一時的に繋がった」

「意味がわからない」

 白石はタブレットを見せた。画面には、複雑なグラフと数式が表示されている。

「これが、世界の干渉パターンです。通常、人は自分の世界しか認識できません。だが、稀に、異世界の自分と意識が繋がる人がいる」

「俺が、それだと?」

「はい。原因は不明ですが、あなたの脳波が特殊なパターンを示しています」

 俺は頭を抱えた。

「これ、本気で言ってるんですか?」

「本気です」

 白石が断言する。

「そして、これは危険です」

「危険?」

「他世界との干渉が強まると、世界のバランスが崩れます。予想外の事故、出会い、変化が起きる」

「それが...何か問題なんですか?」

 白石が真剣な目で言う。

「世界は微妙なバランスで成り立っています。小さな変化が、大きな破綻を生むこともある」

「だから、EMAは干渉を調整する。バランスを保つために」

「つまり...俺を止めるってことですか?」

「いいえ」

 白石が首を振る。

「協力してほしいんです」

「協力?」

「あなたの能力を使って、危険な干渉を事前に察知する。そして、私たちが調整する」

 俺は少し考えた。

「断ったら?」

「干渉は止まりません。あなたの意識は、勝手に他世界と繋がり続ける。そして、いずれ人格が崩壊します」

「...脅しですか?」

「事実です」

 俺は溜息をついた。

「わかりました。協力します。で、何をすればいいんですか?」

 白石が微笑んだ。

「まず、他世界の自分と、意識的に繋がってみてください」

 俺はカフェの静かな席で、目を閉じた。

「どうやって?」

「リラックスして。他の自分を想像してください」

 俺は深呼吸した。

 他の自分...?

 想像する。別の世界の、加賀谷颯。

 どんな人生を歩んでいるのか。

 その瞬間、視界がぼやけた。

 俺は、別の場所にいた。

 オフィスだ。デスクに座り、パソコンに向かっている。

 周囲には同僚たちがいる。会社員の風景。

「これは...」

 俺は自分の手を見た。スーツを着ている。

「俺、会社員なのか...?」

 別世界の俺は、フリーライターではなく、会社員として働いている。

「おい、加賀谷」

 上司が声をかけてくる。

「例の企画書、まだか?」

「あ、はい、今やってます」

 俺は反射的に答えた。だが、企画書なんて知らない。

 上司が去る。

 俺は混乱した。ここは、別世界なのか?

 その時、隣の席の同僚が話しかけてきた。

「加賀谷さん、大丈夫?顔色悪いよ」

「あ、ちょっと疲れてて...」

「無理しないでね」

 同僚は優しい笑顔だった。

 俺は周囲を見渡した。この世界では、俺は会社員として働いている。フリーランスではなく、安定した職についている。

「こっちの俺は...幸せなのか?」

 だが、その疑問は長く続かなかった。

 視界がまたぼやけ、俺は元の世界に戻っていた。

 カフェ。白石が俺を見ている。

「どうでしたか?」

「...別世界に、いました。俺、会社員でした」

「そうですか。他にも、無数の『あなた』が存在します」

「無数...?」

「はい。選択の数だけ、世界は分岐します」

 俺は頭を抱えた。

「これ、本当なんですね...」

「はい。そして、これからあなたには仕事をしてもらいます」

「仕事?」

 白石が資料を見せる。

「他世界で起きている『危険な干渉』を察知してください。そして、報告を」

「危険な干渉...?」

「世界のバランスを崩す可能性のある事象です」

 俺は資料を読んだ。

 具体例が書いてある。

 重要人物の死亡を防ぐ干渉

 戦争を回避する干渉

 逆に、必要な出来事を起こさせる干渉

「これ...操作じゃないですか?」

「調整です」

 白石が訂正する。

「世界のバランスを保つための」

「でも、それって...神の領域では?」

「神はいません。だから、私たちがやるんです」

 白石の目は、冷徹だった。

 その日から、俺の生活は変わった。

 毎日、他世界の自分と繋がる訓練をした。意識を移動させ、他の人生を覗く。

 俺は音楽家だった。俺は医者だった。俺は教師だった。

 無数の可能性が、そこにあった。

 だが、次第に気づいた。

 他世界の俺の行動が、この世界の俺に影響を与えている。

 ある日、俺は他世界の自分に意識を移した。

 そこでは、俺は小説家だった。

 デビュー作が売れ、次作の執筆中。

「これ、いいな...」

 羨ましいと思った。フリーライターとして細々と稼ぐより、小説家として成功したかった。

 だが、小説家の俺は苦悩していた。

「次が書けない...」

 スランプだ。期待が重い。編集者からのプレッシャー。

 俺は、小説家の自分に話しかけてみた。

「おい、大丈夫か?」

 小説家の俺が驚く。

「誰だ...?」

「俺だ。別世界の」

「別世界...?」

「ああ。俺はフリーライターだ。お前は小説家」

 小説家の俺は混乱している。

「これ、幻覚か...?」

「幻覚じゃない。本当だ」

 俺たちは、しばらく会話した。

 互いの人生について。選択について。後悔について。

「お前、なんで小説家になったんだ?」

「大学時代、新人賞に応募したからだ。お前は?」

「俺は応募しなかった。怖くて」

「そうか...」

 沈黙。

「お前の世界、どうだ?」

「...辛い。期待が重い。でも、やりがいはある」

「そうか」

 俺は羨望と共感が混ざった感情を覚えた。

 元の世界に戻った後、俺は自分の原稿を見た。

 フリーライターの記事。地味で、報酬も少ない。

「俺も...小説、書いてみようかな」

 その日から、俺は小説を書き始めた。

 仕事の合間に。夜中に。

 物語が流れ出す。

 不思議なことに、小説家の俺の記憶が混ざっている気がした。

 文体。構成。キャラクターの作り方。

 全てが、自然に浮かんでくる。

「これ...俺の能力じゃない...」

 他世界の俺から、何かを受け取っている。

 1ヶ月後。俺は小説を完成させ、新人賞に応募した。

 そして、驚くべきことに、一次選考を通過した。

「マジか...」

 俺は興奮した。

 だが、同時に不安も覚えた。

 これは、本当に俺の力なのか?

 それとも、他世界の俺の影響なのか?

 白石に報告した。

「他世界の自分から、影響を受けています」

「そうですか」

 白石が記録を取る。

「それは予想通りです」

「予想通り?」

「干渉が強まれば、能力や記憶が混ざります」

「それって...危険じゃないですか?」

「危険です。だから、制限しています」

 白石がタブレットを見せる。

「あなたの干渉レベル、現在50%。70%を超えると、人格崩壊のリスクがあります」

「人格崩壊...?」

「あなたが『誰なのか』わからなくなります。全ての可能性の自分が混ざり、個が失われる」

 俺は背筋が寒くなった。

「じゃあ、もう止めたほうがいいのでは...?」

「それはできません」

 白石が首を振る。

「一度繋がった意識は、自然には切れません」

「じゃあ、どうすれば...」

「制御することです。意識的に干渉をコントロールする」

 白石が訓練プログラムを提示した。

 訓練は厳しかった。

 毎日、他世界との接続と切断を繰り返す。

 意識の境界を明確にする。

 自分が『誰なのか』を常に確認する。

 だが、次第に困難になっていった。

 他世界の記憶が、この世界の記憶と混ざる。

 俺は小説家だったか?会社員だったか?音楽家だったか?

 全てが曖昧になる。

「俺は...加賀谷颯だ...フリーライターの...」

 自己暗示のように繰り返す。

 ある日、俺は他世界の自分が危機に瀕しているのを感じた。

 意識を移す。

 そこでは、俺は医者だった。

 病院で働いている。

 だが、医療ミスを犯していた。

 患者が死にかけている。

「まずい...」

 医者の俺は、パニックになっている。

「どうする...どうする...」

 俺は、医者の自分に話しかけた。

「落ち着け」

「お前は...」

「俺だ。冷静になれ」

「でも、患者が...」

「まず、状況を確認しろ。何が起きた?」

 医者の俺は、深呼吸して説明した。

 投薬ミス。量を間違えた。

「すぐに解毒剤を」

「でも、手順が...」

「手順なんてどうでもいい。患者を救え」

 医者の俺は、決断した。

 解毒剤を投与。

 患者の容態が安定する。

「...助かった」

 医者の俺は、安堵した。

「ありがとう...」

「いや、お前が頑張ったんだ」

 元の世界に戻った後、白石に報告した。

「他世界の自分を、助けました」

「どのように?」

「アドバイスを送りました」

 白石が眉をひそめる。

「それは...干渉です」

「干渉?」

「他世界への直接的な影響。それは、バランスを崩します」

「でも、患者が死ぬところだったんです」

「それも、その世界の運命です」

「運命...?」

 白石の冷徹さに、俺は怒りを覚えた。

「人が死ぬのを、見過ごせと?」

「そうです。私たちは観測者です。干渉者ではありません」

「でも、EMAは干渉してるじゃないですか」

「必要最小限の調整です。あなたがやったのは、個人的な干渉」

 俺は立ち上がった。

「もういい。俺は、他世界の自分を助ける。それが間違ってるとは思わない」

「加賀谷さん」

 白石が警告する。

「それは危険です。干渉レベルが上がります」

「上がってもいい」

「人格崩壊しますよ」

「それでも、見捨てられない」

 俺はカフェを出た。

 その日から、俺は白石の指示を無視して、他世界の自分たちを助け始めた。

 会社員の俺が、リストラされそうになった。

 俺はアドバイスを送った。「転職の準備をしておけ」

 音楽家の俺が、スランプに陥った。

 俺は励ました。「お前の音楽は素晴らしい。諦めるな」

 教師の俺が、生徒とのトラブルで悩んでいた。

 俺は解決策を提案した。

 無数の自分たちが、助けを求めている。

 俺は、できる限り応えた。

 だが、代償があった。

 俺の干渉レベルは、70%を超えた。

 記憶が混乱する。自分が誰なのか、わからなくなる瞬間が増えた。

 朝起きて、自分が会社員だと思い込む。

 仕事中に、医者の記憶が混ざる。

 夜、音楽家の感覚で楽器を触る。

「俺は...誰だ...」

 鏡を見る。そこに映るのは、加賀谷颯だ。

 だが、中身は混沌としている。

 ある日、白石から連絡が来た。

「加賀谷さん、すぐに来てください。緊急事態です」

 俺はカフェに行った。

 白石は深刻な顔をしていた。

「あなたの干渉レベル、85%に達しています」

「...そうですか」

「このままでは、人格が崩壊します」

「わかってます」

「わかってるなら、なぜ止めないんですか?」

「止められないんです」

 俺は答えた。

「他世界の俺たちが、助けを求めてくる」

「それは、あなたの幻覚かもしれません」

「幻覚じゃない。本当だ」

 白石が溜息をつく。

「加賀谷さん、選択してください」

「選択?」

「他世界の自分を助け続けて、人格崩壊するか。それとも、干渉を止めて、自分を守るか」

 俺は黙った。

 どちらも、辛い選択だ。

「...時間をください」

「時間はありません。今日中に決めてください」

 その夜、俺は一人、部屋で考えた。

 他世界の自分たち。

 会社員、医者、音楽家、教師、小説家...

 無数の可能性。

 全て、俺だ。

 だが、俺は『この世界の加賀谷颯』だ。

 他の世界の俺ではない。

「俺は...誰なんだ...」

 その時、意識が勝手に他世界と繋がった。

 俺は、見知らぬ場所にいた。

 病院のベッドだ。

 体が動かない。

 医療機器が、ピーピーと音を立てている。

「これは...」

 俺は、事故に遭った世界の自分だった。

 瀕死の状態だ。

 家族が、ベッドの周りで泣いている。

 母親、父親、妹。

「颯...頑張って...」

 母親が手を握っている。

 俺は、意識だけの存在として、そこにいた。

「これ...俺なのか...」

 事故の記憶が流れ込んでくる。

 交差点で、トラックに撥ねられた。

 俺は、助からないかもしれない。

「助けないと...」

 だが、どうやって?

 俺は意識だけだ。肉体はない。

 その時、声が聞こえた。

「諦めるな」

 別の世界の俺だ。

 医者の俺、会社員の俺、音楽家の俺、教師の俺。

 無数の俺が、ここに集まっている。

「みんな...」

「お前を助ける」

「どうやって?」

「俺たちの意識を、お前に集中させる」

 医者の俺が説明する。

「意識のエネルギーを、お前の肉体に送る。それで、生命力を高める」

「そんなこと、できるのか?」

「やってみる」

 無数の俺が、手を繋ぐ(比喩的に)。

 意識のエネルギーが、集まっていく。

 そして、瀕死の俺に流れ込む。

 医療機器の音が変わる。

 心拍が安定する。

 医者が驚く。

「奇跡だ...容態が回復している...」

 家族が泣き崩れる。

「颯!」

 瀕死の俺は、助かった。

 俺は、元の世界に戻っていた。

 だが、疲労が凄まじい。

「はぁ...はぁ...」

 干渉レベルが、95%に達していた。

 限界だ。

 もう、これ以上は...

 その時、白石から電話が来た。

「加賀谷さん、大丈夫ですか?」

「...何とか」

「干渉レベル、危険域です。すぐに切断してください」

「でも...」

「でも、何ですか?」

「他世界の俺を、助けたんです」

「それで、あなたが崩壊したら意味がありません」

 白石の声は、厳しかった。

「加賀谷さん、最後の警告です。干渉を止めなければ、強制的に切断します」

「強制的...?」

「EMAの技術で、あなたの能力を封印します」

「それは...」

「あなたのためです」

 電話が切れた。

 俺は悩んだ。

 干渉を止めるべきか。

 それとも、他世界の自分たちを助け続けるべきか。

 だが、答えは既に決まっていた。

「俺は...助ける」

 俺は再び、他世界と繋がった。

 今度は、全ての世界の自分と同時に。

 無数の加賀谷颯が、そこにいた。

「みんな、聞いてくれ」

 俺は全員に呼びかけた。

「俺たちは、繋がってる」

「別々の世界だけど、同じ存在だ」

「だから、助け合おう」

「困ったときは、呼んでくれ」

「俺が、みんなを助ける」

 無数の俺が、頷いた。

「ありがとう」

「お前も、困ったら呼べよ」

「ああ」

 俺は微笑んだ。

 その瞬間、干渉レベルが100%に達した。

 俺の人格が、崩壊し始めた。

 記憶が混ざる。感情が混ざる。

 俺は、もはや『この世界の加賀谷颯』ではない。

 全ての世界の加賀谷颯だ。

 無数の可能性が、一つになる。

「これが...統合...」

 俺の意識は、拡散していく。

 個が失われていく。

 だが、恐怖はない。

 ただ、安らぎがある。

 だが、その時。

 白石が介入してきた。

「加賀谷さん、強制切断します」

 強烈な電撃のような感覚。

 俺の意識が、元の世界に引き戻される。

「うわあああ!」

 俺は叫んだ。

 気がつくと、病院のベッドにいた。

 白石が、横に立っている。

「...生きてますか?」

「...ああ」

 俺は頭を抱えた。激しい頭痛。

「干渉レベル、100%に達していました。あと少しで、人格崩壊していた」

「...そうか」

「なぜ、そこまでしたんですか?」

 俺は少し考えて、答えた。

「他の俺たちを、見捨てられなかった」

「それで、あなたが消えてもいいと?」

「いや、消えたくはない。でも...」

 俺は言葉を探した。

「俺たちは、繋がってる」

「別々の世界だけど、同じ存在だ」

「一人が苦しんでたら、助けたい」

 白石が溜息をつく。

「あなたは、優しすぎます」

「優しい...?」

「他者のために、自己を犠牲にする。それは美徳ですが、危険でもあります」

 白石が椅子に座る。

「加賀谷さん、EMAがなぜ干渉を制限するか、わかりますか?」

「バランスを保つため...?」

「それもあります。でも、本当の理由は別です」

 白石が真剣な目で言う。

「無制限な干渉は、全ての世界を崩壊させるからです」

「崩壊...?」

「世界は、因果律で成り立っています。AがあればBが起きる。単純な法則」

「でも、干渉が強まると、因果が崩れます」

「Aがあっても、Bが起きない。CもDも起きる。混沌になる」

「そして、世界は崩壊します」

 俺は愕然とした。

「じゃあ、俺のやってたことは...」

「世界を壊す行為です」

 白石がはっきりと言った。

「あなたは善意でやっていた。でも、結果は破壊です」

 俺は頭を抱えた。

「じゃあ、どうすればいいんだ...」

「干渉を止めることです」

「でも、他の俺たちが...」

「彼らは、彼らの世界で生きています。あなたが助けなくても、何とかなります」

「でも...」

 白石が優しく言う。

「加賀谷さん、あなたは『この世界の加賀谷颯』です」

「他の世界の加賀谷颯ではありません」

「だから、この世界で、あなたの人生を生きてください」

 俺は退院後、しばらく考えた。

 白石の言葉。

 他世界の自分たち。

 そして、俺自身。

「俺は...誰なんだ」

 結論は出なかった。

 だが、一つだけわかったことがある。

 俺は、『この世界の加賀谷颯』だ。

 フリーライター。27歳。

 他の可能性ではなく、この可能性を選んだ俺だ。

「それでいいのかもしれない」

 数ヶ月後。

 俺は小説の新人賞で、最終選考に残った。

「すごい...」

 編集者から連絡が来た。

「加賀谷さん、デビューが決まりました」

「本当ですか!?」

「ええ。次作も期待しています」

 俺は喜んだ。

 だが、同時に思った。

 これは、他世界の俺の影響なのか?

 それとも、俺自身の力なのか?

 ある日、俺は白石に会った。

「おめでとうございます。小説家デビュー」

「ありがとうございます」

「他世界の影響、ありましたか?」

「...わかりません。でも、もう気にしないことにしました」

「気にしない?」

「ええ。他世界の俺がどうであれ、この世界の俺は、俺の力で生きる」

 白石が微笑む。

「いい決断です」

「あと」

 俺が続ける。

「他世界の俺たちにも、感謝してます」

「感謝?」

「ああ。彼らがいたから、俺は色々学べた」

「別の選択をした自分を見て、自分を知れた」

 白石が頷く。

「それが、干渉の意味かもしれませんね」

「意味...?」

「他者を知ることで、自己を知る」

「他世界の自分を見ることで、この世界の自分を理解する」

 俺は微笑んだ。

「そうかもしれません」

 それから、俺は時々、他世界と繋がる。

 だが、干渉はしない。

 ただ、観察するだけ。

 会社員の俺は、昇進した。

 医者の俺は、優秀な医師になった。

 音楽家の俺は、アルバムをリリースした。

 教師の俺は、生徒に慕われている。

 みんな、それぞれの世界で、頑張っている。

「頑張れよ、みんな」

 俺は心の中で応援する。

 そして、俺も頑張る。

 この世界で。

 ある日、俺は小説家の俺と再び繋がった。

「久しぶり」

「ああ、久しぶり」

「お前、デビューしたんだって?」

「ああ。お前もだろ?」

「そうだな」

 俺たちは笑い合った。

「お前のおかげだよ」

「いや、お前の力だ」

「どっちでもいいさ。俺たちは、繋がってるんだから」

 小説家の俺が微笑む。

「そうだな」

 俺は、この世界で生きている。

 他世界の可能性を知りながら。

 だが、それでいい。

 無数の選択肢があっても、俺が選んだのはこの道だ。

 フリーライターから、小説家へ。

 それが、俺の人生だ。

 他の誰でもない、加賀谷颯の人生だ。

 白石が最後に言った言葉を、俺は時々思い出す。

「加賀谷さん、世界は交差しています」

「無数の可能性が、重なり合っています」

「だから、一つの選択が、全てではありません」

「別の世界では、別の選択をした自分がいる」

「それを知ることは、自由です」

「あなたは、自由なんです」

 俺は今日も、原稿を書いている。

 次の小説。

 テーマは、「交差する世界」。

 無数の可能性。

 無数の自分。

 そして、一つの選択。

 キーボードを叩く。

 文章が流れる。

 俺の物語が、生まれていく。

 この世界の、加賀谷颯の物語が。


 エピローグ

 数年後。

 俺の小説は、ベストセラーになった。

「交差する僕ら」

 無数の可能性と、一つの選択を描いた物語。

 読者からの反響は大きかった。

「自分の人生を肯定できた」

「別の選択をした自分を想像できた」

「でも、今の自分でいいと思えた」

 俺は嬉しかった。

 この物語が、誰かの役に立った。

 ある日、白石から連絡が来た。

「加賀谷さん、お久しぶりです」

「白石さん、どうしたんですか?」

「報告です。あなたの干渉レベル、安定しています」

「そうですか」

「ええ。もう、人格崩壊の危険はありません」

「よかった」

「それと」

 白石が続ける。

「他世界の加賀谷さんたちも、安定しています」

「みんな、それぞれの世界で幸せに生きているようです」

 俺は微笑んだ。

「それは良かった」

「あなたの干渉が、結果的に良い影響を与えたのかもしれません」

「そうですか...」

「ええ。世界は、思ったより柔軟です」

「小さな干渉なら、バランスを保ちながら吸収できる」

「あなたの善意が、無数の世界を少し良くしたのかもしれません」

 俺は嬉しくなった。

「ありがとうございます」

「いいえ。あなたの努力です」

 電話を切った後、俺は窓の外を見た。

 東京の街。

 無数の人々が、それぞれの人生を生きている。

 そして、別の世界では、別の人々が、別の人生を生きている。

 無数の可能性。

 無数の選択。

 全てが、交差している。

「俺たちは、繋がってるんだな」

 俺は呟いた。

 そして、また原稿に向かった。

 次の物語を書くために。

 この世界の、俺の物語を。

 遠く、別の世界で。

 別の加賀谷颯が、同じように原稿を書いている。

 そして、また別の世界で。

 別の加賀谷颯が、病院で患者を救っている。

 また別の世界で。

 別の加賀谷颯が、音楽を奏でている。

 無数の加賀谷颯が、それぞれの世界で、それぞれの人生を生きている。

 全てが交差し、全てが、繋がっている。

 そして、全てに意味がある。

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