不用心な学生と天文学者のお話
「すみません、遅れました」
連休明けの門倉教授の天文学ゼミ室に、暗い顔で一人の男子学生が入って来た。
「君が遅刻をするのはいつものこととして、その表情、一体何があったんだい?」
門倉教授が少し驚いた顔をしてそう聞くと、男子学生がため息混じりに答えた。
「実は、連休中に僕の下宿に泥棒が入りまして……」
「泥棒?」
「はい。連休中に友人と旅行に行ったのですが、昨晩下宿に戻ると部屋が荒らされていて。警察によると、僕がSNSに投稿した旅行中の写真を見た空き巣の犯行だろうということでした。まあ、貧乏学生ですからほとんど被害はありませんでしたが」
男子学生が苦笑した。門倉教授は真面目な顔でその男子学生に話しかけた。
「幸い被害がなくて良かったが、もし泥棒と鉢合わせしていたらどうなっていたことか……楽しい旅行の様子をSNSで皆に伝えたい気持ちは分かるけど、不用心過ぎる。投稿内容を見ているのは善人だけとは限らないんだ。気をつけるんだよ」
「はい……今後気をつけます」
「よし、じゃあゼミを続けよう」
気落ちした男子学生に笑顔でそう言うと、門倉教授はホワイトボードの前に立った。
「さてと……SETIの話だったね」
門倉教授は、ホワイトボードに書かれた『Search for Extraterrestrial Intelligence 』を指差しながら話し始めた。
「『SETI』は、日本語では『地球外知的生命の探査』。その名のとおり、宇宙のどこかにいるであろう知的生命を探す取り組みだ」
門倉教授がマーカーを手に取り、ホワイトボードに様々な探査名等を書き込んで行く。
「あの『ドレイクの方程式』で有名なフランク・ドレイク教授が提唱して1960年に行われたオズマ計画を皮切りに、数多くの探査が実施された……」
「……また、探査だけでなく、1972年に打ち上げられたパイオニア10号に取り付けられた『金属板』、1974年に宇宙へ向けて送信された『アレシボ・メッセージ』、そして1977年に打ち上げられた探査機ボイジャーの『レコード盤』等々、いわゆる『Active SETI』の試みも行われたが、未だ、地球外の知的生命の存在は確認されていない」
門倉教授はマーカーをホワイトボードに置いて席に座った。
「私は学者だ。学者の立場としては、地球外生命体が地球にやってくる可能性はゼロに近いと思ってる。そもそも、我々と同時代にこの宇宙のどこかで知的生命体が存在することにさえ否定的だ」
そこまで言った門倉教授は、苦笑しながらゼミ生達の顔を見た。
「そんな私が、なぜか我が国の様々なSETIの活動に積極的に参加している。これはもう理屈じゃないのかもしれないね」
† † †
その日の夜。門倉教授が研究室の机で一人SETI関連の文献を読んでいると、突然、室内が眩い光で包まれた。
光が落ち着いた後、門倉教授がおそるおそる目をあけると、何と門倉教授は宇宙空間に漂っていた。目の前に大きな地球が見える。
「ええ??」
思わず声を上げた門倉教授の横に、見知らぬ黒スーツ姿の男性が立っていた。
「だ、誰だ?!」
「この惑星外の知的生命。いわゆる『宇宙人』です」
黒スーツの男は、そう言って微笑むと、門倉教授が声を上げようとするのを制止して話し始めた。
「時間がないので手短にお伝えしますが、この惑星の皆さんは、不用心過ぎます」
「不用心?」
「ええ。この惑星の位置、知的生命その他の生物の詳細、そして文明の程度等々……情報を惑星外に垂れ流し過ぎです」
黒スーツの男が腕組みをして困った顔をした。
「幸い、侵略等の被害は受けていないようですが、もし、好戦的な高度文明の知的生命と鉢合わせしたらどうなるか。自らの存在を宇宙の同胞に伝えたい気持ちは分かりますが、投稿内容を見ているのは善人だけとは限らない。気をつけてくださいね。それでは」
黒スーツの男が言い終わると、門倉教授は再び眩い光に包まれた。気づくと、研究室で立っていた。
「我々人類は、あの空き巣に入られたゼミ生と変わらないという訳か……」
門倉教授は、研究室の窓へ向かい、夜空を眺めた。都会の光にかき消されそうな星空が、優しく静かに門倉教授を見下ろしていた。




