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第9話 叱られる超人

 昨日は襲撃などない平穏な一日だった。そして今日もそうであることを晶子しょうこは願っていたが、その期待はあっさりと裏切られた。ママが経営に関与している店の売上を確認するために歌舞伎町に向かったものの行く先々でやたらとこちらを気にする数人のギャング風に出くわすのだ。そのたびに本来行くべきコースを迂回することになるのだが、どうやら晶子たち御一行はまんまと追い込まれたらしい、ついに中心街からはずれたあたりで四方を囲まれてしまったのだった。

 駐車場を囲む金網を背にして立つ四人の前にはざっと十人のギャング風、何人かはズボンのポケットから取り出した伸縮タイプの警棒を伸ばしてニヤついた顔を向けている。手ぶらの者もいるがおそらくそいつらもどこかに武器を隠し持っているのだろう、例えばナイフか、それともメリケンサックか。晴久はるひさは護衛の二人をチラ見する。彼らもそれなりの心得があるのだ、自分たち一人あたり三人をぶちのめせばなんとかなるだろう。そんな算段をしながら晴久は護衛の二人に目配せをして見せた。すると彼の意を察した二人が一歩前に出て身構える。さあ、あとはどちらが仕掛けるかだ。

 案の定、特殊警棒を手にした二人が襲い掛かって来た。が、こちらも素人ではない、その攻撃をあっさりといなすとその先で待つ晴久はるひさが蹴りと利き腕の右であっさりと沈めた。


「うらぁ――、この野郎!」

「ハルク、死ねぇ!!」


 思い思いの声を上げながら残りの数人が一気に向かってきた。乱闘が始まる。しかし多勢に無勢、何人かは護衛の二人と晴久はるひさの目をくぐり晶子を狙った。


「へっ、どうよ、女が手薄だぜ」


 茶髪の青年が晶子の腕を掴むとそのまま羽交い絞めにする。


「Yo――、ハルク、てめぇの女がどうなってもいいのか、コラッ!」


 しかし晶子はそれに怯むどころか声すら上げることもなかった。ただ黙ってトートバッグから愛用の得物である改造スタンガンを取り出すと素肌がさらされた青年の肘にそれを当てて迷うことなくボタンを押した。一瞬の出来事にのけぞる青年、その隙を見た晶子は振り返ると青年の喉元に二発目をお見舞いした。


「あたし、彼女じゃないし」


 思わず口を尖らせてそう言う晶子。


「姐さん、ナイスっす」


 晴久はるひさが送るエールにスタンガンを上げて応える晶子の姿に彼女を狙っていた残る一人の青年も後ずさりした。


 晶子、晴久はるひさに負けじと護衛の青年二人もいい仕事をしていた。彼らの足元には三人が横たわっているし、先の警棒の二人に晶子が仕留めた一人もまたアスファルトに沈んでいる。こうして残るギャング風は晶子を狙うもすでに腰が引けている一人と晴久たちの前に立つ三人となった。

 その中の一人、これまでの乱闘を薄ら笑いを浮かべて眺めていた両サイドを極端に刈り上げたツーブロックヘアの青年がポケットに入れていた手を出すとそこに握られていたのは短銃身の回転式拳銃だった。


「動くな。俺は躊躇しないぜ」


 相変わらずニヤけた顔でそう言う青年に向かって晴久はるひさは怯むことなく相手を睨みつけたまま突進していった。


「テメエ、聞いてねぇのか、マジで撃つぞ」


 しかし言うが早いか、既に晴久はるひさは彼の目の前に立っていた。


「なんだ、貴様、躊躇しないんじゃなかったのか?」


 余裕の体で威嚇する晴久はるひさを前にした青年は「この野郎、望み通りにしてやんよ!」と叫びながら引き金を引く。しかし弾は目の前の晴久には当たらずその肩の向こうへと跳んでいった。


「キャッ!」


 当たりこそしなかったが思わず上がった晶子の声に晴久はるひさはバツの悪そうな顔を向ける。護衛の二人も即座に彼女を護るように下がっていった。


「やりやがったな!」


 晴久はるひさは鬼の形相でそう言いながら右手を伸ばすと青年が握る拳銃の回転式弾倉をわし掴みにして言った。


「よお、兄ちゃん、これじゃあ撃てねぇだろう。いいか、冥途の土産にひとつだけ教えておいてやるよ。ダブルアクションのリボルバーってのはな、狙いをつけるならシングルアクションで撃つのが定石なんだよ。どうだ、勉強になったろう」


 そこまで言うと晴久はるひさは鉄骨のギプスが入った左腕で青年の側頭部をなぎ払った。銃を掴んだ手は力なくそこから離れ、彼は声すら上げることなく地べたに横たわった。銃口を自分に向けたまま拳銃を握った手を掲げて残るギャングどもに「どうだ、まだやるか?」と不敵な笑みを向ける晴久を前に、残った二人は互いの顔をうかがいながらそそくさとその場を後にした。


「ねえ、あんたはどうするし」


 自分を狙おうとしていた青年に晶子がそう言うと、彼もまた何も言わずに彼女に背を向けてその場から走り去っていった。


 こうしてその場に残されたのは晶子と晴久はるひさ、それに護衛の二人の四人となったが、幸いにも周囲には野次馬の姿すらなかった。


「兄さん、面倒なことにならないうちにさっさと行っちまいましょう」


 護衛の一人がそういうと晶子が「あたし抜け道知ってるし、こっち、こっち」と言いながらすぐ目の前の路地を指差した。そして今度は晶子を先頭にして晴久と護衛の二人が付いて歩く。


「しかし姐さんもすっかりこの街に馴染んでますね。自分、こんな道知らなかったっすよ」

「ふふふ、どうだ、勉強になっただろう」


 さっきの乱闘のさなかに晴久はるひさが発したセリフを真似た晶子がそう言って晴久を振り返る。これは見事に一本取られた。しかし暴漢に襲い掛かられても冷静に反撃し、跳弾にも怯むことのなかった晶子に、晴久はこれまでに感じたことのない、それはまるで胸を締め付けられるような、不思議な気分になっていた。


 建物の合間を縫うようにしていくつかの角を曲がった先に歌舞伎町の目抜き通りが見えてきた。あの道を横断してもう一本の裏路地を抜ければ歌舞伎町の東端あたりに出るはずだ。晴久はるひさがぼんやりとそんなことを考えているときだった、前を行く晶子が突然振り返ると人差し指を自分の鼻面に向けて来た。すっかり油断していた晴久は思わず息を呑む。そのときの晶子の目は鋭くまるで自分に怒りを向けているように見えた。


「富士見野さん、さっきのなんだけど」

「は、はい」


 思わず姿勢を正す晴久はるひさに晶子は続けた。


「もう絶対にしないでよね、ああいうの」

「……?」

「拳銃! 撃たれたらシャレにならないっしょ」

「ハハハ、姐さん、あんなものはそうそう当たるもんじゃないっす。それに……」

「言い訳しない!」

「は、はい、すんません」

「あんなバカなこと二度とするなし。心配するし。マジで心配したし」

「すんません」


 小柄な晶子よりもひと回り以上も大きな体躯の晴久はるひさがやけに小さく見えた。しかしそのときの彼はこれまでにない居心地の良さも感じていたのだった。


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