転生したら農村でしたが、何だかんだで幸せです〜ハネムーン編〜
結婚式の翌朝。まだ朝日が昇りきらぬうちに、俺たちは村を出発した。
「荷物、これだけでいいの?」
「二泊三日だし、そんなに要らないよ。お土産は……トマトが持ってこいって言ってたけど」
『王都の空気を感じたい!』
「野菜連れてくわけにいかないだろ」
『せめてタネだけでも!』
出発前からうるさい。だが、ちょっとだけ寂しい。
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目指すのは王都。馬車で半日。
王都には観光地も市場も温泉も、なんでもある。畑以外ほぼ知らない俺には、未知の世界だ。
それでも、隣にミーナがいるだけで、心は落ち着いていた。
「リュートさんって、王都初めてなんですよね?」
「うん。こっちは完全に観光客」
「じゃあ、わたしが案内しますね。昔、一度だけ来たことあるんです」
「心強い。……まさかハネムーンで俺が人に頼ることになるとは」
「えへへ。たまには、いいじゃないですか」
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王都に着くと、活気と人の多さに圧倒された。
露店が並び、香辛料の匂い、鐘の音、にぎやかな叫び声。
その中に、何か“違和感”を感じた。
そして、市場の片隅で聞こえた。
『た、たすけてくれーっ!』
「……今、野菜の声が聞こえた」
「またですか!? ハネムーン中ですよ!」
「いやでも、助けを求めてたぞ?」
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声の主を探し、市場の裏通りをのぞくと――
そこには、しおれたキャベツが山積みで捨てられていた。
『ここは……売れ残ったら、捨てられる場所……』
「……これ、収穫タイミングが悪かったんだな。水切りしてない。保存方法も雑だ」
「リュートさん……それって、わかるんですね」
「声で、なんとなく。農夫の勘と……野菜の嘆き、ってやつ」
俺は、比較的状態のいいキャベツを数個買い取って、街の食堂に持ち込んだ。
「これでロールキャベツを作ってくれませんか? 絶対においしいです」
「なんだと? あんた素人か? ……いや、このキャベツ、香りが……!?」
料理人の目が変わった。
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その夜、俺たちはその店でロールキャベツを食べた。
「うん、柔らかい……甘い……!」
「捨てられかけたキャベツとは思えない」
「リュートさんの手にかかると、野菜も喜びますね」
『マジで、今日生きててよかったわ……』
キャベツの声を聞きながら、俺はほっと息をついた。
「ハネムーン中に野菜助けるとは思わなかったけど……後悔はしてない」
「うふふ。やっぱりリュートさんですね」
そのとき、ミーナが俺の手を、そっと握ってくれた。
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翌日。
街のハーブ園で、ミーナが一輪の“月香草”を手に取る。
「これ、村に植えませんか?」
「夜に香る花……銀葉花と相性いいかも」
「ええ。あの指輪も、夜になると光りますし……」
照れくさそうに笑う彼女に、俺も自然と笑顔になった。
王都での旅は、野菜に始まり、野菜に終わったけれど――
それでも、俺たちの「新しい生活のはじまり」には、ぴったりだった。
農夫だろうが、旅先だろうが、どこにいても――
俺は、彼女と一緒に生きていく。